年齢確認
18歳以上ですか?

 いいえ

19歳の雨夜

「いけないこと、教えてやろうか?」
にやりと笑ったその顔は、憎らしいほど悪ガキで、嫌だと言えないくらい魅惑的だった。
その手に誘われるまま唇を重ねて、舌が口の中へと入りこんできた。ぼんやりしていく頭の片隅で、悪くないななんて思って。
「やっぱり、初めてなんだ」
「……悪い?」
そうたずねると相手は、全然むしろ最高の気分だぜと悪い笑みを浮かべて言う。
普段の優等生ぶりはどこへ行ったんだか、らしくないなあ。いや、それならこんな所までわざわざ乗り込んできた時点でらしくないか。
ウラウラ島のポータウン、その外れ。
今はスカル団がほぼ占拠した町の片隅にある小さな家の一室で、手持ちのむしポケモン達を休ませていたところ、やって来たのは幼い頃から良く知る青年で。今でこそポケモン研究なんてやってるがかつてはライバルとして闘志を燃やした間柄で、俺より先に夢破れて今もそれなりに楽しくやってる、嫌味な野郎。
対して俺は、こいつよりも後に夢破れて、それだけじゃなくて存在価値すら奪われてボロボロになって、流れ着いた先がこの廃墟なわけで。諸手をあげて歓迎してやろうなんてことは思わなかった、速攻で追い返してやろうと思った。
どうせ師匠か誰かに連れ戻して来るとでも言ったんだろう、大人が来れば警戒するから自分なら大丈夫だと。
帰るつもりはないから帰れ、そう言ったら別に連れ戻しに来たわけじゃないさと相手は言って、俺の腕を掴み自分の方に引き寄せた。
そうして言い放った、いけないことを教えてやると。

「あんた、そっちの気あったの?」
「いや別に。僕自身はストレートだぜ」
でも俺にキスした、しかもディープな方。
指摘すれば、でもきみは拒絶しなかっただろ?と返される。
「グズマくんはどうなのさ?僕からキスされて嫌がらない辺り、きみはそっちもイケるって取るけど」
「どうだろうな、ヤッたことないから」
「ふーん、男好きする顔してるけどね」
危ない目に遭ってない?と言いながら、自分の方が俺の顔から首筋へかけてキスを落としていく。
今遭ってると返すと、合意の上だろとカラカラ笑った。
「なんかさ、昔に比べて色白くなった?」
軋むベッドに横にされ、服を脱がしていく相手がそう口にする。あんたが日に焼けすぎてるだけだろと返すと、自黒なんだよと拗ねたように言う。
「確かに日焼けはよくするよ?大体この恰好で歩いてるわけだし」
「その年でタンクトップに短パンってのも、どうかと思うぜ」
「失敬だな、大体タンクトップなのは君もだろ」
「俺まだ十代だから。二十越えたあんたとは違うんだよ」
べっと舌を出してやれば、きみねえと呆れたように呟く。
「ま、きみはキスもしたことないお子様だったもんね。いいよ、全部教えてやるよ」
薄い唇を舐めて、結んでいた髪を解く。眼鏡を外してしまえば、そこにいるのは年上のお兄ちゃんというよりも大人の男に近い。
意地悪く光る笑顔も、いつもよりも数倍、妖しさを増している。

キスを交わす唇からじわりと、体の奥へ向けて痺れが走っていく。段々と動きが鈍くなって、相手の意のままにされていく。
毒に犯されたようにとろけて、考えのまとまらない俺に向けて彼は本当に、心から楽しそうに笑う。
その手に翻弄されるのも、口で愛撫されて震えるのも、どこまでも楽しそうで。ああいけないことしてんだなってのは、頭ではわかってた。

「いっ!ひぅ」
焼き切れそうなくらいの熱に貫かれて、体が跳ねても相手は喉を鳴らして笑った。でも気遣うように頭を撫でて、ゆっくり息してと優しい声で続ける。
「そうそう、いい子だぜグズマくん。ゆっくり力抜いて、大丈夫だって、別に食われるわけじゃないんだから」
「う、そつけ……おれのこと、とって喰ってるくせに」
「あーそういう意味ではねえ、でも安心しなって。最高に気持ちよくさせてあげるから」
もっといけないことしようぜ、そう笑う相手がキスをする。また俺から思考が奪われて、思うままにされていく。
ぐちゃぐちゃと体の奥を掻き回されて、気持ち悪い。けどそれと同じくらい、いやもっと気持ちいいと感じる。

ああもうぶっ壊れてんな、俺も。本気でどうにかなっちまったんだなって。
熱に浮かされた顔で相手を見れば、んと首を傾げて揺さぶる腰は止めずにキスをくれる。別にねだったつもりはなかったんだけど。でもいいや、この人のキスはなんか気持ちいい。なにも考えなくていい、嫌なことも全部流れていくみたいな。
「ん……んぁ……ふっ、ぅう……ククイさ」
「あは、いいねえ。もっと僕のこと呼んで」
ねえいいでしょ、ねえと言いながら何度も奥を突かれる。ビックリして、感じる合間になんとか名前を呼ぼうとして、声が途絶えてしまう。
絶対に面白がっている、そんなのわかりきってる。だって笑ってんだもんよ、顔が。すごく面白いおもちゃをみつけたみたいに。
それでも、腹が立つのと反対側で別にいいかと考えている。
どうしてとか、なんでとか言い出したら、キリがないし。わざわざ、その辺の下っ端を蹴散らしてここまで乗り込んできたんだろう、この男には多分、なにかしら目的はあったんだ。
技の研究のついで?生態調査のついで?んなの、どうでもいい。
ふわふわと定まらない頭で考える、気持ちよければもうどうでもいい。
「ククイさ、ん……も、むり」
「はは、いいよ。イッちゃっても」
相手の背中に回していた腕に力を込める、ぎゅっと強く抱き締めると相手は少し苦しそうに顔を歪めた。

「ここって、シャワーも壊れてるんだ」
「水出るだろ?」
確かに水は出るけど、完全に冷水だったよ、健康上よくないってと鳥肌を立てた相手はタオルで長い髪を拭きながら戻って来ると、床に落ちていたタンクトップと白衣を身に付ける。なんで下の服だけ持って行ったんだよと聞いたら、別にいっかと思ってさとあっけからんと答える。
「まさかお湯にならないなんて思わないだろ、もう少しちゃんとした設備整えた方がいいって」
「いいんだよ別に、屋敷の方は問題ないんだから」
いつからなのか知らないが、この家の設備はどっかで配線がイカれているらしく水道はギリ通っていても、電気なんかはほぼ使えない。そんなわけで人も寄りつかないから、かっこうの休憩場所として利用させてもらっているのだ。
「こんな所じゃ、女の子どころか男すら連れ込めないぜ?」
「別に、連れ込む気なんかないから」
一人になりたいと言って、まだダルさの残る体を毛布の中で丸めこむ。開いたベッドのスペースに腰かけた相手が、俺の髪を撫でてきたのでなんだよと振り払う。
「いいじゃない減るものじゃないし、昔はよく撫でてやっただろ?」
「いつの話だ。大体、そんな恋人みたいなことされる言われがねえよ」
強姦魔と付け加えると、心外だねえと相手の手が頭から首元へ移動した。
「さっきまであんなにヨがってすがりついてきたのに、人のことを強姦魔だなんて」
初めてだからって、優しくしてあげた方なんだぜ?そう言いながら、徐々に首元の手に力がこめられる。
苦しくなっていく呼吸をなんとかしようと相手の腕を掴むが、びくともしない。
「きみの初めてに相応しく、極力、紳士的に振る舞ったつもりなんだけど、なにがそんなに不満なの?」
ねえ教えてよと言う間にも腕にこめられた力は増していく。目の前がちかちか光り、かはっと軽い咳をするように何度も息が零れる、徐々に暗く落ちていく視界の中、急激に圧迫感が減って思いっきり咳き込む。
「うっぇえ、はっ!はぁあ、う……ぐぁ、げほっ」
「ごめんごめん、思わず本気で絞め落とす所だったよ。これじゃあなにも反論できないよね」
軽く笑いながらごめんよと俺の額へキスを落とす相手を睨みつける。
「これ、の……どこが、やさしいんだ、よ。勝手に来て、はぁ、勝手にヤッて。挙句、俺のこと絞め殺そうとして、おいてよ」
「別に殺しはしないよ。そんなことしたらさ、二度ときみを抱けないだろ?」
「悪趣味」
「きみに言われたくないね」
僕の提案に乗った以上きみだって同罪だろ、と言われて反論する気力もなかった。

「あんた、なにしに来たんだよ?」
「グズマくんに会いに来たんだけど」
「それがなんで、野郎とセックスするんだよ?」
「思ってた以上に、きみが色っぽくなってたからさ。今手に入れておかないと、後で後悔しそうな気がして」
そういうきみはなんで受け入れたんだよと聞かれて、そんなもの知らないと返す。
「頭イカれてたんだろ、どうせ。あんたとキスしてから、なんもよくわかんねえまま流された」
「ふーん、そう」
今になって思えば、何やってんだグズマと頭抱えて叫び出したい気分だ。
そんなこっちの気持ちなんて全く通じていないのか、相手は満足そうに笑う。
「本当はね、ハラさんから様子を見て来てって頼まれたんだけどさ。素直に言ったらきみ、絶対に怒るだろうと思ってさ」
「今、怒ってないと思うのか?」
「そんなこと言わないでよ、別におかしな報告なんかしないって。元気にやってたから、心配はいりませんって言うからさ」
その見返りはと問えば、また会いに来てもいいかと言う。
「グズマくんさ、全然気づいてなかったけど、ぼくこれでもきみのこと好きだったんだぜ?」
「嘘つけ」
「嘘じゃないって、でなきゃいくら色っぽくなったって、男相手にこういうことしないって」
そう言うと顎を掴まれて無理矢理キスされる。
優しく触れて、熱く絡めてきて、どんどんと体から怒りや苛立ちが消えていく。
癒されたとか、救われるとか、そんなんじゃなくて、なんか怒ってることがバカらしくなるような、そんな感じ。
「あんたのキス、嫌いじゃねえ」
「そっか、嬉しいなあ」
じゃあまた顔見に来るよと、男は手を振って外へと消えてった。
それを見送り、ため息一つ。再びベッドへ沈みこんで目を閉じる。

嘘つきの大人なんか、大嫌いだ。あんただってきっとその内、手のひら返して俺から離れて行くんだろ。
なら、今すぐにでも殺してくれれば良かったこに。優しい熱に包まれて、幸せな内に、なんも考えられなくなってる間に。
触れ合ってた唇が、熱をもったように痺れている。きっとこのままあいつに毒されていくんだろうな、そうわかっていながら逃げようとも思わない。
思考をドロドロに溶かす猛毒だ、きっと頭から食べられる。
それも許せる。
どんな醜い化け物でも構わない。あんたにだったら、もう俺はどうにかなってしまいたいんだ。

「ククイさん、俺もあんたのこと好きだったんだ……今日までは、さ」

あとがき
スガシカオさんの「19歳」と「サナギ」を聴いていて、思いついたネタでした。
個人的にグズマくんには蝶が似合うだろうな、って思ってます。
気が向いたら、続き的な何かができれば、いいなと思ってます。
2018年2月7日 pixivより再掲
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