愛しの鼓動と甘えん坊
会いたいという一言を、送ることにどうしてもためらいを感じてしまう。
普段なら特になにも言わなくとも、いくらでも連絡を送ってくるというのに、どういうわけかこちらが会いたいと思うときに限って相手からの連絡がない。
そりゃあ相手にも都合がある、忙しいのに時間を作る必要もない。自分が一人で居たいときがあるように、騒がしいのが好きなあいつだって、一人の時間が欲しいときくらいあるだろう。だから連絡がないなんてことで、心を乱されてはいけない。
爪弾く音がずれたことに気づいて、心配そうにこちらを見返すストリンダーに、申しわけありませんと声をかける。
セッションをダメにしたと怒られるかと思ったけれども、心配そうに擦り寄ってくる巨体に癒されて、頭や喉のあたりを狙って撫でていく。もっとしろと言うように抱きついてくるので、一度ギターを下ろして床に座ると、そわそわと他の仲間たちもこちらを見つめてくる。
「いいですよ、みんなで遊びましょうか」
じゃれついてくるポケモンたちをゆっくり撫でたり、ポケじゃらしであやしてあげれば、笑顔を向けてくれる。そんな彼らを見ていると寂しいなんて感情は紛れるのだが、しかし、根本的な解決はどうしてもされない。
なんとなく会いたいと思う、声を聞きたいし、もしも触れ合えるなら嬉しい。相手がそんな気分じゃないなら、時間が取れないというのなら無理になんて言わない、でも少しくらいはと思ってしまう。
そんなおれの手元に頭を押しつけてくるズルズキンに対して、どうしましたと問うとなにかを差し出してくる。それは邪魔になるからと先に机に置いておいたスマホロトムで、どうしようか迷うものの素直に受け取る。
「おまえたちも、キバナに会いたいですか」
その質問にしばらく考えるもの、会いたいと伝えてくるもの、各々違うけれど会いたくないと伝えてくるものはいない。彼等に心配をかけることを考えると、おれがためらっていてはいけないだろう。
通話よりもメッセージのほうがまだ少し気楽かと、指先で時間ありますかと迷いに迷って送信ボタンを押す。
すぐに相手からどうしたと返ってきた、時間があるなら、会えないかと思いまして。そう返信すると、すぐさま通話がかかってきた。
「どうしたんだよ、急に?てか珍しいじゃん、ネズからお誘いなんて」
「別にそういう下心で呼んだわけじゃねーです、おれのポケモンが会いたがってるようなので」
そう返すとストリンダーが少し小突いてくる、別に自分は会いたいと言ってないと暗に伝えてるんだろう。確かにそうです、おまえたちをダシにするのはよくなかったですね。
ならば素直に言うしかない、おまえに会いたいので連絡しましたと。
しばらく黙りこんでいたところ相手がその沈黙の意図を汲んだのか、そっち行ってもいいかとカラッとした声で返ってくる。家に居ますし、来てくださるなら嬉しいんですけど、と返したところで、じゃあちょっとドア開けてくんないと言われる。
まさかと思って窓の外を確認すれば、にっと笑いこちらに手を振る男がいる。え、なんでと電話に向かってそのまま口にしていた。
「いやだって、オレさまも会いたかったからさ」
だからどうしても来たかったんだと、電話と空気を震わせて重なる音に、弾かれたように玄関まで走る。ネズ会いたかったぞと嬉しそうに口にする相手を掴んで、中へと引き入れるとそんなに求めてくれて嬉しいと、てんでズレたことを抜かす。
「来るなら前もって言っておけってんです、もしおれがいなかったら、どうする気だったんですか」
「んー、しばらく待って帰って来なかったらそんときは聞けばいいかなって」
やめてください、ただでさえ目立つおまえが自宅前で待ってるなんて心臓に悪い。ふらっと思いつきで行き慣れた店に顔を出すような、そんな気軽さでやって来る距離でもないでしょう。
「迷うくらいなら、来たほうが早いだろ」
「そう言いますけど」
結果がよければ全てよしなのか、そう言いかけたところでキバナをみつけたズルズキンが声をあげる。すっかり懐いてしまったらしく、駆け寄って来たのを受け止めると、オレさまのポケモンも出していいかとたずねる。
おれの家もポケモンが居ても平気な作りですけど、あまり大型の個体に耐えれるほどの広さはないので、フライゴンに飛ばれると流石に家具が耐えられない、と言えばわかってるよと返される。
キバナの手持ちポケモンも加わって、急に賑やかになった部屋を見つめ彼らの分の水も追加してあげなければとキッチンへ向かう。
全員分の水ときのみのストックを確認して、好みを考えながら食べやすい大きさに剥いていく。その合間にそばによって来た気配にビックリして振り返ると、ヌメルゴンがそっと腕を伸ばしてくる、どれが欲しいんですかときのみを差し出してみると、そうじゃないと首を振り、ぎゅっと抱きつかれる。
粘液がたっぷり含んだ歓迎のハグに、嬉しさ半分、戸惑い半分でキバナを見れば、キバナのほうも歓迎されているらしく絡んでいるストリンダーとタチフサグマをあやしている。
「すみません、あなたのご主人を奪ってしまったようで」
習性上、気に入ったトレーナーに自分の粘液を擦りつけるらしいこの子にとって、主人である相手がそばにいないのはストレスだろう。そう思ってのことだったのだが。
「あ、ウチのヌメルゴン、ネズのことも大好きだぞ」
そうなんでしょうね、抱きついて来る相手からは特に悪意は感じません。普段の手持ちとは違う湿った体というのも存外、悪いものではない。歓迎のハグを受けて、頭をそっと撫でていると、女の子だと嫌がる子も多いんだよなと言う。
「ネズはその点、絶対に嫌がらないだろ。だから気に入ってるみたいでさ」
「それはありがたい限りです」
でも、お客人へお茶の用意が滞っているので、少しだけ離してくださると嬉しいですと言うと、ごめんなさいと視線を下げて離してくれた。別に怒っているわけではないので、これが終わったらもう一度撫でに行ってもいいだろうか。
キバナと自分の分の温かいお茶を淹れて、ポケモンたちへ水ときのみを差し出すとわざわざありがとうなと返される。
再度ヌメルゴンからの抱擁を受け止めていると、自分も入れろと要求してくるポケモンたちに囲まれてしまい、ネズは人気者だな、なんてけらけらとキバナが笑う。
その屈託ない顔を眺めていると、キバナがいるのだと改めて感じ取れる。会いたいと思っていたものの、いざ目の前にするとどうしていいのかわからなくなってしまう。
「最近、忙しかったんですか?」
「そうだな、色々あった、かな」
まずリーグへの招待状が届いた、エキシビジョンもあれば、番人としての町の維持のための仕事もあるので、どうにも連絡が取れなくって。
「寂しかった?」
「そういうわけでは」
素直にそうだと言えない、別に今に始まったわけじゃないものの、せっかく来てくれた相手にもう少し労いの言葉をかけられればいいのに。
少しだけ、ほんの少しだけ。ヌメルゴンの頭を撫でてあげながら、キバナからは視線を逸らして口を開ける。
「でも、会いたい、とは思ってました」
だから来てくださって、びっくりしました。そう言うとお茶に口をつけていた相手が驚いたように目を見開く。カップを置くと、ストリンダーとヌメルゴンの間に割りこみ、抱き締めてくる。
「ちょっと、キバナなにして」
「いや、珍しく可愛いこと言うから」
すっげー好きだなと思ってと、やけに弱々しい声でつぶやくもので、疲れてるんですかと擦り寄せて来る頭をあやしていたポケモンたちのように撫でていく。
「そりゃオレさまだって人間だし、疲れもするだろ」
でもそれを見せるわけにもいかない、ガラル最強のジムリーダーの名前が廃るじゃん。なんて甘えたのモーションで言われましても、今の彼からは微塵も威厳などない。
それが愛おしくもあるんですけど。
「ヌメルゴンの粘液であんたもおれも、すごいことになってますけど」
「いつものことだし、気にすんな」
気にしますよ、流石に。抱擁の輪に主人が加わったことでヌメルゴン自身は嬉しいらしく、更に分泌が増えている、これは彼への慰めも含んでるんですかね。本人がいいと言ってるなら構わないと言いたいところなんですけど、急に来た以上、キバナの分の着替えまでは用意してませんし。俺のじゃどうしても体格が合いませんし。そうなったら帰りが困るだろう。
「洗濯してあげますので、今日は、泊まっていきますか」
「いいのか?」
「別に、おれは困りませんし」
マリィは今日、ユウリと一緒にシュートシティに泊まっている。お土産買って帰るからと言ってたので、気にせず友達と楽しんで来なさいねと見送ったのは今朝のこと。だから今夜は一人だし、こちらは困ることなんてなにも。
予定があるなら無理には引き止めませんけどと言うと、わざわざ会いに来てそんなこと言うと思うと頭を押しつけながらつぶやく。
「とりあえず、シャワー浴びます?」
「うん、ネズは?」
「洗濯機を回して来ますので、お先にどうぞ」
一緒がいいと駄々をこねる相手に、後でいくらでもしてあげるのでと言いながら、粘液の沼から引きあげる。ぎゅっと抱きついて来るヌメルゴンの、もっと相手してほしそうな視線を受けると、少しだけ罪悪感に苛まれる。
「ヌメルゴン、おまえのことは大好きだけど、今日は久しぶりにネズと二人きりで遊びたいんだわ」
だから離してくれないかと言うキバナに、仕方なしというように解放してくれた。少しだけお借りします、必ず返しますからと念を押すと、わかったと言うように笑顔を返される。
「オレさまってば愛されてる」
「はいはい、とりあえずあまり床を汚さないでください」
しゃんと歩くと、引きずるような形で脱衣所に押しこみ、着ていた服を洗濯機に入れて自分も汚れた服を脱いでしまう。
「ネズも一緒に入らねえ?」
「嫌ですよ、狭いでしょ」
だってさと扉を開けた相手と目が合う、部屋着にしていた長袖のTシャツを脱ぎ、ジャージに手をかけている最中だったこともあり、そこまで脱いだなら一緒じゃんと手招きされる。
「体冷やすだろ、なら」
「いいですから、さっさと浴びて来なさい」
おれの着替えはいくらでもあるんで別にいい。彼は今から回す洗濯乾燥機が止まるまでは帰りようがない。いや、帰れなくしたとも言える。
機械の中で回っている衣服を見つめて、図らずも今晩はゆっくりできそうだと考えた。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、ベッドにタオルを巻いただけのキバナが横になってた。なにしてるんですと言うと、ネズの匂い落ち着くなと思ってと口にし、顔をあげた相手がこちらを見て固まった。なんですと首を傾げれば、いやだってさと歯切れ悪く返される。
「自分の家とはいえ、まさかマッパで出てくると思わねえだろ」
「どうせ脱ぐので、着るのが面倒になっただけです」
さっき洗濯したところだしと言いながらそばに寄れば、温かい大きな手に引き寄せられた。大きな体にすっぽり包まれてしまえば、すぐそばに脈打つ心臓の音を感じる。
キバナの力強い心音が好きだ、それを知っているのか胸に頭を預けるようにしてもたれかかると、抱き返す手が優しく頭を撫でていく。
「ネズも疲れてるみたいだな」
「疲れてるわけじゃないです、ただ」
寂しかったとは口にできなかった。似合わないにもほどがある、おれはダメな奴だって突きつけられてるみたいで、一人でいるのがたまに怖くなる。
たまたま、そんな気分に重なってしまった。
「つまりは滅茶苦茶オレさまに会いたかった?」
「そうやって、どこまでも拡大解釈できやがるのは、おまえのいいところですね」
褒められたと笑う相手に、そんなわけないでしょと溜息混じりに返す。
「でもそう、求めてましたよ、おまえのことは」
心が悲しいときに聞きたくなる音に耳を傾けもっと欲しくて擦り寄れば、どうしたもんかなと撫でてくる手が頭から背中をなぞり、腰のほうまで下がっていく。
「このままするか?」
「ええ、お願いします」
準備ならして来たんでと返すと、やっぱりオレさまのこと大好きじゃんと調子に乗った声で言い、あごに手をかけ上へ向けられるとスカイブルーの瞳に射すくめられる。口の軽さとは違い、真剣さと情熱を秘めている視線に改めて好きだと思う。
唇を重ねて、二人分の呼吸を飲み干すように深く口づけていく。何度も繰り返し唇を合わせていると、背や腰を撫でるキバナの手がそのまま下へと指を滑らせる。
「はは、もう柔らかい」
「だから準備したと言ったでしょ」
前戯は不要だと伝えると、えーと不満そうな声があがる。手間がなくていいでしょうと言えば、そういう問題ではないと唇を尖らせて言う。
「ネズが可愛いこと言うから、もっといっぱい可愛がって、言わせてやろうって思ってたのに」
「そういうのいいですから、おまえのこと感じさせてくださいよ」
いいでしょうと返せば、ははっと歯を見せて笑う。肉食のドラゴンの前で挑発なんてしていいのかと思われそうだが、今のおれが欲しいのはこいつの熱。肌が触れ合うだけでは足りない、もっと奥で繋がっていないと。寂しいと泣く心が満たされそうにないのだ。
「はは、今日のネズはとっておきに可愛いな」
「ノイジーです。さっさとしないと、もう一回風呂入って寝ますよ」
とはいえ、この腕から逃げられるわけもなく、食いつくようにキスを交わすとキバナはゴムの封を開け、既に勃ちあがっていた自分のものに被せる。
ローションを手に取り温めているのをぼうっと見ていると、なにが面白いのかニヤニヤと笑う。
「どうしました?」
「いや、さっきまでヌメルゴンの粘液だらけだったのに、またベタベタにすんのかって」
「本当に放り出して寝ますよ」
ごめんってと謝りながら、充分に温まったらしいローションを指に絡め終わると、既に準備の終わった中の様子を確認するように動かされる。自分のより太い指が入ってくるだけでも思わず体は跳ねる、それを逃さないというように腰に腕が周わされて、彼の鍛えられた体へと押しつけられる。男のおれから見ても魅力的なその体に、そろりと背に手を伸ばせば、ほらしっかり捕まれよと掴んで更に引き寄せられる。
「もう準備良さそうだし、挿れるぞ」
「ん、早く」
わかってると頭を撫でられ、腰を持ち上げられると大きな手で尻を開かれて先端を押し当てられる。知ってる質量に期待と不安が腹の中を交差するものの、大丈夫だと目の前の空色は甘い声をかけてくる。
「じゃあ、いくぞ」
片腕で楽々と抱え上げられて、ゆっくりと中を開くように埋められていく。あっと喉が引きつった声をあげるものの、抱き締められた腕は逃げることを許さない。でもそう、これを求めていたのだ。
おれに触れてくる掌も、抱える腕も、触れ合う肌の全てが彼を求めている。割り開かれていくその感覚ですら、恐怖よりも快楽に染められていく。内側から牙を立てられて、支配されていくような、それでもかけられた痛みすら愛おしくて、目の前にある頭を掻き抱いて貫かれる衝撃に耐えていく。
ゆっくりと下まで降ろされて、体の奥深くまで全て入りきったところで詰めていた息を吐く。
「キバナ……ん、キバナ」
「どうした?」
抱き締める腕に力をこめれば、目の前にある瞳がふっと優しく笑みを作る、でも含む熱量は変わらない。むしろ燃え盛るように体内を蹂躙している。
互いを求めるようにキスを交わす、寂しさを埋め合わせるようにぴったりと重なって、このまま一緒に溶け合ってしまいたい。この空の目に囚われて、地のような肌に吸いこまれていくのはさぞ心地いいだろう。ああいいな、それ、こいつにおれの全部を注いでやろうか。
「はは、ネズってば熱烈」
「喋るな」
今はと続けると、そうかとだけ返ってくる。そわそわと我慢しきれていないのはわかってる、でもそれでも、もう少しだけなにもしていないキバナの脈動を感じたい。自分の中に確かに存在してる、この男にじわじわと体内から焼かれていく。溶けていくのか、それとも、吸収されていくのかすらもわからない。
ただ流れこんでくる鼓動が心地いい、こいつの体温に抱き締められて、全てを受け入れ、全てに受け入れられている。
「ネズ、愛してる」
耳元で囁かれてびくりと大げさに体が跳ねる、それに合わせて体内もぎゅっと蠢いて、彼のものを締めつけてしまう。
「相変わらず、耳いいんだな」
「ん、だから喋るな、と」
「嫌だよ、もうオレさまも限界なの」
ネズのこといっぱい可愛がってあげたいんだからさ、いいだろと腰を撫でてくる手を掴んで外すと、まだダメですと相手の目を見て返す。
「もう少しだけ、キバナの音が聞きたいです」
そう言って胸に頭を預けると、小さく溜息を吐きそんなこと言われたら仕方ないなと、諦めた口調で返される。
「そんなにいいか、オレさまの心臓?」
「ええ、とても力強くて、腹の底から鳴り響いてくるようで、聞いてて安心します」
もっとそばに居たい、もっと近くに居たい、そう思わせるだけの魅力がある。包まれている力強い温もりは、自分一人ではどうしても受けることのできないもの。すぐそばにある心臓のリズムとセッションしたら、一体どんな曲が生まれるだろう。考えるだけでぞくりと腹の奥底が震える、きっととても気持ちいいものができると思う。
「ネズ」
「……そろそろ、いいですよ」
あんまりお預けがすぎても仕方ない、熱を持て余してるのはおれもそうだし。こいつのリズムに合わせて、奏でられるのも悪くないかと思った。
こちらを見るスカイブルーに魅せられている。なんて綺麗なんだ、嵐が過ぎ去った後の切れ間の空みたいに澄んでいながら、爽やかさでは済まない底知れない熱を孕んだ、まさにドラゴンの火のようで。まさに食らおうとしている相手が、自分の体を押さえつけて来ようとも、恐怖なんてない。
「あっ!」
「はは、ネズ、好きだぜ」
満たされたいと思った、寂しいと感じていた心の隙間から溢れるくらいにたくさん、こいつに溶かされて満たされたいと。
倦怠感の襲う体と、その証拠を前にしてああやってしまったと後悔する。
抱き締められた腕の中からでもなんとか頭を持ちあげ時刻を確認すると、まだ朝にしても早い。体が綺麗になっているところを見ると、自分が眠りに落ちた後にキバナが後片づけをしてくれたんだろう。
そっと腕を外してベッドから降り、部屋着のスウェットを掴んで身につけると、昨日回しておいたはずの洗濯機を見に行く。乾燥までしっかり終わったらしいキバナの衣服を手にして戻れば、拗ねたような相手がベッドに横になったままこちらを睨んでいた。
「おはようございます」
「ん、おはよ」
手招きされ、服は乾いてますがアイロンくらいかけたほうがいいですよと言えば、引っ掴まれて相手の胸の中に再び閉じこめられた。
「昨日めいいっぱい可愛がった相手が、起きたらいないなんて、悲しいだろうが」
「おまえの着替えがないので、取りに行ってやっただけでしょうが。いいから離しやがれ」
「いやだ、もう少し甘えん坊ネズを堪能してえ」
誰がいつ甘えん坊になったというのだ、そう言い返してやろうかとも思ったが、反論する余地もなく確かに昨晩のおれは彼に対して甘えた行動を取っていた。
「もうちょっと寝てても怒られないだろ?」
「マリィが帰ってくるまでには、ちゃんとしてくださいよ」
わかってると笑顔で返すので、ならいいんですけどねと呆れた口調で返し。横になる相手を抱きかかえるようにしていると、そうだとおれの胸へと甘えるように頭を擦り寄せてくる。
「なにしてんです?」
「いや、おまえって心臓の音好きじゃん?どんなもんかなって思って」
真似をしてみたらしいが、果たして彼にも聞こえるだろうか。他人より幾らか耳がいいせいで、他の人が聞こえる音がどれくらいなのかたまに測り間違えるときがある。
するりと甘えてくる姿は、なんだか大型のドラゴンポケモンのようで多少は愛嬌があるものの、しかしこうでもない、ああでもないと場所を探して擦り寄ってくるのもくすぐったい。
「あ、ここか」
ようやくいい位置をみつけたのが身動きを止め、しばし無言で、微動だにせずに胸に頭を預けてきた。撫でてもいいものだろうかと思い、そっとてを触れてみたらびくりと思ってもみないほど体が揺れたので、すみません驚かせましたかと聞く。
「いや、なんつーか。ちょっとわかったかもな、って」
いったん顔をあげたのに、再度おれの胸元へ擦り寄るとそこで震える心臓の音に耳を傾ける。どうにも距離が近すぎて、早くなっている自覚はあるのだが、なんかネズがそこにいるって感じられて気持ちいいと言われると、振り払うのもなんだか気が引ける。
なにせ、自分がよく相手に求めていることだけに、余計ダメだと言いづらい。
「ネズって、なんだかんだ言ってオレさまのこと大好きだよな」
「な、なに言ってやがるんです、気持ち悪い」
「だってさ、すっげー早いじゃん心臓の音。今にも飛び出してくるんじゃねえかってくらい、ドクドクいっててさ。これいいな」
おまえの生きてるって音、オレさまも好きだわとあっけからんと言ってのける。うっとりと目を閉じ、預けられた重い体の持ち主へそう思うのならと声をかける。
「忙しくても、連絡くらいはください。あんまり放置されすぎると、そこが悲鳴をあげるので」
弾かれたように起きあがるキバナから顔を背け、とりあえずインナーだけでも着たらどうですと、先程落とした服に手を伸ばそうとして、拒否される。
ベッドの上に縫いとめられて、乗りあげてきたキバナを見つめる。そのあまりにも赤く、熱く色づいた顔に、余計なことを言ってしまったと少しだけ後悔した。
「やっぱネズ、オレさまのこと大好きだろ」
「そうとは言ってません。言ってないので退きやがりなさい」
「無理、まだ離せそうにねえ」
ははっと白い歯を見せて笑う顔に、ぞっと背筋が震える。いくらオフとはいえ、まだ明けきってないとはいえ、もう朝は朝なのだ。こんな大型ドラゴンなんて相手にしてたら、一日が丸潰れだ。
「キバナ、いい子なのでやめてください」
「いい子でも悪い子でも、今のはやめらんねえわ」
ネズは挑発うまいよなと笑う相手に、そういう問題じゃねえんですよと呆れ口調で返す。そんなおれの手を取り、自分の胸へと押し当ててくる。
素肌越しに触れ合う、そのビートは力強く早い。目の前の男の全身に血が駆け巡っているのだろう、熱せられたそれが体を駆け巡るのに合わせて、どんどん欲に火がついていくのだ。
刻まれている鼓動は確かに好きだ、自分が彼を狂わせているのだと思うなら余計に愛おしく感じてしまう。だけど、今ここでそれを流されたとしても。
「なあネズ、もう少しだけ」
「だから、耳は、やめろって」
「次からはちゃんと忙しくても電話するし、来る前に連絡もすっから、だから」
もうちょっとだけ甘やかして。
「仕方ない子、ですね」
服を汚しても自業自得なので、もう片づけはしませんからねと返せば、それくらいはいくらでもと笑顔で返ってくる。
「ヌメルゴンには謝らないといけませんね、まだ愛しのご主人を返せそうにないので」
「あいつらなら、わかってくれるんじゃねえの?」
どうでしょう、人の感情の機微にも聡いのでしょうけれども、まあまさかオス同士が惹かれ合うなんてこと考えているでしょうか。それとも、レアケースだと思われてるんでしょうか。
真相はどうにもわからない。けれどようやく部屋から出ることがかなったおれを、ヌメルゴンは可愛い抱擁で迎えてくれて、キバナはタチフサグマたちからラリアットを食らっていた。
キバネズお互いのポケモンと仲よかったらいいのにな、とか。
ネズさんは心臓の音とか好きだと嬉しいな、とか。そんな個人的な趣味が出まくってます。
快楽だけじゃない求めかたを考えて、とても温いエロの仕様になって模様です。ドラゴンだって、きっといつもガッツいてるわけじゃないですって。
2019年12月9日 pixivより再掲