溶けない氷

「ホットのロズレイティーと、アイスコーヒーをお願いしますです」
「かしこまりました」
 笑顔で注文を受けてくれる女性店員を見送り、コルさんが来るのも珍しいですねえと笑顔で話しかけてくれる相手に、テーブルシティにはよく立ち寄るが、会える時間にあなたが空いてないだけだと返す。
「それは、すみませんです」
「謝ることではないだろう」
 忙しいのはいいことだ、それだけあなたが周りに認められるようになったとも言える。そんな話をしているとお待たせしましたという声と共に、注文した飲み物を置いていく、私の前に置かれたロズレイティーにまたかと思いつつ、この程度のことに時間を割くのも面倒なので、感謝を述べつつも彼女が去ったあとでカップを入れ替える。
「相変わらず冷たい飲み物は苦手なんだな」
 パルデアの気候は温暖を超えて暑いと言ってもいい、ナッペ山のような寒冷地もあるがほとんどの町は太陽の光を多大に受けるので、大体の飲食店で客が好むのはコールドドリンクである。
 ハッさんは氷の入った飲み物をきらう、ボトルに入ったような冷たい飲み物であれば喜んで受け取るが、こういう店で出されるグラスに入った飲み物はダメだという、なぜなのかと聞いたところ氷が溶けて味が変わるのがダメなんだと。最初に聞いたときはずいぶん育ちがいいものだなと思ったものだったが、それもすっかり慣れた。
「あんまりカフェインを取りすぎるのはよくないですよ」
「今日は二杯目だ、まだ問題ないだろう」
 しかしあんまり体を冷やしすぎるのはよくないとつけ加えるので、私の癖を矯正したのはあなただろうと指摘する。

 今より若く無名だったころ、こういった飲み物に入っている氷をよく噛んで食べていた、子供っぽいと何度も注意をされたことはあるが、昔からの癖のためすぐさまやめられるものではなかった。
「人前でやるのは、行儀が悪いですよ」
「そんなこと気にする輩もいないだろ」
 そもそも安いサンドイッチチェーンの店内だ、飲み物の氷を食べる程度では特に注目もされたりしない。そう指摘したところで、長袖のカーディガンを羽織っていても内側から冷やしていては意味がないですよと言われては、従うより他ない。
 心底不服ではあるものの、室内は寒いとカーディガンを貸してもらっている手前、文句も言えず、口の中に残った最後の一欠片を飲みこむ。
 そんなある日、いい物が手に入ったと私の元へ訪れた彼がくれたのが、目にしたことはあるものの使ったことはないアイテムだった。
「とけないこおり?」
「はい、調べたところ飲み物に入れても問題ないのだとか」
 味が薄くならないまま冷やせるので、今少しずつ注目が集まってきているのだとか。
「ただ溶けない分、歯で噛めるものでもありませんので」
「なるほど、悪癖対策か」
 悪知恵を働かせてきたなと返せば、そういうつもりではないんですけれどと、眉をさげて困った顔をしてくるので、それじゃあ今日は冷たい飲み物でいいなと聞き返す。
「えっ」
「溶けないから薄くなったりしないんだろう、それならハッさんもいやじゃないはずだ」
 冷蔵庫に入れてあったパックのレモンティーを取り出し、二人分をグラスに入れてもらったばかりの氷を沈める、カランと涼しげな音を立ててグラスに浮かびあがる、見た目は確かに普通の物と大差ない。
「セグレイブに持たせなくていいのか?」
「あの子には、別の物を持たせていますので大丈夫ですよ」
 ハッさんはバトルの腕がいいもんなと言いながら、テーブルに二人分のグラスを置くとありがとうございますと、礼を言って席に着いた。
「別に、私が呼んだんだから気にするな」
 借りていた物を返そうという話なのに彼のほうがウチに来た、バイトのついでに立ち寄れるからと電話では言っていたものの、本当のところは知らない。私の体調を気遣ってくれているのだろう、別にそこまでしなくていいと言っているのに彼は優しいので、その心に頼り切っている。
「これ」
 カーディガンは洗濯したし、貸してくれた本も揃っているはずだ、全て紙袋にまとめて渡せばありがとうございますと、またこちらの台詞を先に出される。
「毎度のように思うが、そんなに他人に優しくて面倒じゃないのか?」
 私のような偏屈者にまで親切な顔をする必要はない、他人に好かれるための行動ならばより自分の徳になる者に使ったほうがいいだろう。
「小生は別に、誰にでも優しいわけではないですよ」
「どうだか」
 みんなそう言うんだ、特に善人ぶったやな奴ほど口にする。自分の裏の顔を指摘されているのに、さも傷ついてますみたいな表情をするもんだから始末に終えないものだが、こいつはそれがない、根っからのお人好しで気づいてないだけかもしれない。
 グラスに口をつける、冷たくて甘いアイスティーの中に浮かぶ氷が口につくが、普段と違って塊は大きく噛む以前に口に含むこともためらう大きさだ。飲んでいて邪魔だなとは思うがそれだけ、これで冷たさを持続してくれるのなら、確かに便利かもしれない。
 対するハッさんはグラスに口をつけるものの、冷たいのかちょっと顔を歪ませてみせる、そこまで冷えてないだろうと言っても冷たいのには変わりないですよと言う。
「ドラゴン使いは、本人も氷が苦手なのか?」
「小生が特別に、冷たいのが苦手なだけですよ」
 だというのに彼の相棒は氷・ドラゴンタイプだろうに、どうして飲み物になった瞬間にそんな苦手意識が芽生えるのか。
「こっち来るか、陽も当たるし多少はマシだろ」
 または返したばかりのカーディガンに袖をとおしてもいい、そこまで冷えるほどではないんですよと、ちびちびとグラスの中身を飲んでいく彼に対して、自分はすでに半分近くを飲み干している。
 そうやって時間をかけているから薄くなるんだと言えば、そうなのかもしれませんけれども、一気にあおるものでもないでしょうとゆっくり飲んでいく。 「内臓が冷えるので、体にもよくないですし」
「そういうものか」
 パルデアが暑いのだから、少しくらい冷やしても問題ないと思うのだが、そうやって常に冷やしていると血の巡りが悪くなるんですよと、貧血気味の体質へ注意をしてくる。
 グラスの中に塊として浮かんでいる氷を傾け、本当に溶けていかないことを不思議に思う、液体に浮かべていれば少しは小さくなりそうなものなのに、本当に溶けていない。
「これだけ冷たいと、確かに氷タイプの技に活きそうだな」
 自分では手にすることのアイテムだっただけに、触れてみないとわからないものだなとグラスの中を回してみるとカラカラと涼やかな音が鳴る。
「噛んではいけませんですよ」
「わかっている」
 とはいえ疑問はある、温かい飲み物に入れても本当に溶けていかないのだろうか。
「どうでしょう」
「氷タイプは炎タイプに弱いんだろう」
 温度差が広ければどんなに冷たくともとも溶けてしまいそうなものだが、しかし温暖なこの地方で溶けずに持ち歩けるのだから、もしかしたら温かい液体の中でも問題なく浮かんでいられるのかもしれない。
「試してみるか?」
 氷が勝つか、お湯が勝つかどちらだと思うとたずねてみると、そんなことして大丈夫でしょうかと心配そうに聞き返される。
「ガラスと同じで、急激な温度変化でヒビが入って割れてしまうかもしれませんです」
「では、氷のほうが弱いということか」
 硬そうに見えて繊細なんだなと、グラスの中から氷を取り出してみる、光にかざすと屈折した天井が透明な氷の塊越しに映る。冷気が高いせいか指先が徐々に赤くなっていく、感覚が失われる前にグラスの中へ戻せば、痛くないですかと氷を持っていた手を取られる。
「大したことないぞ」
「指は大事にしないとダメですよ」
 そう言いながら引き寄せられ赤くなった指先にキスをしてくる、大きく暖かい手と柔らかい唇の感触に、沸騰したように体温があがってしまう。
「そういうことをするから、やめられないんだ」
「それは、失礼しましたです」
 本当にやめさせる気があるのか、怪しいものだ。
「噛み癖を止めるなら、キスするのは別の場所じゃないのか?」
「冷たい口とキスすると、ピリピリするので」

「温度差が出るのは、お互いに好みが違うせいだろうにな」
「でもコルさんは氷を噛むのをやめられたでしょう?」
 それに関してだが、実は頻繁に貧血を起こしていた当時の健康状態に問題があっただけである、氷などの硬いものを噛み締めたい衝動がどうして血の巡りと関係があるのか、医者ではない私は詳しく知らないが、そういう症例もあるらしい。
 それをハッさんに教えてはいない、口にするほどのことではないし、彼のおかげで健康状態が回復したのは本当のことだしな。
 悪癖をやめられたならそれで構わないのだが、相手のほうは熱血漢なくせに今も寒がりで、ゆっくりと紅茶に口をつけている。氷の技も使うことがあるだろうに、だからこそ温かいものが愛おしいのか。
「とけないこおりはどうしてるんですか?」
「今ならレモネードを冷やすのに使っている」
 自家製のやつだと答えれば、コルさんの手作りは美味しいんですよねとほがらかな顔で言ってくれるので、それなら次の最強決定戦のトーナメントの際にでも差し入れで持って来てやろう、思春期どもには冷えた飲み物のほうが好まれるだろう。
「だったら小生、気合いを入れ直さなければいけませんね」
「そうだぞ、最強のドラゴンの意地を見せてもらわないとな」
 チャンピオンに遅れを取っている場合ではない、そう発破をかければ精進しますと大きな声をあげるので、周りからちょっと視線が向けられる。ハッサク先生だとか、四天王のという声が漏れ聞こえてくる、顔が売れているのは私だけではないのだ、気をつけろよと心の中だけでつぶやいた。

あとがき
映画館でコーラとポップコーンを貪ってるときに、ふっと氷食べる話書きたいなと思ったのです。
貧血体質の人の癖ってのは、医師の話で聞いた記憶を頼りにしてますんで、そんなのもあるんだなあと。
DLCまでにハッコル書きたいなと思ってたので、第二弾にはなんとか間に合ったかなってかんじですね。
2023/11/26
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