グラス一杯分の惚気話
「つかぬことを聞くんですけど、コルサさんとハッサクさんって、どっちから告白したんです?」
そう問いかけてくる相手を見返し、そう言われると困るなとしばし沈黙して考える。
「えっ、覚えてへんの?」
「キサマの出身地と、パルデアでは文化が違うからな」
どちらかからおつき合いしましょう、なんて声をかけたわけではないなと返すと、こっちの人わかりにくいねん、そこはハッキリさせなあかんとこでしょと苦笑気味につぶやく。このパルデアで四天王として迎え入れられて、すでにそれなりに年数は経つだろうにまだ慣れないのかと問えば、文化の違いって言ってもなあ、白黒つけとかな後で面倒になりませんとチリはつぶやく。
「本人たちに自覚があれば問題はそれほどないぞ、周りもおよそわかるものだしな」
「ふうん、変なの」
情熱的なんかやる気ないんかわからんわと、頼んだカクテルをマドラーでかき混ぜながら言う。意味のわからない組み合わせというなら、今だって正にそれだろうがと指摘すればそうなんですけどねと苦い顔で言う。
ジムリーダーと四天王が食事をしている、となれば接待かと周りには見えているのかもしれないが、実際はそうではない。
ハッコウシティで開いていた展覧会の休憩中に、街で普段と装いの違う彼女が電話先に向かって、ええんよ気にせんでとなにやら取り繕った声で話し、通話が終わった後に盛大な溜息を吐くところまでを目撃した。見るからに肩を落とした知人に、さて声をかけるべきかと迷ったところで、こちらに気づいたらしい彼女が笑顔で近づいてくる。
「どうも、お久しぶりです」
突然ですけどこの後とか暇してませんと聞かれて、一応どこへ行く気なのか聞けば、二人で予約してたディナーの相手に今になって来られへんって言われたんですと、肩を落として言うので、講演の後でいいのならばと返して今に至る。
ディナーと言われたのでもっと形式ばったところかと思ったが、ずっとフランクに入れる店だったので、彼女のやけ食いに近い食事もまあギリギリ見苦しくはない。
あんな質問を投げかけてくるということは、本来この席に座る相手はまだ特別な関係に踏み入れてないということか、よほど攻めあぐねているのだろうが、約束を取りつけるのに成功しているのだからそこは評価していいだろう。
「当日になって、仕事が入ったって約束ブッチされてるんですよ」
「相手が悪いのであって、キサマの落ち度ではないだろう」
でも脈なしってことちゃいますと言うので、その気がなければそもそも約束なんてしないだろう、義理であっても一度くらいで終わる、それが幾度も誘いをかけて了承を取りつけているのならもう少し自信を持てと返す。
「そうは言ってもなあ、なんかイマイチこう手応えがないっちゅうか」
「だから他人の馴れ初め話を聞いてみるかと」
さほど面白くない昔話だぞと言うも、いや気になるでしょ普通に、ハッサクさんって身持ち固そうやのにどうやって口説き落としたんです、と至極真面目な顔で言われるので、熱意を持って口説き落としたと笑って返す。
「ハッサクさんって、口説き文句に落ちるタイプなんです?」
「無論タダでは落ちないな」
あの人を動かすのは水が岩を砕くほどの年数と根気がいるだろう、一筋縄ではいくわけがない、そんな相手を動かすほどの殺し文句があった、というわけじゃない。
「ワタシたちの場合そもそもが芸術活動を通して出会った仲だ、まずお互いの作品なり思想なりに響き合うところがあった」
影響を受けそれがいい方向に転がった、ワタシの人生にとっては特にそうだ、作風に起きた変化が世間の風に乗り、ようやく日の目を見ることができた。
「病がちだったころも、見捨てずに支えてくれたしな」
「前から気になっててんけど、その頃にはお二人もうデキてはったんですか?」
「まだつき合い始める前だな」
病人の看病って家族でもキツイと思うんやけど、よう耐えたなあの人とつぶやくので、それをもってハッさんには感謝してもしきれない恩がある。
「当時のワタシにはそんなこと理解もできなかったが、感謝されようがそうでなかろうが、彼がそばに居てくれたことは事実だ」
どんなに低い評価を受けようと、周りから理解を得られなくとも、ハッさんだけは常にそばに居てくれて、どんな些細なことでも笑うし同じように些細なことで泣く。当時のワタシは今ほど感情が生きてなかっただけに、みずみずしい彼の感情のありようが余計に眩しく、ときにおかしくも映った。
「ハッサクさんが泣くの、昔からなんや」
加齢による涙腺の緩みが原因ではないぞと言えば、あれが生まれつきっていうのも恐ろしい話やでと、げんなりしつつもカクテルを傾ける。
「実家ではそれで怒られたらしいがな、竜の長たるものが人前で泣くものじゃないとか」
だが泣き虫ではあったが彼は弱虫ではない、むしろ肝は据わっているからこそ家族とぶつかり合って、結果的に家を飛び出して自分の道を歩むことに決めた。そんな彼が選んだのが人を導く教育者というのは、なんとも皮肉が効いてていいことだろう。
「それどう思ったんです、最初はあの人も芸術家を目指してたのに、自分を置いて社会に合わせにいくっていうのは」
「結果的にはそれでよかったが、当初は荒れたな」
喧嘩と呼ぶには一方的にこちらが怒鳴り散らした、ただ自分が影響を与えた結果だと気づいたら、すっと怒りが引いて、酷いことを言ったとすぐに後悔が押し寄せてきた。
「教師やってるのは、コルサさんの影響で?」
「なにを隠そう、ハッさんに絵を教えたのはワタシだ」
えっと驚いている彼女に、それを自慢にしていないあの人は偉いだろうとグラスの中身を飲み、おかわりをオーダーする。
「最初はただの気まぐれで、暇ならスケッチでもつき合ってくれと言っただけなんだが、思ったよりも楽しかったらしくてな。デッサンのやりかたから、絵の具の扱いかたまで、教師の真似事よろしく彼に指導したわけだ」
飲みこみが早いのと観察眼がよかったこと、あと彼が何事にも真面目に取り組む性質なこともあって、面白いほどすぐに上達していってしまって、そんなワタシを見ていた相手が、今度は人に芸術を説くと言い出した。
「音楽ではなく美術教師だと聞いたとき、自分はどうやら思っていた以上に彼に影響を与えてしまったのだと、そう実感したものだ」
気づいたときにはすでに遅かった、けれどその選択を彼は微塵も後悔していなかったし、美術に光を見出しているのだと実感した、それ故にワタシも足掻いてみせようと思った。
「随分と世話をかけたが、それでもハッさんはワタシの再生を待ってくれていたからな、それで最後にどうにか一つ作品を見せたくて筆を取って出来た物が、投げやりのキマワリだ」
「めっちゃいい話なんですけど、ウチは別に美術史の話は聞いてへんねんけど」
「最後まで聞け、あのキマワリの完成を見たときなのだよ、ワタシはこの人にどうも惚れてるらしいと気づいたのは」
ええっと驚きの声をあげる相手に、最初に言っただろう互いの芸術を通して知り合った仲だと、自分の感情すらも作品を通して気づく、まあ投げやりのキマワリの感情に真の意味で気づいたのはワタシだけだったが。
「色んな言葉であれを賞賛する人々を見てきたが、ハッさんだけは普段と変わらなかった、いや受賞は喜んでくれたし見たことないくらいに泣いて喜んだが、それだけだ」
お互いに立場も関わる人も変わって、全てが目まぐるしく変化しても共にあってくれるので、これからもそうであってほしいと思った。
「他人からの評判が強くなるにつれ、大衆は身勝手なものだと気づかされてしまった。名前が売れた分だけ今後もあれこれ言われ続けるし、見知らぬ他人を引き寄せる」
彼を面倒ごとに巻きこみたくないと思ってはいたが、それは向こうも同じだった。彼には家族という切れない血の繋がりが邪魔をしていて、どうにもお互いに踏みこむことをためらい、距離が空いたこともあったが、顔を合わせないほどに不調へと傾いていくのが自分でもわかったので、耐え切れなくなって会いたいと電話をかけたり。
「来てくれはったんですか?」
「場合によっては飛んで来てくれたし、ワタシから会いに行ったこともあるさ」
ええなあと待ち人の来なかった相手はつぶやくが、全てが順調だったわけでもないさ、特にハッさんには長く我慢の時間を強いたようなものだし、今更になって手を伸ばしていいものか迷いもしたものの、かといって黙って手放すこともできず、なんとか口説き落としたわけだ。
「決め手になった台詞ってないんですか?」
「そうだな、いくつか思い浮かぶものがないわけではないが」
もうあなたなしで生きていけないとかなと続ければ、そこまでいくとプロポーズやんかとグラスの中身を空けてしまうと、追加のオーダーをかけようとするのを止め、ウェイターに水を頼む。
「ハッサクさんなんて言いはったん?」
「ずっとそばに居ましょう、だったかな」
「プロポーズやん」
それでつき合ってなかったってほうが嘘やろとげんなりした顔で言うので、そのころには関係もいい具合に進展していたし問題ない、ワタシの周りを飛び回っていた人も彼のお陰で少し静かになったのも事実だしなと返す。
「もったいないとは言われたが、ワタシを真に愛してくれるのもハッさんだけだろうと思ったし、それは事実だ。だから今もずっと一緒にいる」
「ええなあ」
「愛は一日にしてならず、一言で劇的に全てが変わることなんてないものだ」
諦めたら終わりとも言う、キサマがそれだけ熱をあげているのなら、その想いは相手にだって伝わっているだろうさ、心配しなくともそう遠くない内に実を結ぶさ。
「なんでわかるんです?」
「外を見てみろ、キサマを迎えに来てくれたんじゃないのか?」
はあと素っ頓狂な声をあげて立ちあがると、少しふらつく足で窓辺に近寄り外を確認する。
近くの外灯でもうずっと立ち尽くしているスーツ姿の男に気づき、詫びのつもりなら花の一つでも用意して来いとメッセージを送ったのだが、それで喜んでくれる人ではないでしょうなんて言い放ったので、乙女心のわからん奴めと内心で溜息を吐いたものだが、まあ迎えに来ただけでもいいほうか。
「いつから?」
「それなりに前からだ、食事中だろうと気を使ったつもりらしいが、もういいだろう?」
気づいてたんなら教えてくださいよと、慌てて荷物をまとめ始める相手に、向こうの本気を確かめてみたまでのことだ、今夜のことは相手が悪いのだからキサマが慌てることでもないだろうに。
「そうは言いましても」
「慌てると転ぶぞ、むしろ余裕を持て」
「無理ですて」
伝票を乱暴に取ろうとしたので先に取り、ここは預かっておくから会いたいのなら行って来いと言うと、自分から誘っといてそんなわけにもと奪い取ろうとするので、少しは格好をつけさせろと返す。
「あんた充分に色男やろうに」
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
ええいもう借りておきますから、絶対に返しますからねと言い置き、襟を直して飛び出していく彼女を見送り、いつも彼女を格好いいと囃し立てるファンたちがあれを見たら、どんな反応をするだろうなと考える。
「まだまだ青いが、いい恋をしてると思わないか」
「よかったかどうかを決めるのは、当人たちではないですか」
そう言うと空いた席へ移動してきた相手を、まあいいじゃないかと迎え入れて、飲みかけのワインを薦めると大人しくグラスを受けてくれるので、深みのある酒の香りを楽しむ相手に、中々に当たりだったぞと言い添える。
「しかし、突然の連絡でこちらは驚いたですよ」
「言っておかないと怒るだろう?」
浮気は疑ったりしませんよ、単純にあなたも彼女も顔の知れた同士なんですから、目立つことは気をつけてくださいとお小言を寄越すものの、ずっと背中に嫉妬の視線を受けていたような気がするが、ワタシの思い違いかなとたずねルトそれはと言葉を詰まらせる。
「ずいぶんと、楽しそうでしたので」
「あなたの話をしていたのだ、こんな男の惚気話など耳を傾けて楽しいかはわからないが」
なにかしら収穫があったならそれでよし、昔を振り返ってみると意外にも楽しかったのは事実だしな。
「続きはハッさんが聞いてくれるかな?」
「コルさんも、そこそこに酔っておられますね」
一杯だけですよと溜息をついてからグラスを軽く合わせて、さて愛しの人へどんな言葉を捧げようかと考えた。
パルデアは不明ですけど、現実のスペインは告白文化がないっぽいので。
自然発生的にくっついたハッコルも見てみたいなと。
アオチリがフレーバーですみませんでした、攻めあぐねてそうなチリちゃんが見たかったんです。
2023-01-31