こうかはばつぐんだ
「なあなあハッサクさん、ちょっと下世話なこと聞いてもええ?」
「なんですか?」
あんまり女性がおかしなことを言うものではないですよ、内容次第ではセクハラと受け取られても仕方ないですからねと注意すれば、せやから先にええかって許可もろてるやんかと頬を膨らませる。
時刻は深夜に近づいてきており、残っているスタッフも我々を除いてほぼいない、十中八九おそらく頭を痛める内容だろうが、まあ聞くだけならいいかと続きをうながす。
「恋人とセックスするときって、一晩で何ラウンドするもん?」
飲みかけのコーヒーが気管に入って咽せる、気をつけなとティッシュを差し出してくれる相手に、あなたのせいでしょうと怒りの声で返すものの、なんとか無事だった書類を先に避難させておく。
「そ、そんなこと聞いて、どうするんです?」
「いや参考までに」
人によって違うって言うやん、満足できる数と実際の体力もやし、相手ありきの活動やし、あんま他人の行為まで詳しく知らんから、それが酸いも甘いも知り尽くしてそうな二人ってなると、どんなんかなって思って。
「だからそんなこと聞いて、あなたはどうするんです?」
「純粋な興味やって、別にゴシップ誌にネタ売ったろとか思ってへんよ」
「そんな心配はしてないんです」
誰が興味あるんですかそんな話と言えば、いや大衆は出歯が目なもんやでとしれっと語る彼女に、マークされているとしたらあなたなんですから、そこは気をつけておくんですよと注意しておく。
「それでどうなん?」
「いや、普通だと思いますですが?」
「同性の時点で普通なわけあるかいな」
それはそうなんですけども、なんで深くツッコんでくるんですかね。
こんなことに関心なんて持たないでほしいのだが、深い溜息を吐くとまあ我々もそうですけど、コルさんも忙しい人ですから、まず二人の予定が合うことが大前提ではあるものの。
「そりゃ、予定が合うならシますよ」
「へえ、いかほど?」
「場合によりますけど」
一度で満足できるのならそれでもいいですし、ちょっと期間が空いてたりすると多少は回数も増えるものですが。
「ハッサクさんたち、ほぼ同棲みたいなもんちゃうの?」
機会なんて常にあるでしょと首を傾げるので、そんな頻繁に彼の家には行ってないですし、自分もそれなりの年齢ですしそこまでガッツいてませんよ、と呆れたように返す。
「コルさんはお仕事柄、休日にイベントに行かれることも多いですし」
美術館やギャラリーの類は週末に目玉イベントを用意しておきたい、彼としては平日が休みでも特に困ることはないので、そうなると必ずしも休日が合う生活でもありませんし。
「平日でも求められたらヤルと」
「あっ、そういうわけでは」
「ええやん、そないに隠さんでも」
たまにハッサクさんご機嫌で出勤されはるから、さては昨日はお楽しみやったんかなと思っててんと、笑顔で退路を断ってくる彼女に、そんな顔に出るほどおかしいですかと恥ずかしくなって聞き返す。
「変ってわけちゃうで、今日みたいに残業をこなしてから出勤してきた割に、なんか翌日やけに元気な日あるから、さてはと思って」
「しっかり睡眠を取っただけでは」
「キスマークついてはりましたけど」
「ええっ、いやっそれは!」
やっぱりそうやん、歳がどうのって言うてはったけどほんまはもっとお盛んでしょ、と笑って痛いところを突く彼女に思わず視線を逸らしてしまえば、図星やろほんま自分嘘つかれへんなあと、面白そうに続ける。
「疲れてても、イイコトの誘惑には勝たれへんと」
「そういうわけでは」
「ええやんか教えてや、疲れてるときに恋人に甘えたら許してもらえるもんなん、それとも向こうからやったら許せるもん?」
そう問うてくる相手に、許すか否かは人によるとは思いますよと前置きしたうえで、とはいえ求められて断る人も珍しいのではと小声で返す。
「へえ、ならコルサさんから?」
「常に彼からというわけでは」
したい気持ちがないわけではない、ただ自分の都合を押しつけるわけにいかないというだけで、もし叶うというのならそりゃ好きなだけ触れ合いたいとは思いますけど。
「そういうわけにもいかないので、平日はできるだけ自制してますですよ」
「自制した状態で、何ラウンドしはんの?」
「まあ三回くらいは」
「結構ガッツり食うてるやん」
そうなんですかと聞けば、通常でも三回ってそこそこ楽しんでませんと冷めた瞳で返されるので、人によって違うと言い始めたのはあなたですよねと泣きの混じった声で返す。
「そうなんですけど、ちょい待って、自制なしの普通の日は何回スルんです?」
「それは、まあ倍くらいは」
「竜の一族って、絶倫の遺伝子のこと言うてます?」
コルサさんの体とか無事ですかと聞かれて、体力は小生のほうがあるので激しくしすぎないように、気は使ってるんですよと言えば、回数がすでに気使ってないやんかと返ってくる。
「もしかして、無理させてたんですかね?」
「拒否されたことないん?」
記憶してる中では特に、彼のほうがバテるのが早いので途中で休憩したり、このままやめるか聞いたりしていたんですけど。
「疲れはしても拒否されたことは、いやどうなんでしょう、コルさん途中からぐずぐずになるもので」
自分に全てを委ねてくれる姿が非常に愛らしくて、どうもあの状態でしなだれかかられると、可愛くて仕方なくてその場の空気に当てられるまま続けてきたもので。
「自分なあ、一回で満足するタイプちゃうやん」
嘘ついたらあかんでと呆れ口調で返されるので、別に嘘を言ったわけではないんですよと言う。
「まさか朝昼晩で一回ずつとか?」
「あっ、はは」
「嘘やん」
それはな一回とは言わんねん、盛りのついたドラゴンかあんたは、失礼ですねドラゴンタイプの繁殖期は非常に貴重なんですよと返すと、そういうこと言うてんのと違うわと頭を引っ叩かれた。
「そもそもチリが言い出したんでしょう、小生だって別に話したくて言ったんじゃないんですよ」
「こんなどえらい絶倫なんて思わへんやん、大人なおつき合いとはなんやろな、くらいの気持ちで聞いたのに!」
誰が絶倫ですか、というか他人の性生活を聞いておいてその言い草はないでしょう、少なくとも恋人に呆れられてるわけでも、いやがられてるわけでもありませんし、毎日求めてるわけでもないですし。
「当たり前やろ、毎日ヤッたらコルサさんから訴えられとるわ!」
「どこに訴えられるんです、司法はこんな裁判取り合ってくれませんよ!」
酔狂な裁判長かもしれへんやんか、裁判官が酔狂で人を裁いていいわけないでしょう、しっかりとした法の下で判決をくだしていただかないと問題です。
「じゃあ聞くけどその回数を週に何日やるんよ」
「それは、抑えたほうでですか?」
「うーわっ!」
もうあかん、いいわ言わんといて、これからボウルタウン行ってコルサさんに会って来ますと立ちあがる。
「こんな時間から急に、なにをする気ですか?」
「今後のことを考えてパルデアから離れて、単身でカロスにでも行かれたほうがいいですよって言う」
ダメですよボウルジムの仕事はどうなるんですか、そんなんアオキさんみたいに自分が受け持ちます、あなた面接官も兼ねているでしょうこれ以上の兼業は無理ですよ、過労死してしまいますよと叫ぶも、大丈夫やどうにかなると大声で返される。
「なんだ、思ったより賑やかだな」
てっきりもっと疲れているのかと思っていたぞと、声をかけられて二人揃って振り返れば、今まさに話題の中心にあった人がそこに立っている。
「コルさん、どうしてここに?」
「アオキから、二人ともまだ業務が残っていて遅くなりそうだと聞いてな」
どうしてアオキがと聞けば、ジムリーダーの定期会合だったからなと言い、これは宝食堂でテイクアウトしてきた差し入れだと袋を差し出される。
「これはどうも、すみません」
「お気遣いありがとうございます、それでコルサさん、ついでなんでちょっといいですか?」
なんだと特に疑問を持たずにたずね返す彼に向けて、パルデアの顔なのはわかってるんですけど、今後の世界進出のために海外に拠点を移すご予定とかありませんと、遠慮なくたずねる。
「芸術の都たるカロス地方とか、巨大都市という意味やとイッシュ地方もええやろうし」
「まあ考えたことはないわけじゃないが、ワタシの作品には郷土の風が必要不可欠だからな」
ジムの仕事も気に入っているし、パルデアから離れるつもりはないぞと言うので、ほんならこの人だけでも乗り換える気あらへんと雑に指をさされるも、そちらのほうが考えられないなと首を横に振る。
「キサマまさかハッさんを狙っていたのか?」
「違います、こんな性欲魔人は狙ってません、コルサさんの身の安全のために提案してます」
なんの話だと不思議そうに首を傾げる恋人に、いやこちらの話といいますか、深夜の無駄話ですので本当に気にしないでくださいと両肩を掴んで言い含める。
「ハッサクさんが絶倫すぎるんで、コルサさんの身が心配です」
「チリ!」
「ハッさん、絶倫なのか?」
なんだ普段のでは物足りなかったのかと首を傾げるので、いえ小生は満足していますですよ、ただあなたに無理をさせているのではと勝手に心配されまして、とあたふたしながら答えると、一体どうしてそんな話になったのかはわからないが、別にワタシに不満はないぞと可愛い人はケロリとした顔で答える。
「そう、ですか」
であれば安心しましたと胸を撫でおろすと、このようなことで愛想を尽かされてしまうことはない、愛情を感じることはあるがなと笑顔で言い切る。
「コルさん!」
「はあーこれは、とんでもないとこで相性のいい人やったってことですか」
心配して損したわと言うチリに、あなたが勝手に言って盛りあがっただけでしょうにと頭を抱える、だって抑え目で三回は流石に多いと思うやんと、もう隠す気もなく大っぴらに言うので、コルさんの前でやめてくださいよと苦言を呈する。
「三回というのは、あれか、交合した際の」
「コルさん!」
「そうそう、抑えてても三ラウンドはヤるって言うから」
「バカを言え、ハッさんが三回程度で満足するわけがなかろう」
正確には五回はしてるだろう、一晩かけるときはもっとすごく激しい。
「コルさん!」
なんでそんな恥ずかしげもなく言えるんですと両肩を掴んだまま揺さぶると、芸術家が性にタブーを持ってるわけがないだろう、エロスもまた美に必要な要素だと至極真っ当に答えられる。
「間違いない、あんたらパルデア一のお似合いカップルやわ」
末永く爆発しいやと声は笑っているも、冷えた視線のままで返されるので、なんだそれはと首を傾げる彼に、とりあえず今日は遅いですし、コルさんはもう帰りましょうと連れ出す。
「なにか間違えたか?」
「いいえ、なにも間違えてはいませんよ!」
なんというか、セイジ先生やサワロ先生とこういう話をするのは想像できなかったのに、チリちゃんと先生は猥談できそう、と思ったもので。
チリちゃんのお相手に関しては、ご想像にお任せします……。
2023-01-08 Twitterより再掲