こうかはばつぐんだ

「ハッサクさん、えらい疲れてはるやろ」
 そう年末から仕事が立てこんでいる、自分の場合はアカデミーでの仕事もあるため、どうしてもこの時期は仕事が忙しくなる傾向にある。十二月を師走と呼ぶ地域もあるそうだけれども、まさに先生が駆けずり回る忙しさであった。
 それは年が明けてもまだ収まらず、新年の挨拶もそこそこにリーグの仕事を処理している。
 そんな自分に対し同僚たる彼女はにっこり笑って、そんなハッサクさんにチリちゃんから特別ボーナスやでと、なにか企んでいそうな顔で言う。
「なんです? 追加の書類ならいりませんよ」
「新年からそんなキッツイ冗談は言わんわ、ハッサクさんが疲れてるわって話をしたらな、少し顔を見に行ってもええやろか、って愛しのコルサさんから連絡があってんな」
「コルさんから?」
 それは確かにいい知らせだ、こちらの仕事が立てこんでいたのはもちろん、彼もまた個展があったりして会う機会がなかったもので、その知らせ自体は嬉しい、なんでチリと電話をしてたのかは気になるけれども。
「勘違いせんといてや、ジムからリーグへの連絡のついでに、ハッサクさんの様子はどうやって聞かれただけやで」
「そうですか」
「それでな、あんまりにもお仕事で忙しそうやし、せっかくの新年やし、可愛いバニーちゃんで会いに来てくれたら、ハッサクさんも元気なると思うわって言ってんよ」
「はあ?」
 いやあ、まさかあんなノリノリで提案に乗ってくれるとは思わんかったわ、というわけでなチリちゃんからのサプライズプレゼントや。
「今入口に着いたって言ってはったから会いに行ってきたら?」
 それじゃあとそそくさと立ち去る彼女を追いかけるより、今はコルさんのほうが問題だ、なんでそんなことを了承してしまったんだという思いつつ、とかくリーグの入口へ向けて一目散に走る。
 普段あまり人がやって来ることがないのだが、新年ということで地域交流イベントとしてトップとチャンピオンによるエキシビションマッチなど、人が集まることをしているわけで、その中にバニーはまずいでしょう。
 ようやくリーグのエントランスが見えて来た、一気に走り抜けて視界に入ってきたものは。
「大きなマリルリちゃんです!」
 可愛いですと喜んでいるポピーと小さな子供たちに、ぽよぽよした体で風船を手渡ししているマリルリの着ぐるみだった。
「……えっと、コルさん?」
 無言のまま着ぐるみがこちらへ顔を向け、持っていた風船をいったんリーグスタッフに預けて、短い足で一生懸命によたよたと近づいて来る。
「突然ですまない」
 着ぐるみ越しのくぐもった声ではあるものの、よく知る相手の声が聞こえてきて、ほっとするのと同時に疑問が追加される。
「なにをされてるんです」
「リーグのイベントを開くのはいいが、風邪が流行ってスタッフの手が足りなくなったと聞いてな」
 なにか手伝おうかと言ったら、着ぐるみの中に入る仕事を任されたのだとか。
「よりによって、なぜそんな仕事を」
「ワタシもそれなりに顔が知られているし、あんまり目立つのはよくないだろうってことでな」
 ハッサクさん疲れているし、可愛いものを見たら癒されるわと電話先のチリは太鼓判を押していたが、やはりフェアリータイプは好きじゃなかったか?
 つぶらな瞳でこちらを見つめるマリルリに、全く違う意味で良心が痛めつけられて非常に心苦しい。
 とはいえコルさん当人は好意でやってくださっているのです、子供たちも喜んでいることですし、変に騒ぎを広めることはできず、とても可愛らしいですよ、となんとか笑ってやり過ごす。
「そうか、喜んでいただけでなによりだ」
 ちょっと屈んでもらえるかと言うので、どうしましたと言葉に従うと、丸いお腹につっかえそうになりつつ手を伸ばし、なんとか頭を撫でようと苦心しているものの、どう足掻いてもこれは。
「マリルリのじゃれつく、こうかはばつぐんだ!」
「そこ、変なアテレコをしない!」
 アハハと声をあげて笑うチリは、マリルリちゃん喜んでもらえたみたいでよかったなあ、と声をかけている。
「急なお願いやったのに、引き受けてもらってすみません」
「いや、こんな純粋に子供が寄ってくるのも珍しいからな、なかなかに面白い体験だ」
 もう少し風船を配ってくると再びエントランスへと戻っていく、丸い後ろ姿と長い耳を見送りつつ、隣に来た仕掛け人を睨めばそんな怒らんといてえや、とニヤニヤと笑いながら言う。
「間違いなく可愛いバニーちゃんやろ? というかなにを期待してたん、ハッサクさんのスケベ」
「チリ」
「ちょっとした冗談やん、まあ元気になったみたいでよかったわ」
「全然よくないですよ」
 むしろ余計に疲れましたですよと言えば、まあまあイベントも十五時で終わるしそのままコルサさんと帰りや、残りの業務は敏腕のチリちゃんが片づけておいてあげるからと、背中を叩かれる。
「なっ、しかし」
「あんまり根を詰めすぎてもあかんやろ、恋人に心配かけんのも程々にしときや」
 あなたにそんな心配をされてしまっては目も当てられませんねと返すと、失礼やな人並みの感性くらいは持ち合わせてますと頬を膨らませる。しかし、彼女なりの気使いを今回はありがたく受け取っておくことにした。

 その後、着替えを手伝ってほしいと言う彼が、着ぐるみの中身はこれが正解だと聞いていたんだがと、マリルリの中からビキニ姿で現れたので、そんなわけないじゃないですかと叫んだ。

あとがき
卯年なので、バニーのハッコルをあげてるかたが多かったんですけど、出遅れた分なんか上手いこと被らないネタないかなって思った次第。
まあチリちゃんに「ハッサクさんのスケベ」って言わせたかったんです。
マリルリの中身は、たぶん美味しくいただかれたと思います。
2023-01-03 Twitterより再掲
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