愛を囁くのも一苦労/h1>

「あなたはとても綺麗だ」
 その美しさに誰もがひれ伏し、目を奪われることだろう、もちろんワタシだってその一人だとも、そう声をかけている相手は大きな目を彼に向けて声をあげて笑う。
「素晴らしい、どこから見てもあなたは完璧だ」
 当たり前だと言いたげな彼女の髪を整えているコルさんは、側で見ていても嫉妬しそうになるくらいには彼女に夢中でいる、それに気をよくしたのだろうアマージョはこちらを一瞥して、ゆっくり目を薄めた。
「あなたのご主人を奪い取る気はありませんですよ」
 そう声をかけると鋭い視線がこちらへ向けられる、嘘を言うなと咎めるような声に、本当ですよと弱ったように反論するものの、彼女には見透かされているようである。
「どうか寛大な心で許してくれ、ハッさんだって悪気はないんだ」
 あまりにもあなたに夢中だから寂しくなったんだろうと言うので、仕方ないとばかりに息を一つ吐くと、再び彼の手入れを受け入れる。コルさんの手持ちの中でもかなりのじゃじゃ馬気質であるものの、そこも含めて彼女の主は気に入っているらしい。
 アマージョはコルさんを好いているものの、自分以外を愛でるのを許していないわけではない、彼が他のポケモンにあまりにも構いすぎていると拗ねることはあるものの、その穴埋めとは違うが彼が自分のために尽くす時間を与えれば満足している。
 ただ小生にだけは少し当たりが強い、撫でることはもちろんのことそばに寄ることもあまり許してくれない、今もギロリと睨みつけて近寄るなと牽制されているようだ。
 こういうときは仕方ないので別の部屋に移動するに限る、もうすぐ手入れも終わるでしょうしなにか飲み物でも入れようかとキッチンへ立つと、様子を見ていたらしいドレディアに笑顔で抱きつかれた。
「おや、あなたは慰めてくださるんですか?」
 一声あげて手を取ってくる彼女からすると、どうもアマージョの態度は目に余るものらしい、いつものことですから気にしてないですよと声をかけるものの、実際のところは心の中にさざめき立った波はまだ治らない。
 湯を沸かして二人分のコーヒーを淹れている間に、少しでも頭を冷やそうと考える。いつものことではないか、昔からそうだ気に入ったポケモンには最上位の褒め言葉をかける、自分の手持ちとなれば、それはコルさんの中では一等に大事にされていてしかり。
「ここに居たのか」
 二人で相引きとは関心しないなと茶化してくるコルさんに、あなたに言われたくないですよと溜息混じりに返せば、すぐそばに寄ってきたドレディアの頭を撫でつつ、ワタシだって女王陛下のご機嫌を損ねたくないのさ、あの脚で蹴られるのは存外に痛いんだぞと続ける。
「人間相手で手加減をされたうえでも、それなりに痛い」
「そもそも蹴られるようなことがあってはいけないと思いますが」
「ではたずねるが、ハッさんのドラゴンたちが一度も主人に牙を剥くことはないのか?」
「もちろん、そんなわけではありませんが」
 そういうことだ、少しの我儘くらいは許してくれと言う相手にコーヒーの入ったマグを渡せば、ありがとうと礼をつぶやいてから受け取り中身に口をつける。
「そうだいい機会だから一応言っておくがハッさん、彼女は別にあなたを嫌っているわけではないぞ」
「そうなのですか?」
 常に邪険に扱われていますがと言えば、あなたは嫉妬の対象だからな、仕方ないだろうと笑う。そりゃあ彼女に愛を説く第一人者である彼を奪っているのは自分だ、女王と言われるとおりの気質を持つ相手からすれば、我慢のならないことかもしれませんが。
「正直に申しあげますと、小生もあの娘に妬いております」
「そのようだ」
 不機嫌な声で返してしまったはずなのに、それでも彼はおかしそうに笑いながらこちらの責めの言葉を受け止める、なんだか子供扱いをされているようで少し恥ずかしくなってくるものの、ここは引けないのです。
「ドラゴンと違って、彼女はどうも、こう人型のポケモンでしょう」
「あれはあれで美しかろう?」
 そうですね、だからこそ嫉妬心も一倍に強くなってしまうのですよ、やっぱり隣り合うにはああいう髪の美しく、線の柔らかい女性がいいのではないかと思ったり。
「ワタシの心があなたから離れていくとでも?」
「そこは、疑ったりしませんが」
「ハッさんのほうがずっと、女性が放っておかない色男だろうに」
 そういう問題ではなくてですねと言えば、どうもわかっていないらしいぞと隣に座っていたドレディアに声をかけている、彼女はそんな主人を見あげて小さく溜息を吐く、なんだか呆れているような顔をしているので、意図するところを察しているのだろう。
 まただ、彼らには通じていることが小生だけ蚊帳の外、なんだかとても心が寂しくなってしまう。
「コルさん」
「ああすまない、ここからは二人で話そう」
 そう言うとドレディアをボールに入れると、こちらへと空いた席へ手招かれるので、ようやく隣へ収まった。
「アマージョはな、実はワタシの惚気を一番聞いてくれるのだ」
「そうなのですか?」
 彼女を褒め称える言葉ばかりを耳にするので、ついついそちらばかり気にしてしまうのですが、そりゃ本人を前に惚気るわけにはいかないだろう、ハッさんのいないときだけだとおかしそうにコルさんは言う。
「他のポケモンたちと比べて少しませているところがあってな、思春期の少女のように恋の話に目がない」
 こちらとしても、聞いてくれるのならばいくらでも話したいことがある、日々の些細な幸せからちょっと特別な話を報告すると、目を細めてケラケラと笑うのだ。
「そんなわけでな、自分よりも愛おしいと言う男がどのようなものか、いつも試しているんだ」
 はたしてその身を弁えているのか、ワタシに相応しい者なのかを見定めんといつもあなたを見ている。
「お眼鏡に叶っているとは思えないのですが」
「彼女もまた身を弁えているのだ」
 あの子には己が美しいという自負がある、故に他人に易々と触れさせることはさせない、それが主人の愛する男であれば余計に。
「美しい己があなたに近づけば、ワタシが傷つくと思っているのさ」
 あなたがワタシに対して抱いたように、ワタシが彼女に嫉妬することは是が非でも許せないのだ、主人の恋心へ向けて弓引く行為はできぬということさ。
「そうでしたか」
 いやしかし納得できるものでもありません、あなたが彼女を口説く姿を幾度も見せつけられているのです、いくらなんでも他人の恋心を踏みつけていいわけがないでしょう。
「あなたが嫉妬する姿を見るのが、面白いというのもあるんだろうが」
 あれこれ理由をつけて離れていくようなことがないように、たまに見せつけておかないと気が済まないのだ、自分に妬くほどでないとワタシを任せられないと思っている、そもそもこんな偏屈を愛してくれるような物好きが、早々に現れるものでもないのだが。
「わかったうえでやっているのならば、効果は抜群ですよ」
「それはよかった、彼女も喜ぶだろう」
 小生は嬉しくないですとムッとした声で返せば、だからこうしてあなたの元へ来たんじゃないか、愛想を尽かされるわけにはいかないからな。
 愉快そうに語る相手の腰を抱いて引き寄せると、くすぐったそうに少し身を捩るものの、大人しくこの腕の中に収まってくれる。
「小生のことは口説いてくださらないんですか?」
「あなたに愛を説いていたら、時間がいくらあっても足りないだろう?」
 それに言葉だけで足りるだろうかと問いかける相手の目に、ゆらりと情欲の火が揺れるのを見る。無論それを断るなんて選択肢はない、彼の声を全てをこの腕に閉じこめて気が済むまで愛を囁くことができるなら、そうしたい。
「竜の嫉妬を煽った罪、その体で存分に味わいなさい」
「まだ日も高いのだがなあ」
 まあそんな日もあってもいい、さあ好きなところへ連れて行ってくれと手を差し伸べる相手を抱きあげ、キッチンから連れ去った。

 翌日、ふと思い立って彼のアトリエの中に自分のスマホロトムを置いていった。こういうときにプライベート用と仕事用の二台を持っていると、少しだけ便利ではある。
 置き去りにする前に片方に通話をかけて、しばし放置していた。恋人がいつも手持ちの世話をしている一角に、気づかれないように隠して置いてある。
 もしも昨日の話が本当だったなら、彼曰く嫉妬してしまうあの子に対して、小生への惚気なるものが聞けるチャンスでもある。それで今回は溜飲を下げようと思うのだが、うまくいくだろうか。
 不安と緊張と後ろめたさに胸を高鳴らせながら待つこと三十分、ボールの音がしてアマージョの鳴き声が部屋に響き、さあこちらへと椅子を引き彼は手持ちの世話へ入る。
「昨日もまた、ハッさんにはたくさん愛を囁いてもらったぞ、ふふいいだろう」
 彼のものとは違う少女のような笑い声に、一晩使っても止められない愛の囁きとは、なかなかに情熱的だろうと熱っぽく語る。
「らだあの人は優しく紳士的な人ではあるが、あれで存外に嫉妬深いところがあってな、おまえの一挙手一投足に対して、ちょっとどころじゃなく妬いているぞ」
 だから少しは手心を加えてやってはくれないか、情熱的に愛されるのは歓迎するがあんまり酷いと体がもたない、その言葉に思わず良心が痛む。確かに昨晩は少ししつこかったかもしれない、無理をさせてしまったでしょうか。
「あのハッさんの顔は確かに好きだぞ、ワタシ以外が目に入っていない、まさに独占状態というやつだ!」
 男っぽくて色気のある表情なのだ、あの男前が一番いい顔をしている、そう話す相手にアマージョは少し冷たい声を出す、なんだか責め立てるような発言に、ああと困ったようにコルさんはつぶやく。
「なにかしらの奇跡を望んでいるのかもしれないが、残念なことにやはりワタシとハッさんでは無理なのだ。でもワタシはハッさんに愛されている、それだけは間違いなく事実だ」
 だから怒らないでほしい、悲しまないでほしい、我らの間に決して生まれることのない命という存在に、憐憫も憐れみも無用なのだよとコルさんは言う。
「まあハッさんは子供が好きだからな、いざその決断を迫られたら流石のワタシもいやとは言わない、いつまでもワタシに繋ぎ止めてはおかないさ。それでもワタシはあの人を生涯愛してるのは変わらない、ああ怒らないでくれ、せっかくの美人が台無しだ」
 甲高い声に怒りの色が含まれているのが電話越しにもわかる、だがもしもその言葉が本当だとすれば、彼女の怒りの理由は。
「小生はコルさんを終生手放す気などありませんです!」
「はあっ! えっ、ハッさんどこに」
 さっき出て行っただろ、いや違うななんだと電話先がバタバタと騒がしくなり、積んであった本が床に落ちる音が響き、置いてきたスマホを取りあげたらしく通話音がクリアになる。
「ハッさん、これハッさんのだな?」
「小生の愛を、軽く見ないでいただきたい!」
 あなたが身を引くと言ったって、自分は決して離せない、手を伸ばして触れたときから二度と離さないと心に決めているのです、だというのにあなたという人は。
 溢れてくる涙を堪えながら愛してますよと電話先の相手に告げると、わかったワタシがすまなかった、今どこにいるんだアカデミーかリーグか、とかく出先なんだろうと続く。
「コルさん、愛していますよお」
「ありがとうハッさん、だがキサマどこにいるんだ!」
 その後、テーブルシティの片隅で電話を片手に愛を叫ぶ男を、慌てたようにコルさんが迎えに来てくれた。

あとがき
コルサさんの好みの草ポケがいたら口説くという設定、めっちゃ見たいなっていうのと、
ハッサク先生の嫉妬が見たいのと、こいつがアマージョが好きなのでコルサさんの手持ちにいたのが嬉しかった、という話でした。
2022-12-31 Twitterより再掲

close
横書き 縦書き