結んで離さないで

「そういえば、最近はスター団とかいう思春期どもが近隣で暴れる事案が減ったな」
「はい、校長と生徒間での話し合いの末に、彼らとも和解できまして」
 先生の話は聞くタイプだったのか、道を封鎖したりしていたあたりそうは思えなかったが、ハッさんいわく内部には掟なるものが存在し、それに則って活動を行っていたらしい。
「この近隣でもご迷惑をおかけしていたようで、申しわけない限りなのですよ」
「まあ道の封鎖を解かせること自体は、簡単だったんだがな」
 バリケートを築きあげていたとはいえ、所詮は子供のやることだ、正面から立ち向かえば道を開けさせるくらいできる。
「流石にジムリーダー相手では歯がたちませんでしたか」
「初心者向けのジムのリーダーだと舐め腐っていたからな、テストでない以上はこちらも手加減は抜きで戦ったとも」
 アマージョに蹴り飛ばされ、キノガッサに殴られてどんどんひっくり返るデルビルたちを前に、半泣きになってた彼等を思い出す。どうにもならないと呼び出されたリーダーらしき少女ともバトルをしたが、タイプ相性もありそちらはいい勝負ができて楽しかった。
「まあ一時的に道の封鎖を解くことはできても、根本的な解決には至らないだろうとは思っていた」
 本人たちの信条やら信念やらは知らない、とはいえなにか確固たる理由があってここに留まっているのはわかったので、拠点としているエリアまで踏みこむことはしなかった、時間が解決できるならそれでいい。
 最近は噂を聞かなくなったなと思っていたが、ようやく学園側も問題に向き合う気負いを見せたらしい、人を導く立場となればそれが当たり前であって欲しいが。
「しかしどうしてこう、少し悪い道を行く若者はあんなふうに尖るんだろうな」
 若気の至りとは程度こそ人それぞれだろうけれども、多少はあるものだろうが、あの思春期どもを見ていると、あとで傷になりはしないか心配しないこともない。
「まあ他人の心配なんてしても仕方がないな」
 なにせ自分が真っ当な大人とは言えないわけだし、周りの投げかける忠告なんぞ思春期もとい反抗期である彼等の耳に届いたとも思えん。
「教師としては、生徒の暴走を止められなかったのが口惜しいところではあるのですが」
「理由があって外れていたのだろう、多少節が曲がったとしても成長は続けられる、戻ってきたのなら後のケアをしたらいい、その点に関してはあなたは得意だろう」
 実際にハッさんだって色々と無茶をしたろうと言えば、そこを指摘されると困ってしまいますねえと苦笑される。他人から影響されることもある、いい意味でも悪い意味でも、それでいけば手本となる大人にハッさんがいるのは幸運だ。
「そうでしょうか」
「当たり前だろう」
 実際に、影響を受けてよかったと思っている者がこうして近くにいるのだ、そこは自信を持ってくれと太鼓判を押すと、あなたにそう言っていただけると嬉しいですと緩く笑うので、彼の耳に手を伸ばして指先で軽く摘む。
「この真面目な先生がかつて派手にピアスを開けていたなんて話、誰か信じてくれるかな?」
「やめてくださいですよ」
 文字通り尖っていたなと喉を鳴らして笑うと、流石にバツが悪くなったのかそれとも怒ったのか、戯れに触れていた手を握って外されると体を引き寄せられ、膝の上に乗せられる。
「真面目な男は面白くないですか?」
「そんなわけないだろう」
 今でも充分、いや以前にも増して魅力的になってきたと頬を撫でれば、本心からの言葉ですかと疑いの言葉を投げられるので、なんだ今日は甘えたかと笑いかけて頭を撫でてやれば、疲れてはいますよと力なく声をあげる。
「コルさんは昔から変わらないので」
 自分と一緒にいて退屈だったりしないか、より刺激的な世界を求めているのではないかと時折心配になるのですと、なんて珍しく弱気なことを言う相手に、そんなこと口にするなと頬をつねってやる。
「痛いですよ」
「キサマがらしくないことを言うからだ」
 大体ワタシが変わらないというのが間違いだ、そりゃ曲げない部分はあるものの昔と比べれば変わった面のほうが多い、そして変えたのは目の前にいるこの男なのだ。
「今更ワタシが、他人に目移りなどするわけがないだろう」
 信じられないなら確かめてみるかと言えば、いいんですかと腰へ手が回されるので、それでいいと笑みを返す。

「これって、痛くないのか?」
 昔ハッさんのピアスを指差して聞いたことがある、空けるときは痛みがあったものの、慣れてしまうとそうでもないですよと言う。
 柔らかい耳たぶと金属の冷たさが面白くて、何度も手を伸ばしていた。痛いと感じることもあっただろうに邪険に扱われたことはない。ただ少しだけ羨ましいと思った、彼の体を貫いて身につけられている金属片にすらも、当時の自分は妬いてしまった。
 それで思いついた、彼に抱かれた手の感触を忘れないよう、そこに印をつけることを。
「なにをしてるんですか!」
 紐を通して腰を飾るようにつけられた背中のピアスの集団を見て、初めてハッさんは声を荒げた。
 自分の体は大事にしなさいと両肩を掴んで怒られたものの、その怒りすらも身を焦がすようで嬉しくて、聞き届けられることはなくて。だってこれがあればワタシはあなたを忘れない、触れてくれたことも、繋がっていたことも、この体に刻みつけられているのだから。
「いつかハッさんがワタシから離れても、なにか証が残るならいいだろう」
 そう言ったときに酷く傷ついた顔をした、手を伸ばした時点で離すつもりなんてなかったのに、信じてくれないのかと彼は泣いた。
「永遠なんて信じてない」
 きっとあなたもいつか離れていく、そんな日が来ないでほしいとは思うけれども、現実はそうはいかないだろう、自由なドラゴンはどこへでも行けるんだから。
 そんなことを考えていた時期から何年も経ったが、相変わらず自分の隣にはハッさんが居て、変わらず愛を囁いてくれる。
 光陰矢のごとしとはよく言ったものですよと、過ぎ去った思い出を振り返りながら柔らかい笑みを向けてくれる、大人っぽいを追い越してこれでは老人もいいところですねと、苦笑も混じるときがあるが、いつまでも変わらず優しいままで。
 気だるい空気の漂うベッドの中で、身動ぎした相手につられて目を覚ますともう少し寝てていいんですよと、額にキスを贈ってくれる。
「いい、起きる」
「まだ早いですよ」
 せっかくのお休みなんですからゆっくり寝ていたらいいのにと言う、先に起きた以上は朝食の用意でもと考えていたんだろう、置いて行くのは許さない、それなら二人でゆっくりしようとハッさんの手を取れば、仰せのとおりにと今度は指先にキスをくれる。
「とはいえ着替えは必要では」
 突き刺すように肌の冷える季節だ、このままでは風邪を引きますよとシャツへ手を伸ばす相手に対し、机に乗せていたリボンを取りあげる。
「ハッさん、後ろ結んでくれないか」
「わかりました」
 痛かったら言ってくださいよと声をかけて、ピアスが食いこむ部分を引っ張ったり、引っ掛けたりしないように気をつけながら、ゆっくりとリボンを通してくれる。何度やっても緊張すると、大きな手で細かい作業を繰り返す相手のことを思うと小さく笑い声が漏れるものの、今この瞬間ばかりは怒るに怒れないのだろう、ムッとしているのは視線でわかるものの最後の段まで通してきっちりと結ぶまで手は離れない。
 そのまま後ろから腕を回され、彼の大きな体に包みこまれるように抱き止められるので、なんだまだ甘えたの気分かと聞き返す。
「コルさんは空けたままにするんですね」
「外す理由がないからな、それに見せつけるためにある」
 誰にと無言の圧を背中から感じるので、少しだけ身をよじって剣呑な色を交えたオレンジの瞳に笑いかける。
「ハッさんの永遠を信じなかった、昔の自分へな」
「コルさん」
 愛してますよという声は、近くにあった自分の唇に吸いこまれていった。

あとがき
コルセットピアスっていいっすよね、痛々しくて綺麗でコルサさん似合うだろうなって。
実際のコルセットピアスは肉体や皮膚への負荷がデカいので、ある程度の期間で外すことになるそうなんですが、これは創作なので現実と違ってもどうか許してください。
2022-12-23 Twitterより再掲
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