寒空の舞姫

「今日のライブで俺たち解散するから」
 それでいいなと言うリーダーに異を唱える者は誰もおらず、それじゃよろしくとだけ言ってそれぞれ準備を始める。
 珍しいことじゃない、最初は気が合う者同士で集まっていたはずなのに、思うように音楽活動がうまくいかなかった、そしてメンバー同士でギクシャクし始める、演奏したい曲と歌いたい曲や歌詞の違いで揉める、そんなことが繰り返されて出した結論。掃いて捨てるほどによくあること。
 地下にある小さなライブハウスで名前の知られてない、一つのバンドが解散を宣言する、まばらな観客の中にはそこそこに通ってくれていた人もいる、残念そうな声も中にはあるものの、もう決めたことなんだごめんとステージ上では明るく振る舞うボーカルに、誰も否定を挟めないでいる。
「解散理由は、なんていうか、音楽性の違い?」
 よくあるやつだよ、みんなそれぞれの道を歩くべきだなって思ってと、表向きの綺麗事だけを並べていくので、そろそろ終わりかなとエレキからアコースティックギターに持ち変える、こっちのほうが性分に合ってると言ったら、それこそ方向が違うって嫌な顔をされたけれど、なんだかんだバラードだって観客にはウケるのに。
「おまえの曲も演奏も、なんか湿っぽくなるんだよ」
 もうちょっとノリのいい曲のほうがいいと、非難もとい批評されたのがずっと心に引っ掛かっている、音楽で生きていくとなると人の心に残らないといけない、こんな意見にぶつかって意見を曲げてはいけないのかもしれない、でも誰かと一緒じゃなければ咲けるものでもない。
 ギターソロ一本で生きていけるほど、自分の技術が足りないのもわかっている、ここが限界なんだろうかと低い天井を見あげて思う。
 あまりにも粗末な舞台、背伸びをすれば手が届きそうなくらい狭い会場、ここが飛び出して手に入れた居場所だったのに、今日で最後なのかと改めて完全に埋まっていない観客席を見て思う。  どこにも行けやしなかったんだなと、視界が涙で滲むのを近くにいたベースに小突かれる、最後なんだから終わりまでちゃんと決めてくれよと、耳打ちされるのでそうだなと小さく返す。
 終焉まであっという間だった、そもそも出演時間そのものが三十分ほどしかない、寄せ集めでないとライブすらも開けないのに、最後の最後までなにかを成し遂げたと思えなかった。

 バトルで手も足も出ないまま完封勝利されたような、もっと他にできたことがあるはずだと思い起こしてみても、結局は堂々巡りで戻ってくるような感覚に溜息を吐く。
 誰も居なくなったステージに戻ってきて、明かりの消えた会場を見て回る、一応は運営スタッフもいるものの貸してもらっている手前、自分たちで掃除や片づけもするのがここのルールだ、最後にもう少し見てから帰りたいと言えば、好きにしていけばいいと入れてもらえた。
 舞台の中央に腰をおろして、これから先のことを考えてみるものの、パッと浮かんできた提案は到底受け入れられず、もっと他になにかないのかと自分の内側に問いかけてみる。
 間違えてたなんて言われたくない、自分の運命をかけた選択が間違ってたなんて誰も思いたくないだろう。
「ハッサクは真面目すぎだんだよ」
「そうでしょうか」
 いい音は演奏するんだけど、なんだか教科書みたいなんだよな、悪いことじゃないんだけどさと声をかけてきたドラム担当は言う、メンバーの中で少しだけ年上でこの世界で長くやっている。そんな相手に悔しくないですかと聞けば、まあそれは言いっこなしだろ、今度こそは上手くいくかと思ったけど、まあこんなもんかなって思ってるよと半ば諦めにも似た口調で返された。
「音楽で生きていくって、口で言うよりもずっと難しいもんだろ」
「そのようです」
「だったらさ、別の関わりかたでもいいんじゃないかって思うんだよ」
 いわく彼が指導している音楽教室があるので、そっちに来ないかという、お手本のような演奏ということは指導には向いてるんじゃないか、それなりに待遇は悪くないしさと。
「今すぐ決めなくても、考えておいてくれよ」
「ありがとうございます」
 打ち上げはどうすると聞かれて、行きませんと首を振ればそうかと小さくつぶやき、じゃあお疲れさまと背中を軽く叩いてから出て行く、その背を見送りつつ聞こえないほど小さな声でお疲れさまでしたと返す。

 そのまま帰る気にはなれなくて、ふらふらと街を歩いていると路上パフォーマンスをしていたころにいた公園まで来ていた、結局ここに戻って来てしまったかと夜も更けて、冷えてきた野外でギターケースを開ける。
 かじかむ指では長い時間弾くのは無理そうだ、そもそも通る人も誰もいないのだから観客なんて期待できない、気が済むまで弾いたら本当に帰ろうとピックを手に思いついたまま、適当に演奏を始める。
 それくらいそうしていただろうか、道路沿いのオレンジ色の街灯に照らされて、目の前の色がどんどん抜けていくような気分に陥っていた矢先、目の前にひらりとなにかが降り立った。
「えっ」
「ドレアー」
 笑顔を向けてくるドレディアに対して、驚いて固まってしまうとそれがお気に召さなかったのか、続きはどうしたと手を取られる、聴いてくれるんですかとたずねると小さく頷いてくれるものの、さてこの子は一体どこから来たのだろうかと疑問を持つ。野生の子にしては人に慣れすぎている、であれば誰かの手持ちで迷子なのだろうか。
「ドレディア、ここに居たのか」
 突然走って行くから驚いたじゃないかと息を切らして走ってきた青年が、どうやらこの子のトレーナーらしい、ダメですよきみのお相手を置いてきぼりにしてはと声をかけるも、続きを催促されるのは変わらない。
「すみません、迷惑をかけたようで」
「いえ、どうやら観客になりに来てくれたみたいで」
 誰もいなかったので嬉しいですよと返せば、そうですかと弱ったような声で返される。
「よかったら一曲聴いていってください」
 今日で最後なのでとつけ加えると、それならと近くに腰をおろしてくれる。なにがいいだろうかとしばし考える、風も冷たいしあんまり長居させても彼を困らせるだけだろう、彼女が満足しない限り帰れないというのはあるのかもしれないけれど。
 きっといい人なんだろう、こんなにも綺麗に花を咲かせるドレディアを育てる人だ、いいトレーナーに恵まれて彼女はよかった、それならとっておきに明るい歌がいいだろうか、太陽に恵まれたような曲が。
 演奏を始めると嬉しそうに声をあげて、目の前でドレディアがくるりと回って踊り出す、そんな姿を微笑ましく見つめるトレーナーのそばへ向かうと、手を取って立つように強制する。
「ちょっと待て、ワタシは踊れないぞ」
 無理だと言っても、手を引く彼女を無理矢理引き剥がすことはできないらしい、素人の踊りなんて目も当てられないと苦々しくつぶやくものの、誰も見てませんよと声をかける。
「あなたがいるでしょう」
「小生のことは気にせず、こちらもどうせ素人のようなもので」
 言ってて虚しくなってきたものの、まだ曲も途中だ、最後までしっかりしろとついさっき舞台上でも言われたのに、どうにも自分の感情を扱うのが下手らしい。
「笑わないでくださいよ」
 くるくると回る彼女にエスコートされるように、決して軽やかとは言い難いステップで踊る、ルールも作法も関係なくただ思うように動いているだけにすぎない、素人だと言っていたのは嘘じゃないんだろう、可憐な姿で踊る相手に連れ回されているように映る、でもなんだろう我儘に振り回されているけれど、彼はいやだとは思ってないんだろう。どんどんと動きがスマートになっていく。
 満足そうに笑うドレディアと踊る青年が、あまりにも楽しそうで、誰よりも幸せそうで、見ているこちらが嬉しくて。
「ちょっ、どうしたんだ!」
「ああ、うっ、うぐぅ」
 たまらずに泣き出してしまった小生に、かなり驚いたようでそんなに下手だったか、と見当違いのことを叫ぶ青年に、すっごい幸せだなって思ったんですよおと、汚い声で返す。
「そんなだとしても、泣くことじゃないだろう」
「泣くことなんです、自分にとっては」
 素晴らしいと認めてもらいたかった、上を目指して上だけを見つめてずっとずっと、自分の足が地に浮いていたような気がする。もっとささやかでよかったのにな、誰かに喜んでもらう曲を演奏しようって考えていたなら。
 全部が今更の話だけど。

「今日、解散したんですよ」
 だからもう行く宛てがないなってそう思っててと、途切れがちになりながら見知らぬ相手に事情を説明する。いきなり目の前で泣かれてしまっては、動揺するのも仕方ない、事情を聞いてくれた相手はこれからどうするのかとたずねてくる。
「どうしましょうね、人に勧められたので教える側の道でも目指してみようかなと」
「じゃあ音楽の道は止めるのか?」
「はい、だからあなたたちが最後のお客さまでした」
 演奏の途中で泣き出すような中途半端な奴ですみませんですと謝れば、なにも全て諦める必要もないだろう、楽器はあるんだから続ける道だってあるはずだという。
「それも、そうですね」
 今日が終わっても明日は来る、そう簡単に何事にも最後なんてやって来ないのだ。
「ワタシは好きだったぞ、あなたのギター」
「そう言ってくれますか」
 ああだがこちらも申しわけないが、手持ちがあるわけでもないんだ、これで勘弁してくれないかと首に巻いていたマフラーを解き、こちらの首へかけてくれる。
「お古で悪いが」
「いえ、温かいです」
 ありがとうございますとお礼を言うと、無理して風邪を引かないようになと最後に言いおいて、そろそろワタシたちは帰ろうとドレディアに声をかける。
「またどこかで」
「ええ、縁があれば」
 さようならを告げて、ゆっくりと歩いていく彼の背中を見送る、微かに花の香りが漂うマフラーは暖かくて、オレンジ色に照らされた街の中にふわりと春が舞い降りたような気持ちになった。

あとがき
チュリネではなくドレディアまで進化してるので、長編のコルサさんとは別時空です。
ハッサクさんが音楽を諦めた日にコルサさんに出会ったパターン、そういうのも見てみたいなって。
年単位で追っかけてるバンドの曲を聴いてたら、閃いた話でした。
DIR EN GREYの「AMBER」という曲ですが、まあ興味があれば聴いてみてください。
聴く人はめっちゃ選ぶバンドですが「AMBER」は大丈夫なバラードなので。
2022-12-07 Twitterより再掲
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