こんな話を聞いた。
いわく、悪魔の実の能力者は海の悪魔に呪われて、航海の最中にある夢を見るという。

それは自分の過去にある忌まわしき記憶や、力を得た事で生まれた葛藤や絶望、それを取り憑いた悪魔がさも、取り殺さんとするがために見せると言う。
いや、それは違う。取り憑いた悪魔は自分が果たせなかったものを相手に託し、その夢に現れ生きる力をくれると言う。
そうではない。全ては悪魔が見せた幻で、本人にとって都合の良い何か、この現実から逃げるための悪夢であると言う。
いやいや。悪魔があの世から持ちこんだものだ、だから呪われた人間はあの世にいる人と会話ができるんだと言う。

噂話は絶えない、日常で生活している、いわゆる普通の市民の近くに悪魔の実の能力者がいることは少ない。だから、確かめる方法もないままに、話に尾ひれがついて拡散していく。
着飾ってそれらしく振舞う、魚の骨のような亡霊が海を渡る。

カルティアの白昼夢

「コラソンの亡霊が!」
コラさん、俺はあんたの亡霊だと言われようと構わない。いいんだ、このために生きてきた。
銃声が響く、意識が遠のく、死ぬにはまだ早いどうにかしなければ……。
「シャンブルズ」
丈の長いコートと帽子で顔は隠れている、怒りで頭がいかれている今のあいつに、いちいち俺の顔を確かめることはないだろう。
横になってしばらく息を整える、ほんの少しの間だけの我慢だ。
腕から流れる血に、ああ生きているのかと改めて思う。そして目を閉じた。息を吸う、そろそろ戻らなければいけない頃合いか?
色んな墓標を背負ってなお、俺はまだ生きているのか。亡霊というなら、コラさんだけじゃない、生まれてこれまで生きてきた全ての人の亡霊だ。
「ロー……」
ふいに聞こえた声に、閉じた目を見開いた。
目の前に、あの時と変わらずに微笑むコラさんが立っている。
ついに、意識がおかしくなってきたのか、こんな時に俺は夢を見ているなんて。
「さよならは言わないでくれ、もうすぐ俺はあんたの所に行くんだから」
なんて、笑って言っても聞き入れてはくれないだろう。この道化師はバイバイしか言わない。それ以外の優しい言葉なんて、かけてくれたことはない。
亡霊だからか、俺があんたの……。
目を閉じて消えてくれと祈る、今ここであんたの顔を見るのはキツイ。
「ロー、お前はまだ生きてる」
「えっ?」
とんと、頭に大きな手が落ちた。優しく撫でてくれる。真っ白な俺に、ただ一人触れて抱きしめてくれたあの手が……。
「比べるな。お前はローだ、コラソンじゃねえ。ロシナンテ・ドフラミンゴじゃねえ、トラファルガー・ローだ。お前はお前の力で生きているんだ」
この海は自由だっただろ?仲間にも出会えただろう?俺と決別することで、お前は前に進めるってずっと信じてたけど、どうしても納得してくれないんだな。
「ロー、無理すんな。大事な体だ。お前の家族が残してくれた、大事な体なんだ……だから、これ以上は無理すんな」
な?と笑いかける相手に、ただ呆然と立ち尽くす。
「コラさん、俺は……でも」
「わかってるさ!お前がこんな所で引き返さないっていうのも。だからこうやって会いに来る」
ごめんな、こんなことしかできなくて。
そう言ってあなたは抱きしめてくれる。傷だらけになった俺の体に、確かに触れてくれる温かい体温が、心臓へと血を送りこむ。
「俺が死んだら、お前のこと愛してくれないと思ったか?」
「だって、もう二度と聞けないじゃないか……」
死んじゃったんだからさ、と切れ切れの息の中で答えると、ごめんなと言って俺を抱きしめる。
温かい、なんで温かいんだ、この夢は。
「愛してるぞ、ロー」
これからも、ずっとだと言って彼は笑った。
「大きくなったなロー。すっかりいい男になっちまって、俺よりもかっこいい男になりやがって、なあ……」
良かったと呟く声が震えて、涙が頬に落ちる。
「いいかロー、いい男はな。簡単に死んじゃいけねえんだぞ?」
だから死ぬなよと俺の頬を両手で抱いて、彼は言う。
「コラさん」
「大人になったな……」
唇を重ねて、彼は笑った。
「いつまでも、愛してるからな?」
ほら、戻ってこい。
そう押し出された腕を取ろうとしたけれど、無駄だった掠めて遠のいていく彼に手を伸ばすけれど、追いつけない。

「ドクター……ドクター、聞いてますか?」
「あっ?なんだ?」
ここはと周りを見回すと、よく見知った少し古ぼけた船室とペンギンの顔が目の前にあった。
「……ここは、俺はさっきまで確か」
「ドクターは今日で三徹目です、つい一時間前に急患の処置を終えた後、カルテの整理をするとこちらに引きこもられたんでしょう」
そう言われてみると、若干崩れた字で書かれたカルテが山のように積まれている。ああ、そうだここは俺の船で、俺はドクター・カルディアだ。
「全く、こんなところでうたた寝するくらいならばちゃんとベッドで休んでください」
「いやもう大丈夫だ、コーヒー淹れてくれ」
「大丈夫ではありません、完全に過労です。俺が片付けますのでドクターは休んでください」
いいですねと言うペンギンに押されるように、半ば強制的に執務室から出されて仕方なく自室へと戻った。
あの人を失ってから見る夢の中で、こんなハッキリとしたものは初めてだった。まるで、本物の未来みたいに。俺は目指していたジョーカーの首を狙って、そこで死にかけていた。
その望みが叶えられるためには、俺はもっともっと力を付けなければと改めて思う。あんなざまではどうしようもない。勝機のある計画をしっかり練らなければ。
ふと無意識に彼が触れてくれた場所を手で触れていたことに気づく。頭、頬、抱きしめてくれた体、それから……唇。
「いい男は簡単に死んじゃいけないんなら、あんただって死んじゃいけねえよ」
なあ、コラさん。
そうして眠りに落ちた、なにも見ない真っ暗な闇の中へ意識が落ちていく。

「あっ、起きたかトラ男?」
そうたずねてくる相手を顔を見ると、心配したぞと返される。
「トニー屋?ここは、どこだ?」
「サニー号の医務室だぞ、フランキーが開発中の新兵器が暴発して、トラ男の頭に当たっちゃってさ。軽い脳震盪だったから良かったけど、しばらく安静にしててくれな?」
「そうか、悪いな医者なのに」
「大丈夫だ!俺も医者だからな」
そう言ってニッと笑う相手に、そうだったなと小さく返す。
「なあトニー屋、お前も悪魔の実能力者だろう?その実を食べてから、変な夢を見たりしないか?」
そうたずねると、うん?と首を傾げる、がしばらくして、ああうん!という返事が返ってきた。
「俺はな、群れの仲間からずっとはみ出し者にされてきて。ヒトヒトの実を食っちまって、化け物って仲間からも追い出されて、人間からも怖がられてずっと一人になったんだ。でもな、そんな俺を助けてくれた人がいるんだ。俺のこと庇って、怪我してんの手当てしてくれたんだ」
それが嬉しくて、俺はその人の所で医者の勉強したんだと嬉しそうにトニー屋は言う。
「へえ、お前を育てるなんて凄い腕のいい医者だったんだな?」
「そうなんだ!ドクター・ヒルルクは凄い医者なんだ!……だけど、ずっと重い病気にかかってて、俺知らなくて、ドクターに間違って毒キノコのスープ食べさせちゃって、ドクター死んじゃったんだ……その次に、俺を引き取って医者の勉強を教えてくれたのが、ドクター・クレハなんだ」
「ドクター・クレハだと!」
「あれ?トラ男知ってるのか?」
「ああ、あの人は医者の中じゃ有名だ。歴史的なオペの資料を残しているから、俺も医学書で何度か目にしている」
そうなのか、と懐かしむように、そしてどこか嬉しそうにトニー屋は微笑む。
「俺な、ドクター・ヒルルクの夢を見るんだ」
「お前の、命の恩人の」 「うん、ヒルルクはな海賊旗と桜を背負って医者をしてたんだ。俺は、島を出るまで桜なんて見たことなかったんだけど、ヒルルクが死んでから、夢に出てくる時はな、その見たことない桜の森にいるんだ」
それでな、呆然とする俺にドクター笑いかけてくれるんだ。
「大丈夫だぞって、言ってくれるんだ。俺はちゃんと生きてるぞって、こっちには患者だらけだって、お前もだからこっちでちゃんと助けないといけないだろうって」
そう言ってくれるんだ、と彼は泣き笑いのような顔で言う。
「だからな、俺はみんなのどんな怪我でも治す、俺自身が最高の薬になるって決めてるんだ」
「そうか、そういえばお前の蔵書、 薬草の本が多かったな」
「トラ男は外科医だけど、俺は薬を作るのが得意なんだ!」
それは凄いなと言うと、別に褒めても嬉しくないんだぞとニコニコしながら言う。感情を隠すのが下手なやつだ。けれど、そうか見るものなんだな……と思う。

「夢ですか?」
死んでから山のように見てきましたよ、と骨ばっかりで生きているこの船の音楽家は言う。
「なにせ、私こちらでご厄介になるまでに五十年間、一人で海を彷徨いましたので、仲間の夢は死ぬほど見ました。彼らが生きていて、上陸だと言って私を起こす夢を」
でも、起きてみると誰もいないんですよと、悲しげに彼は言う。
「そんなことをうかがって、どうされました?」
「いや、聞いたことないか?悪魔の実の能力者は、悪魔の呪いをうけるという話」
「呪いですか、そういう話をあなたが信じるというのは、少し意外ですねえ」
あまり、現実的ではないお話ですので、あなたのような方が信じるのは不思議です。
そう言われて別に信じてるわけじゃないけどなと、返す。
「だが、気になる精神症状を聞くことがあるからな。この船には能力者が多いし、聞いてみるのもいいかと思ったんだ」
「そうですか、あなたはどんな夢を見るんで?」
首を傾げる骸骨に、俺は無言で睨み返す。
「このようなことをたずねるということは、あなたも何か夢を見るのでしょう?それが気になるので、聞いている、違いますか?」
「……まあ、そうだ。俺だけの症状なのか、それとも他の奴もそうなのか確かめて、そうして対処法を変えないといけない。俺はこれのせいで、不眠症気味なもんでな」
そう言うと、では今夜は子守唄でも奏でましょうかとバイオリンを携える。
「そんなもんじゃ眠れねえよ」
「そんなこと仰らずに、一度試してみてください!私の自慢の新シングルをお届けしますよ!」
「そういう音楽は好まねえんだ、リクエストしていいなら一つ聴きたい曲はある」
「それならば音楽家として応えましょう!それで、何がお望みで?」
「鎮魂歌だ」
死んだことがあるあんたなら、この世にいる誰よりも最高の曲ができるだろう?と問いかけると、また寂しいリクエストですねと言う。
「私の鎮魂歌で死者の幻を見てしまったら、どうしたら良いでしょうか?」
「いいじゃねえか、たまには会いたいんだよ、あの人に」
では、参りましょうと言って奏で始めたその曲で、船中から泣き声が溢れ出し、収集がつかないと黒足屋から飛び蹴りをくらったのはその直後のことだった。

「コラソンの亡霊が!」
その台詞に、既視感を覚えて目を瞬かせる暇もなく、打ち出された弾丸から身を守るために身代わりと体を入れ替える。
コートと帽子に隠れて、相手は俺が入れ替わったことには気づいていないだろう。しばらく、なんとかしのげそうだ。
はあと息を吐いた俺の前に、ふーと煙草の煙を吐き出して立つ男が居た。
「嘘だろ、コラさん?」
「全く、お前は俺にいつまで心配かけさせるんだよ」
いい男は簡単に死んじゃいけないって、前に言ったのによ。
そう愚痴を言いながらも、俺につけられた傷を一つ一つ撫でていく。その腕の感覚すらもわからないほどに、疲弊している。彼の体温をなんとか受け取ろうとして、無理だと言われた。
「前に言ったよなロー、そんなに追い求めなくても俺はいつまでも、お前のことを愛してるって」
結局止まってくれなかったけどさ、と言いながら俺に口付ける。
「俺に愛されてるってことを忘れないでいてくれたら、それで良かったんだ。全く、お前が言い出したらてこでも動かない奴だってこと忘れてたよ」
お陰で静かに眠れもしないと、彼は笑う。その鼓動を感じたくて、頬に手を伸ばすと、時間だぞと彼は言った。
「待ってくれコラさん!俺は……」
「行って来い、お前を心配してくれるのはもう、俺だけじゃないんだロー」
俺はいつでも会えるからな。
そう言ってすっと消えた彼を見つめ、急速に現実に引き戻された俺は、高くなった鼓動を抑えて身代わりと入れ替わった。

「よう!食ってるか?トラ男」
肉の皿を片手にやって来ると、俺の隣に座りこみ、さっさとそれを食べると、普段なら俺の一食分くらいだろう量の料理をまた、遠くから取り寄せて来た。
それを見つめていると、食うか?と聞かれたが、今はまだ胃の調子が整っていないと返した。
「そんなん、わかるのか?」
「ああわかるよ。自分の体のことだ、この能力でなくても、医者ならわかる」
そう言うと、へーそんなもんかと言いながらまたこいつは目の前の食べ物へと意識を移した。
その光景を横目にしつつ、しばらく見守ってからふと、こいつにまだたずねていなかったことを思い出した。
「なあ麦わら屋、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「お前、悪魔の実を食べてから変な夢を見ることはないか?死んだ大事な人と会ったりとか。そういう、よくわからない夢を」
「ん?なんだ、急に?悪い夢でも見たのか?」
「そういうわけじゃねえ。いや、ずっと見てたのかもしれない、悪魔の実を食べてからこの方ずっと、俺は取り憑かれたみたいに嫌な夢を見続けてる。たまに能力者に聞くとそういう奴がいるんだよ」
へえと感心したのか、わかっていないのか、とにかく気の抜けた返事をしてからしばらく、麦わら屋は、俺の夢はなと話し始めた。
「悪魔の実を食べるより前から、俺は夢を見てきたぞ」
「食べる前から?」
「おう!あるおっさんがな海に出ないか?って聞いてくるんだ、海はこの世で一番自由だって。お前の大事なもんも、大事な仲間もそこで出会えるから、そん時は大事に守れって。友達や大事な人はなにがなんでも助けろって、色々と教えてくれんだ」
そのおっさんの話が面白いんだ!色んな冒険をして、強くなって、強くなってそしたら色んな海に行けるようになったって。
「だからな、海の王がこの世で一番すげえ王様なんだって教えてくれた」
だから、俺は海賊王になるって決めたんだと楽しそうに話す。
まさか、その夢に出てくるという男は、海賊王か?いや、そんなわけがない。でもどうなんだ?と首を傾げる。
なぜこの男の元へ現れる必要がある。
ここで俺が一つの仮説に行き着く前に、ああでもと、手を止めた。
「俺がシャンクスやエースに出会ったくらいからかな、全然見なくなったんだ。もう俺に言うことはないって。そのかわりつーか、二年前からな、エースが俺の夢に来るようになった」
「火拳屋が」
「トラ男に会ったか?って、あいつにはちゃんと礼を言ってくれって言ってた。約束、果たしてくれてありがとうなってさ」
約束ってなんだ?と首を傾げる相手に、俺は震えを感じつつ、乾いた声で返す。
「お前のことを、助けてほしいって。昔、約束されたことがある」
「俺を?なんでエースがトラ男にそんなこと言うんだ?」
「俺もわからない……でも、もし次に火拳屋に会ったら、その時はこう伝えてくれないか?宝払いはしっかり受け取ったと」
あの時の約束は果たした、果たすことができて良かった。そして、ありがとう。
それがこいつの持つ幻だとしても、そう伝えずにいられなかった。
「おう、わかった!あっ!やっぱわかんねえ!なんでトラ男がエースと知り合いなんだ?あと、宝払いって誰から聞いたんだよ?」
「火拳屋からだ、昔ちょっと出かけ先で会ったことがあるんだよ、あいつと俺は」
無謀な弟がいるとは聞いていたが、その名前がこんな忘れられないような、でかい存在に成長するとは思わなかった。
「なあ、あのエースはやっぱりエースなのか?」
「わからねえ、夢は本人の願望を映すと言う。お前がそう望んだ相手を、作り上げているとも考えられる」
「ふーん、なんか難しそうだな。でも俺はあれ、絶対に本物のエースだと思んだよな」
きっとそうだ、とこの男は笑う。
「俺がさ、海軍で十六点鐘を鳴らした後からだった、エースが会いに来てくれたんだ。そんでな、お前にはお前の冒険があるんだって言ってた。こっちには、オヤジも居るし、俺はまた新しい旅が待ってんだってさ」
だから心配すんなって、エース一人じゃないんだな。
「俺な、死ぬのが恐いって思ったことないんだ」
一人になる方がずっと恐いんだ、と食べる手を止めて真面目な顔で言う。
「だから、そんなに無鉄砲なのか?」
「無鉄砲ってわけじゃねえよ、俺は友達や仲間やそういう、大事な奴が危険な目に遭うのが嫌なんだ。もう誰も死なせたくねえんだ」
お前もそうだぞトラ男!と言って、コイツは俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。 「お前は俺の友達だから、もう俺に黙って勝手に死にに行くようなことするんじゃねえ!いいな!」
「お前、友達って……いいか、俺達は同盟関係で……」
言うだけ無駄だぞ、と風に乗って耳へ届いた声のする方を見ると、満足そうに笑いながら肉を頬張る火拳屋が座っていた。
「お前、なんで?」
「礼を言わなきゃいけないのは俺の方だからさ、あんたにちゃんと会いに行こうって思って。そしたら、この人が連れてってくれたんだ」
この人と言う彼の腕が差した先には、ようと手をあげる笑顔のコラさんがいた。
「コラさん、俺は……」
「ありがとうなロー。そして、悪かった。本当に、悪かった。でもな俺は嬉しかったんだ」
泣き笑いの顔でコラさんは告げる。
人から貰った愛に理由をつけるな、と彼を育てた男は言った。
バカなのは俺の方なんだ、なんでもかんでも理由をつけて、説明してちゃんと証明されなきゃわからない。

愛をください。
それは、俺が望んではいけないと思っていた願い。
愛してください、というなんとも身勝手でワガママな願い。
狂い泣いて、どこまでも貴方を望んでいた。一緒に生きる日を、あのわずかな時間で過ごした時間で、どうしようもない救われない子供は、後ろ指を指される子供は、全てをもらったんだ。
だから、相当の対価を払わないといけないと思った。貴方の命と同じ価値の代償。
それは俺の命だけだった。
この体以外に、払えるものなんてないと思っていた。
あの日のまま、子供のまま、なんでと繰り返すばかりでなにもわかっていないのか。

「悩むなよ、お前はいつでも難しく考えすぎるんだ。いいから、前を向け。そして笑えよ」
心の底から笑えるように、俺はいつだってそう思ってきたんだから。そう彼は言う。
「笑えなかったんだ、思い出すたび涙が出てきて全然、なにも。責任とか、代償とかそんなことばっかり考えていた」
「もういいんだロー、お前はローで、俺はロシナンテ。違う人間なんだから」
だから、お互いが大事なんだと彼は言った。
違うから、片割れが存在しないなにかだから、彼も俺も、きっと惹かれ合う。
「なんかしんみりしてるとこ悪いけどさ。トラ男、このバカ弟は一度言ったら聞かない奴だから。お前も友達で居てやってくれよ」
「ああ!そうだぞロー、お前ずっとファミリーでもない自分の部下でもない、そんな友達なんていなかっただろ?いい友達になれそうじゃねえか。俺も安心して任せられそうだし」
「どうだかな?こいつは正真正銘のバカと無茶の塊が服着て歩いてるようなもんだ、一緒に居たら命がいくつあっても足りやしねえ。でも、そうだな……友達な」
俺らしくねえが、悪くないな。
そう答えると、二人は顔を見合わせて笑い合い、じゃあ行くかと火拳屋は呟いた。
「そうだロー、お前はこれが夢なんじゃないかって、そう思ってるんだろう?確かに俺たちはお前の夢だ」
だけど、本当の人でもあるんだ。
「能力者じゃなくても、人は大事な人とはずっと繋がってるもんなんだ。それが、どんな因果か能力者はそれが強く働いてるみたいだ、だからこうして時々、実体のようになってお前に会いに来れる。でもそこに居るお前の友達みたいに、元からこっちと繋がってる奴もいるんだ」
きっと不思議な奴なんだよ、とコラさんは言った。
「ただのバカかもしれねえけどさ、これからもよろしく頼むよ。俺もこの人も、いつでもあんたに会いに来るから」
じゃあ先に帰るなと、火拳屋は手を振って消えて行った。
「ロー、お前はお前の友達とそっちの世界でちゃんと生きろ」
これからが大変だぞ、とコラさんは言った。
「大丈夫だ、俺には仲間も、友達もいるからな」
「ああ!お前はいつでも一人じゃねえ!忘れるなよ!」
じゃあ、また会いに来るからさ。と言ってコラさんに待ってくれ、と引き止める。
「コラさん、愛してるぜ!」
いつかのように、笑える顔なんてできないけど、精一杯の笑顔でそう言うと、彼は今にも目が飛び出そうなくらいの顔をして。その直後に、泣いた。
「知ってるよ、ずっと前から」
「泣くほど嬉しい?」
俺が愛してるのはコラさんだけだぞ?と言うと、バカ言うなとムキになって返された。
「お前はまだまだわかってないな!お前を愛してるのは俺だけじゃないんだ、お前の家族も、友達も、死んだ人間も生きてる人間も、色んな奴がお前のことを愛してるんだ!」
「でも一番はコラさんだ」
平然と返すと、真っ赤になってうつむく相手に、俺は笑い声をあげる。
「おいおい、大人をからかうなよ」
「もう、俺はコラさんと同じ歳だよ」
「そうか……デカイのに、まだまだガキだな」
「あんたに言われたくない」
それだけのやり取りで、なんともない会話で、本当にガキ同士のやり取りみたいな言葉なのに、胸が満たされる。
「なあコラさん、次に会いに来る時はいつになる?」
「さあな。お前が結婚するとでも言い出したら見送りに来たいな」
「コラさん止めるだろう?一番じゃなくなったって」
止めねえよ、お前の幸せなんだから。どうかな、コラさんって意外と嫉妬深い方だろう?そんなことねえよ。あるよ、俺がドフィが一緒の方がいいって言ったら、すねてしばらく口聞いてくれなかったじゃねえか。いつの話だよ!
あんたが生きてたころだよ。
そう言うと、そうだなとしばらく黙りこんでから、コラさんは顔を上げた。
「ロー、いつか会えるかなんて楽しみにしないでくれ。俺はいつでもそばにいる。だから、お前は前見てしっかり自分の船の舵を取れ。船は一人じゃ動かねえ、お前を動かしてくれる力は、憎しみや恨みだけじゃない。ずっと奥深くで舵を取ってる奴がいる」
それを忘れるなよ、ハートの船長。
そう言って、彼は煙を吐いて行ってしまった。

バイバイ、またね。
俺の愛してる人、俺を愛した人。

「おーい、おいトラ男?どうしたんだ?」
目の前にいる麦わら屋が不思議そうに、俺を見下ろして言った。
「いや、大したことねえ。ちょっとまだ、疲れが残ってるようだ、少し寝かせてくれ」
「おうわかった!お前の分の肉はちゃんと残しておいてやるからな!」
「肉より魚が好きだ。友達の食の好みくらい覚えてろバカ」
そう言って目を閉じた。
もうなにも、怖くはないだろう。根拠のない力が湧いてくるんだ。俺の心臓の奥深くから。
俺は生きてる、もう悪夢は見ない。

あとがき
書き終わってから気づいたのですが、カルディア時代の方が短い……。
今回は麦わらの一味、特にルフィと絡ませたいと思っていたので、それが叶ったからいいかなーと思います。
ゾウで久々に見たハートの船員達が、船長ラブすぎて私は彼等視点から愛してる船長の話を書きたくなってうずうずしてきました。
特にペンギンを書きたい、ペンロの需要は果たしてあるのでしょうか……。
いやでも本当に、ローさんは皆から愛されてて欲しいなあと思います。
お付き合いいただきましてありがとうございます。
2015年12月30日 pixivより再掲
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