衣を打つ風は弱まる事を知らず、底から冷える寒さは人々の身を竦めさせる。
「寒いですね」
「ええ」
波風の吹く港は特に、潮の香りと冬の海の灰色の波が遠くに見え、寒さを身にしみて感じてしまう。
外に立っているのに耐えかねて、屋内に入る。
「まだ、花の季節には遠そうですね」
「天の事は我々にはどうしようもありませんゆえ、しょうがないでしょう」
「そうですね・・・雪でも降ってくれれば風情もあるんでしょうが・・・」
灰色の雲が一面に広がった空を見上げ、友人はそう言った。
「しかし、それではまた冷えますよ」
「良いではないですか、もう雪の季節も終わりなんですから。
最後にもう一度くらい降り積もってくれてもねえ」
彼はそう言うと、今度は庭を眺めた。
その視線の先には、枯れたように黒く、必死で吹き付ける風に耐える一本の木があった。
「庭の梅は、まだ花を付けませんねえ」
「ええ、やはりまだ春は遠いのでしょう」
そう話した彼の横顔が、ふと寂し気に写ってしまった。
ああ・・・そういえば、梅の花は彼の妻の好きな花だったな・・・。
「後少々すれば、あの梅も花を付けるでしょう」
「そうでしょうね」
冬の間、彼はこの地で行わなければいけない仕事があるのだそうだ。
遠く離れた場所に居る妻と会えるのは、春になり都に戻ってからだろう。
「大層見事な梅だそうですね、花を付けたら是非ともまた見に来てみたいものです」
「何時でもいらして下さい、まだしばらくはこちらに居ますゆえ。
その時は是非歌を詠んでいただきたいですね」
彼の妻の家にも、見事な梅の木があるという。
彼は、その花を妻と共に見たかったに違いない。
寒さに耐えて、咲き誇る花を・・・。
「今度来た時には、是非一首詠ませていただきます」
私は彼にそう約束した。
それから十日後、庭の梅が花を付けたと彼から文が届いた。
是非、見に行かせていただくと、私は彼に返事を書いた。
私が再び彼の住まいを訪れたのは、あの日別れてから十四日後の事だった。
「丁度良い頃に来ましたね、梅の花は今が見頃です」
彼は顔を綻ばせてそう言った。
寒さは相変わらず厳しい、地を底から冷やすような大気も相変わらずだが。
しかし、前来た時よりも幾分春めいてきた事は確かだ。
これは天候が温かくなったからだろうか?
それとも、庭に咲く花が春の温かさを我々に伝えようとしているのだろうか?
ただ一つ確実に感じられるのは、友人の顔が前に会った時よりも幾分か落ち着いているように見える、ということ。
肌ではあまり感じられなくとも、彼は心で春をもう感じ取っているのだろう。
「歌を詠む約束をしていましたね」
「覚えていてくれたのですか?」
「ええ、勿論覚えていますよ」
墨と筆の用意をしながら、庭に咲く梅の木に目を留める。
今日は、この花で歌を詠もうと思っていたのだ。
春を待つ、春を感じる友人の為に。
難波津に 咲くやこの花 冬こもり 今を春べと 咲くやこの花 王仁
後書き
『難波津に〜』の歌を知ってる方は一体どれ程いらっしゃるのかは知りませんが、この歌は百人一首に収められた歌ではありません。
ただ、競技カルタ等公式な試合の場において、この歌は『序歌』と呼ばれ、競技の最初に詠まれるんです。
序歌を詠む理由は、読首(読み手の方の事です)の声の調子を知るためなんです。
この歌が序歌に選ばれた理由は、一番の天智天皇以前に詠まれた歌で、特に有名で良い作品を選んだそうです。
実際この王仁(ワニ)の歌は昔は書道の手習いの歌として使われていたそうです。
さて、それはいいとして。
百人一首のお題を見つけたので挑戦してみよう!・・・と意気込んでみましたが、結構道は長そうです。
そうそう、この話は作者の創作です、実際にこんな背景があってこの歌が詠まれたわけではありませんのであしからず。
さて、これからできるだけ百人一首の歌意、または作られた背景にできるだけ沿って作品を作りたいと思いますが。
まあ足りない所は、私の想像と創作で埋めますのでよろしくお願いします。
2008/12/21
BACK