盗む どんな人間からでも、己が欲するものを ただ、どんなに盗みに長けていようと、手にする事の難しいものがある 手を伸ばしても届かない、空の月の様に…… 月の影〜月に吼える〜 賊というのは、力任せに奪う奴等だ。 だが力技だけでは、成り立たないのがこの生業である。 部下達に見張りを任せ、自分は目的の場所へと急ぐ。 音を立てずに、ひっそりと狩りをする獣の様な心境で。 重圧な扉の前に立ち、慣れた手つきで鍵を開ける。 開け放たれた部屋の中、影の中へと忍び込み暗闇に慣れた目で室内を見渡せば…そこに月が居た。 「お…まえ……」 驚愕を顔に出さない様に気をつけ、俺は室内へと入る。 隠し持っていたナイフに手を伸ばし、後ろ手に扉を閉める。 ガチャリという、鍵の当たる音…。 天窓から差す月の光で、相手の姿が部屋の中に浮かび上がる。 ガタイの良い体に、早朝の空の様な青い髪、遠くからでも一目で分かる様な派手な服装。 決して、隠密に行動できるような人物ではない、しかし…彼は間違いなく、同業者。 俺がこの世で、一番憎む男……。 「こんな所で出会えるとはなァ……奇遇じゃねぇか、ムーンサルト!!」 床を蹴りあげて相手へ向けて跳躍する、その時、手の中にあるナイフをしっかりと握り締めて……。 俺の殺気を感じ取ったのか、相手はすっと背後に飛ぶ。 自分の攻撃を間一髪でかわし、彼はそのまま2歩、3歩と後退する。 これくらい、見極められる事は予想の内だ。 2撃目、3撃目と攻撃を繰り出すものの、相手はそれを軽々と避けて俺を見る。 俺を相手に、逃げの一手なんてらしくない。 攻撃し来ない相手を不審に思いつつも、それだけの理由があるのか、と勝手に解釈する。 相手の懐へ向けて飛び込み、ナイフを差し出した一瞬。 近距離で、交差する視線…。 その真っ直ぐ見つめた瞳の奥に、アイツとは違う色を見た。 俺の攻撃を綺麗に避けて、空中で宙返りして背後へと綺麗に着地する相手。 俺を見返すのは青い瞳……だが。 「お前……誰だ?」 攻撃の手を止め、相手から一旦距離を取り、立ち上がって俺を見つめる相手にそう尋ねる。 目の前の男は、確かにどこからどう見ても俺の憎むあの男…だが、俺の中で何かが違うとそう告げている。 そう思ってしまえば最後で、偽物の仮面というのは見え透いたものへと変わる。 俺の質問に、相手は少し首を傾ける。 「お前は誰だ…って聞いてるんだよ!!俺が世界で一番憎んでる奴の姿で現れる、悪趣味なお前は一体誰だ?」 相手の反応に苛立ちを覚えた俺が、声を張り上げてそう言う。 怒りを露わにする俺に対し、しばらくそのままの表情で見つめていた“アイツ”の偽物は、フッと笑みを零した。 「凄いなぁ…こんなに簡単に見抜かれるなんて、思ってなかったよ」 そう言った声は、俺の憎むべき男とは全く違う声で…俺の目の前で、男の容姿はするりと揺れて変わった。 髪は薄い茶色へ、抜きんでた体格はみるみる内に縮む。 閉じていた瞳を開くと、其処に映っていたのは底の見えない青ではなく、輝く金色。 俺の金属の様な色とも違う、例えるなら…そう、月の色だ。 金色の月の色。 その金色が、三日月の様にキュウッと孤を描いて……笑う。 「ボクの変装を見抜くとはね、中々君の目は素晴らしいよ」 見た事のない衣装に身を包んだ男は、俺の手の中にまだナイフが握られている事等、一切気にもせずに俺へと近付いた。 「へぇ……白い獣か、でも、髪は赤いんだ…ははーん、さては野性の勘ってヤツかな?」 俺をジロジロと観察してくるコイツの視線に、気味悪さを感じ、俺は更にこの男から距離を取る。 「お前は誰だァ?」 再び男にそう尋ねると、相手は笑顔のままで俺に言う。 「ボクは葛水月(カズラ スイゲツ)っていうんだけどね…ああ、この世界はファーストネームが先なんだっけ?じゃあ正確には、スイゲツ・カズラになるのかな? ……まあ、どっちでもいいんだけどね」 ニヤニヤと笑いかける男の笑顔に、俺は不快感を覚えた。 人の中の奥底までも見透かそうとする、真っ直ぐだが、絡みつくような視線……これは不快以外の何物でもない。 「それで名乗ったんだから、君の名前くらい教えてくれるんだよね?」 「俺はヴァイパー、猛獣の爪〈ウンゲーゴ〉の頭だ」 仕方なく、自分の名前を名乗ってやる…それで好奇の瞳がどれくらい逸れるものかは不明だが、な。 そこは、相手が俺の評判を聞き知ってくれている事を、祈るのみだ。 「フーン……猛獣ねぇ……」 興味深そうに俺を見つめる、相手の好奇な瞳に苛立ちを感じ睨みつける。 「お前は、どうやってアイツに化けてた?」 喉の奥から言葉を絞り出して、この男にそう尋ねる。 「それは説明しても分からないと思うよ、まあボクにはそういう能力がある…って事でいいかな?」 「……はぁ?魔法かァ?」 「うん、そういう事」 俺の言葉に頷くものの、それが本当かどうか、真偽の程は確かめようがない。 だが、それはまだ予想のできなかった答えではない。 「君はどうも、ボクがなり変わっていた相手の事が、気になるみたいだね」 ニヤニヤとした笑いを止めずに、男はそう言う。 「…………はぁ?何言って…」 意味の分からない事を言う男に、俺の苛立ちも膨らんでいく。 そんな俺の苛立ちを、それでも嘲笑う様に見つめる男。 ああ、嫌な笑みだ。 三日月のように、薄められる瞳に、俺の中で重なるアイツの姿……。 俺を怒らせる事で、自分の命の危機がどんどんと膨らんでいっているのを…この男は気付いているだろうか? 今も手にしているナイフを、しっかりと握りなおし相手を睨みつける。 “月”の名前を冠す、この男…………気に入らない。 俺が知ってる“月”は、そんな風には笑わない。 「そう怒らないでくれよ、無理なんだろうけどさ…でも、そうか、君にはボクが世界で一番嫌いな人間に見えた訳だ、へぇ……面白いね」 「何が面白い?」 「ボクがかけていたのは、自分が最も心の底から想う相手に映るような術だったのさ」 それはつまり、俺がアイツの事を誰よりも考えていると? 有り得ない……。 絶対にあり得ない。 「愛憎なんていうものは紙一重だからさ。 愛情だろうが恨みだろうが、人を想うって事に関しては同じじゃないか」 そう男は言うものの、俺はその意見には賛同できない。 何が同じなものか、むしろ正反対だ。 「そう思っているのは表面だけでさ、相手を殺しっちゃたりしたら…後で後悔するんじゃないかな?」 「知るか!そんな事!!」 どれだけの人間を殺してきたのか、それはもう既に覚えていないし、数えるつもりもなかった。 それでも俺が、たった一人、心から消し去りたいと思う相手というのは…アイツ以外に有り得ない。 つまりは、それだけ消えて欲しいという事だ。 それだけ、気に入らないという事だ。 「じゃあ聞くけど、君はその相手を殺したとして…その後どうするつもりなんだい?」 「………どうする?」 「そう、殺した後はどうするのさ?考えた事ある?」 「それは……」 そう問われれば、確かにそんな事は考えた事もなかった。 それで良かったのか? 良かったんだ、そして……それでいい? 考える必要なんてないんだ…本能的にそう感じている。 今のままで構わない? アイツは、俺にとって何だ? 最も憎むべき相手……そうではないのか? それ以外では、あり得ない。 そうではないのか? なぁ……なぁ? 「そろそろボクの事が嫌いになってきたかな?という事で、そろそろボクは退散しようかな……君に殺される前にさ」 そう男が言うのと同時、俺の手にしていたナイフは男へ向けて真っ直ぐに飛ぶ。 それを意図も簡単に避ける。 身軽さと、動きの速さは中々だ…だが、俺を相手にするにはまだまだ遅い。 次の動作に移ろうとして、相手を見つめた瞬間に固まる。 飛び上がった相手は空中でクルリと体を回転させて着地する。 すっと立ち上がった相手は、青い色を湛えた青年。 その姿に対し、俺の攻撃の手が一瞬迷った隙に、相手は笑いかけ、地面を蹴ると俺の顎へ目掛けて素早く蹴りを繰り出す。 リーチの長いアイツの体であるが故に、それは効果的に俺の下へと届く。 「ハハ、最初に攻撃してこなかったから…さては、ボクに攻撃力は無いとか踏んでたのかな?残念ながら、こういう世界に居る以上は闘いの心得くらいあるよ」 モロに当たって背後へと飛ばされる俺を見て、相手はそう言う。 だが、それが専門ではないだろう…俺の相手としては大した事はない。 本物と比べれば、ずっと劣る。 所詮は、コイツはただの水に映った幻影なのだ。 「この程度で思い上がるなよォ!お前なんか、俺の手にかかれば簡単に殺せる」 「それが分かってるから退散するって言ったんじゃないか」 頭に血が昇っている俺は、持っていたナイフをもう一本取り出す。 「物騒だね、君…それが獣の爪かい?」 俺のナイフを見てそう言う相手に、俺はフンと鼻を鳴らす。 「バカだね、獣の爪なんてものは、相手を捕らえる為に使うものだろう?」 「……それが何だ?」 そんなものは分かっている。 「残念ながらさ、月っていうのは獣の獲物にはならないっしょ……絶対に届かない、その爪は」 俺の攻撃を避けて、相手は再び宙を飛ぶ。 ニヤリと笑う、アイツの顔で。 今度は声までも同じで、目の前の相手が本物の様に見える。 この男の幻想に振り回されているのか、幻想の男に振り回されているのか……。 「本当は分かっているハズっしょ?お前は俺の事を殺せないってさ…所詮は、お前の感情なんてそんなもんなんだって」 一度壁に足を付け、アイツはそこを足掛かりに俺の方へと飛ぶ。 その手に握った刃が、一瞬月光を反射したのを見て、俺は相手の飛んで来る起動から瞬時に避ける。 間一髪で避けた俺の脳内に、どこからか響く、あの男の声。 『ただ苦しめたいとか、傷つけたいとか、そういう感情は抱けても、目の前から消えて欲しくはない。 本当はもっと、別の感情を抱いているハズなのに…それを言葉にできない。 だから…ただ従うんだ、本能的に。 自分が突き動かされるまま……意味なんて、求めずに。 考えもせずに。 どこまでも、追いかけて行く。 ただ、暗闇を照らす頭上の光を見上げて…それに手が届かない事を知りつつ求め続ける。 虚しさを満たす為に吼える。 それが、地を這う獣のホンノウだ……』 振り返った俺は、目を見開いて相手を見つめる。 そんな俺に、相手はただ笑うだけだ。 俺を嘲笑う様に、ただただ見つめる。 俺の知っている顔で、俺の知っている声で。 「獣は、月に吼えるものだろう?ならば精々、頭上の月を眺めて吠え続ければいいんだ…その爪が届くと信じて」 『永久に届かないなんて事は、考えもせずに……』 「黙れェ!!」 自分の感情を抑えきれずに、俺は吐き捨てる様に叫ぶ。 獣の上げる咆哮の様に。 月光を反射するナイフを手に、アイツの懐へ飛び込む。 体勢を立て直したばかりの青年の胸に、深々と刃が突き刺さる。 「ッグ……」 漏れる声に、苦痛が混じる。 ナイフを握る俺の手には、生暖かい血液の温度。 しっかりと留めを指す為に、抉る様に刃を回すと、再び零れる苦痛の声。 自分の怒りの温度が収まった事を受け、ゆっくりと息を吐き、相手から刃を抜く。 その一瞬、俺と相手の瞳が交差した。 ドクリと心臓が大きく跳ねる。 その真っ直ぐ受けた瞳の色に、アイツと同じ色を見た。 ……いや、そんな表情は見た事がない、いつか見るかもしれないと…そう思った事がなかったとは、否定しないけれど。 だが、いざ…目の前にしてみると、何だ? 何で…こんなに心が騒ぐ。 自分の心臓の音が煩くて、思わず、自分の音を全て消し去りたいと思うくらいに。 何で……何で、俺は…動揺、してる? 俺の、求めているものは…こんなものじゃ……。 「アハハハハハハハハハ!!いやはや、実に面白かったよ」 そう言って笑う高らかな声が室内に響き、俺はふと我に返る。 気が付いてみれば、俺の周囲には殺されたハズの男の姿はなく、それどころか自分の手は空中でただ止まったままで、その手は赤く濡れてもいない。 そして俺の頭上では、無傷の男が笑っている。 本来の自分の姿に戻り、新月みたいに金色の瞳は瞼の裏に隠れて。 ニヤリとした人を馬鹿にした様な笑いではなく、心の底から本気での笑い。 そこで気付く、俺が見ていたのは全て、この男が見せていた幻なのだ、と……。 「どうだい、自分の感情と向かい合った気分は?……中々に、気分が悪いものだろう?」 天窓を開けて、上から俺を見下ろす男の言葉に、俺はただ苦虫を噛み潰した思いでそれを見上げるしかない。 「本能で生きるっていうのはいいよ、真っ直ぐで強い。だけどそういう人間程、自分の感情から突き崩された瞬間に見せる表情っていうのがあるのさ……それが、面白いから…止められないんだよね、人をからかうのがさ」 俺へ向けて、男は笑う。 俺の内をこれ以上ないくらいにかき乱したというのに、罪の意識等欠けらも持っていない、純粋な笑顔。 なんて男だ。 「いや、本当に君に会えて良かったよ…目的のブツも手に入った事だしさ、今日は良い夜だ。 それじゃ……また、どこかで会えるといいね…ヴァイパー君」 そう言うと、男は俺の目の前から消えた。 後を追う気など、さらさら無い。 それがどれ程危険な行為か分からない程、俺は無謀でなければ無鉄砲でもない。 「…………はぁ」 やり場の無い怒りや、苛立ちや、収まらない心のざわめきに…溜息が零れる。 自分の手の中に握られたままのナイフに、白い光が反射する。 見上げれば、そこには白い月がある。 月の影を追ったって、何の意味もない。 本物はただ一つ頭上にしかないのだ、地上には無い。 幻に惑わされるな……。 本能に従え。 それが、俺の選んだ道だ…だから信じろ。 「ムーンサルト……」 怒りも憎しみもなく、その名前を頭上の光へ向けて小さく吼えた。 from 忍冬葵 後書き 祐喜様に捧げます誕生日小説です。 私の誕生日にオリキャラコラボで書いて頂いたので、彼女の誕生日も近いし、そのお返しに自分もオリキャラでコラボしてみましたが……。 済みません、誕生日祝いにこんな暗いものを書いてしまって…。 私のオリキャラの中で、唯一泥棒稼業をしている葛水月でコラボしたのが不味かったんですね、見ての通りヤツの性格はひん曲がってますんで。 しかし、ヴァイパーを書くのは結構楽しかったんです、キャラ違うとか言われたらどうしようかとガクブルしておりますが。 ム―サの事、本当は好きなんじゃないの?みたいな事言われて、動揺するヴァイパーを書いてみたかったんです。 祐喜様のみお持ち帰りOKです、返却・苦情も受け付けてます……。 あと、ム―サ編も近日中に上げられる様に頑張りますので…完成次第、それも持ちかえって頂いて構いませんので!! では祐喜様、誕生日おめでとうございます!! 2010/5/15 BACK |