私には、感情なんていうものは無いのだ。
私には、何もないのだ。
私には、実態も、実像もないのだ。
だけど、そこに、ここに、あそこにも、どこにでも存在している。
私は・・・死。
多くの人間から、様々な名称で呼ばれる、“死”という存在。

〜Thanatos〜・5



「ボクから絶対に離れないでね、シノ君は油断するとこういうのに取り付かれるんだから。
奴等は少しでも力を持とうと必死だからさ、自分にとっていい力を持てるものならなんだって取り込むんだ」
だから、アイツ…名前なんだったか?あの良く分からない男に従ってるわけなのか。

黒い霧を吹き飛ばし、屋敷の中に侵入した羅喉の後ろに付いて歩きながらそう思う。
警備の数もある筈なんだが、コイツを前に、人間の科学なんてものは、あってないようなものだ。
結局、科学技術も人間が作った自分を守る壁の一つ。
弱い自分をそこに閉じ込めて、外界の強い敵に晒されないように守っている。
ソレを取り払われてしまえば、人間なんて弱い存在だ。
人外的な力を持たなければ、勿論そんなものは取り払えるようなものじゃないのは分かってる。
俺の目の前に居るのは、人外なんだけどな。

「おっと…お出ましみたいだよ」
そう言った彼の視線の先には、巨大な黒い陰を従わせた男の姿があった。
「羅喉君、と言ったかな?」
「名前なんて覚えなくていいですよ、ボクの存在なんて、そもそも貴方程度の人間に理解できるものではない」
よっぽど、相手が嫌いなようだ。
「君の存在がどうのとか、そんな話しはいい、それよりも…君なのか?私の結界を吹き飛ばしたのは?」
「シノ君には間違ってもそんな事はできないね、だけど、ボクにはそれが可能だよ」
ニコっと笑って、そう言ってるに違いない。
相手を馬鹿にしたもの言いなのだが、それが羅喉である以上、しょうがないように思えてくる。
「まったく、思い上がるのもいい加減にしたまえ。
君のような若造が、悪霊と対等に「お前のような下等な存在は、この世界から消えてしまえばいい、存在しているだけ無駄だ」
相手の台詞を遮って、羅喉は相手をなじる。
どうやら、相当嫌いなようだ。
それに対して、暗くて顔はよく見えないが、あの男は顔をしかめたようだ。
「君…誰を相手にしているのか、分かっているのかね?」
「どこかの三流のいかさま師さ」
そう言うと、コチラへと向かっていた男に仕える黒い陰を、片手だけで吹き飛ばした。
「分かってないな、呪術で人を攻撃するなら、もっとまともなものを使いなよ、アンタは闘った事なんてないんだろ?どうせ。
闘ったりしなくっても、最悪払ったりできなくても、報酬はもらえるからね」
便利な世の中だなぁ…と羅喉は言う。
「ボクの生まれた時代は、術に失敗した術士は例外なく殺されたのになぁ」
「何を…言ってるんだ?」
自分の力の根源を断たれ、男は恐れるように一歩後ずさる。

再び、その背後には影が集まっているが、そんなものはもう通用はしない。
彼には、それが分かっているのだろうか?
それとも、分かっていないんだろいか?
急速に渦を巻いて形を成そうとする、形なき影に、俺は虚しさを覚えた。

「命を差し出さないといけないくらい、ボクの生まれた時代には人間を守るのは術しかなかった。
呪術も魔術もそう、そういう人間が求められたのは、本当に必要とされていたからであって、己の私利私欲のためじゃない。
どうも、最近はそれが分かってないみたいだね。
少しでも力があれば、見せびらかして、己の為に生きようとする。
馬鹿にしているのか、って言いたくなるよ」
そう言いながら、ゆっくりと相手へと近付いていく羅喉。
「煩い!私には、ちゃんとした力がある!!
それに、古代の呪術師なんていうものは、皆いかさまをしていたというじゃないか。
そんな下等な連中と、現代に生きる我々のような術士とを一緒にするな!!」
「ほぅ…」

言ってしまった。
言ってはいけない事を。

「ねぇシノ君、ちょっとだけさ、ボクの力を解放してもいいかな?
大丈夫、そこそこ手は抜いておくからさ」
「いいぞ、俺への被害が出ないならな」
「大丈夫だよ、ボクはそんなヘマはしないからさ」
そう言うが早い、羅喉の姿が変わった。
日本人らしい黒髪で短髪の小柄な青年から、碧眼で白い肌の色素の薄い髪を後髪だけ長く伸ばし二つに結った、長身な青年へ。
目立つから、という理由で何時もは黒髪でいるのだが、本来の羅喉の姿はこの特徴的な青年の方だ。
「お前、その姿は…」
「理解しなくていいよ、アンタに説明したってどうせ無駄だからさ」
そう言うと、羅喉は相手へ向かって拳を突き出した。
「ボクは、嫌いなんだ…力を持たない者が、力を持つように振舞うのも、
不完全な力で、問題を引き起こすような、そんな馬鹿が。
大ッ嫌いなんだ、昔から…ボクの生まれた、古代からずっと…」
羅喉の拳から、じわりと影が生まれるのが薄暗い中でも視界に捉えた。
その影は、あの男の背後よりも濃く、真の闇を表しているようだ。
「だけどね、いかさま師だったわけじゃないんだ、古代の術士はね。
皆さ、自分の職に誇りを持ってた、ただその力が足りなかっただけ、
今の術士よりも、彼等はこの世界にある人以外のモノの力について、よく知ってたよ」
黒い闇は、男を取り囲んでいく。
彼は身動きも、もう声すらも出ない。
「お前のような三流じゃ、彼等の足元にも及ばない」
その言葉と共に、男の姿が消えた。
同時に、羅喉は突き出していた拳を下ろした。
闇に覆われた男の姿が、その後どうなるのかはもう見るのも面倒なので、放って置くことにした。
興味もない、ただ殺してはいないだろう。
殺す価値も、ないからだ。
コイツにとっては、あの男はその程度の存在。
そして、俺にとっては、名前すらも覚えるのが面倒な存在だった。

「行こうシノ君、例の死にかけの老人に会いに行かないと」
そう言って歩きだす青年の後を、俺はゆっくりと追った。


最後の仕上げに向かう為に。


翌日、記憶を無くし、完全に精神が崩壊した日高雅彦という有名な霊媒師が東京の路肩で発見された、という記事を新聞で見かけた。
見かけた名前だと思ったが、それ以上の感慨は湧いてこなかった。
触れてはいけないものに、触れてしまった結果だろう。
しかも自らそれに関わりに行ったのだから、救いようもない。
それを、俺は適当に読み流したのは、言うまでもない。
その新聞を適当に投げ、俺は今日の仕事にかかった。 その数秒後に、そんな記事があった事なんてもう俺の頭からは抜け落ちていた。







6へ



後書き
久々にオリジナル小説を書きました、がどうもブランクがあってどんな話しを書こうとしていたのか、自分の頭から抜け落ちてます。
魔法バトル、本当は激化させるつもりだったんだけど、相手が羅喉に釣り合わないのにそれは不可能だろう。
っという事で、どうも今一、盛り上がりに欠けます。
次回くらいでThanatosは最終回になります、長かったら二つに分けるかもしれません。
2009/4/19


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