闇の中で光を探すのは諦めた。
闇しかないなら、闇を破るしかないと思ったのだ。
それでオレは手っ取り早く、その闇を喰う事にした。
自分の体が闇に染まったところで、構わなかった。
オレが光を求めたのは、オレ自身の為じゃなく。

アイツの為だったからだ・・・。

~咎と金属~・4



「あの子知ってる」
帝がそう言ったのは、あの少年の前から術を使って逃げた後の事。

「何だよ、知り合いなら先に言え」
「知り合いなんかじゃなくてね、噂に聞いた事があるの」
なんだ、そういう“知ってる”か・・・。
「で、その噂っていうのは?」
「うん・・・あの子はきと“咎の天使”だ」
聞いた事のない名称に、オレは首を傾げるしかない。
「咎の天使?堕天使とはまた違うのか?」
「違うよ、根本的に違う。
堕天使は自ら地に堕ちる事を望んだ天使のことだけど、咎の天使はそうじゃないの。
咎の天使はね、地に引き摺り下ろされた天使の事だよ」
「引き摺り下ろされる?」
「うん、天使にとっての一番の屈辱って何だか分かる?」
「さあ?」
「天使はね、自分の羽を捥がれる事が一番の屈辱なの、そしてそれが一番の致命傷。
天使の羽は捥がれてしまったら再生できない、悪魔との戦いで傷ついた片羽の天使は一生片羽のままなんだ。
だけど、片羽ならまだ大丈夫、まだ存在していられる。
全部の羽を持っていかれたらね、天使は世界から消えるんだ」
「死ぬって事か?」
「死ぬんじゃないよ、消滅するの」

元々天使や悪魔、神もそうか、彼等は輪廻の輪の中には含まれていないんだっけ。
だから、死ぬ事はない。
死んだらそれで、その存在は跡形もなく消え去るって事だ。

「でもね、今までにたった一人だけ例外が居たの。
全部の羽を捥がれてもなお、存在し続ける天使が」
「それが咎の天使で、あの少年がそうだって言うのか?」
「多分ね」
多分と言っているが、その迷いのない言葉にコイツがその答えにほぼ確信を持っている事は確かだ。
「だけど、何でそんな奇跡的に生き残った奴の事を“咎の天使”なんて呼ぶんだ?
まさか、生き残った事で罪人扱いを受けてるわけじゃないんだろ?」
「勿論そうだけどね・・・」
しばらく間が空いて、帝は話の続きを語りだす。
「咎の天使は存在が消滅しなかった代わりに大きな代償を支払う事になったの、その一つが行動の制限。
天使には三つの属性があるんだ、太陽と月と星ね。
属性によって得手、不得手はあるんだけど、活動時間や範囲に限って言うと彼等に大差はないの。
だけど、咎の天使と呼ばれる彼にはその制限が存在するんだって。
彼は月の眷属者なんだけど、その月の支配時間である夜しか活動できないのよ」
「じゃあ、陽の元に出たらどうなるんだ?」
「体が持たないのよ、長く陽の光に当たれば消滅しちゃうの」

夜の時間、闇の中でしか生きられない天使か・・・。

「他にも何か障害を持ってるとか、色々言われてるんだけどこれ以上詳しい事は知らないんだ。
でもね、彼は今でもこうやって仕事をし続けるのは、仲間の羽を汚さないためだって聞いてる」
「羽を汚さないって何で?」
「自分みたいな存在を生みたくないからじゃないかな?
で、仲間に代わって罪を負う天使だから“咎の天使”なんて呼ばれるようになったわけ」

成る程、理屈は分かった。

「それで、これからどうするかだな・・・」
「彼、レン君だっけ?ガ連れてた使い魔は狼だからね・・・鼻は利くだろうから、何時かは絶対に見つかるよ。」
「分かってるって、神様は何でもお見通しってやつだろう?
オレだって何時までも逃げられるとは思ってないよ、それに・・・」
「それに、何?」
「いや・・・何でもない」
もうそろそろこの体が危ない、とは心配してくれている友人には言えない。
体の奥、内臓がザワザワと騒がしい。
やっぱ、体に悪いモンは喰うべきじゃないんだな・・・。
「ねえ・・・トウ君・・・・・・」
「行くぞ、急がねえと間に合わなくなる」
友人の台詞は聞こえなかったフリをして、オレは先に歩き出す。
「ねえ、トウ君・・・君は本当はもう駄目なんじゃないの?」
友人がそう呟いたのは、オレは全く知らなかった。

月の領地の最奥地、そこには夜しか存在しない。
白い光が辺りを照らし、何時も、辺りは青白い。
海のように青い水の底から、濃紺の夜空を見上げる。
透き通った水、今日は風もなく水面はずっと静止したままだ。

水面を通して差し込む月の光が、きらきらと輝いて映る。
侵食された自分の一部が、満たされていく。
一方で、どこかにぽっかりと穴が空いていて、そこから自分というモノが流れ出していっているような感覚。
やっぱり、自分は何かが足りていないんだ。
そう、思ってしまう。
塞がらない穴。
咎の天使と渾名される自分。
僕は別に、誰かの代わりに罪を負うと自ら決めたわけじゃない。
ただ、そういう運命に、いや、宿命にあっただけだ。
自ら、決めたんじゃない。
僕は、選べなかったんだ。

ゆらりと、大きく水面が揺れた。
一体何だろうか、と思って起き上がってみると、案の定、岸辺に客人が来ていた。
長い茶色の髪を一まとめの三つ網にした、赤とオレンジを貴重にした太陽の紋のある服装の少女。 夏山シャオという名の少女は、昔馴染みの友人だ。
「よう、傷ついたとか聞いたんだけど大丈夫か?」
「うん、何時もと同じで、タイムリミットが来ただけだから」
手渡されたタオルを受け取り、顔を拭きながら岸辺の岩に腰掛ける。
「全く、月の光を浴びた聖水の湖っていうのは知ってるけどさ。
こうやて実際に人が浸かってるのを見ると、やっぱり心配になるな」

彼女も近くの岩に腰掛けると、再び泉の方を見る。
不思議に青く光る湖に満たされているのは、天界から流れてきた聖水なのだ。
自分がここに定住している理由は、全てこの湖の為だ。
この泉の水と月の光は、僕の体の機能を回復してくれる天然の薬みたいなものだ。
だからといってああやって長時間水に浸かっていられるのは、自分が月の眷属で、水を操るモノだからに他ならないわけなんだが。
「シャオは太陽の眷属で火の力を操るから、余計にそう思えるんじゃない?」
「かもなぁ・・・で、お前は本当に体は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、もう充分回復したから。
今日は何で来たの?」
「いや、もしお前の体に無理が生じたんなら、今度は私が討伐に向かう事になるんだよ。
例の悪魔喰いの男」

成る程、僕の代打として様子を見に来たわけか・・・。

「僕の方は大丈夫だよ、今はまだ降りれないけど、あと数時間したらまた人間界に戻るから」
「そっか・・・実は、お前は無理してるところがあるから、本当に大丈夫か確認してこいって、上司に言われたんだよ」
「上司って、誰の?」
「お前の上司の観月さんだよ、心配してるんだぞ、あの人」

ああ、あの人は何時もそうやって僕の事を気にかけてくれている。
実の教え子だった事もあるんだろうな、きっと・・・。

「吹雪は人間界で追跡してるのか?」
「うん、だから彼の連絡も待ってるんだ。
ちょっと前に来た連絡では、応援にハンターの女の子が来てくれてるらしい」
「へぇ、それは心強いな」
「吹雪は気が合わないらしくて、ちょっと困ってるみたいだけどね・・・」

今日程早くお前に回復してもらいたいと思った日はない、っと話していた吹雪の声を思い出し、ちょっと笑った。

「じゃあ、お前はまだこの任務遂行するのか?」
「降りるつもりはないよ、何があってもね」
「うん?今回はちょっと気合い入ってるな」
「気合っていうか・・・ちょっと、思い入れがあるんだよ。
彼、ちょっと僕に似てるかもしれない」
「彼って、あの悪魔喰いの男が?」
「うん、何となくだけどね」
闘ってみた後で気付いたことだ、彼は僕がそんな風に思ってるなんて微塵も思っていないだろうけど。
「感情移入なんてするなよ、お前はあくまでもソイツの滅却が仕事なんだからさ」
「分かってるよ」
「これ以上、上司に心配かけさせるなよ。
じゃあ、また来るから」
岩から下りてそう言うと、彼女は帰って行った。
僕はしばらく湖を見た後、自分の家に入った。

戸賀崎蟷螂発見の連絡が入ったのは、それから三時間後の事だった。

きっちりと着替えを済ませ、僕は再び人間界に降りた。


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後書き

四話になりました、そして最終決戦に向かっています・・・きっと。
吹雪とソレイユは反りが合わないなりに頑張ってくれていました、その様子は次回という事で。
なんか今回説明文ばっかりになってしまってゴメンなさい。
2008/12/23


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