新月の夜を零として、毎日一つ数を足す 静かに照らす、銀の光 今日は数えて二十三 その光が差すのを待つ 二十三夜待ち何か異変を感じ取って目を覚ました。暗闇に目が慣れるまで待ち、辺りを探る。 異変の正体はすぐに分かった。 隣で寝ていたはずの恋人の姿がない。 崩れた寝具に触れてみるとすっかり冷めて、冷たくなっていた。 用を足しに行ったにしても、少し時間がかかっていないだろうか? 見ると、枕元に置いてあったはずの彼ダガーも無くなっている。 彼が持っていったのだろうが、一体その本人はどこへ行ったのだろうか? 心配になり、床から起き上がると天幕の外へ出る。 起きたばかりの体に、夜風が冷たく吹き付けてくる。 仲間の姿を探して周囲を見回すと、少し離れた場所に赤い光が見えた。 天幕の中に入れた荷物の中から上着を取り出し、上に羽織るとその光の方へと近付く。 案の定、それは探し人の背中だった。 髪を結わず、バンダナも外した彼は、寒いのか目の前で燃やしている薪に手をかざしていた。 「こんな時間に何をしているんだ、フリオニール?」 「うわぁっ!!・・・って、ウォーリアか・・・驚かさないでくれよ」 いきなり背後から声を掛けた事で、驚きと抗議の声を上げる青年。 「君は今日、見張りの番には当たってなかったと思うが」 「ああ、変わってもらったんだ。 こっち来て座れよ、寒いだろ?」 そう言って彼はちょっと脇へ退いた、彼の言葉に甘えて私も薪の側に座る。 吹き付ける風はやはり肌寒いが、火の温度はそれよりもずっと温かい。 「ところで、どうして見張りを変わってもらたんだ?」 「うん・・・いや、大した理由じゃないんだ・・・」 私の質問に対しそう言い淀む。 「しかし、理由もなく変わってもらう事でもないだろう?」 それならそれで、何か一言くらい言って欲しい。 側に居るものとしては心配になる。 「あっ・・・もしかして、心配かけたのか?」 「・・・まあ、そんなところだ」 「それは・・・悪かった」 本当に申し訳無さそうに、彼は俯いて謝った。 「いいんだ、別に・・・何かに巻き込まれたわけでもないようだしな。 それで、変わってもらった理由っていうのは?」 「・・・今日は二十三夜なんだ」 フリオニールは夜空を仰ぎ見てそう言った。 「・・・二十三夜?」 「そう、ウォーリアは『月待』知らないのか?」 「つきまち?」 「うん、決まった月齢の月に供物を捧げて空に昇るのを待つんだ。 豊穣や、健康なんかを祈る行事なんだけど・・・」 「そうか・・・初めて聞いたな」 そう言って、彼の見ていた夜空を眺める。 雲一つない綺麗な夜空が、我々の頭上に広がっている。 月は新月から日が経てば、どんどん昇る時間が遅れてくるのだそうだ。 二十三番目にもなれば昇ってくる時間も遅い。 実際、もうすぐ深夜になろうというのに、空にはまだ肝心の月の姿はない。 だから、彼は待っていたのか、月が昇るのを。 「実はな、二十三夜の月は、願い事を叶えてくれるんだ」 「願い事を?」 「ああ・・・昔、誰かからそう聞いたんだ、皆で眺めた事もあったと思う」 懐かしそうに彼はそう話す。 彼の住む世界での事を私は何も知らない。 皆、自分の住んでいた世界の記憶は今は虚ろになっているようだ。 そんな中で思い出した過去の出来事。 その時、彼と月を見ていたのは一体誰なんだろうか? 家族なのか、それとも彼の仲間だろうか・・・それとも。 彼が、大切に想う人、だったんだろうか? 胸の底から湧き上がってくる、心を乱す感情を押さえ込む。 彼の過去に、嫉妬したってしょうがない。 「あっ・・・もうすぐ、時間かな」 東の空を眺めながらフリオニールがそう言ったので、私も同じ方向を見る。 深い黒を称えた夜空に、真っ白な欠けた月が顔を見せた。 「綺麗だな・・・」 「ああ」 小さな声でそう呟いた彼をそっと抱き寄せる。 「ちょっ!ウォーリア、ここ外」 「皆寝てる、誰も見ていない」 「そうは言っても!!」 「騒ぐな、皆が起きるだろう?」 そう言うと、彼は静かになり俯いてしまった。 俯いたその頬が赤いのは、薪の燃える火に照らされているからだけじゃないだろう。 相変わらず、彼はこういう事に免疫がない。 そろそろ慣れてもいいだろう、抱きしめる事くらい。 まあ、純粋で可愛いが。 「フリオニール、君は何を願いたかったんだ?」 大人しく腕の中に納まった恋人にそう尋ねる。 深夜に一人で、私に黙って起きてまで出てきた理由。 「うーん、別に何か願い事があったわけじゃないんだ。 ただ、昔の事を思い出しただけ」 昔の事・・・。 出会った以前の、君の居た場所。 そこでも君は、多くの仲間に囲まれていたんだろう。 「帰りたいのか?元の世界に」 「今はまだ帰れないのは分かってるよ、でも・・・ 時々、心配になるな、元の世界で仲間が今どうしてるのか、とか」 彼の本来居るべき場所は彼の生まれ育った世界である事、それは分かってる。 やがては帰るその場所を思う気持ちだって、分からない事はない、でも。 彼の持つ過去の記憶が、恨めしくなる。 嫉妬したってしょうがないと、さっきそう思ったばかりなのに。 だけど、経過した時間というものはそう簡単に埋められるものではない。 彼が語らなければ、彼の過去なんて私は分からない。 今まで彼が見てきたもの、聞いてきたもの、感じてきたものを、私は何一つ共有する事ができない。 私の知らないものを思っている君が、嫌だ。 私の知らない君が居るのが、嫌だ。 酷い我侭なのかもしれない、けれど・・・。 何時までも、隣にはいられないだろう事は目に見えているから・・・。 「フリオニール」 俯く彼の頬に手を当て、そっと私の方を向かせる。 「何だよ?」 くすぐったそうに身を捩って、彼がそう尋ねる。 その顎を、しっかりと固定して。 その唇を、塞いだ。 「っん!!」 ビクリと彼の体が震えるのを感じ、逃れようとするその背をしっかりと抱きしめる。 半開きだった彼の口内に易々と侵入できた舌を、彼の舌と絡める。 「ふぁ・・・ん、ふっ」 熱い吐息と甘い声が漏れる。 むさぼる様に彼の唇を味わい、限界を訴える彼から名残惜しいが離れる。 「・・・いきなり、何するんだよ!?」 肩で荒く息をしながら、真っ赤になって怒鳴るフリオニール。 「お前が好きだ、フリオニール」 その唇に、今度は優しく触れる程度のキスを落とす。 「・・・・・・知ってるよ」 私の告白に、小さな声で彼はそう返事した。 そう、今は通じている。 私からも、君からも。 だけど、未来にはどうなるのか分からない。 ここに来る前の記憶が虚ろになってしまていた様に。 元の世界に戻ってから、ここでの記憶が残っている保障はない。 君の持つ過去の中に、この先、私の存在があり続けられるか分からない。 だから、せめて今だけは君の中に確かな存在として居たい。 「どうしたんだよ?ウォーリア」 黙ってしまた私を不振に思ったのか、フリオニールがそっと顔を覗きこむ。 その後頭部に腕を回し、しっかりと抱きしめる。 「ちょっ!ウォーリア、苦しいっ」 抗議されたって、離すつもりは毛頭ない。 抱きしめた彼の向こう側に、昇る白い月を見た。 満月を過ぎ、薄くなった月の光が、辺りを照らしている。 もしも願いが叶うなら。 今この時を、永劫のものに。 後書き つのばら祭に際して書いてみたもの。 自分の世界に帰ってしまった後、彼等はどうなるのかと思いまして・・・。 2009/2/28 |