誰も知らないけれど、何もかもが全部この手の中
もうすぐ、もうすぐ
貴方だって手に入る


「だって、欲しくなっちゃったんだもん」


どういう事なのか分からない、けれど気が付けばこの街の全てが俺の敵になっていた。
誰も彼も、俺を知らない。
いや知っている、鏑木・T・虎徹という犯罪者としてなら。
街中に貼られた指名手配犯の、人相の悪い顔で俺の事をしっかり認識されて。
何を言ったって聞き入れてくれない、それ以前に携帯も何も通じないし。
誰なら信じてくれるんだよ。
狭い路地裏で一人、溜息を吐いてしゃがみこむ。
「バニーの奴、どうしてっかな?」
自分の心配をすべき時なんだけれど、それよりも行方知れずの相棒の事が気にかかる。
所在の分からないアイツが、もし、この件に巻き込まれているのだとしたら……。
その時、ふと入り口の方で人の足音が聞こえて身を乗り出した。気の所為なら構わない、だが確かに…………。
「イッ、タァ……」
ガツンと背後から殴りつけられた、何か固い物でしかも思いっきり…相手の顔を確認しようと振り返るも、意識が真っ暗に落ちた。


目を開けたらまだ真っ暗だったから、もしかしたら夢の中なのかと思った。
体を起こす、固くて冷たい床の感触……周囲を見回すも室内というだけで何もない。
それにしても変な場所だ、なんだか見覚えがある気がするものの…それがどこか今一つ記憶が曖昧で。

「目覚めましたか?虎徹さん」
「バニー?」
コツコツという聞き覚えのあるブーツの足音、視界にちゃんと確認できる程に近付いて来たその男は、紛れもなく俺の相棒。
痛む頭を抱えて彼の顔を確認する、どこか違和感がある……なんだろう、直観が違うと言ってる。
「探したんですよ虎徹さん、本当に、どこに行っちゃったのかと思いました」
「お前、誰だ?」
小さな声でそう尋ねると、驚いたらしくちょっと目を見開くも、直ぐにフッと嫌味に微笑んだ。
「へぇ、分かるんですか。初見で僕を見破ったのは貴方が初めてですよ……それだけ、彼の事を一番に考えていたという事かもしれませんが」
「黙れ!お前、何なんだ?本物のバニーはどこに居る?」
ニッコリと笑う偽物は、俺と目が合う様に膝をついて目の前に座った。

「大丈夫ですよ、彼は無事ですから……今頃はヒーロー達と合流して、犯人探しの途中なんじゃないですか?」
「犯人?」
「ええ、殺人犯、鏑木・T・虎徹……つまり、貴方を」
背筋を冷たいものが走り抜けた、俺がバーナビ―に追われている?
「違う、俺は殺人なんて……」
「勿論そうです、貴方はそんな事はしていない。でも世間的にはそういう事件として動いている、ヒーロー達が凶悪犯を追いかける、いつも通りの刺激的なショーとして」
コロッセオみたいでしょう、アイツの営業用に使う笑顔で相手は語る。
「市民から政治の目を逸らす為に開かれた、犯罪者や捕虜達の殺し合い…あの刺激的なヒーローショーは、現代に蘇った悪政から目を逸らす撒き餌そのものです」
「黙れ!」
何も面白くない、なんとかして逃げる術はないものか……いっそ能力を発動させて、この壁を突き破って逃げ出そうか?
「残念ながら逃げられませんよ、そんな事は僕がさせません」
「やってみなきゃ分からないだろ」
ぶん殴ってやろうかと思ったけど、体が動かなかった。頭を殴られた所為で自由が利かないという訳ではない、思う様に体が動かないなんてもんじゃない、指の一本すらも動かせない。
急に、一体どうして?
目の前の男はそれを見て声を上げて笑った、アイツと同じ顔をしていながら、アイツに似合わない笑顔だ。

「お前、もしかしてネクストか?」
「驚く事ではないでしょう?貴方だってネクストだし、貴方の相棒だってそうなんですから」
「俺に何しやがった!!」
「怒らないで下さいよ、今、見える様にしてあげますから」
手袋をはめた右手をそっと横に振ると、青白く光る無数の糸が現れた。細いその糸の束の片端は俺の体の各所へと繋がっている、それこそ操り人形の様に。
「僕はね、人の体を自由に操れるネクストなんですよ。だから貴方は僕から逃げられないんですよ。だってその体は今、僕が自由にできるんですから……ほら」
俺の意思とは反対に、相手の頬に手を差し伸べてキスをした。
満足そうにそれに応えてくる相手に、せめてもの抵抗で噛みついてやろうかと思ったけれど、それすらも叶わなかった。
「お、まえ……」
「無理ですよ、一度でも僕の能力にかかったらその日からその人は僕の傀儡になり下がる、どんなに逃げても逃げられません、僕がこの糸を放さない限りはね。そうやって、僕は組織を支配したんですから」
右手にはめていた皮の手袋を外して、俺の前に差し出した、その手の甲に刻まれていたものは……。
「ウロボロス」
赤い蛇は自分の尾を噛んで輪を作る、両親の仇討ちの為にアイツが20年もかけて探し求めていた組織。
事切れる前に叫んだ女の言葉が蘇る。

― 我々はその一部に過ぎない ―

「ブルックス夫妻の秘密をお教えしましょうか。彼等の初めての可愛い子供、その子は父親の名前をもらいバーナビ―・ブルックスJr。でもね、バーナビーには秘密ですけれど彼等にはもう一人子供が居る。
生まれたてのその子はネクスト能力を既に発動できた、珍しい症例ですが稀に存在するようです…しかし、生まれたばかりの子に能力の制御など出来る訳もありません。院内はパニックになったそうです、誰も思うように体が動かせない、意識して動かす事ができる行動は全て操れるものですから、人の呼吸を止めるなんて事もできたんですよ。騒ぎが終息する頃には、院内の数人が既に息を引き取った後でした。
そして、現場に居た全ての人間の記憶はある人物によって改ざんされ、その子は誕生した事さえ世に知られる事は無くなった」
世界の全てを恨む、冷たい目でそいつは語る。
バーナビ―と同じ顔、同じ声で。

「僕は組織に育てられました、この立派な力を利用しない手は無いと、誰もがそう考えたんでしょうね。あのマーべリックだって」
「待て、社長が何で……」
俺の質問に、偽物の男の目が一気に冷めたものに変わる。
それこそ、世界で一番大嫌いだというのを隠そうともしない目。
「メディア王、アルバート・マーべリック。権力に目が眩んだ哀れな男、自分の成功の為に犯罪組織と手を組んだ挙句に、親友夫妻を殺害しその子の育て親になる」
待て、何て言った?
親友夫妻の殺害、子供の育て親……。
バーナビ―は、両親が死んだ後に後見人として誰に育てて貰ったと言っていた?
「全部、全部あの男が手を下して来た。貴方だってそうでしょう?何をしたのか知りませんけれど、危険だと判断された。だから排除されそうになっている」
「嘘だ、だって社長は……」
バーナビ―を、ヒーローを育ててきたじゃないか。
「嘘なものですか。市民の正義の印であるヒーロー、彼等の活躍を楽しみに待つ市民、犯罪者が居ればそれだけテレビは面白い、真実を伝えるメディアは全て自分の手の中、悪い事があれば組織の力でもみ消せばいい。何より、あの男は隠しているけれども記憶を操るネクストだ。馬鹿な事をなんて言わせませんよ、貴方の事を、誰も覚えて無かったでしょう?」
呼吸が荒い、あまりにも一度に何もかもが押し寄せて来て、吐きそうな気分だ。
でも確かに辻褄は合う、全て裏で糸を引いていたのがあの男なら……何もかも、彼が話す通りなら。
全ての黒幕は……。
「あの男も組織も、僕を良い様に扱って来ました……だけど、僕の能力がどれ程のものか把握できてはいなかったんですね。ある時から僕は、組織の者達を自分の意思で操り始めました。僕の言う事を聞く様に……不足の自体が起きたなら、あの男を使って記憶を消せばそれで済む。
これは誰にも秘密ですけど、僕の能力、体を動かすだけじゃないんですよ。勝手に動いてると思っているかもしれませんけれど、動かしているのは貴方の意思でなんですよ。分かりませんか?この糸は意思を司る脳と神経に直接繋がってる、だからその意識ごと支配できるんです、つまり、やろうと思えば相手を洗脳できるんですよ…勿論、あんまり表だってするとバレてしまいますからね、節度を弁えて僕の意思を刷り込むんです。
ウロボロスという組織は巨大だ、中にはジェイクの様な過激な連中も存在した。その全てに支配が及ぶ必要は無い、組織の中枢部を支配すれば全ては僕の思い通りになる。だからバーナビーだってヒーローになれた、誰も知らない僕の代わりに誰からも知られる存在、名前すらない僕に変わって誰からも知られる愛される、不幸な反対側の彼を僕の手で幸せにしてあげる優越感、楽しかったです」
楽しい?本当にそう思っているのか?
お前の顔、どう見てもそんな風には見えないぞ。
何の感情も感じられないだけど、冷たい、触れたら泣くんじゃないかってくらい脆い装甲。
「僕が与えた物に縋って、彼はずっと生きて行くものだと思っていた……でも、貴方に出会ってそれが変わってしまった。無意識に支配され続けているあの子は、僕の支配の手を逃れて貴方という幸せを見つけてしまった。
正直に言うと羨ましかったです、だって狡いじゃないですか。何も与えられない僕に対して、何だって与えられた彼、勿論そう仕向けたのは僕ですけれど、感謝の一つもなく、僕の手からも彼は勝手に逃げて行こうとした」
動けない俺にぎゅっと抱きつく、だだをこねて甘える子供と変わらない。
凶悪に歪んだ、狂った子供みたいな笑顔。
「バーナビーを、どうする気なんだ?」
「彼の心配をするんですね、優しいんだ。大丈夫ですよ、彼はこれからも僕のお人形として誰からも愛されるヒーローを続けてもらうつもりです」
「はぁ?」
どういう意味なんだ、お前は、何がしたい?
「彼の復讐とかそういうの、どうでもいいんですよ。世の中の平和だとか、誰かの野望だとかそういうの僕には関係ありません、そんなこの手の中にあるものなんて何も要らないんですよ。富も権力も名声も、そんなものをいくら貰ったって彼を羨ましいとは思いません、それは僕が買い与えたものですから……でも貴方だけは、貴方だけは狡い」
するりと擦り寄ってくる相手の手が、俺の体を床に縫い止める。
逃げられない、逃がす気なんて更々ない。
「ねえ、バーナビーじゃなくて僕のものになって下さいよ」
「お前……何言ってるんだよ?」
「僕の目的はそれだけですよ、彼から貴方を奪い取る事。その為にこれだけ舞台を整えたんですよ、あとは貴方の偽物でも作って本物のバーナビーに始末でもさせればいい、これで貴方はこの世界に存在しない人になる。そしたら僕の元でずっと一緒に居られますよ」
楽しそうに子供が笑う。
「貴方は自分よりも他人の方を優先する人でしょう?僕に逆らってどんなに痛い目に遭ったって構わない、そう言うに決まってますよね。でも、他の人が傷付くのは嫌でしょう?例えば、無実な市民や貴方の友達のヒーロー仲間や、貴方が信じている相棒や。
貴方の大事な大事な、家族とか」
「なっ、止めろ!!」
背筋に走った冷たい何かは、全身を駆けて心臓まで入り込んで来た。
怖い…恐い……。
右手の指が動く、俺の腕が持ち上がって彼の首筋に回る。
ダメだ、今すぐ壊さないと……。
「貴方一人の答えで、この街の全ての人間の命をどうにでもできるんですよ」
何処にも逃げられない俺に、目の前の子供へ問い掛ける。
どうして、俺が?
「だって、欲しくなっちゃったんだもん」
狂った様に兎が笑う。
相棒とは違う、真っ赤な瞳。
子供みたいにだだこねて、甘えてくる。

「さあ、答えて下さいよヒーロー」
震える喉から声を絞り出して、答える。
俺が選ぶのは……。




後書き
ウロボロスなバニーちゃんが居たら、マベを通り越して本物の黒幕として色んなもの操ってたんじゃないかな……という妄想が今更になって浮かんできた為に書いてみました。
正直、説明文ばっかりになってしまったのが悲しいですが。

暗めの話を書くの結構好きなんで、病んでる子とか凄く楽しかったです。
2011/9/8


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