偉大な音楽家は、耳を悪くした
ステージで叫ぶロック歌手は、喉を悪くしてしまう

ねえ、私は何を犠牲にして立ってるのかな?


「何事も、犠牲なくして手にする事はできないんだ」


トレーニングを終えて、廊下を歩いているとふいに背筋に悪寒が走った。
寒い、体を動かした後で体温が上がったハズなのに、汗が一気に引いて行く。
またなの?
体を抱いて、その場にしゃがみ込む。
吐いた息に、氷が混じっている様な気がした。


「おい、どうしたカリーナ?」
トレーニング中は別にいつもと変化はなかった。貧血にでもなったのだろうか、そう思って近付き大丈夫かと声をかける。
震える声で何かを呟くが、声が聞こえない。
「すまない、もう一回言ってくれないか?」
顔を覗き込んでそう言うと、一度大きく息を吸い込む。
「…………寒い」
「えっ?」
真夏に寒いも何もないだろう、ついさっきまでトレーニングしていたんだから、体も温まっているはずだ。そう思ったのだが、震える少女を見ていると嘘の様には思えない。
肩を抱く手は冷たいし、顔も血の気が引いて見える。
「立てるか?医務室まで連れて行ってやるけど」
ふるりと首を横に振る、立つ事もままならないくらいに体に力が入らないのか。
「仕方ないな……」
「ちょっ、何?」
普段ならもっと大きな声で叫んだだろうに、彼女の声は溜息の様だった。
女子高生一人くらいならば、俺でもお姫様抱っこはできる。
「悪い、ちょっとの間だけ我慢な?」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
こういう事するのは何年振りだろうか、そんな事を考えたものの、ふざけていい空気ではなかった。
余程寒かったのだろう、俺の熱を求める様にしっかりと抱き着いてきた。
弱っている時には、羞恥心は影を潜めてくれるんだろうか。
普段は軽口を叩く相手に、ここまで大人しく従ってくれるなんて。

「大分、落ち着いたか?」
長袖のトーレーニングウェアを来て、医務室のベッドに腰かけるカリーナは小さく頷いた。
「ジンジャーティー、まだ要るか?」
空になったカップを見つめて尋ねる、それに小さく頷いたのを見て、もう一杯カップへと注ぎ淹れる。
体が冷えた時にはこれを飲むのがいいんだと、レシピを教えてくれた相手に感謝する。
「風邪でも引いたのか?気を付けろよ、氷の女王が風邪引いたなんて冗談にも…」
「違うわよ!」
泣き出してしまいそうな声に、思わず言葉が止まる。震える彼女は、小さく溜息を吐いて紅茶を一口飲んだ。
それで気分が落ち着いたのか、彼女は小さな声で「ごめん」と言った。
笑ってくれればと思ったのだが、逆に気分を悪くしてしまったか……俺の方が悪いと思ったので、素直に謝っておく。
落ち着いたなら、迎えでもお願いして帰した方がいいかな。


淹れてくれた紅茶は少しスパイシーで、体を内側から温めてくれているみたいだった。
『虎徹特製ジンジャーティー』だって言ってた。トレーニングウェアに着替えて、ベッドでしばらく休んでいる間に用意してくれていたんだ。
運んでくれた時もそうだけど、この人の優しさや思い遣りが私を温めてくれているみたい。
今だってそう、私の事をずっと優しい目で見てくれている。
手足の先まで温もりが戻って来て、気分も楽になったかな?
ううん、まだ怖い。

「ねえ、タイガーは頑丈が取り柄だって、言ってたわよね?」
「そうだぞ、大きな病気はした事ないし。今も昔も結構無茶してるけどさ、怪我の治りは早い方だな」
そうね、アンタっていっつも無茶してばっかり。
見てるコッチが心配になっちゃうくらいに。
「どうした?」
「……昔から、人よりも体温が低いのよ。特に、NEXT能力に目覚めてからは酷くなった気がする。今日みたいに酷いのはあんまり無いんだけど。
周りの人がそうでない時も、ちょっと寒いなって感じる事はあるかな」
ぎゅっと服の裾を握り絞める、心配なの。
「私の能力の副作用なんじゃないかなって、思うの」
そう言うとタイガーは、真剣な顔で私を真っ直ぐに見つめた。
「お前それ、医者とかに相談した事あるのか?」
「思い込みだったら嫌じゃない。それでなくても、NEXTだってだけで、人から変な目で見られるのに……これ以上、おかしな奴だって思われたくは」
「馬鹿!!それで自分の体が悪くなったら、元も子もないだろうが!」
怒りを含んだ言葉に、思わず目を閉じる。
その後、頭に下りてきた温かい手にドクンと心臓が跳ねた。

「俺達は体が資本だ、それに、お前には夢があるんだろ?それなら、叶える為に自分の体を大事にしてやらないと、な?」
何で、そんなに優しい顔ができるの。
強気になって、必死に隠してるのに。
紅茶一杯分の温かさ、それだけで、凍った気持ちとか不安が全部溶けてしまう。

「ねえ、タイガーはそんな事はないの?自分の能力の副作用みたいな、そんな体調不良みたいなの」
しばらく考える素振りをするけれど、結局首を横に振った。
「そういうのは無いな」
じゃあ、やっぱり私の考え過ぎなのかな。
「他の奴等に相談した事は?」
「無いわ」
本当に時々しかないから。
「ご両親に相談してみろよ、それで、心配だったらちゃんと医者に行く事、分かったか?」
「……そうしてみる」
こんな事で、ずっと持っている心配事が消えてなくなるなら直ぐにしてるわ。

両親に話したら、確かに心配されたけれど。でも、医師の診察を受けたら、少し冷え症が酷いだけで心配はないと言われただけ。
お医者様がそう言うのなら大丈夫、二人共笑ってそう言った。
何が大丈夫よ、私の恐怖は何も解決していないのに。
悪気が無いのは分かってる、私を安心させようとしてるんだって。
でも……怖いよ。
私の能力が、この体を心臓の奥から氷漬けにしてしまわないか。

ねえ、分からない。


ふうー、っと長い息を吐く。
何度も繰り返してきたから、効力を失ってしまったかもしれない呪文を、心のなかで繰り返す。
私は大丈夫なんだ。

「紅茶、美味しかった」
「そっか」
ニッコリと笑う彼に、私も微笑み返す。
「良かったらレシピ教えてよ、私も作りたい」
「ああ、いいぞ」
置いてあったメモ帳に、分量と作り方を書き留め始める。
説明する彼の横顔を見つめ、ふっと息を吐いた。
「大丈夫だぞ。これ飲んだら直ぐに、体温まるからな」
そう言ってくれるアンタの言葉で、充分かもしれない。


「なあ、アントニオ。俺達の能力にさ、副作用みたいなのあると思うか?」
「なんだよ唐突に」
訝しむ親友に、何と言おうか迷う。
昼にカリーナが言っていた事が、どういう訳が引っ掛かる。
俺達の能力については、謎の部分も多い。
分かっているのは、俺達が普通の人間とは違うという事。
「もし、そういうのがあったとしたらさ、どうする?」
「どうするって言われてもな、俺達にはどうしようもないだろ」
「まあ、そうだな」
考えた事も無かった、副作用か。
そんなもの、本当にあるのか?
「虎徹、お前……今日はどうしたんだ?」
心配そうにそう言う友人に、何でも無いと言葉を濁す。
何も怖いものなんてないさ。
自分自身でずっと生きてきたんだから、このまま貫くしかないだろう。
俺達には、それしか選択肢が残されていないんだから。




to be continude …


後書き
タイバニを見ていてふと思った事なんですが、彼等の能力に副作用とか出たらどうなるだろうと思ったんです。
というか、こういう副作用から…バニーちゃんと虎徹を絡める予定だったんですが、気が付けばヒーロー全員の副作用を考えていた自分が居ます。
という事で、一話が完全に虎薔薇になりました。
次回はアントニオの話になる予定です。
あれ……自分、兎虎を書く予定だったはずなのに。
2011/7/10


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