「どうして僕を信じてくれなかったんですか?」
どうして貴方は届かない手を伸ばそうとするんだ?
あと一歩、腕一本、足りない長さを人に任せようとしないんだ?
全て自分の両腕だけで抱えようとして、無理して、全て落としてしまうかもしれないのに
どうして僕を信じてくれなかったんですか?


「聞きたい事も言いたい事も、沢山あるんですよ」



「タイガーが負けると思ってるの?」
中継を見る僕に、彼女が投げかけた質問。
もしも彼が負けてしまったら、次は僕の出番だ。それは予想できない不足の事態ではない、用意をしていても問題はないだろう。
大体、あの人が勝てると思っているのか?たった一人で立ち向かって勝てる相手だと?
お前はどうなんだ、本当にあの人が勝つと思っているのか?そう尋ねてみても、彼女は強がって「信じている」と答えるか、無言で睨みつけるだけだろう。これ以上、不愉快な思いをさせるのは良くないだろうと思い、質問は飲み込んでおいた。

でも信じられるのか、僕を頼りないと背中を預けてくれない相手を。


『タイガーは今、病院の方に搬送されたわ』
通信機から聞こえてくるプロデューサーの感情の無い、それ故に真剣な声。
そうだ、予想できなかった訳じゃないんだ。
でも、どうしてこんなになるまで貴方は立ち上がったんだ?
アイツに立ち向かおうとしたんだ、おじさん。

彼の搬送された病院に向かおうかどうか、さっきからずっと迷ったままだ。
話に聞かなくったって分かる、彼は重傷だ、今はきっと手術中、僕が行ったところで何もできる事なんてない。
今の僕がすべき事は、明日の対戦に備えて体を休ませる事だろう。
でも眠りたくない、目が冴えているから深く眠る事はできない。心の底をグサグサと突き刺してくる痛みが、消えてくれない。
ロッカー室の椅子に座って溜息を吐く、そんな僕の前に人影が差した。
「まだ残って居たんですか?」
「それはこっちの台詞よハンサム」
ニッと口角を釣り上げて無理にでも笑うと、ファイヤーエンブレムは僕の隣りに腰かけた。
「アンタの出番は明朝、その後は、アタシ達に順番が回って来る訳ね」
「大丈夫ですよ、僕で終らせますから」
「アンタその台詞を信じろって言うの?同じ事を言った男は、既に三人居るわ」
黙り込むしかない、しかも自分と同じ能力は通用しないとさっき証明された。
彼と僕は違う、そう繰り返しても虚しくなるだけだ。信頼できる言葉に聞こえない。
あの人とは、同じじゃない。

「タイガーと喧嘩した?」
「今その話ですか?」
「むしろ、今その話をしなくてどうするのよ?」
隣りに座って居て、お互いに目を合わせない様に会話をする。相手の目を見ずに話をするなと、あの人に怒られた事を思い出した。
でも今はこうしておきたい、誰の視線にも晒されていない自分を保って居たい。
「あの人は僕を信じてくれなかった。あの人を信じてみようと思った矢先に、この思いを裏切ったんです」
握った拳が震える、怒りだ。あの人への苛立ちが頂点を越えて生まれた感情だ。
思い通りになんていかない、結局あの人は僕の理解者になんてなれないんだ。
想像できただろう、分かっていただろう。
誰も信用できないって。
「ハンサム、アンタは子供ね」
「いきなり何なんですか?」
呆れた様な声と一緒に向けられた言葉、どうして僕にそんな事を言うんだろうか?
「聞いてたでしょ?タイガーは病院に搬送されたわ。スーツのお陰である程度のダメージは防げたみたいだけど、それでもかなりの重傷。あの子、ずっと頑丈だけが取り柄だって言ってたけど……今回は今までとは明らかに違うわ、今夜が山場よ。もしかしたら、もう帰って来ないかも」
「何でそんな事を言うんです!あの人は、まだ生きてる……」
思わず立ち上がって叫んでしまった、そんな僕を相手はじっと真剣な目で真っ直ぐに見つめる。
肩が震えている、これも怒りだ。生死の境を彷徨うあの人がもう帰って来ないなんて、不謹慎な事を言う仲間への怒り。
そして、本当にもう帰って来ないのではないか?という疑問から生まれた、不安と恐怖が心の底で渦巻いていて。それを知られたくないから、余計に腹が立つんだ。
溜息を吐いた、心を落ち着かせる為に。眼鏡を直すフリをして視線を逸らしたのは、心を見透かされそうな気がしたからだ。

落ち着いて座りなさいという相手の言葉に渋々従って、再びベンチに腰を下すと、彼も溜息を吐いた。
「信じてみようと思った?タイガーが居なくなる事をここに居る誰よりも怖がってるクセに。
アンタ分かってないわ、信じてみようと思ったんじゃない。信じてたんでしょ、タイガーを」
信じていた、僕があの人を?
そんな訳がない、だっていつもあの人の行動に迷惑していた。
ただ、真っ直ぐで、一生懸命で、温かくて、僕を受け入れようと手を伸ばしてくれるから、少しだけ背中を預けてみたいと思っただけだ。
本当に少しだけ。
「信じてたから怒るのよ、今も落ち着きなく彼の事を心配してて。無理かもしれないなんて言葉に、苛立つのよ」
そう言うと、何かを取り出して差し出した。
「何ですか?」
差し出された機械を見てそう尋ねる。
「出て行く前にタイガーがアタシに預けて行ったのよ、帰って来なかったらアンタに渡してくれって」
「遺言じゃないですよね?」
「それだったら、もっと別の相手に渡すでしょ?彼には大切な家族が居るんだから」
確かにその通りだ、それならこの中身は一体何なんだろうか?
それよりも、話しがあるなら直接言えばいいのに。あの人らしくない。
こうなる事を予想していたんだろうか。
「じゃあ私は失礼するわ、頼み事はちゃんと叶えてあげたしね」
ロッカールームを出て行く相手を見送ってから、受け取った伝言を見つめる。
再生ボタンを押すと、小さな画面におじさんの顔が映し出された。

『バーナビー、これをお前が聞いてるって事は、俺は負けてそこに帰って来れなかったって事だよな?昔はさ、こういう時に伝言を残すなんて、自分の負けを認めてるみたいで嫌だと思ったんだろうけどさ。言いたい事をそのままにする方が怖くなったんだよ、やっぱ俺も年食ったな』
ニッと歯を見せて笑う、彼の笑顔が懐かしいと感じた。まだ送り出してから、何時間も経ってないのに。
すっと、彼の表情が笑顔から真剣なものに変わる。
『まずは、お前の邪魔をして悪かった。許してくれなんて言っても、何か嘘っぽく聞こえるよな?全部お前の言う通りだよ、お前の事を信じられなかった、信じてやる事ができなかった。怖かったんだ、お前を一人で行かせるのが。お前が暴走して、そのままジェイクを殺してしまわないかって思ったら、どうしても不安になったんだ』
親の仇を討つ、それがこの20年間の生きる理由だ。
今更、この手を汚す事なんて恐れたりしない。我を忘れる程の怒りを持ってすれば、彼を殺す事も可能ではないかと思う。
全てを終わらせなければ、僕に明日なんて来ない。
『お前の事だから、アイツを倒さないと明日なんて来ないとか考えてるのかもしれないけどな。それは違うと思う』
今まさに思った事を言い当てられ困惑する。
彼は小さく溜息を吐いた、大人の顔だ。
『ジェイクを殺せば全て終る、お前の全てが終るよ。
たった一つ、それだけを追い求めて走って来たお前は、その瞬間に全部を失っちまう。後に残るのは、アイツと同じ罪を犯した自分の手だけだ。
ご両親が殺されちまった理由も何も分からないままアイツを殺しても、お前はその先を生きる事ができない。納得できなくて、全て嫌になるだけだ』
ハッとした、心に突き刺さる声。

親の仇を討つ事、目先の事だけを考えていた僕は明日が来たらどうするつもりだったんだろう。
これから先も、この街でヒーローを続けて行くつもりだったのか?
彼の様に所帯を持って、幸せな家庭を築くつもりだったのか?
何もかも不透明だ、その先の事なんて決めていなかった。

『お前がこの先どうるすのか、それは分からないけどさ。俺はお前に後悔して欲しくないし、もう苦しんで欲しくもない。お前は充分、辛い思いをしてきただろうから、そろそろ幸せになっていいはずだ。
その時に、自分の中に影を作って欲しくないんだよ。人殺しなんて重いもん背負って、これから先、死ぬまでそんなもの抱えて生きて欲しくないんだよ。
あんまり偉い事は言えないし、上手い言葉も出てこないんだけどさ。もう一人でなくても良くなった時に、お前が苦しむ事があっちゃいけないって、そう思ったんだよ』

父さん、母さん。
僕はどうしたらいいですか?
もう声の聞けない二人へ問いかける。
僕に、どう生きて欲しかったんだろうか。二人は。
貴方はどう生きて欲しいと思っていますか?虎徹さん。


『これが俺の言いたかった事、お前にちゃんと伝わったか分からないけどさ。いつでも冷静で頭の良いバニーちゃんなら、きっとジェイクを、ウロボロスの連中を捕まえられるって信じてるからさ。
最後にさ、もしお前が嫌じゃなかったら、もう一回やり直しさせてくれよ。何だかんだ言って、お前とのコンビは、楽しいんだ。
じゃあ、またなバーナビ―』
ニッコリと笑ったいつもの彼、そのまま映像が止まって消えた。
どうして貴方はいつもそうなんだ。
僕が欲しいものを差し出そうとして、手を伸ばして、受け取ろうとしたら……傍に居ない。
震えている、自分の体。
どんな感情の所為で震えているのか、もう分からない。
泣いている事だけは分かった、悲しいのか悔しいのか分からないけれど。
貴方に会いたい、もう一度……僕にチャンスをくれるなら。
信じてくれた貴方に、必ず会いに行くから、だから。
勝手にお別れなんて許しませんよ、おじさん。




後書き
タイバニ12話を見て、思い浮かんだネタです。
13話放送までに何とか書きあげたいと思っていたんですが、ギリギリとはいえ間に会って良かったです。
12・13の隙間にこういう事があったらいいのにな、という私の妄想です。
正直、他に沢山の方が萌える作品を大量に出力しているので、あえて私が書く必要なんて無いんじゃないかなと思うんですが。
結局は何かが抑えきれずに書きあげました、これからテレビの前で13話を待機してきます。
2011/6/25


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