自分でも情けない事くらい分かってるさ
でも、アイツは受け入れてくれようとするんだ
だから甘えてしまう、だって許してくれるから
言い訳だよな……
でも「許してくれ」なんて、もっと言えないけど


「どうせ狡い大人だよ」

飲みに行くのは好きだ、人が笑う所に居ると安心する。
だって温かいだろ?人の輪の中に居ると自分も楽しくなるし、何よりも深い事とか考えなくて済む。
だけど頭の片隅には居るんだよな、色々と考えてる自分自身がさ。それに気付いたらアウトだ、最初はそんなに気にならないんだけど、長時間そんな状態が続くともう駄目だ。段々と気持ち悪くなってくる。
自分が笑っているのは顔の表面だけで、心というのか意識というのか、そういうのはどこか高くから見下ろしていて。そんな風に感じられて、背筋に寒気が走る。
どちらが本物か分からなくなるんだよな、笑っている俺と冷めて見下ろしてる俺。
自分の中にあるズレを正す事が出来なくて、嫌になって逃げ出そうとし始める。


「おーい、アントニオ、飲んでるか?」
「飲んでるよ」
腕を肩に回してそう尋ねると、相手は俺を見て溜息を吐いた。またかと思われているのかもしれない、しかし腕を払い退ける事もしないので、きっと嫌がってはいないんだろう。
知ってる、コイツは俺を拒絶したりしないんだって事。
酔ったフリして絡んでいれば、夫婦だとかなんだとか仲間から言われたけれども、それにも慣れっこだ。
それはお前も同じだろ?
早くここから逃げ出したい、連れ出してくれよ。そう言いたいのを堪えて、もう何年も付き合いのある親友の隣りで良い頃合いを見計らう。
仲間内だけでもこうなんだ、表面を取る繕わなければいけないようなスポンサー達とのパーティーなんて、出席するだけで狂ってしまいそうになる。
だけど、これからは仕事上はあの新人の顔を立てる為にも、あの場に少しでも立たなければいけなくなるだろう。上司の命令とあれば逆らう事も出来ない、必要な事だとは分かっているが面倒な事だ。
思い通りになる事の方が少ない、大人になればなるほどにそう感じる事は増えていく。嫌になってしまうが、人間を辞める訳にはいかない。残念ながら、この体には背負うものがあるのだ……だから、好き勝手ばかりしていられないのも確か。
だけど、我儘を言いたい事だってあるんだよ。
仕事なんて関係のない、プライベートくらいはそれを許してくれ。

「すまん、俺と虎徹はこの辺りで抜ける」
もたれかかって寝たフリをしていたら、ようやく願いが届いたのかそんな声がした。
その次に、背中へと背負われる感覚。
良く知ってる、友人の広い背中だ。
歩き出してしばらく、外に出たのだろう冷えた夜の空気と風が温まった体に心地良い。
ふと聞き慣れたブーツの足音がした、一体何の用なのだろうか?そんな俺の疑問も、コイツも抱いていたようだ。
「ああ、良かったまだ近くに居て」
「どうした?」
振り返ったんだろう、体が揺れる。
「いえ、これおじさんのでしょう?」
目を開ける訳にはいかないので、何を忘れたのか記憶を辿ってみる。帽子は被っているし、ネクタイ等は外した記憶はない、取りだしたようなものと言えば……携帯か?そういえば、メールを見るのに取り出してそのまま机に置いたままにした様な気がする。なら、多分それだな。
手が離せないから上着のポケットに入れてくれ、そう言うアントニオの言葉に従ったのだろう、彼の足音がこちらに近付く。
「わざわざスマン」
「いえ、一応は彼の相棒ですから」
じっと視線を向けられている、目を閉じていても不思議とそういうものは分かるのだ。視線というのは、目に見えない圧力を持つ時があるからな。
「随分、おじさんの扱いに慣れてるんですね」
「長い付き合いだからな」
そうだな、確かにお前とは本当に長い付き合いだよアントニオ。
まさか、ここまで俺に付き合ってくれる人間が居るとは思わなかったけどさ……ああ、もしかしてそれはお前も同じなのか?
「気を付けて下さいね、おじさん。重いでしょう?」
「コイツと違ってトレーニングはサボってないからな、これくらいは平気だ」
余計なお世話だよ、俺だって能力使ったらお前なんて軽々と持ち上げて見せるさ。
だけど、ちょっと最近は本当にサボり気味かもな……そろそろ気をつけないと、ちょっと体型が危ないかもしれない。

その場から離れて行く体、目を開けた訳じゃないが、まだ彼の視線を感じる。
ああ、止めてくれよそんな視線。
確かに俺はお前のプライベートを口うるさく言う事もある、だけどその心に踏み込むつもりは毛頭ないんだぜ?
だって、俺もお前をこの中に踏み込ませる気なんて無いんだ……今は、まだな。
お前は仕事の付き合いだ、不可抗力とはいえ相棒になったからにはそれなりに距離を詰めようとは思う。だけどな、絶対に踏み込んで欲しくない事は、お前にだってあるだろう?
それが何か尋ねたりはしないさ、お前が話してくれるまで。距離はちゃんと測るからさ、だから俺にも逃げる道を作らせてくれよ、バーナビー。


飲みに行くのは好きだ、今だって酒が嫌いな訳じゃない。
だけど、ある時を境にぱったりと酔えなくなった。

酒を飲んで笑っている自分、それを高くから見下ろしている俺が認めていない気がする。
嫌な事なんて何もかも忘れてしまいたいのに、そうする事を許してくれないんだ。
一瞬でもそう、俺が俺を忘れる事をコイツは絶対に良しとしない。
そういう時は決まって、左手が重く感じる。
これを忘れてもいいのかと、訴えかけてくるんだ……そんな反則技、避けられる訳がない。

心の中で溜息を吐くのと同時に、友人が現実に溜息を吐く音がした。
何でこんな所が一致するのか、短く笑い声を上げたらそれを目ざとく聞きつけられてしまった。
「おい虎徹、起きてるなら自分で歩け」
「何だよいいじゃねーか、お前の背中は居心地がいいんだよ」
本当は背中じゃない、お前そのものが居心地の良い存在だ。
嬉しい時や楽しい時だけじゃない、辛い時だって悲しい時だって、お前は俺の傍に居てくれる。
家族とは違う、ある意味で俺に近い存在。
頼りになる、俺は何も出来ないのにどうしては我儘をきいてくれる。
「なあ、ウチで飲み直していけよ。なんなら泊まっていってもいいし」
「お前な、俺の予定も考えろ」
そう言いながらもさ、きっとお前は来てくれるんだろう?
俺の心が分かるかの様に、欲しいものを与えてくれる。
「虎徹、お前の家に付く頃には多分深夜だ。悪いが俺は明日早いんだ、飲めはしないが…泊まっていっていいか?」
「聞くなよ、それくらいいいって」
ほらな、そうやって理由作ったけどさ。本当は俺の事、気にかけてくれたんだろ?
本当にお前はいい奴だよ、アントニオ。
だからいつか、謝らないといけないかもな……。


なあ、アントニオ。
ずっと前から、お前の気持ちに気付いていたって言ったら、お前は怒るか?
鈍い奴だって言われるけどさ、気付かない訳がないだろう?俺だって無駄に年食った訳じゃないんだよ、気付くよ、お前が向けてくれる感情とか優しさとか、それが友に向けられるものとは違うんじゃないかって事くらい。
大事な人が居なくなってさ、傍に居てくれる人を求めて……でも、家族の傍に居る事が敵わないとしたら。離れて暮らす必要があるとするなら、なんかぽっかり空いてしまってるんだよ、この胸の中に大きな穴が。
それを少しでも埋める為にお前を利用してる、昔から、そして今も。
……最低だよな、殴られても文句言えないし。
ごめんな、アントニオ。
心の中だけで謝る、それだけじゃ意味は無いんだろうけどさ…でも、口にしなければ受け入れてくれるんだろう。
悪いな我儘な大人だよ、俺は。


「虎徹、もうすぐ家だぞ」
「ああ、ありがと。アントニオ」

ごめんなアントニオ。
俺、お前のものにはなれないんだ……。
こんな狡い友達で、本当にごめん。




後書き
前回の牛虎の虎バージョン、書き終ってから唐突に書きたくなったんですよ。
虎徹は奥さんを亡くしてから、寂しいと思う気持ちをずっとひた隠しにしてるんじゃないかな。そういう気持ちを見せられるのは、親友であるアントニオの前だけだったりしたら萌えるな、と思ったりしたんです。
狡い奴だよな、とか虎徹本人は思っているけど…それを全然許容しちゃうくらいの牛さんとか、素敵じゃないですかね?
均衡が崩れてしまった時にどうするのかとか、色々と考えてたりしますが…これのバニー編とかも書いてみたいかもしれないです。
2011/6/19


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