俺達はヒーローだ だが、それ以前に人でもある ちゃんと日常に境界線を引いておけ 「入ってくるな」と、言うならな 「お前の我儘にはもう慣れた」ウチに飲みに来ないかと言いだしたのはネイサンだった、それにまず乗ったのが虎徹。それから俺が名乗りを上げて、結局は全員行く事になった。大人だけだと全員が男で、むさ苦しい集まりになってしまう為。カリーナとホァンが来てくれたのは、視覚的には嬉しい。 全員、一応はライバルと呼ぶべき相手なのだろう。しかしマスクを外してしまえば、それでもう俺達はただの一般人だ。 番組の外で、ヒーロー達が何をしていようとも、どんな関係を築いていようとも、それは視聴者にとっては関係ない。 ロックバイソンはシュテルンビルドのヒーローだが、アントニオ・ロペスはただの中年独身男だ。興味の対象にはならない。 だから、カメラの無い場所で、しかも素顔でこの仕事仲間達と会う時には一つだけ、守るべき事柄がある。 絶対にヒーロー名で相手を呼ばない、それがヒーロー仲間の暗黙の了解だ。 「おい。未成年は飲むなよ」 「分かってるわよ、言われなくても」 ムッとふくれ面になるカリーナに「すまん」と一言謝る。未成年が酒で倒れられるのは、流石に問題がある。 まあ、大人だったら良いという訳ではない。 「おーい、アントニオ飲んでるかぁ?」 ガッと肩に回される男の腕、そしてしな垂れかかって来る良く知った体重。 「飲んでるよ」 少し赤くなった頬にトロンとした目で見つめる虎徹にそう返答すれば、不服そうに唇を突き出した。 「もっと飲めよ、ほらほら」 ウィスキーのボトルに手を伸ばし、勝手に飲みかけの俺のグラスへと注ぎ入れる。 人の家である事なんてお構いなしだ、コイツが絡み酒なのは良く知ってる。 ある時を境にして、絡み酒が酷くなったのも……その理由も。 「あらあら虎徹ったら、また私のアントニオに手を出してぇ」 「誰が“私の”だ。まったく、コイツはいつもの事だろ」 「アントニオ飲め、飲めって!」 グイグイと杯を押し付けてくる相手から、なみなみと酒の注がれたグラスを奪い取り、空いた手に水のグラスを持たせる。 「本当、アンタ達って偶に夫婦みたいよね。妬けちゃうわ」 ネイサンの言葉に、心の底で呟く。 もし本当に、コイツと家族になれたならば……。 「あら、どうしたの?何か浮かない顔してるけど」 「いや……コイツと夫婦なんぞ、ぞっとしない話しだと思ってな」 そう言う俺の隣りで、うつらうつらと船を漕ぎ始める虎徹。もうそろそろ限界だろうか? 「おい起きろ虎徹!人の家で寝るな」 「うん?んー分かってる」 絶対に分かっていない、完全に俺の肩に頭を預けて寝る体勢に入っている。 「あら、寝てもいいのよ。私のベッドで」 「止めてくれ、お前が言うと洒落に聞こえない。ほら、虎徹……はぁ」 全く持って起きる気配のない親友に、溜息。 「すまん、俺と虎徹はこの辺りで抜ける」 「あらそう、つまらないの。まっ、いつもの事なんだけどね」 慣れた風に対応する面子の中で、一人だけこんな俺達を不思議そうに見つめる奴が居る。 その男の視線に気付いてないふりをして、虎徹を背中に負って部屋を出た。 ここからコイツの家までは少し距離がある、タクシーを呼ぼうかどうか外に出てから考えていると、誰かの足音が此方へとやって来た。 「ああ、良かったまだ近くに居て」 追って来た相手は、予想出来た。 「どうした?」 「いえ、これおじさんのでしょう?」 差し出されたのは見覚えのある携帯、酔って部屋に落としたのか、それとも置き忘れたのか……それにしても、うっかりした事をしてくれる。 虎徹を背負っていて手が離せないので、上着のポケットに入れてくれと頼むと、無言で頷いてその通りにしてくれた。 「わざわざスマン」 「いえ、一応は彼の相棒ですから」 そう言う相手は、俺をじっと見据える。 何か聞きたい事があるんだろう。直観的にそう思って、口を開くのを待ってみる。 「随分、おじさんの扱いに慣れてるんですね」 「長い付き合いだからな」 「長い付き合い、ですか……貴方達は同期だったんですよね?」 「ああ、高校時代からな」 ニッと歯を見せて笑いそう答えると、相手は無表情でただ「そうですか」とだけ言った。 「気を付けて下さいね、おじさん。重いでしょう?」 「コイツと違ってトレーニングはサボってないからな、これくらいは平気だ。 じゃあな新人、もう少しお前は楽しんでいけよ」 踵を返して歩き出す、俺に圧し掛かる人の重さは確かにあるのに…それを通り越して、突き刺す様な視線を感じるのは不思議だ。 バーナビー・ブルックスjr、聡明さと確かな実力を兼ね備えた新人ヒーロー。 ヒーローとしては有能で、期待の新人と呼ばれるのも分かる。盛りを越えた崖っぷちの俺達からしてみれば、その人気と実力は羨ましくもある。まあ、そんな理由でアイツを認めないなんて言えば、ただの器量の狭い男だ。 ヒーローとしてのバーナビーは、俺も確かに認める。 だが、日常において俺はアイツを好ましくは思っていない。 バーナビー・ブルックスjr、ヒーローと日常の境目が無い男。 お前の相棒は確かにワイルドタイガーだろうが、ヒーロースーツを脱いだ今、マスクもしていないコイツはワイルドタイガーではない。どこにでも居る、一人娘を愛する父親、鏑木・T・虎徹だ。 虎徹は日常でもあの新人のパートナーであろうとする、普段はそれを、プライバシーがどうのと突っぱねているが、離れてみるとコレか……。 お前が自分の日常に首を突っ込まれて欲しくないのはいい。だが虎徹の日常に、自分が簡単に踏み込めると思っているのは間違いだ。 仕事とプライベートの線引きくらい、コイツにだって出来る。 それが大人ってもんだろう。 まあ、あの若者が持つ日常の境界線は曖昧だ。だから、相棒のありかたも迷うんだろうが。 だが仕事から離れ日常に戻った時には、コイツの隣りは俺のものなんだと信じている。 今までずっとそうだった、これからも多分、変わらない。 ああ……下らない、これはただの嫉妬だ。 若くて有能で、何よりもコイツが気にかけ、その心を向けているアイツに対する嫉妬だ。 いつから俺は、こんなに心の狭い男になった? 大事だと思う相手が自分を一番に思ってくれないのには、もう慣れているだろう。 再び溜息を吐く。 いつからだろうか、アイツに対してこんな想いを抱いていたのは。 長い付き合いだから、もうすっかり忘れちまった。 人気の無くなった夜の道を歩く、気を付けて帰れと出る時に言われた。 強盗事件なり、窃盗事件なり、ヒーローが居ようとも治安の悪さは変わらないこの街。 どこかの戦場カメラマンの様に、いつか『ただ今、ヒーロー失業中』なんて名刺に書ける日が来るものなんだろうか。 下らない事を思って、溜息を吐く。 クッと声を上げて笑うのを、俺の耳は聞き逃さなかった。 「おい虎徹、起きてるなら自分で歩け」 「何だよいいじゃねーか、お前の背中は居心地いいんだよ」 嬉しそうに小声で言う相手は意識もしっかりとしていて、酔っているとも、寝起きだとも思えない。 最初からそうだ。俺に絡んできた当初から、コイツは全く酔ってなんていなかった。 全て演技だ。 いつもと同じ、演技だ。 「なあ、ウチで飲み直していけよ。なんなら泊まっていってもいいし」 「お前な、俺の予定も考えろ」 酔えないんだと言っていた、嫁さんを亡くしてからは、何をしても酔えないんだと。 一度として訂正した事はないが、それは違う。 若い頃程に、コイツは酒を飲まなくなった。 結婚して娘が生まれて、酒を飲む量が減ったのには気付いていた。遅くまでは付き合わなくなったし、俺も無理に誘う事はしなかった。 彼女を失ったコイツは気付いてはいない、自分を忘れる程に、酒を飲む事を自然と拒んでいる事を。 言えよ、本当は酒も飲みたくないんだろう? だが、人に誘われれば首を横に振らない。誰かの為にならば、お前は喜んで笑顔を振りまくものだからな。 自分の為に、もう少しその心を使えばいいものを……。 「虎徹、お前の家に着く頃には多分深夜だ。悪いが俺は明日早いんだ、飲めはしないが…泊まっていっていいか?」 「聞くなよ、それくらいいいって」 ギュッと抱きつく腕の力、それが嬉しいと思った。 友愛が恋愛に変形したのがいつの事だったのか、考えるのはもう止めた。 もしかしたら俺の勘違いなのかもしれないし、あるいは最初からそうだったのかもしれない。 例え、この感情が相手に伝わらなくとも。もしくは気付いていて、それで利用されているんだとしても。今、一瞬だけでも俺がコイツを独占する事を認めてくれている、それだけで充分だ。 だから、どちらかが女だったらなんて、言い訳はしない。 結婚して、娘が生まれて。それでもコイツを変わらずに想い続け、今もこうして傍に立っている。 それはもう、執念と呼んでもいいだろう。こんなナリだが一途、いや女々しいのか?どちらにしろ笑える。 自虐的な事を考えて、溜息を吐く。 「虎徹、もうすぐ家だぞ」 「ああ、ありがと。アントニオ」 傍に居ることを認められている。それだけでお前の我儘にも、いくらだって付き合っていける。 後書き 実はタイバニは、兎虎よりも牛虎の方が好きなんですね……何故か、あんまり見かけない気がしますが。 前回のバニーちゃんよりも先に、コッチの方を書いていたんですが書きかけだったデータが消えてしまいまして。 まあ、ちゃんと無事に見つかりましてこうして書きあげる事が出来ました。 二人共寄り掛かろうとしてるんだけど、心の内を明かす事はない…みたいな……。 年齢的に考えても、大人な恋愛してればいいと思いますよ。 2011/6/18 BACK |