「パリーン!ガラスの割れる音がしました、一体何が割れたでしょう?」 「……はい?」 いきなり、この人は何を言い出すのか。理解できていない僕を差し置いて、隣りのデスクに座って居るおじさんは、僕を見て「心理テストだよ」と笑って言う。 「カリーナから教えてもらったんだ、女の子はやっぱりこういうの好きだよな」 「僕は好きではありません」 イライラする、こちらは仕事中だ。それに、遊んでいる暇があるなら、貴方だって始末書の続きを書いたらどうなんだ? そんな小さな怒りが心の中に生まれたものの、そんな事を口にしたところで、この人は止めてくれないだろう。 「答えは四択な。一番・窓ガラス、二番・マグカップ、三番・陶器の人形、四番・眼鏡」 さあどれだ?と首を傾ける相手、少し溜息を吐いた。 「じゃあ、四番の眼鏡で」 「あっそう……へぇ、バニーちゃんがね」 「何なんです、人に聞いておいて、答えは教えない気ですか?」 苛立ちを含んだ声でそう言うと、おじさんは「怒るなよ」とヘラヘラした笑みを見せる。 そんなどうでもいい質問で、一体何が分かるんだ。 大体、僕はそういうものは信じない性質だ。この人は、どうやら占いとか運試しなんてものが好きみたいだけれど。そんなどうでもいい質問で、人の事が分かってしまってたまるものか。 しかし、質問をされて答えを教えてもらえないというのは、それはそれでイライラする。 不確定なものに対する苛立ち、というものなんだろう。 「あー、これな。恋人と喧嘩する理由が分かるんだと」 「はい?」 一体何が割れたのか、その程度でそんな人の心の変化が分かる訳がないだろう。 大体、僕の答えは今、身近にある物で答えに該当するものとして、偶然、自分の眼鏡を見て決めただけなんだから。 それで確かな答えが得られる訳がないだろう。 「それで?」 「四番の眼鏡を選んだ貴方は。独占欲が強くて、好きな人が他の異性と話てるだけでイライラする、仕事が忙しいと浮気を疑ってしまいます、もう少し相手を信用してあげて……。だってさ」 「は?」 「気をつけろよバニーちゃん。束縛する男って嫌われちまうぞ」 「ウルサイですよおじさん、いいから早く始末書終らせて下さい」 ピシャリと言い返せば、相手は小さく溜息を吐いて「そんなにムキになるなよ」と零す。 何がムキになるなだ、こっちの気も知らないで。 「いい加減にして下さい。そんな子供の遊びなんて、信じませんから」 「子供の遊びって……酷いな。いいじゃんか、少しくらい信じろよ」 そう言われても、信じるつもりなんて無い。 「いいから、さっさと始末書書いて下さい」 ああ、イライラする。 この心が騒ぐのは多分、隣りのデスクで仕事をするおじさんの所為だ。 「何だよバニーちゃん機嫌悪いぞ」 そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼は黙り込んでしばらく此方を見つめると、何か気付いたかの様に手を打った。 「あー、もしかしてバニーちゃん……」 探りを入れる様な言葉、顔色を伺う様な表情。 まさかとは思うけれど、気付いたんだろうか。 「あれか、俺とカリーナが仲良くしていたのが気に入らなかった?」 ビクンと肩が揺れた。 この、鈍そうな…本当に人の気持ちに鈍感なおじさんが、まさか気付いたというのか? 僕が抱いている感情を。 「あの、おじさん…?」 「そっか……お前、カリーナの事が気になるのか!」 「…………はい?」 自分で言うのも癪だが、間の抜けた声が零れた。 そんな僕を差し置いて、おじさんはニコニコと…いや、ニヤニヤと何か勘繰った様な笑顔を見せる。 「好きな人が異性と親しくしてるのが気に喰わないんだろ?しかし、そっか…お前がカリーナをね。いや、お似合いだと思うぜ?しかし、世間が放っておかないよな、超人気アイドルヒーローの恋愛とかさぁ」 ああ、この人は本当に何も分かっていない。 冷めていく空気と裏腹に、心の中の苛立ちは更に増す一方だ。 どうしてくれるんだ、この感情を。 「おじさん、何を勘違いしてるか知りませんけれど僕は…」 「言うなって!俺だって大人だぜ、別に言いふらしたりしねえよ。若いお二人の為なら、おじさん強力しちゃうよ?」 この人は本当に馬鹿だ、そして鈍感だ。 僕の気持ちに気付いていなければ、彼女の気持ちにも気付いていない。 きっと、僕と彼女の二人だけではない……彼の無条件に振り撒かれる優しさに、ヤキモキしているのは。 「ところで、おじさんはその質問の結果、どうだったんですか?」 ふと思いたって、そう尋ねる。 「えっ、俺?でもお前、こういうのは信じないって」 「僕の答えだけ聞かれのは癪ですから、教えて下さいよ」 この人の真相心理はどうなっているのか、少し気になる。 「俺はマグカップって答えたんだけどさ、この答えがね…」 「何だったんです?」 「プライドが高くて、自分の失敗を笑い話にされるとイライラするそうだ」 ああ、成程……。 「当たってますね」 「はぁ!どこが当たってるんだよ」 どこが?そのままじゃないか、言うまでもない。 納得がいなかいのか、文句を垂れる相手に向け「さっさと仕事して下さい」と嫌味を言う。 可愛くない後輩だとか、そう呟くのが聞こえたけれど構うもんか。 人の心というのは、簡単に他人に理解出来るものではない。 たった四択の質問で、僕が分かってたまるもんか。 だから僕は、占いも心理テストも信じない。 誰かの考えた質問で、自分の未来や心が定められるというのは、何だか気分が悪い。 顔の見えない誰かに向けて、平気で運命だとか性格だとか語るその相手に。お前は一体、僕の何を知っているんだと、問いただしたくなる。 大体、そういう質問の答えというのは、誰にだって当て嵌まるものである事の方が多い。 好きな人が、僕ではない誰かとの交流を楽しそうに語るのを見て、嫉妬しない人間が居るというのなら、是非とも会ってみたいものだ。 後書き すっかりハマってしまった、タイガー&バニー……遂に小説を書いてしまいました。 私が通学時に使用している公共交通機関で、昨年度から新型車両が導入されまして、そこで液晶画面による広告が流れる様になったんですが。その中のミニコーナーとして、心理テストが流れてくるんですね。 正直、選択に眼鏡があった瞬間に「バニー!」とか思いましたけれど、解答もまた「バニー!!」ってなってしまいまして。ええ、これは私にネタにして書けと、天からのお告げがあったのだと思いましたよ。 因みに、心理テストのその他の答えですが…。 窓ガラスを選んだ人は、お金にダラしないとイライラする。 陶器の人形を選んだ人は、相手からの連絡が無いと寂しくなって怒りだす。 と、なっていました。 後で人から聞いた情報によると、公共の場で本気の心理テストは流してはいけないそうなので……まあ、遊びがてら見てねという事ですよね。 2011/6/11 BACK |