夏の日差しに、やられぬように…
涼を求めに行こうか


氷鏡と月

「アチー……」
どうしてこんなにも暑いのか、その質問に答えてくれそうな相手は存在しない。
存在するとすれば、それはきっとこの照りつける太陽だけだ。
見上げて文句を言ったところで、そんなモノは絶対に通用しない訳なんだけどさ。

「やぁ、久しぶりだね」
ダレていた俺の目の前に影が落ちる、それと共にかけられる言葉。
「ア……アンタ…」
「へっへっへ、また来ちゃったよムーンサルト君」
ニッコリと笑ってそう言う相手に、俺はビックリして後ずさる。
それは、鏡の様に姿形がハッキリしない相手であるが。鮮烈な衝撃を持って現れた故に、とっても見覚えがあり過ぎる人物だ。
「スイゲツ……どうして?」
帰ったのではなかったのか?そんな質問をすると、彼は頷いた。
「一度は帰ったけど、それだけじゃ収まらなかったって訳」
そう言う彼の衣装は、以前会った時とはまた違う。
水色に水面の様な模様と白と赤の魚が描かれた民族衣装。その下に履いているズボンは前と形は同じだが、色は白だ。
袖から覗く手袋も、白い物を着用している。
「夏らしい涼しい色だろう?」
俺の視線に気付いたのか、彼はそう言うと笑った。
「まあ、確かに涼しそうな色してるけど」
そう言えば、彼は自分の能力は夜限定しか使えないと言っていなかったか?
こんな昼間から出歩いていて、いいんだろうか?
ああ、まだ仕事じゃないのか。

「ムーンサルト君、ボクと一緒に涼みに行かないかい?」
そう言うと、彼は懐から扇を取り出し開いた。
綺麗な波と紫の丸い花が描かれた扇だ。気の所為か、彼が仰ぐ度に甘い香りがする。

「涼みに……まあ、確かに暑いから涼しいところは歓迎だけど」
「よし、じゃあ早速行こうか」
「はぁ?行く…って、どこ……へ?」
ふと、体が重くなる。
一体何なのだろうが?そう考える暇もなく、俺はその場に倒れ込んだ。

「さっすが、ウチの調合師が腕に乗りをかけて調合してくれただけはあるね……凄い効き目」
そう言うスイゲツの声と、パチンという音が、どこか遠くから聞こえた。


目が覚めると、そこは雪国だった……。
「って、これおかしいっしょ!!」
ガバッと起き上がっての第一声。
「涼しい場所に行こうか……って、ボクは君にそう言ったハズだけど」
「いや、コレ涼しいとか本気で通り越してるって!!」
第一、アンタ涼しい場所に行こうと言いつつ、自分はバッチリ毛皮のショールと上着、用意してるんじゃんか!!
「安心しなよ、君に凍死されても困るからさ…ちゃんと君の分も用意してるよ」
そう言うと、彼は俺に向けて白いコートを差し出した。
袖を通してみると、中々防寒に優れた代物らしく、かなり暖かい。
「こんな所に連れて来て、一体俺に何させる気なのさ?」
「とっても簡単、ボクのアシスタントしてくれればいいのさ」
「アシスタントって……それなら、アンタも仲間連れてくればいいだろ?調合師がどうしたこうしたとか、言ってなかったっけ?」
歩き出す彼の後を追い、そう言うと彼は振り向きもせずに「無理」と一言告げた。
「残念ながらさ、他の世界に行けるだけの許可を得られているのがボクの一門の中では、ボクだけしか居ないんだよ。
だから、ボクがこうやってわざわざ出張って来ている訳」
見失わない様に気を付けてね、そう言う彼の背中を見れば、彼の濃い青い上着には雪の模様と白い兎が描かれている。
どうやら、外の景色に合わせて衣服を選んでいるらしい。
しかし、こんなに寒いんだからもっと目立つ暖かい色を着ればいいのに。


「あっ着いた着いた」
そう言って彼が立ち止まったのは大きな氷の壁、特に大きなひび割れができている前だった。
「何、ココ?」
「永久凍土って奴だね、実はこの奥に、ボクの探してる物があるって話なんだよ」
ニッコリと笑うスイゲツは俺に向けて、何かを差し出した。
「って、アンタ!コレどこから取り出した訳!?」
「それはツッコんだらお終いなんだよ」
彼が俺に渡したもの、それは鉄製のつるはしだ。
…………えっ、これはもしかしてもしかしなくても。

「案内するからさ、見つかったら掘るの手伝って」
「アンタ!それふざけてるっしょ!!」
涼しくなる方法って、もうコレ本当に寒いから。
その寒い中で運動したら、むしろもう暑くなるから!
もう、あの暑さがちょっと懐かしいし!!
結局、俺は力仕事に呼ばれただけじゃん!!

「だってさ、ボクってそんなに力無いからこういう仕事に向かないんだよね……本当に、泥棒家業も疲れるね」
「いや、アンタこれ…泥棒っていうよりは、お宝探しなんじゃ」
「文句は言わない!さぁ、行くよ」
そう言うと、割れ目の中へと向けてスイゲツは悪路を物ともせずに歩いて行く。

「アンタの体力って、実は底知れないんじゃねぇの」
「そうでもないよ」


青い氷の壁を歩きつつ、彼は腕に巻いた何かを確認しながら歩いて行く。
聞いた事の無い歌を歌いながら。
まったく、気楽なものだよなぁ……。
「アンタが探してる物って何なのさ?」
「鉱石だよ、かつてこの地に落ちてきて永久凍土に埋まったって噂のね……」
「噂って…」
「ああ、あったよ」
方位磁石の様な盤、その銀色の針が真っ直ぐに氷の先を示している。
「この先だってさ……という事で、ムーンサルト君宜しく」
「宜しくって、アンタは?」
「君が疲れたら交代してあげる、じゃ頑張って」
ひらひらと手を振る相手に、俺は溜息。
コレは……本当に俺が頑張るカンジですか。
溜息一つ、俺はつるはしで氷の壁を掘り始める。

掘り始めて一時間程だろうか?彼の言葉とは違って、どこまで掘っても目的の物はどうやら出て来てくれないらしい。
まったく、このまま掘り続けて本当に目的のモノが出てくるのか……。

「おっ…見えて来たみたいだよ、ムーンサルト君」
ふぅ…と息を付く俺の隣りへとやって来ると、スイゲツは指さしてそう言った。
見れば、氷の向こうに氷の青とか違う、赤い色が見えている。
「お疲れ様、そろそろ交代するよ」
俺からつるはしを受け取って、彼は掘りだして行く。

「あったあったよ、コレを探してた訳」
氷に囲まれた石を取り上げて、彼はふっと笑った。
良かった、これで帰れる……ん?

「なぁ、これからどうやって帰るんだ?」
「うん?それはお迎えに来てもらうんだ…けど。ゴメンね、ムーンサルト君」
「はい?」
ニッコリと笑うと、彼は俺に向けて何かを投げた。
受け取ったそれを見てみると、なんともない、ただの匂い袋……。
と、思った瞬間に意識が混沌としてきた。
倒れる俺を見て、彼はふっと笑った。
「やっぱり、ウチの調合師は凄腕だね…良い仕事してくれるよ」
どういう事だ……と言おうとした時に、俺の意識が切れた。


目が覚めると、そこは見覚えの無い場所に居た…どうやら部屋ではあるようだ。
「なっ!!なんだ!!」
「起きた?ムーンサルト君」
「えっ…………ぇええええ!!?」
起き上がった俺の前には、来た時と同じ衣装のスイゲツ。
スイゲツは見た事無い機械を使って、何かを削って底の深い皿へと受けていた。
「…………何それ?」
「かき氷、さっき君が削っただろ?永久凍土の氷…それで作ったんだ」
削った氷は器の中で山を作っている。
「シロップは何がいい?君は青いから、ブルーハワイでいいか」
「ちょっ!何その理由」
ツッコミを入れる俺を笑うと、スイゲツは削った氷に青いシロップをかける。 「……なぁ、これってちゃんと食べられんの?」
「結構美味しいんだよ。はい、どうぞ」
俺へと向けて差し出された器とスプーン、受け取ると、いただきますをして恐る恐る一口食べる。
「…………あ、美味しい」
「でしょ?」
ニッコリと笑う彼は、赤いシロップを自分の氷にかけている。

「夏はやっぱりコレだよね」
シャクシャクと、冷たい氷の音と甘いシロップが中々イケる。
掘りだされた鉱石は、氷を身に纏ったまま桶に入れられ。大きく開け放たれた部屋の戸の側、庭から降り注いでいる日光に当たって輝いている。
「風情があるだろう?」
そうスイゲツが言うけれども、コイツの言う風情というのは、ちょっと俺の知ってる物とは少し文化が違うみたいだ。
「涼しくなっただろ?」
「まぁ……そうだけど」




後書き
祐喜様へ捧げます、残暑見舞い兼引っ越し祝い小説。
水月とムーンサルトコラボ小説です。
かき氷をム―サにご馳走する水月だったんですが、「ム―サをこき使ってやってくれていいよ!」と言われたので、こき使ってみました。
水月は何の仕事をして、どんな知り合いがいるんですかね…全く謎の人ですが。
とりあえず、彼は風情を楽しむ人です……あっ、最後の場所は水月の実家ですよ。
では、こんなんになりましたが…祐喜様宜しければお持ち帰り下さい。
2010/8/19


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