言葉は、ただでは伝わらないから…。


Marine


私が歌うのは、私の為に。
私が歌うのは、誰かの為に。

「マリンの声は、綺麗な声だな」
バンドで歌ってほしいくらいだって、彼は私にそう言った。

「ありがとう」
お世辞ではなく、彼は私の歌声が好きなんだって、そう言ってくれる。
嬉しいけれど、彼のお願いを私はずっと断ってる。
だって、彼のバンドには素敵なヴォーカリストがいるし、彼の創る曲にはあのヴォーカルさんの歌声が一番似合うのだ。
彼の音楽には、それに見合った歌声が必要なんだ。

私の音楽も同じ。
誰かに伝える為にあるから。

楽器と曲と歌声は、全て揃って一つの音楽だから。

彼は音楽に真面目だ。
それしか、自分の心を伝える方法を知らないんだって、本人は言ってる。
私もその通りだと思う。

ただの言葉では、伝わらないような気持ちが私達には多くて、その所為でとても生き難い。

だけど、それでいいんだ。

何もかも分かってしまっては、何も面白くない。
分からないから、伝えたいと思うんだ。
私達は、必死に声を枯らすんだ。

それが、自分以外の人の心に残るように。
誰かの気持ちと共鳴できるように…。

多くの人々の心に、私の言葉が届けばいいと思う。
それは、自分がここに居るんだっていう証明。
誰かに知っていてほしいんだ。
そうしないと、消えてしまうそうだから。
世界に潰されてしまうそうだから。

私達はどこか孤独。
外に出たら知らない人ばかりで、自分がとても小さいんだって思い知らされる。

皆きっとそうなんだ、一人っきりで怖くなってきてしまうから、誰かの心に残りたくなる。
誰かとの共通意識が欲しくなる。
人が音楽好むのは、そんな思いがあるから。
そうだって、私は思ってる。
彼もそう思ってる。


「今度の曲いいよ、なんか温かくなる」
「うん、優しい歌にしたかったの」
できたばかりの新曲を聴いての感想、ふっと笑って彼はそう言ってくれた。
「誰かを励ませる歌を創りたかったんだ」
「ウチのヴォーカルも、そんな優しい曲かければいいのに」
「シアンの曲が雰囲気に合わないんじゃないの?」
「…それを言われたらお終いだな」
苦笑いして彼はそう言った。

シアンの曲はもの悲しい曲だったり、世間に対して何かを叫びたいような激しい曲が多い。
その曲に合わせて歌詞を書くから、自然と優しい歌なんて少なくなる。
彼に優しさがないわけじゃないんだろうけど、バンドのイメージにも合ってるから、そのままでいいんじゃないかと私は思う。

ただ……時々少し思う。
彼は、シアンは寂しいんじゃないかって。

一緒だなって思ってしまう。
誰かに共通意識を持って欲しい。
だから叫ぶ。
…まあ、彼は歌は歌わないんだけど。


「今度のライブは八月だっけ?」
「うん、偶然にもマリン達の新曲の発売日なんだ」
「知ってるよ」
もう確認してある。
偶然にも同じ日に、この世界へ向けて私達は叫ぶんだ。

伝えたい気持ちは全然違うけど。
私達は叫んでる。

「頑張ってね」
「そっちこそ、これから忙しくなるよ」
「うん」


誰に届くか分からないけれど、でも…聴いてほしい。
必死に抗う私達の声を。




後書き
シアンの別編、マリンちゃんはどこかのバンドのヴォーカルさんです。
恋人?友達?…ご想像にお任せします。

勢いとノリで書いたので、書きあがってなんでこんな代物になったのか自分でも分かりません。
2009/6/13