30,000HIT記念企画!!
氾濫35カラーズ
16、陰険ミスト・グリーン
「霧の厳島も、また風情があっていいじゃねえか」
「ふん、貴様の呑気さにもほとほと呆れるな」
「仕方ねえだろ、この霧で船が出せないんだからよ。自然に逆らえねえんなら、せめて楽しむくらいの余裕を持った方がいいだろう?」
「そんな呑気な事を言っておるから、貴様は何時まで経っても四国に留まったまま、天下を狙えんのだ」
「……お前、その陰気な性格直さねえか、いい加減に人に嫌われるぞ」
「ふん」
我が人に好かれぬなど、そんな事は重々承知の事だ。
我の事は我が一番よく知っている。
己を知るのは兵法の第一、それを知った上で、我は我の咲くを行使している、そこに一体何の問題があるのか?
「そういう理屈屋なところが、人に嫌われるって言ってるんだよ」
「ほう…ならば元親。貴様は何故、我を好いておるのだ?」
そう尋ねると、我よりも体躯の大きな恋人は「んー」と緩慢な声を上げた後、「さぁな」と言った。
「元就が俺の事好きなのが分からないのと同じくらいに、何で俺が元就の事好きなのか、分からないね」
「ふん…元親のクセに言いよる」
「んだよ?俺のクセにっていうのは?まあいい、それで何でアンタは俺の事が好きなんだ?」
「知らん。我もそれを悩んでいた所だ」
日輪にでも尋ねれば、あるいはその高みから答えを照らし出してくれるやもしれぬ。
だが、見えげた空には濃い霧の海。
この問いを照らし出す日輪の姿は、今はない。
17、安息ミルク・ホワイト
戦いの日々は、気付かぬ内に自然と体や心を知らぬ間に追い込んでしまうらしい。
そういう時に無理をすると、足元を掬われかねない。
分かっているけど、でも……頭で分かっていても、中々体は言う事を利いてくれない。
それが人というものだ。
「まだ起きてたの?」
「セシル…」
優しい声と共にやって来た騎士が、静かな微笑みと共に片手のマグを差し出す。
「無理しちゃだめだよ、体に悪いから」
「ありがとう、分かってるよ」
お礼を言ってマグを受け取る。
そんな俺を見て、彼は少し苦笑いしながら「君は、少し頑張り過ぎなんだよ」と、そう言った。
「そうかな?」
「うん、凄く頑張ってる。自分の事だけでも大変なはずなのに。皆の事気遣ってくれて…凄く優しくて嬉しいけど、でも…時々、見てて心配になるよ」
「ごめん」
「謝る事じゃないよ。僕達が頼りにしてるから、君ももっと頑張らないとって思うのかもね、君は凄く優しくて、器用で、根が真面目だから、余計にそう感じちゃうのかもね…でもね、僕達が君を頼りにするように、もう少し君も、僕達の事頼ってもいいんだよ」
僕達、仲間なんだからね。
そんな騎士の言葉が、すっと胸の中に溶け込んでくる。
「冷める前に飲んでね、気分が落ち着くから」
「ああ」
そう言われて、初めてマグの中身を一口飲む。
温かいミルクは、酷く優しい味がした。
18、禁断アップル・グリーン
兄貴知ってる?人はさ、駄目って言われたモノ程…手にいれたくなるものなんだぜ。
「もーらい」
カウンターの上に置いたままだった青リンゴを一つ掴むと、皮ごとその実に噛り付く。
「あっ!コラ!!勝手に取って行くな…っていうか、夕飯前にもの食べるな!」
「大丈夫だって、育ち盛りだから食欲旺盛だし」
「…お前、それ以上成長する気なのか?」
自分も兄貴も、結構体格大きな方だからね…でもまだ成長するつもりですよ、兄貴を抜かすまではね。
「ついでに、性欲も旺盛なんですが」
「……それを俺に言って、一体どうして欲しいんだ?」
「何?言ったら叶えてくれるの?」 「そんなわけないだろう!!」
酷いなぁ、希望くらい聞いてくれてもいいじゃない。
「兄貴、ねえ兄貴…頼むからさ、キスくらい許してくれないかな?」
「馬鹿!!兄弟でキスするって、そんな家族ないだろう!?」
「欧米では普通の事なんだぞ」
「生憎、我が家がそんなグローバルな家庭だった記憶は、俺にはないな」
うん、俺にもないよ。
「なら、これからグローバル化したらいいんじゃない?」
これからの世の中、国際化は大事だぞ、兄貴。
それにほら、海外文化を取り入れればさ、男同士の恋愛だって多少は緩和されるって。
「同性の恋愛については何とも言えないが。流石に兄弟の恋愛を認めている国は、どこを探しても多分見つからないと思うぞ」
…そう来たか。
「ちぇ、兄貴ってば本当に固いよね」
ガードも固ければ、頭も固いのか?まあ、つまりは真面目なんだろうけど。
「駄目なものは駄目なんだよ、いい加減に分かってくれ」
呆れたようにそう言う兄貴に、俺は「はーい」という返事だけ返しておく。
駄目だって言われるからこそ、そこに憧れを持てるものだってあるんだぞ。
禁断って呼ばれる実ほど、甘美なモノはないんだぜ…兄貴。
19、心酔ワイン・レッド
透明なグラスに深い赤色を注ぐ。
「吸血鬼も、酒に酔うのか?」
そんな私を見て、目の前に座る青年は興味深そうにそう尋ねる。
「舌に触れれば味は分かる、だが…そうだな、人間に与えるような酔いはあまり得られないな、私の体質なのかもしれないが」
「…じゃあ、一体何の為に飲むんだ?」
不思議そうに、彼はそう尋ねる。
成程、酒は飲んで酔えるからこそ、それを楽しみに人は飲むのだろう。
ならば、酔えぬ自分は一体何の為にグラスを呷るのか。
「ただの戯事だと思えばいい、これといって意味はない」
「そう……」
「どうだ?飲んでみるか?」
グラスに注いだワインを相手に進めてみると、「未成年だって言っただろ」と、前と同じ言葉で断られた。
そんな子供に、ふと微笑みかけ「フリオニール…」と、名前を呼ぶ。
「何だよ?…ん!」
用件を尋ねた彼の唇を、己のもので塞ぐ。
手にしていたグラスを置き、相手の頭を押さえると、口に含んだ液体を相手の咥内へと流し込む。
「ん…ぅん……」
熱い舌先を絡めれば、痺れたような感覚が走る。
赤くなった彼を解放してやると、熱い吐息を吐き、潤んだ瞳で私を見つめ返す。
「どうした?一口でもう酔ったか?」
「っ!この馬鹿!!」
真っ赤になって叫ぶ青年に、再び笑みを深め顔を近づける。
「もう一口、どうだ?」
偶には、酔ってみるのも一興だろう?
20、虚栄ピーコック・ グリーン
人は己を着飾る事で、より強く、美しく見せようとする。
装飾とは、着飾る事で本来の自分を隠す行為なのだ。
「じゃあ、何だ?お前は自分が弱いと思うからこそ、そうやって着飾ってるのか?」
「んー、別にそうやって意識してるわけじゃないんだろうけどね……でも、人って大概そういうものなんだよ。
特にさ…誰とは言わないけど、武将の中にもそういう奴いるでしょ?元親も含めてさ」
「俺も含めて、か……強さを誇示したいって意味じゃ、そりゃ見栄でもなんでも張るはな…でも、俺はそんな派手か?」
「普段と比べたらね」
こうやって、居城で過ごす時の彼と合戦場を駆ける彼とじゃ、その姿に天と地程の差がある。
目立たない色彩の着流し姿で、こうやって酒を酌み交わす姿は、合戦場で見かける彼よりも幾分大人びて見える。
別に、どっちがいいとかそういうのはないけどさ…。
「俺よりも、伊達とか信長のおっさんとか、アイツ等の方が随分と派手な気もするがな……」
「アイツ等は特に、力を誇示したい人達だからさ…そういうの見てると、孔雀を思い出しちゃうんだよね」
「孔雀な……武将は皆、見栄っ張りってか?」
「そうじゃない?」
必要以上に自分を大きく、美しく見せようと…必死で必死で羽を広げる鳥。
そんな事をしてまで、自分を強く見せる必要が一体どこにあるのか?
「それが、生物の心理なんじゃねえの?まっ、難しい事はよく分からねえけどな……」
そう言うと、元親は俺の杯に酒を注ぐ。
「飲みなよ慶次、今日の酒は特別美味いぞ」
そうやって笑う彼に、俺も微笑み返す。
見栄っ張りな人が、自分の飾りを脱いだ姿を他人に晒せるというのは…どういう事なのか?
それだけ、俺に弱さを預けてもいいと…そう思ってくれてるのか?
もし、そうだとするのなら……これ以上、嬉しい事なんてないねぇ。
21、隠蔽スモーク・ブルー
吐き出した煙は、空中に漂いすぐに消える。
「嫌な事でもあったのか?」
そんな言葉と共に、俺の隣りへ静かに現れた仲間。
「……別に」
「誤魔化すなよ、お前が煙草吸ってる時は、大体気分が晴れない時だ、そうだろう?」
「…………」
「沈黙は、肯定だって受け取らせてもらうぞ」
それで結構だ、確かに、今お前が言った事は当たってる。
俺よりも他人の変化に敏感で、また悩んでいる人間を気遣ってくれる。
この男は、自分よりも若いハズなのに…どうして、こんなにも人に対して安心感を与える、そんな大きな存在だ。
「…無理は絶対にするなよ、いつでも」
「分かってる」
追及せずに、ただそう声をかける。
聞かない方がいいと、そう判断したのだろう…俺としては、とてもありがたい。
その優しさに、少し甘えていいだろうか?
「フリオニール」
「ん?」
「キスしていいか?」
「えっ……」
まだ少し残っている煙草を捨てて、相手の唇を奪う。
柔らかい感触に、薄らいでいく煙の苦味。
今すぐにでも、この心を満たす感情を煙のように消し去りたい。
そんな気持ちで、ただアンタに甘える事は、許されるだろうか?
後で追及された時に、この気持ちをなんといって誤魔化そう…。
22、独占カメリア
花はいつでも綺麗だけど、冬の花はどの季節の花よりも強いね。
「いいでしょ?俺のとっておきの場所なんだ」
「お前のとっておきが、一体幾つあるのか知らねぇが…まあ、見事な椿だな」
俺の言葉にそう言って、元親は庭園に咲き誇る椿を眺める。
赤や白…様々な椿の花が咲く庭園。
元親が京に来ると聞き、それならばと、連れ出してみたくなったのだ。
「ちょっと待ってね」
「?何するんだ?」
庭園に咲く椿は数あるが、その中から紅色の椿を一輪摘み取り、彼の銀色の髪に挿す。
「うん。やっぱ元親は紅色が似合うね」
満足気にそう言う俺に、元親は溜息交じりに「こういう事は止めろって言ってるだろ」と、呆れたように言った。
「いいじゃんか、元親が美人なのが全部悪いんだ」
「はぁ…馬鹿に何言っても、仕方ないんだったな…」
そう言って苦笑いしつつも、俺の事を受け入れてくれる貴方が、結局俺は大好きなわけで…。
だから、できるのならば、散って欲しくないとそう思うのだ。
自分の手元で、できればずっと咲き誇っていてほしい。
「春にはさ、また元親…合戦に行くんでしょ?」
「……ああ」
俺の表情が真面目だったからだろう、神妙な面持ちで簡素にそう答える元親。
「俺の知らない所で、勝手に死ぬのは…許さないからね」
「ハッ!俺が簡単に死ぬかよ」
そうだね元親、アンタが凄く強いのはよく知ってるよ。
…でもね、椿の花は強いけど、知らぬまに首から落ちてしまうんだ。
アンタが何時、そんな風に散らないか、俺はただ心配なんだよ…。
逆境で咲く花は、より一層美しい。
ただ、いつ散るか分からないから…だから、独占してしまいたいと思うんだ。
でも、それは決して叶わないから、だからせめて約束してほしい。
また笑って会おうと、そう…。
23、初恋ローズ・ピンク
誰にでもあると思うんだ、幼い時に感じた淡い気持ちというものは…。
「おとうさん、おかあさん…」
涙交じりの声で、そう呟く。
知らない町、知らない人々。
幼い子供には大きすぎる世界の中で、右も左も分からない場所で一人取り残されるのは、とてつもない恐怖だ。
「どうしたの?」
そんな声がして見上げれば、見知らぬ年上の少年が優しそうな笑顔を浮かべて俺を見つめている。
「迷子になっちゃったの?」
そう尋ねる少年に、俺は何かを答えようとしたけれど涙が溢れてきて言葉にならず、ただ首を縦に振った。
「ああ、泣かないでよ…えっと、ほらコレあげるから」
そう言って彼が差し出したのは、一輪の薔薇の花。
薄桃色の花弁のその花を差し出して、彼は微笑みかけた。
「一人じゃないから、きっと…君の探してる人、見つけてあげるから」
「本当、に?」
「うん、ほら行こう」
そう言って俺の手を握って歩き出した少年の、優しさや温かさに、俺はとても救われた。
「あの、ありがとう」
両親が見つかり、彼にそう御礼を言うと彼はそっと微笑んで「僕ね、君にまた会える気がするんだ」と、そう言った。
そして、彼はすっと俺の額に口づけた。
赤くなる俺に再び微笑み返すと、「また会おうね」と言って、少年は立ち去ったのだ。
「へぇ…それが、フリオの初恋ッスか?」
「初恋っていうか…まあ、うん…その……」
「素敵なお話ね」
そう言って笑う少女に、どれだけ心が救われた事だろうか。
全く、誰だ…罰ゲームで『初恋の話をする』なんて入れた奴……。
「でも、その男の子もキザな事するよな、っていうかマセてる」
「それ、ジタンが言っても説得力ないって」
「ちょっとバッつ待てよ、それどういう意味だ?」
「ところでフリオニール、その人とは再会したのか?」
「いや、それが会えてないんだ…今頃…どこで、何してるんだろうな?」
そう言って昔の記憶を辿ってみるも、古い記憶だから断片的に欠けてる部分も多くて、はっきりとした姿は中々思い描けない。
ただ、なんだかもう、既にどこかで再会しているような気にもなるから、不思議だ。
そんな俺の中に残った初恋の思い出は、淡い花と同じ色に色づいて今も心に残ってる。
24、警告ペッパー・レッド
「君が好きだ」
そう伝えると、彼は頬を染めつつもどこか怯えたような表情を見せた。
「ありがとう、ウォーリア」
ニッコリと笑ってそう言うものの、私が聞きたい答えがソレではない事はきっと彼も気付いてる事だろう。
それからしばらくしてからの事だ…。
「ウォーリア、少し時間あるか?…話があるんだけど」
「ああ、構わない」
そう答えると、彼の後ろに付いて行く。
人気の無い場所まで来ると、彼は私の方へ振り返った。
急に険しくなる彼の表情、普段の彼にはない人を敵視する鋭い視線は、彼の中に存在するもう一人の彼のものだ。
「君か……私に何の用だ?」
「アンタに言いたい事があるのさ…コイツの事でな」
自らの方を差してそう話す、勿論、それが彼の主である普段の“フリオニール”に関する事であるのは、直ぐに分かった。
「アイツの心のバランスが上手く取れてない、何でだか分かるか?」
「いや…何か原因があるのか?」
「……アンタの所為だよ」
刺のある声で、私を責めるように彼は言う。
「アイツは人に好かれる事になれてない。恋愛とかそういうのを除いてみてもそうだ、アイツは他人からの好意に臆病だ、恐怖を抱いてると言っていい。勿論それは自分でも気付かないような、深層心理での話だけど…でも、その恐れは確実にアイツの中で巨大化して、アイツの精神を蝕んでる」
それは、私が彼へ向けて傾けた好意の所為だと言うのだろう。
「君は、私にどうしろと言うんだ?」
「アイツの事は諦めてくれ、アイツがこれ以上苦しむ前に、な」
「それは君じゃなく君の主が決める事だろう?私の好意が君の主にとって邪魔なものであるのならば、彼の口からそうハッキリと言ってもらいたい」
そうすれば、私だって諦めがつく。
「アイツにそんな事言う力なんてないよ。アンタの事、アイツは嫌いじゃないからな」
「ならば、君は君の主の意思に従えばいい。君の体の主は彼だ、意識を共有していようとも、彼の心は彼のものだろう?」
「勿論そうさ、だけどな…俺もアイツの一部であり、アイツの心である事は確かな事なんだ!だからアンタに言ってやるよ」
その瞬間、私は見た。
普段穏やかな彼の表情が、怒りや憎しみで、酷く歪む瞬間を。
「俺は絶対に認めない!アンタの事なんて絶対に認めてやるもんか!!
アイツの中にまだ、アンタを嫌う心が残っているから、オレはアンタの事を嫌っていられる!!これも確かな事なんだぜ!!」
そう一気に巻くし立てると、彼は息を吐いた。
「でも……アイツは自分が辛くとも、アンタを傷つける事を怖がるから…だから、これは俺からの警告だ」
そう言うと、彼は剣を抜き切っ先を私へと向けた。
これは…彼の主自身からの訴えなのかもしれない。
自分に近づかないでくれ、という彼の心の叫び…。
きっと、今心の中に虚しさを抱いているのは、私も分身である彼も同じだろう。
「もし、アンタの存在がアイツを本当に苦しめる脅威になったその時は…。 俺は容赦なくアンタを消すぞ」
「“彼”が私を厭うのならば、私だって無理に彼に近づいたりはしない…だが」
私も剣を抜き、彼の向けた剣と刃を合わせる。
「彼の心を救えるのなら、私は滅んでも構わない」
25、誘惑マラカイト・グリーン
誘惑…それは、頭の中で囁く甘い声。
「ん…はぁ」
熱い吐息が漏れて、彼の潤んだ瞳が薄らと開いた。
「ウォーリア、ごめん…無理させて」
掠れた声で私に向けて謝罪する、その姿に一瞬クラッ…と、した。
風邪で寝込む恋人の姿が、ここまで扇情的に映るのが問題なのだが、それは彼に文句を言っても治る事ではない。
私自身が理性を保ち続ければ、一切問題はないのだ。
……第一、そんな事彼に言おうものなら、恐らく、下がるハズの彼の熱が再び上がる事になるだろう。
「私の事はいい、早く君の病が治るのなら…それで」
「ごめん……でも、ありがとう…体を悪くしてこんな風に、誰かがずっと側に居てくれるの…凄くありがたい」
そう言って、弱い力で私の手を握る彼に、心臓がドキリと高鳴った。
複雑に揺れる理性をなんとか統制して、自分の中に沸き上がってきた欲望を抑え込む。
「ウォーリア、ありがとう」
私の名を呼び小さく御礼を言う彼に、私は微笑みかけて、その額にキスを送る。
唇に感じる、普段よりも熱い彼の体温。
「今は、ゆっくり休みなさい」
「ああ……」
そう返事すると、彼の瞼がゆっくりと閉じられた。
規則正しい寝息を聞きながら、私は少し溜息を吐く。
この世界へ来た当初、こんな感情なんて自分の中に果たしてあっただろうか?
なかっただろうな…と、そう思う。
人の心は一色では表せない、同じ色でも複雑な濃淡を描き、掴み辛いものなのだと…改めて思い知る。
誘惑に心動かされるのもまた、人の性ゆえ、か……。
「君と居るて、私も随分変わったな」
でも、その変化は嫌いじゃない。
26、潔癖リリー・ホワイト
純粋さというものは、それだけでどこか触れてはいけないような高貴さを漂わせる…。
それ故に…汚したくなってしまうんだろう。
「よぅ!フリオニール!!」
「うっわ!バッツか…驚かすなよ……」
背後から突撃して、相手を抱きしめる。
ティーダかと思ったと、彼にとって弟のように可愛がっている仲間の名前を出されて、少々俺の中の我儘な部分が怒りを募らせる。
まぁまぁ、落ち着けって……。
「そのティーダに聞いたんだけど、フリオニールって今まで恋人いなかったって、本当?」
「なっ!!……そんな、その…別にそんな事いいだろ?」
「いいじゃんいいじゃん教えろって、人生の先輩が恋愛の手ほどきしてやるからさ」
ニコニコと笑顔でそう話せば、恥ずかしいのか、頬を赤く染めた彼は俺から顔を背けた。
何だよ、教えてくれたっていいじゃんか。
「そういうのは、苦手なんだよ…」
そんな俺に対し、彼は小さな声でそう言った。
純粋だな…と思う反面、それ故に恋愛に臆病になり過ぎているだろう…と直ぐに予想できた。
そういう感情を恐れている。
恋愛って綺麗な半面、人の醜い部分も浮き彫りになってしまうから…。
それを知っているのか知らないのかは別にして、彼は潔癖なまでに恐れているんだろう。
そういうものに、接する事を。
「そんな事言ってるから、その年になってまだ童て「余計なお世話だ!!」
アハハ、ムキになっちゃって可愛いなぁ…。
でも、自分でもそろそろ感じてるんでしょ?このままは不味いなって…。
だったらさ、教えてあげる…俺が、アンタに恋愛ってものの姿をさ。
「フリオニール、俺さ…フリオニールの事愛してるんだ」
「はぁ?何言って……」
そう言って呆れたように俺を見るフリオニールへ、逃げられないように体を押さえてキスを送る。
「ん!!」
驚愕で目を見開く相手に、俺は気分がよくなる。
白くて綺麗なもの程、汚していくのは楽しいんだ…。
その純粋さが穢されるまで…あと僅か。
27、断罪ポピー・レッド
その花の色は赤く…流れ出した血が、そのまま花を付けたように風に揺れる。
「っあ……」
どうしてだろう?まだ俺にこんな感情が残っていたなんてさ……。
信じられないけれど、今、自分はどうも悲しんでいるようだ。
「睦月、上代さんには連絡しといたで…もうしばらくしたら、コッチに片付けの人送ってくれるって…せやから、それまでは」
それ以上、彼は何も言わなかった。
どうしてだろう?
どうしてこんな事しなければいけないんだろう?俺達は…。
「貴方達は神の裁きの刃よ、断罪されるべき人間を消し去るのが務め…。
だけど、貴方達が決して裁かれないわけじゃない…それだけの罪を犯したのならば」
彼女は普段と変わらない表情のままで、そう話した。
「だから、裁きの刃を断罪できるのは、同じ刃だけよ…よろしくね」
彼女は気遣いも心遣いもない、言葉を俺に告げた。
赤い花の中で倒れた彼女の前に、俺はどうしようもなく立ち尽くす。
流れた血から生まれる花なんだ、と彼女が昔話していたのを思い出す。
まさか本当に、彼女の血から生まれたとは思わないけれど…。
どうしようもないくらいに、その鮮明な赤色が…酷く、酷く…俺の心を揺すった。
28、友情マリーゴールド
「フリオニールってさ、どんな人が好きなの?」
ある日、ふと尋ねてみた。
「どんな人って?」
「フリオニールはどんなレディがタイプなの?好きな女性のタイプくらいあるでしょ?」
「えっ!あっ…えっと……」
オレの言葉に瞬時に赤くなる彼の顔、年上とは思えない初心な反応が、ちょっと楽しいというのは、秘密だ。
「そんな事、言われてもな…」
どうやら、想像できないらしい。
「例えばさ、ティーダみたいな元気で甘えたな人とか、スコールみたいな無口でクールな人とか、クラウドみたいな年上で冷静な人とか、ティナみたいな繊細で控えめな人とか、バッツみたいな天真爛漫な自由人とか、セシルみたいな穏和で優しい人とか、いつかのアンタの分身みたいなちょっと不良ぽい人とか、ウォーリアみたいな真面目で一本筋の通った人とか、色々あるでしょ?」
「…なんで、お前とオニオンナイトは入ってないんだ?」
「……幼児趣味でもあるの?」
「なっ!あるわけないだろ!!」
だよね、ちょっとからかっただけさ。
しかし、オレがあれだけ例を上げたというのに、彼から返ってきた解答は「そういうのは、分からないな」だ。
この人、本当にそういう欲ないよな…よく生きてられるよな。
まあ、そういう草食動物みたいな所も、彼らしさだろうけど。
しかし…折角リサーチかけてみたのに、見事玉砕か……手強いな。
友情って言葉に、何の疑いも持たない義士に、金色の盗賊は溜め息を吐いた。
「まあ、それがアンタの良いところだけどね」
「?」
29、禁断バイオレット
ああ、気に入らない…この海を挟んだ向こうを統べる、あの紫色が……。
「アンタが、元親の宿敵の毛利元就さんかい?」
安芸へやってきた歌舞伎者は、我を見てそう尋ねた。
モノの尋ね方というものが、なっていない奴だ。
「そういう貴様は何者ぞ?」
「俺は慶次、前田慶次…元親の親友だよ、今はね」
“今は”という一言が、少し気になる。
そんな我を見て、彼はニヤリと笑った。
「元親がさ、アンタの話ばっかりするんだよね…そりゃ、敵さんだから仕方ないのかもしれないけど。 それでもやっぱりさ…好きな人が他の男の話持ち出すのは、やっぱり男としちゃ気に入らないでしょ?」
好きな人……そうか、この男アイツの事を…。
「フン、それで貴様は我に何を聞きたい?」
「んーじゃあ、単刀直入に言うよ。アンタは元親の事どう思ってるんだよ?」
何を言っているのか、この男は。
「我は……あの男は気に入らん」
「へぇ…じゃあ、俺が元親の事貰っても別に問題ないわけだ……良かった、良かった」
そう言って、その男は笑みを深めた。
フン、阿呆め。
「……紫というのは、昔から禁色であった」
「…それで?」
「貴様如きが、手にできる色ではないわ」
それを聞いて彼は数度瞬きした後、フッと不敵な笑顔を見せた。
「それはさ、アンタなら手にできるって言いたいの?」
「フン…我は、あの色は好かん」
「へぇー……アンタさ、もうちょっと素直になった方がいいよ」
まあ、そのままでいてくれた方が俺は助かるんだけどね…と、その男は呑気な声でそう言う。
我は我のままでよい…人に、特に貴様なんぞに、この性格をとやかく言われる覚えはないわ。
「紫色、綺麗じゃない…高貴な色なんでしょ?」
「あの男には、過ぎた色だ」
「そうかな?俺は、凄く似合ってると思うけどね…じゃ、俺はそろそろ退散するかな……。
じゃあ、何時かまたどこかで合うかもな…素直じゃない、お兄さん」
そんな言葉を残して、その歌舞伎者は安芸から立ち去った。
禁色というのは、高貴だから触れてはならんのではない。
触れてはならんから、高貴なのだ。
「気に入らん」
30、爽快フレッシュ・グリーン
風ってさ、気紛れなように見えて一途なんだぞ。
「そうだと思わない?」
「いや、俺にそんな事言われても」
そんな風に困った顔されたら、ちょっと俺的にはショック。
笑われそうだけど、結構本気なんだぞ、これでも。
「風っていうか、本当はお前の事言いたいんだろ?」
正解!よく分かったね。
って、分かるかな?いくらなんでも。
「俺もさ、皆大好きだよ。でも特にお前の事が良いと思ってるんだ、ずっと一人だけ特別なのは、つまりは一途って事だろう?」
「いや、同意を求められても」
全く、この人はこうやって、俺の告白をのらりくらりとやり過ごしてる。
いい加減に、此方になびいてくれないかな?
なんて、そんな事は草原を走る風に聞くようなもので、結局の所、彼等は自由で自分の意志に忠実で、だから中々捕まらない。
でも、だからこそ楽しいんだけどさ。
「精々、逃げ回りなよ。絶対好きにさせてみせるからさ」
ニコっと屈託のない満面の笑みで、俺は彼に宣言する。
風は、いつでも俺の見方。
だから絶対に、俺が勝つ。
31、情熱アイス・ブルー
その冷たい色の中に、信じられないくらいの熱を見た。
「フリオニール、無事か?」
「あっ…ああ」
敵の襲撃を受けた、とはいえ…直ぐに駈けつけてくれた彼のお陰で、大事には至ってない。
ただ不意を付けれた一撃で、頬にすっと僅かな傷が出来た…それだけだ。
「怪我、してるな…」
平気だと言ったのに、彼はそれを見て首を緩く振ると、自分の側へと引き寄せる。
「あ、の…ウォーリア?」
「大人しく、していなさい」
そう言うと、俺の頬に唇を寄せぺロリとその傷を舐め上げた。
「!っ…ぁ」
ビクリと震える体、彼はそんな俺の反応なんてお構いなしに、相変わらず舌を這わせる。
「ウォーリア、もう…大丈夫だから、ね?」
いい加減に恥ずかしくなって、彼の事を押し返すと、ムッとしたように彼は俺を見返す。
羞恥で赤く染まった頬を隠すより、彼の射るような視線から逃れる為に目を逸らした。
「君が傷付くのは許せない、ただそれだけだ」
「あのなぁ…そんな大した怪我じゃないだろう?こんな事しなくっても、勝手に治る」
「傷は舐めておけば治ると言ったのは、君だろう?」
そういえば、以前にも同じような事があったんだっけ?
小さく溜息を吐いて、相手を見返す。
ドクンと、一瞬…大きく心臓が脈打つ。
氷のように冷たい色の瞳の奥に、果てしない熱を感じ取ったから……。
この人は知っているんだろうか?
貴方が俺へ向ける、愛情という名の深い熱の籠ったその目に、俺が弱いって事を…。
「君は自分が傷付く事を厭わない、私はそれが心配で仕方ないんだ。
だから君の事を守りたいと思うし、傷付いたのなら君を癒したいと思う。
君の事を、愛してるからな」
ああ…そんな事、真っ直ぐ見詰められて言われたら、どうしたらいい?
冷たい色をした熱い瞳の奥に映る自分に、そう俺は問いかけた。
32、悠久マホガニー
僕は悠久の時を生き続ける。
根なし草のようにあちこちを旅しながら、それでいて、大樹のように長く生きる。
「じゃあ、私が死んでも貴方の中で生き続けるのね?」
彼女は嬉しそうにそう言った、喜ばせる為に僕は頷いたけれど、本当はそんなものじゃない。
死んでも生き続けるなんていう表現は、永久に生き続ける僕の前では本当に無意味なんだ。
そんな僕は、この世の中で一番存在しちゃいけないんだろうけどね…。
「ふーん、そうか」
「興味なさそうだね」
「別に、お前が長く生きてきたのはよく知ってる。だけどお前の死生感についちゃ、もう大分聞かされてるからな…」
興味も薄れてくるらしい。
まあ、今まで生きてきた中で珍しく、興味を持たれているのは僕ではなく彼の方。
僕が気になったから、彼に近づいたのだ。
それで、こうやって側に置いてくれてるんだから、彼の心も大分広いと思う。
さて…これからも僕は悠久の年を生きるけれど。
こうやって興味を持つ人間は、あと何人居るかな?
33、心中マルベリー
夢の中では、俺はアイツと同じ時間を生きる事ができる。
所詮は、夢でしかなくとも、俺にとっては、一緒に居られる数少ない時間だから。
「一人の時は何してるんだ?」
「お前の事考えてる」
「俺の事って…でも、俺とお前は…」
一人の人間だろう?と、そう言いたいんだろう。
「お前の事、好きだって言っただろう?」
だから、お前の事ずっと想ってる。
普通の恋愛のような、甘酸っぱいものではない。
相手の感情に、知らずに触れてしまえる俺は…ただ想っているだけで苦しい。
相手の事、知ってしまえるから。
悩みも苦しみも、直ぐに解決できそうだけど……。
知れば知るほど、自分の望みが薄い事しか伝わってこない。
いつでも一緒に居られるという、そんな幸せな立場だけでは済まない。
本当に、幸せなようで…全然嫌な立場だ。
「そんな事、言われてもな…」
「嫌なら嫌だって、そう言ってくれよ」
「別に嫌だなんて言ってないだろう?機嫌直せよ」
そう言って俺の頭をそっと撫でる相手の手。
その手を握り、相手を引き寄せると…そっと口付ける。
抵抗がないのは、所詮は夢の中だからなのか?
甘くもどこか苦い、そんな複雑な心中…。
34、墜落ヘブンリー・ブルー
空は高い、どこまでもどこまでも続くような青さ。
地上から見上げる空は、どこまでも…遠い。
「今日は、空が綺麗だな」
定位置である崩れかけた塔の上から、空を見上げていた俺へ向かって、この城で唯一の人間の青年はそう声をかけた。
「何か、用?」
「いや…そこ歩いてたら姿が見えたからさ……邪魔だったかな?」
「別に、邪魔も何もない」
ただ、持て余した時間に困っていただけなのだ。
こうやって話かけてくれたのは、少し感謝してる。
「クラウドは、よく空を見上げてるな」
「あそこに、俺の故郷があるからな…」
青い空の向こうに広がる、自分の生まれた至高の世界。
もうそこに足を踏み入れられないからこそ、望郷の念は一層強くなっていく。
「帰りたいのか?」
「お前は…帰りたいと、思った事はないのか?」
この城の城主の手で、無理やりここに連れて来られて、繋ぎとめられて…。
彼にだって、生まれ育った故郷というものが必ずあって、そこで過ごした家族や友人を思う事だってあるハズだ。
戻れないと分かっていても、そこへ帰りたいと願うのは…人としては普通だろう。
「確かに帰りたいと今も思うけど…帰れないのも事実だろう?なら、今の場所を大事にすべきかな…と、思うんだ」
「……そうか」
俺よりもずっと、こんな環境に置かれて短いのに、彼は既にもうこのままでもいいと思ってるのかもしれない。
諦めというのか、それとも割り切ったというのか…。
取りあえず、自分には恐らくできない事であるのは確かだ。
「クラウドって、凄く人に近い気がするんだ」
「そうか?」
「うん、なんか親近感が持てる」
それは自分が墜落して、地上の色に染まって来ているからかもしれない…。
だけど……それも悪くないかもしれないと、彼の笑顔を見て、少し思った。
35、信仰ターメリック
その色は、生命力の象徴なんだという……。
「政宗、知ってたか?その色、大陸の方じゃ坊さんの着る服の色なんだと」
剣の手入れをしていた相手に向けて、そう声をかけてみる。
「へぇ……また、派手な坊さんもいたもんだな」
強い黄色の布を見つめて、政宗はそう答えた。
「ああ、それにもちゃんと理由があるんだよ。その色な、向こうじゃ生命力の象徴なんだと、仏が生きる力を授けてくれるんだとか…」
「興味ねえな、そんな事」
そう言っている間に剣の手入れが終わったらしく、彼は剣を鞘に戻すと、箱の中に布を仕舞った。
「俺はな、神も仏も信じてないんだよ」
「そうかよ、じゃあお前はこの乱世、何を味方に付けて戦おうってんだ?」
仏教なりなんなり、神仏の加護を信じて戦う武将は数多居る。
それはこの天下において、人とは違うもっと大きな天の味方がその背にある事を意味しているからだ。
だがこの男は、その力を必要ないと言う。
「俺はな、誰かに背中を押されてるんじゃないんだよ、この国を開いたのは自分の力でだ。なら、ここを統べる絶対の存在は俺でいい」
「ハッ!!なんだお前?自分が神になるつもりか?」
どこかの魔王のおっさんを思い出すな…と思ったら「That'sright!! その通りだ」と、この男はいけしゃあしゃあとそんな事を言ってのけた。
「何で俺が天のGODに祈りなんて捧げないといけないんだよ?天の事なり、死後の事なりはアイツ等に任せておけばいい。
でも現世において、この天下において、俺達は力を持って民を治めないといけねえ、その絶対の存在になれるなら…俺は地の神になってやるつもりさ」
「餓鬼が言いやがるぜ、まったく…どうするんだ?そんな罰当たりな事言って天罰でも下されたらよ」
「Hey!俺はもうそんな餓鬼でもないぞ。
それによ、何で俺達地上の人間が天の神様に祈らないといけないんだよ?地上の事は俺達に任せておいて、アイツ等は天で仲良くしときゃいいんだよ」
この男の言い分に、俺は笑った。
確かにその通りだからだ。
「でもいいのか、政宗?」
「Han?何が?」
「その地上の、皆の神様がよ…一人の人間に現抜かしてていいのかって言ってるんだよ」
そう言うと、政宗は一瞬虚を突かれた表情を見せた後。
「Ha!現抜かしてるのはどっちなんだか」
と、俺の言葉を笑い飛ばした。
悪いね天の神さんよ、俺はよ…顔の知らないアンタ等よりも、側に居る地上の神さんの方が信じられそうだ。
「頼りにしてるぞ、奥州の龍神さんよぉ」
「そっちこそ、しっかり頼むぜ四国の鬼神さん」
お題提供元
蝶の籠
後書きを読む
BACK
|