夕日のように澄み鮮血のように深い真紅の液体が、硝子の瓶の中でその水面を揺らしていた。 それを目の前にかざし、けれどウォーリア・オブ・ライトはその美しさに目を奪われることなく腕を下げた。コルク栓が抜かれ、開きっぱなしの口に鼻先に近づけて、そこから漂う強い酒精に柳眉をひそめる。 否、彼はそれが酒の匂いだとは思わなかった。ただ、甘やかだが鼻をツンと刺すような刺激があると感じただけだった。 さらりとした甘さを感じさせる香りは快いもので、純粋に興味を惹かれてウォーリア・オブ・ライトはその瓶の持ち主――――バッツを振り返った。 何故かひどくひきつった笑顔を浮かべた彼は、「バッツ、」というウォーリア・オブ・ライトの呼びかけにびしりと背筋を伸ばす。 その背中をだらだらと冷や汗が濡らしていることを自覚しながら、バッツは必死で顔面に笑顔を貼りつけた。全力でこの場をごまかさなければ、エンドオールどころでは済まない…!より動物に近い本能の部分で危険を察知し、自由の旅人は笑顔の裏でこの状況を打開する策を必死に練っていた。 だが、状況は芳しくない。 後ろには慣れない酒に酔いつぶれた未成年ふたり。ジタンはまだ意識を保って座っているが、半分以上落ちた目蓋をこすっているところから察するに、沈没も時間の問題だろう。その隣、床に倒れ付しているスコールは完全に酩酊状態。意識もないようで、ふにゃふにゃと時折寝言めいたことを呟いている。 この惨状と、ウォーリア・オブ・ライトの手元にある酒瓶。状況は一目瞭然だ。 ちょっとした息抜きのつもりで、昔旅をしたときに砂漠の民に教わった酒を作ってみた、それが数時間前。強い蒸留酒に甘い蜜を含んだ紅い花をつけ込んだ紅酒。甘い香りと蜜のまろやかな口当たりに反して強い酒精は、面白がって飲み始めたジタンと、なかば無理矢理飲まされたスコールをあっさりと酔いつぶしてしまった。 確実に明日は二日酔いでふらふらになっているだろう。混沌の軍勢との戦いの最中に、一体何をやっているのかと、ウォーリア・オブ・ライトが激怒するのも無理はない。 三十六計逃げるに如かず、かなー。と冷や汗の影で考えながら、バッツがじり、とわずかに体重を後ろに移動した、瞬間。 光の戦士は、真紅の酒が半分ほど残された瓶を掲げたまま、静かに口を開いた。 「これは一体なんだ?」 …………形勢は一気に逆転した。 make me dizzy 天幕の梁に吊るされたランタンの橙がかった光が、フリオニールの手に収まる鋼色の上を滑り降り、切っ先で弾けては消えていく。 その軌跡を見るのが好きだと、漠然とそう思いながら、フリオニールは己が揮う八種の武器のひとつひとつを丁寧に手入れしていた。刃こぼれには砥石をあて、曇りには磨き粉をつけ、そうして美しく整えられた刃は、歪みなく光を弾く。 人より多くの武器を揮う分、フリオニールが手入れに割く時間は多い。天幕に戻っても大半の時間をそれに費やしていた。 フリオニールと同じ天幕を割り当てられた相手は、水浴びに行ってからまだ戻っていない。戻るまでに済ませよう、と手つきは自然と早くなっていた。 だが、天幕の布が捲り上げられる衣擦れの音と共に、中に入ってきた気配を背中に感じ取って、フリオニールは苦笑した。いつも、はやく終えなければと思った頃に彼は戻ってきてしまう。 「おかえり、ライト。遅かったな」 見回しでもしてくれていたのか?最後のひとつ、膝に仕込んでいるダガーを手に取り、フリオニールは背中越しに声をかける。 しかし、軽口めいた言葉に対する応えはなく、押し黙ったまま近づいてくる相手、ウォーリア・オブ・ライトの気配に違和感を覚えて振り返ろうとし――――背中から抱きすくめる腕にそれを阻まれた。 「ラ…ッ、ライト……!?」 「フリオニール…」 唇が耳殻に触れるほどの距離で紡がれる声。熱を帯びて掠れた音。 ぞくり、と背筋を這い降りる快感を自覚しながら、それを必死に押さえ込んで、フリオニールは上ずった声で抗議する。手の中にあった刃を慌てて手放して、できるだけ体から遠ざけた。ウォーリア・オブ・ライトは体重のほとんどをフリオニールにかけてきていて、今にも倒れてしまいそうだったのだ。 「危ない、から…っ、離れてくれ……!」 お互いに、武器の手入れをしている間は手出しをしない、とは暗黙の了解ごとであったはずだ。戦場に身を置くものなら、己が命を預ける武器にかける想いは推し量るまでもなく理解できるであろうし、それならば、横からちょっかいを出すのは失礼にあたるというもの。 それが解らぬひとではないはずだ、と、やや遅れてやってきた憤りと共に、肩越しに振り向いて美貌を鋭く睨みつけようとして――――フリオニールは息を呑んだ。 強い……強い光を宿した双眸が、ひたりとフリオニールを見据えていた。 否、ウォーリア・オブ・ライトはその呼び名の通り、その眼差しにも心根にも、強い光を纏った男ではあったのだが、この光は……それとは少し趣を異にする、ような…? ほの暗い、夜明けの光にわずかずつその色を減じる暁闇のような、ほんのわずかに翳りを帯びた、蒼。 熱を孕んだその蒼をまっすぐにフリオニールに向けて、ウォーリア・オブ・ライトはかすかに唇を動かした。小さな、囁きにも似た声だったが、低い声音の発音の始まりから消えゆく余韻まで、鼓膜に刻み込まれるようにはっきりと、その言葉はフリオニールの耳に届いた。 「君が欲しい」 「……っ!?」 動揺をあらわに目を見開くフリオニールの唇に、熱く濡れた口唇が重ねられる。驚きに緩んだ唇を割り歯列をこじ開けて侵入してくる濡れた舌。 いささか乱暴ですらある性急な求め。常の彼らしくない乱雑な仕草で振り向かされ抱き寄せられて、フリオニールはただ戸惑っていた。 ……想いが通じてからこれまで、幾度も体を重ねてはいるが、仲間と共に野営するときにウォーリア・オブ・ライトが求めてきたことはなかった。全員が揃ったときは天幕が分かれることもあって、そんな時は天幕に入る前に仲間の目をかすめるようにして小さく唇を合わせるだけで。同じ天幕になったときでも、ただ寄り添い抱き合って眠るだけだった。 驚きと戸惑いに硬直していた舌をきつく絡め取られ、フリオニールはくぐもった呻きを漏らす。鼻にかかった、甘い吐息混じりの声。その声、のみならず吐息に至るまで、己がものだと主張するかのように激しいキスは、あっという間にフリオニールの体を火照らせた。 「ン…っ、ふぅ……ん、ぁ…イト……ライ、ト…っ」 巧みな口づけに翻弄されている間に、ウォーリア・オブ・ライトの体捌きに誘導され、いつの間にか敷布の上に組み敷かれていて。それに気づいたフリオニールは、刹那の間離れてはさらに深まる口づけの合間、まって、と必死で声を紡いだ。 のしかかる男の頑健な肩に手をかけ、腕をつっぱって押し戻そうと試みる。 体格でフリオニールに勝るウォーリア・オブ・ライトの体は、渾身の力で押してもほとんど動かなかったが、フリオニールの抵抗の意志は通じたらしい。唇を解放したウォーリア・オブ・ライトが、顔の脇に両腕をついたまま、まっすぐに見下ろしてくる。 「嫌なのか?」 てらいのない問い掛けに、自分の方にこそ非があるかのように錯覚して、フリオニールは視線をさまよわせた。熱を帯びた眼差しは陽炎にも似た静かな揺らぎを宿して彼を幻惑する。その揺らぎに飲まれるだろう自分を知っているから、フリオニールはまっすぐにその目を見返すことができない。 「いや、ってわけ…じゃ……」 「ならば、問題ない」 語尾を濁したフリオニールに間髪いれず応えが返って、同時に、体を倒したウォーリア・オブ・ライトが首筋に唇を寄せてくる。 問い掛けに怯み緩んでいた腕に慌てて力を込めて隙間を作り、体を捩って逃げ出そうとしながら、フリオニールは声を荒げた。数メートルの範囲内、それも薄い天幕の布を隔てただけの周囲の仲間のことを思って、さして大きな声は出せなかったが。だが、だからこそこんなことは受け入れられない。 「ある!あるだろう……! みんないるのに…!」 「それがどうしたというのだ」 「どう、って…」 いっそ怪訝そうにすら聞こえる口調で問い返されて、今度こそ絶句した。目を瞬いて、覆いかぶさる相手を見上げる。失策だった――――ウォーリア・オブ・ライトは、未だじっとフリオニールを見つめていた。陽炎の熱に絡め取られる、そんな錯覚を覚えた。一瞬にして、喉が乾涸びたようにからからに乾いたような気がした。 言葉を失うフリオニールを見下ろして、ウォーリア・オブ・ライトは静かな熱を秘めた声で囁いた。 「私は君が欲しい。それだけでは足りないか?」 「…ぃ、や…だから……」 「フリオニール、」 乾いた唇をそれでもどうにか動かして抗議しようとして、けれど低い声にそれを遮られる。低く艶のある、情事のときでしか聞けない深い響きの声に名を呼ばれれば、もう、それ以上の抵抗は無意味だった。 † † † ずん、と最奥まで貫かれる衝撃に、あがりかけた声を必死で噛み殺した。 「ンッ…く……ふぅ、ゥ…ッぅんンッ!」 乱暴ではないが性急な求めは激しく、丁寧な準備を施されなかった後孔は快楽と共にわずかな痛みを伝える。その痛みまでも快楽に溶かしてしまうには、まだ足りない。フリオニールは周囲の状況に、仲間たちの耳目に、気を取られ声を抑えることに必死で、行為に溺れるには至っていなかった。 抜き差しされる衝撃を体の奥で受け止めながら、その衝撃に削り取られていく理性を手放さないようきつく敷布を握り締める。同じ強さで唇を噛み締め、声を殺すフリオニールを見下ろして、ウォーリア・オブ・ライトは低く笑みを含んだ声で囁いた。 「どうした、フリオニール」 肩を掴んでいた手の片方が離れ、そのままするりと肌の輪郭をなぞって、きつく噛みしめた口唇に触れる。汗ばみ、情事の熱を宿した指先で誘いかけるように唇をなぞる。フリオニールはやはり固く瞑っていた目をうっすらと開いて、自分を苛む男を見上げた。 日ごろは禁欲的で硬質な美貌に、艶やかな情欲の色を刷いたウォーリア・オブ・ライトは、フリオニールを攻め立てながら笑っていた。つくりものめいてすら見える整った美貌に生気を与える、感情を滲ませたこの上もなく凄艶な微笑。 ――――……ぁ、 貫かれる中心からではない、より深く強い陶酔に背筋がぶるりと震えた。敷布を握る手の力を強める。 「声を、聞かせてはくれないのか…?」 「……ンっ…ぁ、ゃ……っやだ…!聞かれ、たら……ッ!!」 拒絶の言葉さえ、抑えた声で紡ぐ。仲間はみんな、薄い布を数枚隔てただけの距離にいるのだ。焚火の傍の不寝番だっている。彼らに、こんな声を聞かれたくはなかった。それは彼だってわかってくれていたはずなのに……! あまりにいつもと違う仕打ちに、そして原因の知れぬ突然の豹変に、混乱し怯えて、フリオニールは目尻に涙を溜めて、ウォーリア・オブ・ライトを見上げる。それは睨むほどの強さで、けれど瞳に宿った熱は情欲をも孕み、快感を得ていることは隠しきれてはいなかった。 ウォーリア・オブ・ライトはいっそう笑みを深めて、フリオニールの目尻に溜まった涙を啜り、こめかみに口づける。 「聞かせてくれ、フリオニール」 甘い声の響きに、奥底を突く雄の熱さに、体を覆う熱はいくらでも上がった。噛み締めていられなくなった唇の端から、あえかな声が零れそうになって、フリオニールは握り締めた拳を口元にあて、手の甲に噛みつくようにして声を殺した。頑是無い子供のように、何度も首を振る。 かたくなに声を出すことを拒むフリオニールに、ふ、と笑みとも嘆息ともとれる音が返った。 「仕方ないな」 揶揄うような調子の声音。 その言葉の意味に思い巡らせるより早く、口元に押しつけた手を掴む体温を感じた。劣情に燃え立った肌の熱。火傷しそうなその温度に手首を掴まれて、え、と思う暇もなく、強引な力がフリオニールの口を塞いでいた手を取り払った。跳ね上げるように顔の上へ持っていかれ、敷布に強く押しつけられる。 「な…っ」 目を瞠って相手を見上げる琥珀色の双眸の先、満足げに微笑ったウォーリア・オブ・ライトが体を倒して唇を寄せてきていた。 とっさに顔を背けるフリオニールの、露になった耳朶から頬、触れるか触れないかの距離で低い囁きが紡がれる。熱い吐息が汗ばむ肌をくすぐり、フリオニールは唇を噛み締めて、漏れそうになった声を抑えこむしかできない。 「君の声が聞きたい。聞かせてくれ」 哀願に見せかけて、けれどフリオニールには拒絶することなどできないと、彼は確信しているのだろう。笑みを含んだ声はひどく強く、優しいくせに強制力を持っていた。 鼻梁を掠めて唇にたどり着いたウォーリア・オブ・ライトの口唇が、やんわりと唇の端を食む。ついばむような口づけを繰り返されて、もどかしい刺激に、噛み締めていられなくなった唇が解けた――――同時に、ひととき止んでいた律動が、いっそう激しさを増してフリオニールを穿つ。視界が白く弾けるような、強烈な快感が腰から脊髄を駆け巡った。 「ンあっ!あ、あぅ……っあアァッ」 抑えるものを失くした唇から、甘く蕩けた声が迸る。唇を噛む暇を与えず、がつがつとそれまでに倍した激しさで突かれ、フリオニールは堪えるように眉をひそめ、閉じることのできない唇の代わりのように目を閉じた。 最奥の壁を突かれるたび、その瞼裏に紅い光が弾ける。いや色はないのかもしれない。ただ、鮮烈な光だった。その閃光がやがて理性を押し流すのだろうとどこかで予感しながらも、フリオニールはその光を追いやる術を持たない。押し寄せる光の波に、声を抑えることすらもできなくなっていた。 耳に届く濡れた音と息遣い、そして放埓に上がる己の声に、かろうじて残った理性が怯えた。 だめだ、声を抑えなくては……!その一心で、目の前にあったなにかに噛みつき、強く歯を立てた。ざらりとした糸のような感触と、硬く弾力のあるもの。 「ッ…」 それが何であるか、思い至る前に、顔の傍でかすかに息を詰める声。驚きと痛みが混じった声音に、驚いて目を開いた。 目の前に、煌めく銀糸の滝。その下に見え隠れする筋肉の隆起は肩のラインか。何が起こったのか、一瞬ならず理解が遅れて、顎の力を弱めた隙にするり、唇を滑って肩の向こう、背中へと追いやられた銀髪の束。露になった肩にくっきりと残る紅い……あれは歯形だろうか――――……誰の?それは明白だ。 「可愛い反撃だな?」 揶揄うような声音で、ウォーリア・オブ・ライトが囁く。苦笑を織り交ぜた言葉には痛みを堪える様子はなかったが、それでもようやく事態を理解したフリオニールは血の気を引かせた。彼に、噛みついてしまったのだ。血が滲むほど強く。舌先に鉄錆の匂いを感じて、その生々しさにフリオニールは反射的に怯えた。 「ご…めんなさ……ッンんぅっ!」 泣き出しそうに顔を歪めるフリオニールが紡いだ言葉を奪うように、ウォーリア・オブ・ライトが深く口づけてくる。舌に残る彼の血を舐め取るように、執拗なまでに深く交わされる口づけ。 「ンぁ…はっ……ぅ、ンッ…ん――――っ!!」 歯列をなぞったかと思えば上顎の敏感な粘膜をえぐり、体を震わせるフリオニールを拘束するように胸板で押さえ込んで。 そのまま、繋がったままの腰を揺すり上げられて、上がった甘い悲鳴はすべて、ウォーリア・オブ・ライトの口腔に吸い込まれていく。代わりに流し込まれる、彼の低い含み笑い。 それほどまでに深く繋がっていることに、脳髄が痺れるような心地になった。それが一番大きな閃光となった。 もっと――――もっと、欲しい…… ようやく口唇が解放された時には呼吸は千々に乱れ意識は朦朧と白んでいて、ただ体を覆う熱が一段と上がってフリオニールを押し包む。欲しい、と体全部が叫んでいるようだった。 熱にどろどろと溶けたような視界の中、さんざんにフリオニールを翻弄した唇が愉しげに笑みを刻んだ。その軌跡がことさらに強く、目に焼きつく。 「さぁ、お仕置きだ……フリオニール」 この上もなく愛しいものを呼ぶように名を呼ばれて、からだじゅうが蕩けるような熱を、感じた。 同時に囁かれた言葉の意味など、頭に入っていなかった。その言葉が終わるよりも早く、刺し貫く角度が変わり内壁の一点を穿たれて、フリオニールは喉を反らせて喘ぐ。 「…あっ、あァッ…ン…はぁ、ア…ッやあぁっ」 甘く蕩けた声、高い声音は宿営地に響いているかもしれない。けれどそんなことはもう意識の埒外だった。 ただからだの中に感じる彼の熱がたまらなく愛しくて気持ちよくて、それ以外はどうでもよかった。 もっと、もっと奥まで欲しい。からだ全部いっぱいにして欲しい。そして自分からのすべてを受け取って欲しいと、白く塗りつぶされていく思考の中でそんな欲求だけが際限なしに募っていく。 いつの間にか、拘束されていた手首は解放されていて、代わりに太股を抱え上げる熱い手がある。もっとおくまでとどくようにいちばんふかくでとけあえるように。より大きく開かせようとする手の力を感じるまでもなく、フリオニールは自ら明け渡した。「いい子だ」と落ちた低い声の響き。 「んっ…あ、ハ…アぁ、ァン!」 解放された手が貫かれる衝撃に揺れ、力の入らないそれは何度も無為に敷布を叩く。自由になった手を彼の顔に伸ばして、頬に唇に触れてキスをねだった。もう声を抑えようという意識はとうに快楽に押し流されてしまっていて、ただ彼ともっとひとつになりたい、限りなく近づきたい、その思いがフリオニールを突き動かしていた。 意図を察したウォーリア・オブ・ライトが体を倒して、彼の肩に担ぎ上げられていた足がフリオニールの肩につくほどに密着する。不自然な体勢に肺から押し出された空気が喉で奇妙な音を立てるけれど、そんなものはどうでもよかった。 唇を合わせ舌を絡め、唾液を啜りあうような淫猥な、深い深い口づけを。もっと強く、もっと深く。 欲しい、頂戴と疼くからだの赴くまま本能のまま、フリオニールは律動に合わせて自らも腰を振って閃光の先を目指した。かれもいっしょだと、理性よりも深いどこかで信じて疑わなかった。 「ラ…イト…ぉ、……アッ、あぁ、はぁンッ…いっしょ、に…っ!」 「あぁ、そのまましがみついていろ――――私が連れて行ってやる」 泣き叫ぶようにねだると、きつく抱きしめる彼が熱の篭った声でそう囁いて、同時に体を揺すぶる律動のリズムが変わった。 引き抜く寸前から一息に根元まで。粘膜を余すところなく擦りたてられ、いっそ乱暴ですらある攻め立てにフリオニールの箍が外れそうになる。 意志とは関係のないところで後孔がうねり、内壁が甘えるように彼の雄に絡みついた。どくり、彼の欲望が内側で脈打つ。 もうだめだ、とフリオニールが声なく叫んだと、同時―――― 「ク…ッ!」 「…ッぁ、あ、あアァァっ――!」 内壁に叩きつけられる飛沫の熱。 奥の奥まで濡らされる感覚に目の前に光が弾け、フリオニールも達する。弾けた閃光はそのまま意識までも塗りつぶし、酩酊感にも似た恍惚とした目眩の中、フリオニールは意識を手放した。 † † † 「フリオニール、」 低く柔らかな声に呼ばれて、フリオニールは緩やかに覚醒した。 鉛のように重い体、わずかに身じろぐことさえも億劫で、ただ目を開けて視線だけをそちらへ向ける。天幕の隙間から差し込む朝の光を背に、銀髪を光に透かした美丈夫がフリオニールを見下ろしていた。驚くほど肌が白いのに、胸板や腹を覆う強靭な筋肉が脆弱さを感じさせない。しなやかな力を秘めた筋肉に覆われた上体を惜しげもなく朝日に晒し、フリオニールの傍らに膝をついて覗き込んでいる。 力強い腕が伸びて、フリオニールを抱き起こした。間近になった青い瞳に宿る気遣わしげな光。その光を見て、それがウォーリア・オブ・ライトであるとようやく気づいた。 「おはよう」 「……は、よぅ…」 喉ががらがらにかすれていた。寝起きというだけではない……昨夜の痴態を思い出して、フリオニールはボッと顔が熱くなるのを感じた。 間近にあるウォーリア・オブ・ライトの顔を見ていられなくて慌てて視線を逸らす。逸らした先にあったのは何一つ身に着けていない生まれたままの自分の姿で。傷だらけの褐色の肌に点々と散る赤い痕や甘噛みされたのだろう、小さな歯形の痣。ますますいたたまれなくなり、フリオニールは慌てた所作で、腰にわだかまっていた敷布を胸までたくしあげる。 途中からはもう記憶が定かではないが、あられもなく声を上げていたことはおぼろげに覚えていた。それから、何故かひどく劣情に浮かされたようなウォーリア・オブ・ライトの表情。 「――――…、」 昨日は一体どうしたんだと、訊ねていいのかどうか量りかねて、フリオニールは視線をさまよわせる。だが、あまりにいつも通りのままのウォーリア・オブ・ライトを見ていると、昨日の記憶こそが夢ではないのか、とすら思えてきた。もちろん、彼の肩にくっきりと残った歯型や、フリオニールの体を覆う疲労と倦怠感は、夢ではありえないのだが。 「ところでフリオニール、昨日は何があったのだ?」 「え、」 訊こうとしたことを先に訊かれた、というだけでなく。一体何を言い出すのかとあっけにとられて、フリオニールはウォーリア・オブ・ライトを見上げる。 何があったか、なんて、そんなのこっちが訊きたい。胸中で呟く言葉を知る由もなく、光の戦士は淡々とした口調で己の左肩、滲んだ血が固まって赤く歪な円を残す歯形を示した。 「バッツに紅い飲み物を勧められてから、記憶が定かでないのだが……この歯形は一体」 君の姿も。平静な表情でそう質すウォーリア・オブ・ライトは、そらとぼけている様子も嘘をついている風でもなかった。もとより、彼は嘘やごまかしとは対極の位置にあるひとだ。 つまり本当に、彼は。 「覚えてない……のか?」 「そのようだ」 迷いなく頷くウォーリア・オブ・ライトを見上げ、フリオニールは力の入らない体がいっそう脱力するのを感じた。首を支えることさえ難しくて、立てた膝を抱えた腕の間、皺だらけのシーツに顔を伏せる。なんだったんだ、一体。 そこで、はたと気づく。彼は今、バッツに飲み物を勧められたと、言わなかったか……? バッと顔を上げたフリオニールは、体が痛むのも構わずウォーリア・オブ・ライトに詰め寄った。真摯な、というよりはどこか鬼気迫るフリオニールの様子に、ウォーリア・オブ・ライトはわずかに不思議そうに首を傾げる。 「何か、飲まされたのか?」 「あぁ、赤い…甘い香りのする飲み物だ。バッツは特別製のジュースだと言っていたが……む、まさかあれに何か仕込まれたのか」 アイテムの調合などの知識も豊富なあの旅人は、時に仲間をからかうのにもその技術を使う。そのことでよくウォーリア・オブ・ライトに窘められているものの、今に至るまで悪戯を続ける彼に懲りた様子はない。 今回は何を作ったのか、とウォーリア・オブ・ライトの話を詳しく聞くうち、フリオニールはもうこのまま敷布に倒れこんでしまいたい衝動に駆られた。だが、背中を支えるウォーリア・オブ・ライトの腕がそれを許さない。 しかたなしに膝の間に顔を伏せるに留め、フリオニールは昨日の出来事を反芻する。確かに、昨日のウォーリア・オブ・ライトはおかしかった。それは天幕に戻ってきたときから思ってはいたことだ。 ――――まさか、それが酒のせいだとは思わなかったが… 砂漠の民が好む紅酒。花の蜜と鮮やかな真紅が溶け込んだ薫り高い酒は、フリオニールも一度だけ飲まされた覚えがある。甘い香りに反して驚くほど強く、胃の腑を灼くような熱が突き抜けたことを覚えている。……その後、すぐに倒れて眠り込んでしまったことも含め、苦い思い出である。 ウォーリア・オブ・ライトはあまり、というかひょっとして一度も、飲酒の経験がないのかもしれない。だから、ジュースといわれてそれを信じたのだろう。 それにしたって、あの豹変振りは勘弁願いたいものだが。うわ、思い出してしまった。 膝についた肘で頭を抱えるようにして、フリオニールは深く深く、嘆息した。 「フリオニール?」 体調でも悪いのか、と気遣う声。顔を伏せたまま首を振ってそれに応え、フリオニールは昨夜の記憶を振り払おうと必死だった。彼の豹変振り、というよりも己の痴態が恥ずかしくて仕方ない。あんな、あんな甘い声を上げて必死にしがみついて。まるで自分ではなくなったようにあられもなく彼を求めた、昨夜の自分。 それもこれも、と胸中で恨めしく呟く。 「……貴方のせいだ」 あんなふうに自分を溶かすことができるのは、彼しかありえないんだから。 オマケ 「待ってくれ、今……もう、もう出発の時間じゃないのか!?」 「うむ。君がなかなか起きないのでな、出発は延ばした」 「な…!そんな悠長なことしてられる場合じゃないだろう!?」 「いや、君だけでなく、スコールやジタンやティーダまで頭痛や吐き気を訴えていたのだ。今日はもう一日ここで休むべきなのかもしれない」 「朝食とかは…?」 「バッツが用意してくれたようだ」 「そっか……よかった」 「そういえば、バッツが君にこれを、と。 花の蜜を湯で溶いたものらしい。喉にいいそうだ」 「喉に、って……」 「昨日はキツかっただろ?と言っていたが……なんのことだろうな。 フリオニール?」 「〜〜〜〜あの野郎…っ!!」 耳まで真っ赤にしたフリオニールがブラッドウェポンをひっつかみ、全霊をかけたファービットブレイザーをバッツに叩き込むのは、それからほんの十数秒後。 |