「分かんねえんだけど」 そうだろうな、俺にも理解できない だけど、感情なんてそういうもんじゃないのか? 理解不能の感情論そう答えると、見知らぬ女は小さな声で「そうですか」と答え、最後に礼を言って走り去ってしまった。 一人その場に残された俺は、行くあても無いのでどうしようかとしばし考える。 「ところで。いつまでそこに隠れているつもりなんだ?」 裏庭の木の陰に向けて尋ねると、その裏からようやく顔を出したのはクラスメイト。 「一応言っておきますが、私は別に立ち聞きする気は無かったんですよ」 そう言うクイーンに、「そうか」と短く返答する。別に彼女がここで何をしていようと、これといって興味はない。ただ、間の悪い時に間の悪い場所に居合わせたんだろうと、それくらいの想像は出来た。 「折角なのに、断ってしまうんですね」 「知らない相手だからな」 「そうですか?少なくとも、相手は貴方の事を知っているようでしたが」 そうかもしれないが、この学院で俺達の存在を知らない人間の方が少ない訳で。それとは反対に、この学院の数多くの生徒達を俺達は全て把握していない。見知らぬ者の方が圧倒的に多いのは間違いない。 その内の一人を、ミッションの中で助けたとしても記憶に留まっている事は少ないだろう。 「彼女、可愛らしかったですよ」 「だから何だ?」 容姿の良し悪しが、その感情を俺が受け入れる理由にはならない。 明日死ぬかもしれない相手と、恋愛ごっこなんてしても虚しいだけだろう。そんな俺の答えに、クイーンは溜息を吐いた。 「まあ、そうかもしれませんね……私達は、この魔導院の中でも浮いた存在ですから。本当の意味で分かり合えるのは、0組の中だけなのかもしれません。だけど、私達はどちらかと言うとそうね…兄弟と呼んだ方が正しいのかしら」 「それがどうした?」 彼女はじっと俺を見返す。無言でも、真っ直ぐな視線が何を問いかけようとしているのか予想できた。 今度は俺が溜息を吐く。 「ナインの事なんですけど……。この際、はっきり言わせて頂きますが。そういう感情はやっぱり、止めた方が良いと思うんです」 はっきりと答えるのは彼女の癖だ、あと人に指図するのも。 それは大抵はハッキリと答えの割り切れる事ばっかりだから、その言葉に耳を傾ける気にはなる。 だが、残念ながらこれはお前の様な四角四面の考えでどうにかなる問題ではない。 「感情は自由だ」 「そうは言っても、やはり一般常識から外れる事は問題だと思うんです。その、なんというか……不純です」 不純……不純ねえ。 「人が心の中で思う事まで、口出しされる言われはないだろう」 「そうかもしれませんが!」 尚も喰い下がる彼女を残して、その場から立ち去る。 気付かれていた……。 誰かに話した記憶はない、という事は態度にまで表れているのか?それならば問題だ、もっと自制しないと。 アイツに対する感情が、他の奴等と少し違うと気付いたのはいつだったのか。多分、共に暮らし始めて何年か経ってからだとは思う。 それから、じっと奥底に閉じ込めてしまったまま。表面に浮上してこない様に閉じ込めて生きて来たのに。 男同士で……という引け目もある、だがそれ以上に問題がある。 マザーの元で共に暮らして来た俺達は、兄弟のようなもの。 血が繋がっていないとしても、精神的には家族としての絆がしっかり結ばれている。 ならば、この感情は近親相姦とも呼べる。 彼等との絆を、自分一人で破壊する訳にはいかない。それが分かっているから、俺は沈黙し続ける事を決めた。 明日には忘れられてしまうかもしれない存在、ならば、後で思い出して苦しまない存在であればいい。 俺一人だけが腹の底に収めたままで死ねば、この世から消えてなくなる感情だ。 「あっ!キングってば、良いタイミング」 教室を抜けた廊下でケイトに呼び止められた、どうしたのかと尋ねれば、ちょっと困ったように笑う。 「なんかさ、ナインが他のクラスの子達と揉め事起こしてるみたいなんだけど。クイーンに頼んで止めてもらおっかな、なんて思ってたけど。キング、代わりに行って来てくれない?私じゃ、どうにもならないからさ」 「またか……」 小さく溜息を吐いたら、彼女は「じゃ、宜しく」と言って走り去って行った。多分、巻き込まれたくないんだろう。 アイツは常日頃から何に対しても怒ってるから、あんまり関わらない方が為だと感じてる奴も多い。 俺達は慣れたものだが、それでも、破裂しそうな爆弾に自ら触りに行くのはバカだ。 それでも、俺は噴水広場に足を向ける。 「ったく、ムカつく野郎だぜ……」 いつも通り機嫌の悪そうな顔で、ナインは呟く。 広場で揉めていたコイツに声をかけて黙らせ、相手の言い分を聞いて、なんとかその場を誤魔化す様に治めてから、連れ出すまでにかかった時間は十分も無い。 そのままどこに連れて行こうか迷った結果、「腹が減った」なんて言い出したので。リフレに連れて行って、昼食にする事にした。 「放っておけ、あんな奴等」 「なんだよ、目の前で俺達の悪口言われて無視して逃げろってのか、コラ」 「あんな奴等が何を言ったところで、俺達に対する評価は変わらない。だから、陰口を言うくらいしかする事がないんだ。気にかけるだけ無駄だ」 分かっているのかいないのか知らないが、ナインは「そうか」と頷いたので、これ以上はこの話題は続かないだろうそう判断した。 「なあ、キング」 肉の塊を飲み込んでから、そう言う相手に「どうした?」と尋ねると、しばらく押し黙る。 何でもストレートに発言するナインのこんな反応は珍しい、何があったのかと思ったら「やっぱ、いいぜ」なんて言う。 「何だ、遠慮せずに言えばいいだろう」 彼は視線を逸らして「おう」と短く返答する、なんというからしくない。 「どうした?」 「うん、俺ってバカなのか?」 何を言い出すのかと思ったら、しかし真剣な顔でそう言ってくるのにも理由があるんだろう、おそらく大方は……。 「クイーンに何か言われたか?」 「何で分かったんだよ?」 「アイツは悪意なく、酷いことを言う時があるからな」 それでなければトレイかと思ったが、正解だったようだ。 どうやらクイーンに相談を持ちかけたところ「馬鹿ですか」と一蹴された、らしい。 それでその質問に至ったのか。 「何でアイツに相談なんかしたんだ?」 「聞いたら何でも答えてくれるかと思ったんだけどよぉ、結局、何言われたのか分からなかったんだぞコラ」 唯一、分かったのは最初の「馬鹿ですか」だったのか? 「何を聞いたんだ?」 「ああ、なんかよ……最近、お前の事が気になるんだよな。苛々するっていうかよぉ、でもなあ、なんか違うっていうか……。俺も意味分かんねえんだよ」 持っていたフォークを取り落としかけた。 思い返してみれば、クイーンは「ナインの事なんですが…」と言った。誰が誰を想っていると、はっきりと言った訳ではない。 まさかとは思うが、そういう事か? 「成程、アイツなら馬鹿だって言うかもな」 「どういう意味だコラ!」 不機嫌そうに言うナインに、俺はちょっと笑って尋ねる。 「ナイン、俺のこと好きか?」 「ああ?そりゃ、好きだぜ」 「そうか」 どこが不純だって言うのか? 意味も分からずにそう答えられるのはむしろ、純粋だからだろう。 「なあキング、お前は分かるのかよ?」 「ああ」 「マジかよ。なあ、どういう事なんだ?」 知りたいか? もし、知ったとしてコイツはどうするだろう。 長い付き合いだから、なんとなく分かる。どんな困難な状況でも駆け引き無し、真っ直ぐに突き進んでいくコイツなら……。 さて、どう答えようか? 「お前には早い」 「はあ?」 まあ、その内に分かるさ。 多分、そう遠くない内に……。 後書き 零式の発売前から思っていたんですが、K×9って美味しいですよね。 不良系わんこと飼い主、っていう取り合わせ……いい感じだと思うのです。 それを傍目で見てる0組の反応とか考えてると、本当に幸せになれますね。 誰か、私にもっとK×9を下さい。 2011/11/6 BACK |