お前は何のために壁を作っている?
そんなことを、人に感じる日がくるとは思ってもみなかった





ウォール

「それで、何をしていたんだ?」
深夜に院内を生徒が歩くことは認められていない、任務などで遅くなったというのならば別だろうけれども、それにしたって報告さえ済めば寮の部屋に帰るのが規則だ。
だけど、深夜に院内を出歩く生徒が居ないというわけではない。私の頃からそうだったんだ、唐突に途絶えたりはしないだろう。彼等だって言い分はあるだろう、しかし、翌日の学業に影響が出ては問題だ。
指導教官である以上は、生徒の生活指導も仕事の内。
それを分かっているのかいないのか、彼は連れ込まれた教官室の端で、目も合わせずにムスッとした表情で座っている。
別に怒ってはいない。私だってカズサと交流があったくらいだ、型に嵌めたような真面目な生徒とは言い難かった。だから、少し注意したら解放するつもりだったし、正直に話してくれるなら上に報告する気だって無かった。
それが押し黙ったまま、全く心を開く気配を見せない生徒を前に、どうするべきか悩んでいる。
少しでも反省してくれているのなら、話は別なのだが、どうもそういうわけでもなさそうだ。
見回りをしていて私に見つけられたのは自分のクセに、まるで私が悪いとでも言うような態度。
どうしたものか。

「ナイン、少しは何か言ってくれないか?あんな時間に、何で院に居たんだ?」
「いいだろ別に、なんか歩きたい気分だったんだよ」
「迷ったのか?」
「そんなんじゃねえよ」
そうは言うが、図星だったのだろう。嘘はつけないのか、ビクッと肩が大きく震えた。
腹でも減ったからリフレに忍び込もうとして道に迷ったとか、そういうことだろうと予想する。別に珍しいことでもない、見回りをしていればそういう生徒を見つけることは、ままあるのだ。大抵は行きか帰りがけにバッタリと出くわすもので、目的地に行けない生徒というのは珍しいが。

「今回は許してやろう、次は反省文を書いてもらうからそのつもりでいろ」
何も話してくれないならば、それでも構わない。どうせ大した罰則にもならないんだ、別に何か悪い事をしたわけでもないんだから、このまま帰したっていい。反省してないのは問題だが、このまま顔を突き合わせていた方が、彼の不信感を煽る結果になりそうだ。
立ち上がってドアへ向かおうとしたところ、子供がするように私の服の袖を彼の手が引いた。
珍しい反応に、どうしたとできるだけ驚きを見せずに尋ねると。彼は少し目を伏せて、らしくない小さな声で言う。
「あの、変態いるだろ?」
「カズサのことか?」
変態と聞いてアイツの名前したのに、私自身も苦笑してしまったが。どうやら言いたかった人物で合っていたらしく彼は頷いた。
「アイツの所に居た」
「こんな時間まで?」
研究者とはいえ、カズサだってここの職員だ。超法規的な存在と言えなくもないが、生徒の生活を守る面で言えばそこに従事しなければいけないはずだ。いや、生活は守れなくても規則ぐらいは守らせろ。
「それなら先にそう言え、私からカズサの方に厳重に忠告しておく」
「俺が頼んだから」
そう言うと、彼は赤らんだ顔を私に向けた。

ふと嫌な予感が頭を過る。彼等が相談しに行くとするのならば、まずは魔法局のドクター・アレシアの元だろう。カズサのような怪しい人間を頼るということは、何か身内には相談しにくい問題だったのだろうが……。
「アイツに、何を頼んだ?」
「感じなくできないかって、聞いたんだ」
「感じなく……」
「ああ、人とセックスしても感じなくできないかって聞いたんだよ」
返ってきた答えの内容が、あまりにも突拍子もないもので頭がグラグラと揺れた。一体どうして、何のつもりがあってそんなことを頼みたいのか、全く理解できないが。確かにそれはドクターに言えないだろう。
「アイツは、何て言ったんだ?」
「感じないのを感じるように、敏感にするのは何度もしたけど、その逆はやったことがないってよ。できないことはないかもしれないけど、なんつーの、触ってる感じが一切しなくなるかもしれないから、止めといた方がいいんだって」
感じないという以上、何かを触ってることはおろか。温度や下手すれば痛覚なども麻痺させてしまうのだろう、その判断は正しいと思う。
「だけど、性欲を失くすっていうならできないことはないって言うんだよな」
「まさか頼んだのか?」
「いや、よく考えろって追い返された。ついでに何か、薬作るのに使われたけど」
じっと私を見つめる目が潤んでいる、上気した頬が、その表情が何を求めているのかは言わなくても分かる。
「なあ、お堅い教官は……こういうこと、嫌いか?」
「同期の不手際で自分の生徒が苦しんでいるんだ、見捨てるつもりはない。それに……生憎だが、お前が思う程、私はお堅い人間ではないんだ」
それだけ言うと、彼を奥の自分の寝室へと連れて行った。


感じたくないと言った相手に、媚薬を盛るとは……アイツも酷いことをするものだ。強くない薬を選んだのはまだ不幸中の幸いというところか、どうしても我慢できないというわけではなかったんだろう、適当な相手が居れば処理しようと考えてたのか。
私は、お眼鏡にかなったのか。なんて自嘲気味に思う。
羞恥心というのは薄いようだ、つまりは慣れてる。嫌というわけではないのか、ならどうしてあんなことを望んだのか、考えずにいられない。
マスクを外して口づけてやると、物珍しそうな目でこちらを見た。そういえば、人前ではあまり外さないのだから、彼が私の素顔を見たのは初めてだったなと思い至る。
醜いものだろうと傷を差して言えば、彼は無言で首を振った。それならば自分はどうなると、強い目で訴えかけるように睨み付ける。
額に走る傷痕を舐めると怯えたように震える、でも縋るように絡んだ腕は、こういう行為に随分と慣れているように感じた。そうでなければ、感じなくなりたいなんて言うわけもないだろう、経験があるからこそ、それを消したいと彼は望んだのだ。
彼は何かを間違えている、そう思えて仕方ない。
だから人に対しても、人と接する行為に対しても、壁を作って自らを守りたいのだろう。
なんて哀れで、悲しい子供……。

「足を、しっかり閉じておくんだ」
「はぁ?どういうこ、とぉ!」
張りのある足の間、僅かに空いたその隙間に自分の熱を埋め込む。足の間で擦り上げられるその感覚に耐えられないのか、腰が震えている。
「おま、中……挿入れねえの?」
「感じたく、ないんだろ?望んでもいないことを、無理強いしたくはない」
「そう……かよ、なんか、ぅあ……変なかんじ」
素股ではしたことがないのか、慣れない感覚に怯えているらしい相手の首筋に口づける。
「よく……ないか?」
「うん、悪くない」
ニィッと欲に濡れた笑顔で言うと、その表情に合わない酷く幼稚なキスを鼻先に贈られた。
その途端、一瞬動きを止めてしまった。
ふと、彼の中に押し入って全て物にしたいという、飢えに似た強い欲求が体の中からふつふつと沸き立ってきた。嫌がるだろうか、いや男に慣れているんだからすぐにそんなこと、どうでもよくなるだろう。
邪気に似たものを押し込めて、彼の背に爪を立てる。
「クラサメ?」
名前を呼ばれて我に返る。不思議そうに私を見つめる彼に、ふっと無理に笑顔を作ってみせる。
駄目だ。これ以上、彼に壁を作らせてはいけない。
思っていた以上に柔らかかった唇にキスをして、そうして不恰好に欲を擦り付けるだけの行為の続きを開始する。感じてくれているのか、震える彼の背を今度は優しく撫で上げる。
大丈夫だ、心配しなくてもすぐに終わる。


「お前、氷剣の死神とかいう名前、止めた方がいいぞ」
シャワーを浴びた彼の髪を乾かしてやっていると、ふとそんな言葉が前から飛んできた。
「見た目だけじゃねえか、本当は冷たくもなけりゃ死神でもないだろ」
「勿論、私は死神ではない。それに、人が勝手にそう呼び始めただけだ」
ただ、氷魔法が得意なだけだ。任務においては冷静な状況判断を下してきた、その姿が周囲の人間には、ある種の壁を隔てたように見えただけだろう。
「お前、本当は相当優しいだろ、しかもお人よし」
「お前にそんなことを言われるとは、思ってもみなかったぞ」
てっきり嫌われていると思っていただけに、余計に意外だった。
しかし、その判断は間違っている。
優しいのでもお人よしなのでもなく、私はただ臆病なんだ。お前を欲しいと思ったその一瞬、自分に従うことをしなかったのはただ、傷つけるのを怖いと思ったからだ。
感じたくないと願うお前に、快楽を与えて良いものなのか。その資格が自分に果たしてあるのか、自信が持てなかったのだ。これ以上、彼との間にある壁を強固なものにしたくないから、叩き壊すのではなく、消してもらえないかと下手に出ただけだ。
結果として、私への警戒は少し溶けたかもしれない。こうやって身を許してくれている以上、多分、嫌われてはいない。
ただ、やっぱり彼の懐を見ることは叶わないままだ。
「今日はもうここに泊まっていくか?寮の部屋に戻るには、時間が遅すぎる」
「そんなことしていいのかよ、生徒に手出したとか思われねえ?」
「カズサのせいで拘束されていたところを保護した、と言えば疑われないだろう。それもほとんど事実だしな」
生徒に手を出したのも事実だが、不可抗力としてほしいし、そこは彼だって黙っていてくれるだろう。
「迷惑じゃね?」
「迷惑なら、もう十分にかけられている。なら最後まで面倒を見よう」
ようやく乾いた髪を、指でさっと撫でてやると彼はニッと笑った。
「やっぱ、感じなくなるの惜しいな。お前の手、気持ちいいわ」
「そうか」
笑っている、子供のように無邪気に。それでも、彼の本心が私には分からない。
お前はその壁の向こうに、何を持っているんだ?
多分、この子供は尋ねても居れてはくれないだろう。




後書き
魔法シリーズ、シリーズ?第五弾クラサメ×ナイン。
クラナイってそういえばこれが初描きですか、キングさんよりもマシだけどこの人もヘタレ臭がするのは、作者のせいです。
クラサメさん大人ですから、色々としがらみあるって分かってるし、欲に簡単に流されてくれませんよ。ナインを優しく包み込んでくる人ですよ、パパですよ。
あっ、なんかパパとか言うと援交っぽくて卑猥ですね……すみません。
多分…おそらく続きます。
カズサ編見たいなんて方、居ないことを祈ります。
2012/6/22





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