その唄声は、誰の為に


うたごえ

「練習ですか?」
庭の片隅でフルートを吹いていたら、そう声をかけられた。顔をあげてみると、クラスメイトはちょっと笑って「隣り、いいですか」と尋ねるので、構いませんとと答えると、彼はお礼を言ってベンチの空いた席に腰を下した。
「今のはちょっと遊んでいただけなんです」
最近よく聞く曲を、演奏してみようと試していただけだった。まさか、人に聞かれてしまうとは思わなかったから、ちょっと恥ずかしい。
「その曲は、流行っているんですか?」
「そうみたいですよ。トレイさん、もしかして聞いた事無いんですか?」
「いえ、よく耳にするので気になっていたんですよ。貴女が演奏する曲の他に耳にするという事は、それなりに人の間に浸透している曲、つまりは流行りの曲なのかと思いまして」
「はあ」
相変わらず少し理屈っぽい、「でも」と続けるので、その後の言葉を待ってみる。
「人の間に流れるという事は、それなりの理由があっての事なんでしょう」
「ええ、なんだか人の傍に居たくなる曲じゃないですか」
だから好きなんだって言うと、彼は小さく頷いた。
「私達が生きて帰るのは、自分のためだけではありませんからね」
彼がそんな事を言うなんて、ちょっと意外に感じて。でも、なんだかこの人の優しさに触れたみたいで、嬉しくなった。
「もう一度、聞かせてくれますか?」
「私の演奏でいいなら、構いませんよ」

「トレイが歌ってるなんて珍しい」
鼻歌に近い、小さな声での囁きを聞かれてしまうとは思わなかった。
「ねえ好きなの?」
「良い歌だと思いますよ、それくらいの判断が付く程度には聞いています」
「ふーん、それで好きなの?」
はっきりと好きだと口に出せばそれでいいのかもしれないけれど、なんとなくそれも躊躇われてしまった。
「よく流れているんで、耳に残っているんでしょう」
「それだけ?」
それだけ、なのかもしれない。
ただなんとなく、自分の中に残っている音があって、それが頭の奥でグルグルと回っている。気になる音は、外に出して確かめてみないと分からないから、つい口の端に登ってしまう。そういう事なんじゃないかと思う。
じゃあ、その気になる音というのはどういう意味なのか。
耳に心地良いだけではない、どこかが痛むその音の意味。
「シンクには、この意味が分かりますか?」
「さあ、トレイって難しい事しか言わないもん。でもね、トレイその歌好きなんでしょ」
考えるだけ仕方ない事なのかもしれない。
「ねえ、好きなの?」
「そうですね、好きなんですよ」

「私この歌好き」
どこから聞こえてくる歌。私が一緒に歌うのを聞いて、教室に居たケイトこっちを振り返る。
なんだか知らないけど、皆この歌が良いって言う。私も好きだけど、何でなのか分からない。
でも、そんな理由知らなくて良い気がするんだ。好きなものは好きだから。
「私、あんまり悲しい歌好きじゃないんだけど、この歌は結構好きなんだよね」
「皆、お別れしたくないんだよ」
不思議にそう答えられた、多分、前に誰かそんな事を言ってたからだと思う。
だって、私はそんな理由とか別にいいと思ってるもん。
だけどケイトは、この答えに顔が明るくなった。
「そうかも、シンクって偶に凄く良い事言うよね」
「どういう事?」

「それ、授業中には止めた方がいいよ」
何を注意されたのか分からなくて振り返ると、クラスメイトは耳を塞ぐ動作をした。
「分かってるよ。ってうか、流石にクラサメ先生の前ではできないって」
イヤホンを外して機械を止める、授業開始までもう少し時間がある。
「何を聞いてたの?」
「あっ、良かったら聞く?」
イヤホンを渡して途中になったままの曲を再生すると、エイトは「ああ」と声を漏らした。
「ケイトも好きなのか」
「ちょっと気になってさ。悲しい曲って好きじゃないんだけど、これは好きだよ」
別れるのが嫌だってだけじゃ、片付けられない事ってたくさんあると思う。流行りの歌だからってだけじゃ、この歌の良さを伝えられないのと一緒。
何が私の中に残ってるのか分かんないけど、惹きつけられる。
「傍に居て欲しい人が居る、そんな歌に聞こえる」
「ああ、そうだね」
傍に居ればいい、そう思ってくれる人が居るのは幸せよね。
「エイトはそんな人居るの?」
「何で僕に聞くの?」

「それはそんなに流行ってるのか?」
尋ねられて返答に困る。訓練の準備中につい口ずさんでいたらしい歌は、前にクラスメイトから聞かせてもらった歌だった。
「そうみたい、皆聞いてる」
「皆が良いと言うからと言って、良い曲だとは限らないだろう」
その通りなんだけど、実際に僕自身も気に入ってるんだと伝えると。セブンは「そうか」と短く答えた。
「君はこんな歌、嫌い?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。歌詞の内容もそうだが、切ない曲調だから苦手かもしれない」
聞きたくない言葉からは耳を塞ぎたい。この歌は、少し悲しすぎる面があるから、彼女の反応は正しいのかもしれない。
それでも、皆が好きだと言うのは。自分の奥底で共鳴する事があるからなんだろう。
「あんまり、出撃前に聞きたい歌ではないな」
準備をすすめる彼女は、俯きがちにそう口にした。
「セブンは、優しいんだね」
「お前に比べたら、そうでもないさ」

「セブンもそれ好きなの?」
ふと思い出したメロディを復唱していると、通りかかったらしいクラスメイトが笑って尋ねて来た。
「最近、よく耳にするからな」
「それ答えになってないし、まあいいけどさ」
呆れた様にちょっと溜息を吐くジャックは、「因みに俺はそれ好き」と聞いてもないのに答えてきた。
「なんか、必死な感じがあるんだよね。帰って来たい場所があるからかな」
「悲しい歌を好むのには、それだけの理由があると思わないか?」
そう言うと、相手はちょっと真面目な顔をした。
思い当たる節が無い、なんて言わせない。私達が直面している現実を前にして。
「もしさ、これが心に残るって言うなら。それだけその人は幸せなんじゃないかな?」
「幸せ?」
「人を想いやれる、それだけでも生きて帰ろうっていう気になるだろ?それって幸せじゃないか」
ニッと冗談めかして笑って見せるクラスメイトは、「それじゃあ」と言って歩き出した。
その方向を見て、少し溜息を吐く。
アイツだって人なんだから、思い詰める事だってあるのは分かってる、でも。
「ジャック」
声をかけると、ちょっと振り返って「どうしたの?」なんて笑う。
「無理してまで笑うな」
「無理だよ。だって俺、泣くの下手なんだよね」

「その歌、いい加減に飽きないのか?」
ちょっと苛立ってるみたいにそう言った彼女、どこからともなく聞こえてくるから、ちょっと嫌気が差してるのかな。
鼻歌で軽く歌ってただけなのに、気付かれてしまうくらいなんだからよっぽどなんだろう。
「サイスもこの歌、あんまり好きじゃないの?」
「そういう訳じゃないけどね、いい加減、飽きてくるだろ」
そうかもしれないけどさ、いいじゃないか人の趣味なんだから。
まあ、嫌だって言うなら止めるけど。
「あんまり湿っぽい歌聞いてたら、気分まで沈んでくるだろ」
「そういう気分の時だってあるでしょ」
「そんな事言うなんて、珍しい」
あれ、俺っていつも明るいとかそんなイメージ?間違ってないからいいけどさ。でも、落ち込む時くらいあるんだけど。
これでも俺、傷付きやすいのよ?
そう言うと彼女は溜息を吐いて、ポケットからハンカチを取り出して俺に差し出した。
「さっきの戦闘で怪我してるんじゃないのかい、血が出てるよ」
「マジで?あっ、本当だ」
ちょっと腕を掠っただけだから、大した事はないんだけど。それでも、彼女なりに心配してくれてるんだろう。
「そんな歌を歌ってたら、アンタもアイツ等と同じになっちまるだろ」
「それ、酷くない?」
それも彼女なりの優しさなんだろうけど。
「アンタ、不器用な奴だね」
「好きで不器用じゃないんだけどね」

「らしくないな」
思い出していた曲をほんの少し口に出してみたら、聞かれてしまったらしい。自分に嫌になって舌打ちするも、相手はまったく堪えてなんかいない。
「何してんのさ、こんな所で」
「次の作戦には俺も出撃する」
だから準備に来たんだとキングは言った、予想できる事を聞いてしまった自分に腹が立ったが、そんな事はいい。
「歌う時もあるんだな」
「別に、そういう気分だったんじゃないのかい」
自分の事なのに随分と投げやりに聞こえる言葉、別にいつもの事だから構わない。だけど、一つ気になるのはどうして口をついてこの歌が出て来たのか。
感傷に浸る訳じゃない、そういう気分になった時にこそ、自分の身に嫌な事が降りかかるかもしれないと思ってしまうから。
「アタシの勝手だろ?」
「そうだな」
追及したりしない、相手がこの男で良かったかもしれないな。
「キング、この歌の意味分かるかい?」
そう問いかけると、彼は少し顔をしかめた。
「あんまり、出撃前に聞きたい内容ではないな」
「だけど、考え無いとけないだろう。アタシ達はいつだって」
消えてしまえば、誰も思い出してはくれないだろう。だから、消えない様に帰って来る。
それの繰り返し。
「嫌になったのか?」
「まさか、ただ……確認したくなる時もあるのさ」

「似合わねえな」
休憩中に口ずさんでいた歌は、途中から歌詞を忘れて同じ場所を繰り返していた。
それを聞いて笑うクラスメイトに、俺は苦笑いする。
「この続き、分かるか?」
ナインに聞いたのは間違いかもしれない。あんまりこういう歌が好きそうに見え無いし、コイツの記憶力は少し不安がある。だけど意外な事に、彼はその続きを教えてくれた。
「何度も聞いたから、覚えちまったぜ」
自慢げにそう言う彼に「そうか」と小さく返答する。
「なあ、何でこの歌好きなんだ?」
「さあな」
理由がある訳ではないし、そもそも好きだと言った記憶はない。ただ口を突いて出るくらいには、好きなのかもしれない。
「お前、歌を聞く時にその歌詞の意味を考えたりするか?」
「ああ?そんなに気にして聞いたりしてないぞ」
それもその通りか、聞き流しているようなものだから。
感じた通りのものが、その答えでいいんだろうか。
「お前はこの歌、好きか?」
「ああ、好きだぞ」
これも予想外の答えだった、そんな相手は機嫌の良さそうな笑顔を見せる。
「まあ、意味はあんま分からねえんだけど」
「お前はそれでいい」

「それ、歌詞が間違ってますよ」
気分が良くて歌っていた歌に、そんな事を言われた。
「はあ?どこが」
これで正しいはずなのに、そんな事を言われるなんて信じられなかった。だけど、クイーンが言った歌詞もなんとなく正しい気がしてきた。結局、どっちが正しいとかそういうのはどうでも良くなってしまう。
「それじゃあ意味が無いでしょう、歌詞は言葉なんですから、そこにはちゃんと意味があるでしょう」
「別にいいじゃねえか、大して変わらないだろ」
アイツは納得していないみたいだけど、それ以上は何も言ってこなかった。
「でも、貴方がその歌が好きなんてちょっと意外です」
「はあ?人の好みなんて、勝手に分かるもんじゃねえだろ」
そう言うと「その通りですね」と素直に頷いた、珍しい事もあるんだな。
「私も、その歌好きなんですよ」
「そうなのか」
「ええ、だから歌詞の意味をもうちょっと知って欲しいですね」
意味なんて深く考えてもしょうがないと思う、自分が好きか嫌いか、はっきり分かっていればそれで構わないじゃないか。
誰かの傍に居る意味も、誰かと別れてしまう悲しさも、言葉にするよりは曖昧な方が意味が見えないから良い。
なんて説明するのが面倒なんで、「考えるの面倒だろ」と結論だけ言う。
「貴方、やっぱりバカなんですか?」
「ぁあ?」

「いい歌ですよね」
そんな風に声をかけられて、ちょっと恥ずかしくなってしまった。聞かれるとは思っていなかったから。
「マザー程、上手じゃないんですけれどね」
「そんな事ないですよ」
レムは笑ってそう言ってくれた。彼女は声が綺麗だから歌声も良いんじゃないだろうか、なんて考える。
「私もその歌、好きなんですよ」
「皆そう言いますね」
意外な人物からそう聞いたので、ついそんな事を言ってしまった。でも、流行りの歌というのは、万人に受け入れられるものだから当たり前なのかもしれない。
「優しい歌ですよね」
「ちょっと悲しい雰囲気があるんですけど、でも、なんだか心に残るんです」
その言葉の意味を少しずつかみしめて、考えてみる、私の中の共鳴する何かと一緒に。
何か、大事な事を伝えてくれている気がしてくるから。
何もかも、忘れてしまいたくなる過去の中に少しだけでも色が付けられる様に。
「私もまだまだ、甘いです」
自分でも分かってる、そんな事をしたら辛くなるだけだって。
でも、それでも止められないんだ。
苦しくても、それでも。
「それって、大事な事だと思うんです」
「大事な事ほど、後で辛くなるものなんですけれど」

「君の歌なんて珍しい」
夕暮れ空に向けて歌を口ずさんでいたら、急に背後から声をかけられた。
「マキナ!もう、ビックリした」
「ごめん」
歌は下手だから、人前ではあんまり歌わないでおこうと思うのに。彼は笑って「上手だったよ」と言ってくれた。
「最近、その歌がよく流れてるな」
「そうだね、私この歌が好きなんだ」
少し悲しくて、でもどこか優しいその歌は、不思議と心の奥へとするりと入り込んでいく。
「歌って、人の心に真っ直ぐ響いてくるみたいでしょ。だから、私の心に何か残るものがあるんだと思う」
暗くなってきた空を見上げて、俺の心の底に入って来る言葉を振り返る。
何が私の心と共鳴しているんだろう。
問いかける自分の中から、ふと隣の幼馴染を見つめる。彼と一緒に、明日も共に居れれば良いのに。
そう思うと心の中が温かくなる、そうあれば良いと思うのがきっと、答えになるんじゃないかな。
「マキナ、そろそろ帰ろうか」
「ああ」

「その歌、友達も歌ってたよ」
思い出した様にそう口にしたクラスメイトに、俺も友人から聞いたんだと答える。
エースは「そうか」と短く返事しただけで、それ以外に何か問い返してくる事はしない。
「終りの時に、誰かの傍に居たいと思う歌なのかな?」
「それだけじゃないと思う」
きっとそう。何か俺の奥を掴んで離さないその言葉達は、ただ別離の悲しさだけのものじゃない。
「終ったとしても、何か残っていると思わないか」
「そうかな?」
そうだよ、と彼の疑問符に言い切りの形で答える。そうでなければ、俺達の存在は酷く虚しいものになってしまう。
誰かの傍に居る記憶を失ってしまったら、俺達は人の心まで失ってしまう、そんな気がするんだ。
もしそれが戦場で無駄になると思うのならば、それは俺達が兵器だった場合にこそあると思う。
俺は、人でありたい。
「そう望む事で、実現できると思う」
「ああ、だから誰かの為に祈るのさ」

「誰かの為に、祈るか……」
呟いた、それでもなんだかその言葉が僕の中では上手く馴染まない。
どんな祈りをささげれば、彼等が救われるのか分からないからかもしれない。
冷たい世界で眠る彼等を、どうしたら温められるのか分からない。多分、誰も分からないんだろうけれど。でも、クラスメイトはまるで、それが可能であるかのように胸を張って言った。
彼等に届くか分からない言葉を、小さな声で口ずさんでみる。ずらりと並んだ静かな眠りの場所に、子守唄の様に声が響いていく。
ここに僕の知っている人が眠っている。誰かの為に祈りをささげて、そして、忘れ去られて行く光を失った体が。
静かに眠らせてあげたいのに、口をついて言葉が出てくるのはもしかしたら、祈りの言葉の代わりなんだろうか。
歌声に透き通った笛の音が混じる、演奏してくれているのはきっとあのクラスメイトだ。
振り返ると、デュースが少し微笑んで挨拶した。
「無意味な事だって、思う?」
どこにも届かない歌声を、それでも止める事ができない。
でも彼女は小さく首を横に振って、再び演奏を開始した。笛を奏でる彼女につられて、その続きを歌う。
雨水のように、この音が地面に染み込んでいけば彼等にも届くかもしれない。
僕等の祈りの言葉が。
「皆の為に、歌いますか?」
「いいや、彼等のためじゃないこの歌はきっと……」

失った誰かへの祈りではなくて、失った誰かから僕達への祈りの歌。
だから僕達も、誰かの為に歌わないと。
僕等の先に生きる、誰かへの祈りとして。




後書き
零式のテーマソングが好きで、それを歌ってる零組を書くぞ!っと意気込んで、途中で支離滅裂な事を書いていたかもしれません。
ループするように考えて書いていたら、予想外に長くなってしまって。しかし、前後編に分けると折角のループが途切れてしまうので一つにまとめました。
キャラもまだ掴み切れて無いので、不安要素一杯です。

零式のテーマソングの、BUMP OF CHICKEN 『ゼロ』は、いい歌ですね。
2011/10/25


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