賢いというのは、知識があるという意味ではない
それに気付いたのは、アイツと一緒に過ごすようになってからだ




LIAR CLEVER LOVER





ナインと友達になった。
それによって、アイツの暴走は少し落ち着いたように思う。
初めてのミッションの後アイツを迎えに行った事で懐いたと、周囲はそう解釈しているようだ。ハッキリ言うと、間違いではない。普段のナインは相変わらずトラブルメーカーで、問題事があればそれに対処してくれるような相手が必要なのは、確かだ。
だけど、それは仲間に対してのナインだ。本当の彼は普段の問題児である彼とは、また様子が異なる。
俺達の部屋は二人部屋だ。大体は一年から二年くらいに、全員の部屋割りをクジで決めて移動という形を取っていたが、一応は届けを出せば決まった人間の部屋に移動もできる。
ナインが俺の部屋に移動してきたのは、友達になろうと言った日から三カ月ほど経った頃だっただろうか。
「本当に良いのか?」
「別に俺は構わないさ、ジャックもナインも騒がしさはそんなに変わらないだろ」
「迷惑じゃないか?」
「お互い様だろ」
俺と相部屋だったジャックはエイトの部屋に移動という事になった、トレードされる本人であるジャックは話を聞いた時かなり喜んだ。彼がエイトに懐いているのも周知の事実だ。
「これで落ち着いて生活できる」
新しく自分の物になったベッドに寝転んで、ナインはそう言った。部屋の片づけは思ったよりも早くに終った、というか俺達の私物はそんなに無い。人にもよるんだろうが、マザーから教科書として与えられた本と自分の武器、制服以外に自分の所有物と主張できる物というのは、僅かな衣服とアクセサリーの類などだろうか。生活に必要な物は支給されているから、全員で共通の物を使用している事も多い。俺の場合、部屋を移動になったとしても二回くらい往復すれば全ての荷物を移動できる。彼の場合も、自分とそんなに変わらなかった。
「お前、今までは部屋でもあのキャラで過ごしてたのか?」
彼と同室になるのは初めてだった。去年のルームメイトはトレイ、今年はさっき交代したジャック。両方とも色んな意味で騒がしい奴だったが、彼も大差ないと思っていた。
何せ、普段は落ち付きの無い奴だし。
「当たり前だろ、素に戻るのなんて一人の時くらいだって。気張ってないとダメだから疲れるんだよな。でも、こういうのって潜入調査する奴等にとっては普通のことだろ、その国の人間になりきっておかなきゃいけないんだし」
「お前、向いてるぞ」
「どうだろうな、そういう面倒な依頼が来ないように、ああいう人間を演じてるのもあるし」
確かに、後先考え無い普段のコイツに、潜入調査なんてまどろっこしい依頼はできないだろう。すぐに敵と諍いを起こしてバレるのが関の山だ。
「馬鹿って事はそれだけ期待されないって事だ」
「低く評価されるのは、嫌じゃないのか?」
「そうでもないって、その代わり戦闘では本気の実力出してるわけだし。敵の内情を探る任務よりも、敵を殲滅しろっていう任務の方が、危険だけど分かり易いだろ。結果が目で見て分かる」
そういうもんだろうか、どちらも危険だろうけれど、命の危機というのであれば明らかに後者の方が強い。
「適材適所ってやつ。やりたくないって事はさ、俺はそういうまどろっこしい任務やっぱり向いてないんだよ」
「そうか」

彼のこういう特性を知っているのは、俺だけだから。相部屋になって大変だろう、なんて声をかけられる事もあった。勿論、そんな事はない。
部屋でのアイツは大人しいもんだし、俺が人と接するのが苦手だというのも分かっているのか、「聞き流してくれてるだけで良い」と言って一人で話し続ける事もあれば、一言も喋らないで過ごす時もある。沈黙の空気は重苦しいものになりがちだが、不思議と彼との間に流れる時間は苦にならない。

それから、俺と彼の部屋割りは固定化されてしまった。初めて部屋替えを申請したんだ、この組み合わせが相性が良いと周囲も認めてくれているらしい。
平和だと言っていたアイツとの生活も、既に二年目に入っていた。


「炎・氷・雷、どの魔法でもそうだけど。ROKやRFは魔力を一点に凝縮するように意識するんだ、そうすると上手く形になる。逆にSHGとかBOMは魔力を放出するように意識すると、形になるな」
魔法の演習後に部屋に帰ると、ナインがそうアドバイスをしてくれた。原理がどうしたというクイーンや、更に面倒な知識まで持ち出してくるトレイに比べて、簡素な説明ではあるが感覚的で分かり易い。
しかし、今日の実習で相変わらず最下位だったのはコイツだ。形すら成さないわけではない。しかし、どうやらそれもポーズらしい、本当に上手くいかなかった方からすると、少し苛立つ。
「魔法も戦闘だろう、もう少し本気でやったらどうだ?」
つい本音が零れた、するとナインは俺の方に向き直って困ったような顔を見せる。
「そうもいかないんだよ、俺は元々魔法で闘うのに向いてないんだ。お前だってそうだろ、基礎的な魔力がどちらかと言うと低い方。そりゃ頑張ればそれだけ力は上がるけど、元々魔法に特化してる奴に敵うわけないだろ、基礎が違うんだからさ。どんなけ使いこなせたって、MPは限りがあるんだし。それなら自分が得意な分野をより磨いて、魔法が使える奴等のアシストに回った方がいいだろ」
そう言われてしまえば確かにその通りかもしれない、だが、魔法が使えなくても良いという意味ではない。
「使うけど、必要な時だけな。さっきも言ったけど、MPに限りがあるんだから強力な魔法ほど使える回数が限られるんだ、強化はしておくけど、実戦で使用するのは魔法が得意な奴等に任せておく方が得策だろ」
「人に頼らないんじゃなかったのか?」
「協力はするよ、仲間だからな。補い合いは必要だろ」
そう言うと、少し俺の方に近付く。
「あとなキング、実習の魔法、あれは本気でやったんだ」
「そうなのか?」
「ああ、時間かければちゃんとした形になるんだけどさ。俺、人よりも魔法の形成まで時間がかかるんだよ。これも基礎的なものの違いなのかな、クイックでもかかれば別なんだろうけど、やっぱり実戦向きじゃない。お前をボムから助けた時のブリザガ覚えてるか?」
忘れる事の方が難しいんじゃないだろうか、あんなに印象に残る日は無かった。
「お前が戦闘に入った直後くらいから本当は詠唱してたんだぜ。でも結局、実際に仕えたのは結構後だろ。今の方が格段に早くなってるだろうけど、それでもやっぱりクイーンとかには叶わない」
できないなりの理由はちゃんと分かってるという事か。本当なのかどうかは、使ってる本人にしか分からない事なんだろうけれど、まあ嘘ではないだろう。
確かに、時間をかければちゃんとした形にする事は可能だ。だけど、それでは間に会わない事も分かってる。
全ての欠点を補うのに時間をかけるよりは、武器での戦闘におけるアビリティを高める方が、よっぽど効率的だ。
「あと、氷系魔法はやっぱり向いてないんだろうなあ。キングは得意だろ、なんで?」
「さあな、個人の特性だろ。これも」
「やっぱりそうかあ、まあいいや。雪山にでも行った時は、俺の魔法のアシストしてくれよ」
「俺だってファイアくらい使えるぞ」
「そうだな」
興味を無くしたのか、それとも単に疲れたのか、自分のベッドに戻るとナインは突っ伏して寝始めた。
マグナムの整備をしていると、彼の規則的な寝息が聞こえて来た。それが、どうも心地よく感じる。
無防備に晒された彼の素の姿、マザーの前ですら解く事の無い彼の仮面の下を知っている自分は、本当に彼の特別なんだろう。
そう思うと、心の奥がギュッと締まるような感じがする。どうも、嬉しいと思っているらしい。
秘密を共有している、彼が自分が側に居る事を許してくれている、それだけで嬉しいと思えるのだ。
気が付けば俺自身も彼を特別だと感じている。他の奴等だって同じ様に接して居るつもりだけど、ナインに対しては何でも許せるような気になっている。
彼が勝手に俺を慕う、それなら別に構わないし気にしないと思っていたけれど、俺自身も彼を特別視している。
どうして?
整備し終えたマグナムを片付け、眠る彼のベッドに近付く。目元に落ちた髪を掻きあげて、その表情を伺うと随分と安らかな顔をしていた。
子供っぽいなと思う反面、可愛らしいとも思う。普段は悪ぶって落ち着きがないし、部屋に戻ると今度はやけに大人びていて、此方が面くらってばかりだ。素だと本人は言っているが、実際のところ、それも怪しいと言えば怪しい。
だけどこうして眠っている彼は、嘘偽りなく素の状態なんだろう。
髪を梳いている内に、指先が頬に触れる。起きてしまうかと思ったが、思ったよりも眠りが深いらしく、身じろぎするだけで起きる気配はない。
つっと指を滑らして、嘘なのか本当なのか、確証を持った事を言わないコイツの唇を撫でる。
触れて見たいと思ったのは一瞬だ。
その間に顔を寄せて、そこに触れるかどうかという位置まで近付いていた。その事実に自分でも驚き、慌てて体を引く。
「何だよ、止めるのか?」
「えっ」
視線を戻せば、呼びかけた相手はしっかりと目を開けてこちらを見返していた。ニヤリとした笑みを張り付けて、心底この状況を楽しんでいるらしい。
「起きたのか?」
「流石に触られたら起きるぞ」
そう言うと起き上がって俺の手を取る。
俺の動悸が激しい事を知ってか知らずか、取り上げた手に唇で触れる。
ついさっき自分で触れたハズなのに、行動として示されるとどうしてこんなに緊張するんだ。混乱が表情に出ない様に務めてみるものの、顔の暑さは誤魔化せそうにない。向けられる視線に耐えきれず視線を逸らせば、「フッ」と息が零れる音がした。
「意外だな、もっと男らしくガッツいてくるかと思ったけど?」
「何が?」
「何がって……ああ、気付いてない?」
だから何がと聞こうとしたものの、言葉が出てこなかった。
自分が触れようとした相手の唇が重なっているのに気付いたのは、触れ合ってしばらくしてからだ。
離れた相手が微笑みかける、自分がどうしてこんなに緊張しているのか、微笑む相手を見てその理由が分かった気がする。
見たことない彼の表情は、間違いなく性を感じさせるものだった。
「キングさ、俺の事が好きだろ?」
「…………はぁ?」
「違うのか?」
違うも何も、お前は一体何を言い出すんだ?
しかし、彼の大人びた視線は何でもお見通しだと言うように、微笑みを絶やさず俺を射すくめる。
確かに今、自分は相手に触れたいと思った。実際にそれをして嫌だったとは言わない、しかしだからと言って俺が彼を好きだというのは……。
無理なんて無いのか?
「……分からない」
混乱した頭では、そう答えるのが精一杯だった。
「そっか、気の所為だったらどうしようかと思ったんだけど。そうじゃないかなって思ってたんだよな」
「思ってたって、いや……だとしたら、お前は嫌じゃないのか?」
「何でだよ、別にいいじゃんか。俺もお前の事、好きだし?」
「はっ?」
今、コイツは何て言った?特に、一番最後にどんな事を言った?

俺の事を好きだって?

「悪い冗談は止めろ」
「冗談じゃないって!そうじゃなきゃ、こんな事しないだろ」
取られていた手に唇で触れて、首を少し傾ける。
心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいに大きく震えた、慌てて彼の手を振り払って少し後退する。それを眺めてナインは大声をあげて笑った。
「ハハハッ!落ち付けって、別に取って喰ったりしないって。っていうか、あんまりぞんざいな扱い方すんなよ、傷付くだろ」
「よく言うな……そんな、慣れてて」
イライラしながら言い返すものの、自分の苛立ちの原因が分からない。
彼のふざけた態度のハズなのに、もっと何か違う。
「そんな訳ないだろ、ここでの生活以前の事は何も覚えてないし。アイツ等の前ではお前の知ってるいつものナインだぜ?俺自身もこういう事すんの初めてなの!」
そんな事、信じられるか!
苛立ちを隠さずに、そのままドアへ向かう。
できるなら、早々に部屋替えを申し出た方がいいかもしれない。彼は自分では手に負えない。
「待てよキング」
「何なんだ!」
呼びかけられて振り返れば、さっきまでとは一転、真剣な眼差しでこちらを見つめる彼に、思わず気遅れする。
「本当に好きだからな」
「だから、冗談には付き合えないと」
「本当だよ」
伏し目がちにそう呟く彼を、自分は振り解けなかった。


彼の特別は自分だけだ、それを心から喜ばしい事だと思っているのに気付いたのはその日だった。
その気持ちに気付くより先に、彼には既に見透かされていたというのに……。




後書き
計算高いナインとキング、続いてます。
Kさんが基本、彼に押されっぱなしです。計算高いと言ってるだけに、この子はこういう子なんだと主張しておきます。
Kさんもっと振りまわされれば良いんだ!……なんていう同士様、募集。
2012/3/24


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