本当に頭が良い奴は、それをひけらかしたりしない
自分の能力を悟られないようにするもんだ
それに気付いてたって、アイツの目的を知っていたって……
俺じゃあどうしようもない




LIAR CLEVER LOVER





コイツが馬鹿を演じている事に気付いたのは、マザーの元に引きとられてしばらくしてからだった。
同じ施設で育てられて、生活を共にしていた俺達の中で、アイツの姿が少し異様に感じて、その理由を考える内にその結論に至ったのだ。
本当に馬鹿なら、変わった行動をして迷惑をかけられたところで注意するだけだった。だが、アイツのはそれではない気がしたのだ。
悪ふざけしてる、そんな風に見えたのだ。

「ナインは、本当にバカだと思うか?」
そう尋ねたのはセブンだった、俺も同じ事を疑問に思っていたのを告げると「やっぱりそうか」と、少し安心したような声で返答された。彼女自身、自分の思い込みではないかと考えていたんだろう。
「前に戦闘訓練で、ナインにケガさせてしまったんだ。アイツは魔法が苦手で、まだケアルちゃんと使えないだろ、だから私がケアルしてやろうとしたんだけど、アイツはこれくらい平気だからって、そのまま行っちゃったんだ」
「それがどうしたんだ?」
よくある事だ、ちょっとの怪我くらいだとアイツは人に触らせない。マザーの元に行く口実ができるからじゃないか、なんてエースは言っていたし、俺もそうじゃないかと思っていた。
「訓練場の外の見えないところで、アイツ、自分でケガなおしてたんだよ。ケアルで」
「使えるようになったんじゃないのか?」
「でも、この間の魔法の練習だと、まだ使えないみたいだった」
思い返してみると、確かにそうだった。マザーは気にしなくて良いと言っていたけれど、クイーンは最後まで残って練習に付き合っていた。
「その時はできたとか」
「クイーンやトレイも、そう言ったよ。でも、私は見たんだ」
トレイに至っては気の所為か見間違いだろう、とまで言われたらしい。
何せナインは普段から協調性に欠ける奴だ、仲間意識が少ないと言えばそれまでだし、そもそもそんな奴は俺達の中では少なく無いんだが、それでもアイツが目立つのは、人に対して怒りや苛立ちを持って接してる事か。
あからさまな嫌悪は、人を遠ざける。
それだというのに、人にできないフリをしているというのはどういう事なのか?
「アイツ、本当はできないフリしてるだけじゃないのか?」


セブンの疑問に対して、明確な答えを出す事は避けたが、実を言う彼女の言った様な覚えは俺にもあった。
実戦において相手の戦術を読み解くためにと、マザーが俺達にチェスの遊び方を教えてくれた時。
彼は一人だけ誰にも勝てないでいた。最後には「こんなもん、本当の戦争じゃねえし」とか言って盤をひっくり返していたくらいだ。
それからしばらくして、アイツは一人でチェス盤に向かっていた。シュミレーション用に魔法で勝手に駒が動く物だ。マザーが暇な時に遊びなさいと俺達にくれた物で、駒の色によって強さが変わる。一番強いのは赤い駒で、クイーン以外で勝った奴はまだ居ない。
ほとんどの者が相手にされないまま、簡単に負かされてしまうその赤い駒を相手に、ナインが一人でゲームをしていたのだ。しかも遠くから見ても分かるくらい、相手と良い勝負をしているみたいだから驚いた。
「すごいな」
彼が相手にチェックメイトをかけるのを待って、声をかけてみた。その前に声をかければ、前みたいに決着がつく前に盤をひっくり返してしまうかもしれないと思ったから、そうしたのだ。
「俺も、まだ勝ったことない」
「ぁあ、こんなんグウゼンだろ」
そう言うと、興味を無くしたのか、それとも俺の追及を逃れたかったからなのか、ナインは立ち上がると外へ向けて歩いて行った。
シュミレーション用の駒は、様々な戦法のパターンを把握してる。いくらルール上、駒の動き方や出方が限られているとはいえ、偶然が重なって勝てるような代物ではない。
勿論、後で誰かに言っても「偶然なんじゃないか」と言われた。
相手の駒の動きを一度だけ見切る事ができたなら、それは確かに偶然で済ませられるだろう。だが、ゲームの全ての動きを偶然で済ませられるだろうか?
そんな事、あるだろうか?
彼が本当は頭が良くて、駒の動きを見切る事ができたと説明した方が断然、納得できる。
でも、もしそうだとして不可解な事が一つある。

彼はどうして、できないフリなんてしているのか?


「そろそろ貴方達の実力を実証して欲しいの、ワールドマップに居るモンスターをそれぞれ三体以上倒して、私の元へ来なさい。帰って来たら、夕飯にしましょう」
マザーから初めて言い渡されたミッション、俺達のヤル気が高まったのは間違いない。
それぞれ支給されたポーションを手に外に出た。大抵は皆、誰かと協力して倒していたのだが。一人だけ姿の見えない奴が居た。
勿論ナインだ。

ほとんどの者が帰還した後、一人だけまだ帰って来ない彼。流石に皆も心配し始めた。
「どこに行ったんでしょう?」
「うーん、ナインのことだし。どっかで迷子になってるんじゃないの?」
ジャックの言葉にクイーンも唸った、地図を逆さまに読む事に関しては俺達の中で右に出る者は居ない。
再び銃を取ると、そっと扉を押す。
「少しその辺りを探してくる、マザーにはもうちょっとかかるって言っておいてくれ」
「一人で大丈夫ですか?」
「そうだよ、この辺のモンスターは弱いけど。強いヤツが出てくるかもしれないしさ」
「まだポーションも使ってないし、大丈夫」
そう返答して、彼等とは離れて一人だけ姿の見ない仲間を探しにフィールドを歩いていた。
どうせ、この辺りに住んでいるモンスターなんて、小型の虫のモンスターばっかりだから、出くわしたとしても一人で対応できる。

しばらく歩きまわってみても、居るのはモンスターばかりで目的の人物は見つからない。もしかしたら、もう戻って居るかもしれない、そう思って帰ろうとした時だった。
「うわっ」
突然、茂みの中から飛び出して来たのは赤い球形のモンスターだった。この辺りでは稀にしか見られないはずのボムは、俺の事を敵だと認識したらしかった。口から吐き出される火球を避けて、地面を転がる。
「クソ」
マガジンに弾を装填する、片手で構えて相手を撃ち抜くも大して効いていないのは見て取れた。
魔法が使えればいいんだけれど、正直そんなにMPが残っていない。いざという時のためにケアルを使う分くらいを残しておくなら、ここで魔法は使うべきではないかもしれない。しかし、早く倒さなければコイツが爆発すると面倒だ。
こうなったらキルサイトを狙って撃ち抜くしかない、弾をリロードし、相手に向けて狙いをつけた時だった。
「どけよ」
俺の脇を通り抜けたのは、探していたクラスメイトだった。手にした光を見る限り、魔法を使うつもりらしい。
「ちょっと待てナイン、そいつには……」
ファイアは効かない、炎系のモンスタ―は炎魔法を吸収するのだ。対するコイツは、炎系の魔法を得意としている。だから、その時もてっきりファイアを装備しているんだと思っていた。
手にした光から伸びたのは、氷塊だった。しかも、魔法の演習で目にするものよりも何倍も大きい。
一瞬で氷漬けにされたモンスターからファンとマを吸収すると、ナインは自慢気にこちらを振り返った。
「どうだよこれ」
「お前、ブリザガなんてできる魔力あるのか?」
普段の俺達じゃ、頑張ってもラ系が出来るかどうかくらいの魔力しかない。なのに、苦手なはずの氷魔法でガ系を放つなんて。
「キング、お前、秘密を守れるか?」
そう尋ねるナインに、無言で頷く。口の堅さには自信があった、そもそも、人と話すのはあんまり得意ではない。
「そうか。実はな、コレ秘密で持って来たんだよ」
そう言って彼が差し出した腕には魔力を上げる装備が付けられていた。見本として見せてもらった事はあるけれど、実際に着けてみた事はない。どうやら、一人でその威力を見てやろうと思って、別行動を取っていたらしい。
「あとなキング。いくら俺だって、ボムにファイアが効かない事くらい分かるぞ」
「そうか、悪かった」
早く帰ろうと言って、歩き出そうとしたらナインが俺の腕を引いて、それを止めた。
「お前ケガしてるぞ。なおしてやるから、ちょっと待て」
言われて気がついたのは引かれたのとは反対側の腕だった、相手の攻撃を避けた時に掠ったんだろうか、軽い火傷ができていた。
彼が唱えてくれた癒しの光、エスナだった。まだ習ったばかりで、半分くらいしか習得してる者は居ないはずなのに。彼は特に、前のケアルですらまだまともに習得していなかったのに。
どうしてこうも簡単に使いこなす事ができるのか?
「俺が魔法を使うのは、そんなに不思議か、コラ」
「不思議じゃないけど、エスナが使えるなんて知らなかった」
「これで魔力底上げしてるからな、そのせいだろ」
彼はそう言うが、果たしてそれだけだろうか?

「お前、何でできないフリしてるんだ?」

思わず口をついて出たのは、確証の無い疑問だった。
出来ないフリをしているのではなく、ただ落ち着きがないだけで、平常心であれば、人並みに過ごす事ができるのではないか?そういう疑問がすぐに沸いて来て、何と言い繕えば良いか悩んでいると彼はニッと笑った。
「気付いてた?」
「えっ?」
返事を聞いたはずなのに、その意味を理解できない。
「ちゃんと隠してたつもりなんだけど、もうちょっと気をつけないとダメかあ。まあいいや、俺のこと探しに来てくれたし、お前のことは信じようかなって思ったところなんだ」
「どういう意味だ?」
「なんだよ、お前が先に言ったんだろ。俺は、確かにできない演技してるんだよ」
「なんで?」
「うん、俺の事を本気で信じて、助けてくれる奴を見つけるため」
ますますその意味が分からない。信じてくれる人を見つけるために、どうして人を騙す必要がある?自分にとって不利にしかならない演技を続ける理由が、分からない。
本当に信じて欲しいなら、最初から素直に接していればいいのに。
「他の奴を信じてないわけじゃないぞ、俺達は皆で協力して過ごしてる。でもさ、助からなければ見捨てるだろ、俺達はマザーのために任務を達成するのが目標だもんな。障害になれば、捨てられる」
「そういう時に、助けてくれる奴が欲しいって?」
「そうは言わねえよ、駄目なら放っておけ。何て言ったらいいかな、駄目でも側に居てくれるって事は、それだけ俺を信用してくれてるわけだ、そういう奴には全部を任せられるだろ。命かけるような状況で、俺の背後に立たせられる奴が一人居ればそれでいい」
「それなら、アイツ等なら誰でもいいだろ」
「よくないぜ、一人に決めておくべきだ。そうでないと、裏切られるかもしれないだろ」
裏切る、そんな事が本当にあるだろうか?
マザーのために、闘おうと決めた俺達がその内部で裏切るような事が、本当に?
「俺を探しに来てくれたのはお前だけだぜ」
「それがどうしたんだ?」
「本当に心配してくれてるなら、お前一人で行かせるか?誰か一緒に来てくれてるだろ。他の奴等は、自分が大事だから行動しなかったのさ。マザーの命令は達成してるし、怒られるのは俺だけだろ」
「それは」
「マザーが大事で、その次に自分、それから仲間なんだよ。他の奴等の考え方は、意識してるかしてないかは別だけどさ。俺は、自分と同等に俺を考えてくれる奴が欲しいんだ」
それぞれが、自分の力を信じている。個人でも充分に対応できる力があると思ってる。協力すればそれだけの成果は上げられるんだろうけれど、それでも……。
「他の奴の事、信じられなくなったか?」
「そんなわけないだろ」
「嘘だ、顔に書いてあるぞ。無表情のつもりなんだろうけど、何か迷ってる時とかにはな、眉がちょっと動くんだぜ」
知らなかった、自分でも意識した事の無い事だった。
分かりずらいと言われる自分の感情を、コイツは見ていたのか?
もし、本当にコイツが一人を欲しているとして。俺は、本当にそれに叶うのか?
「なあキング、俺と友達になろうぜ」
綺麗な笑顔でそう言うナインに、戸惑う。
「友達?」
「そう、他の奴等は仲間。でもお前は友達、特別だろ?」
「そうなのか?」
「特別なんだよ、お前は」
そう言うと、ナインは俺の手を取って歩き始めた。
「今日の事は、秘密な」
彼のその言葉と、特別という響きが俺の心に何故か嬉しく、どこか寂しく響いた。




後書き
続いてます、他にも書くものはあるだろうと言われそうなんですけれども、キャラ崩壊気味で申し訳ないです。
バカわいいナインだって好きです、むしろそんな子が愛おしいです……でも計算高いナイン君、気に入ってます。
ちなみに、この話の中で彼等は12・3歳くらいの設定なんですが、あんまりそうも見えないですね。
2012/3/17





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