アイツは勘違いされている いつだって自分の事を計算してる 知らない間に、マイナスをプラスに変換している 誰よりも賢い生き物だ 「ぁあ、意味わっかんねえぞコラ」 教室に入ったらいつものごとく、アイツの「お手上げ」を表す不機嫌な声が飛んで来た。相手を見ると、マキナが困ったように相手をしていた、配属されたばかりで組に馴染んでいない上に、怒りや不快感を全面に打ち出している彼の態度を前に、どこかオロオロしているようにも見える。 「どうした?」 仕方がないので近付いて声をかけてみると、あからさまに安心したようで、ほっと息を吐くクラスメイト。その向こうで、俺以外の誰にも気付かれないよう、にニッと歯を見せて笑うアイツの顔がある事にも気付いた。 「いや、この間のレポートについてクラサメ隊長からナインに指導をしてやってくれって頼まれたんだけど……」 「だから、これのどこが悪かったってんだよ?意味分かんねえ」 「そうは言っても……その、これじゃあどうにも」 全部言わなくったって分かる、どうせまた読解不能なレポートを作成してきたんだろう。彼の方が院も長いし、書き方からレクチャーしてほしかったんだろうが、残念な事に相手がナインでは努力するだけ無駄だ。 「そうか、悪いな。俺が教えてみる」 「えっ、でも頼まれたのは俺だし」 「コイツの相手をするのは、俺達でも骨が折れるんだ、何でもかんでも答えてたら一日二日じゃ足りない。 それと、レムが探してたぞ。すぐ行ってやれ」 「レムが?そうか、分かったありがとう」 去り際に返却されたらしいレポートを受け取って、中身に目を通そうとした。上から三行くらいを読んですぐに諦める。どうしてモンスターの討伐に行った話が、出来そこないの魔法の詠唱呪文のようになっているんだ? 「お前のそれ、いい加減に止めたらどうだ?」 「ぁあん?何がだコラ」 どうやら、こういう公の場だと止めるつもりは無いらしい。それなら、仕方ない。二人で話ができる所へ移動するしかないだろう。 「もう今日は授業も無いだろ、俺の部屋で見てやるから、先に行っておけ」 そう言って部屋の鍵を渡すと、素直に受け取って、荷物をまとめて教室から出て行く。 その後ろ姿を眺めつつ、どうしてアイツはああなんだと心の中で溜息を吐く。 「彼の相手、疲れませんか?」 従卒ショップで補給を済ませた後、部屋を出て行こうとしたら、まだ教室に残っているトレイに声をかけられた。 本に囲まれて居なければ死ぬんじゃないか、そう思うくらいに、彼が持ち歩く本の量は多い。 「別に、慣れれば大した事ない」 「そうですか?何度言っても同じ間違いはする、失敗しても反省はしない、そんな人間を教育するのは、大変に手がかかると思うんですが」 「聞きわけの良い子供であればいい、というわけでもないだろう。それに、アイツにはアイツなりの考え方がある」 「頭ではなく、体で考えるですか?あんまり、理性的な人間の言葉ではないですよ、というか非論理的です。そもそも思考力というのは……」 「済まないが、帰っても良いか?あんまり帰りが遅いと、機嫌を損ねるんだ」 「…………そうですか、まあ仕方ないですね」 彼は溜息を吐くと、再び読みかけの本に視線を落とした。 「馬鹿は空気感染しませんが、朱に交われば赤くなるという言葉もありますよ」 嫌味な野郎だなと思ったが、溜息を吐いて返事をする。 「俺達は最初から朱の人間だろうが、今更、赤くなる事を恐れやしない」 それだけ言い残して、教室を後にした。 誰も、アイツの事を分かっていない。心でそう呟いて。 部屋に戻ると、ナインは俺のベッドに寝転んでいた。人の部屋でも遠慮なく勝手にくつろいでいるのはいつもの事だ、気にせずに近付いて行くと、顔を上げてニッと笑った後、何かを差し出して来た。 「これ、どうしたら俺が“誰かに手伝ってもらいながら仕上げた”みたいな文面になると思う?」 「そんな事しなくても、そのまま出せばいいだろ」 「無理に決まってんだろ、こんな内容じゃ“俺”が書いたって信じてもらえない」 彼が渡してきたレポートは、先のミッションについて詳細に記されている。誰が見てもきっちりと評価できる内容だ、これをわざわざ出来の悪い物に直せ、と言うのだからコイツの神経を疑う。 「いい加減、止めればいいだろ。そのキャラクター」 「今更、止められるわけないだろ。俺自身も気に入ってるしな」 そう言われると、溜息しか出て来ない。 オリエンス四大国くらい間違えずに言う事ができる、歴史事項についてもしっかり把握している、軍事に関する情報だって理解しているし、授業の内容もちゃんと分かっている。 力押しに見える戦法だって、実際のところ相手の急所をしっかりと狙い定めている、苦手な魔法についても自分なりの対処法を探して強化に努めている、無謀に見えて敵の攻撃の隙を狙うのも得意だ。 ハッキリ言う、コイツは馬鹿ではない。どういう訳か馬鹿なフリをしているだけだ。 今日のレポートについてもそうだ、実際にはちゃんと書き上げた物が存在している。それを、わざわざふざけた内容に書き直しただけなのだ。思いっきりふざけるのは簡単だが、微妙な力具合が分からないから俺に相談しているだけで、ちゃんとした物は自分一人で作れる。 机に座って彼がちゃんと書いたレポートに向かい合う。適当に見返して、言葉を簡単なものに変えてみる。コイツの演じる“ナイン”が、まず使わないだろう言い回しや何かをしっかり排除し、誤魔化したような内容を考える。これが結構、頭を使わされる。 「これでどうだ?」 相手の寝転ぶベッドに腰かけて、完成した物を渡す。寝転んだまま手を伸ばして受け取った相手は、その体勢で読み進めていく。 「うーん、まあこれなら大丈夫そうだな。助かったぜ」 元よりも出来の悪化したレポートを受け取って笑う相手に、再び溜息を零す。 そんな俺に対して、猫のように擦り寄って来る。背後から抱きついて来た相手の腕が、両肩にのしかかる。 「重い」 「そうか、まあ愛の重さってやつだろ」 「黙れ」 そう言うと、何をどう解釈したのか肩にかけていた腕を解き、俺の膝の上に移動してくるとニッコリ笑った。 「こっちの方が好きなんだっけ?」 膝の上に座って、同じように肩に腕を絡めてくる。 体にかかる重量はさっきと比べれば倍以上に増えている、ただ彼が言ったようにこの向き合い方は嫌いじゃない。だからといって機嫌が直るものではないんだけど。 しかし癖というのは恐ろしいもので、こうされれば素直に彼の胸へ頭を預けてしまう。そうすれば上からは満足そうな笑い声が零れ、彼の手が俺の髪を梳いてくれる。 「キングはさ、こっちの俺の方が好きなんだろ?」 「好きとか嫌いとか、そういうんじゃない。まともで居てくれる方が、俺だって助かるんだ」 「ギブ・アンド・テイクだろ。お前の好きな俺で居てやるのに、馬鹿で居てやってるんだし」 「意味が分からない」 「いいのか、俺がまともになったら今よりも人が寄りつくだろ。そうしたら、二人で居られなくなるぞ」 そう言われても何も反応しなければいい、だが条件反射みたいに、肩が震えるのを彼は知っている。 「嫌だよな?俺が誰かに取られるの、面倒でのけ者扱いされてれば、ずーと、お前と一緒に居てやれるんだぜ?」 笑っているんだろうコイツは、絶対に笑ってる。ちょっとだけ彼の方に視線を寄越すと、普段は見せないような優しい顔で、俺を見下ろして笑っていやがる。絶対に俺がその顔が好きなんだと知ってる、そして、計算して取った行動だと分かっていながら、それに反応する自分が悔しい。 「そうなったら嫌だろ、キング?」 耳元で静かに呟いた後、その唇が額に落ちる。 コイツは賢い。 俺が人に甘えるのが苦手だと知った上で、彼は俺を甘やかす行動を取っている。 欲しいと言えない癖に、欲張りなのを知っているのだ。 「お前の事、大好きだから。お前の好きな俺で居させろよ」 そう言うコイツの言葉が本当だっていう保障はない。むしろ、コイツは俺を好きじゃないんだろうと想像していたりする。自分の役に立ちそうだから、こういうフリをしているんじゃないかと考えてしまう それでも言い出せないし、振り解くこともできない。 そうしたら全部、何もかも終ってしまいそうだから。 「俺の事、好きだもんな?」 コイツが馬鹿だって? そんな訳がないだろう。 誰もがコイツに騙されてて、それを知っていて警告もしない。 心底バカなのは、俺の方。 後書き ナインの型にはまったみたいなお馬鹿具合が、実際は演技だったらどうなんのかな…という個人的な妄想からの、計算高いナインと、完全に罠にハマってる系のキングのK×9。 バカワイイ方のナインも好きですが、裏でこういう計算高い子だったりしても可愛いかな?と……。 自分の中のナインが安定の小悪魔系です、悪い子であるのには変わりないんですけどね…可愛くならないのは何故ですか。 2012/3/14 BACK |