逃げられているのか、逃げているのか 捕まえたいのか、捕まえられたいのか 結局は曖昧なまま、何も変わらない アボイドテラスの柵に腰かけるのは危ないから、前に止めろと言った、それを覚えていたのか偶然なのか、今日は作に背中を預けて空を見ていた。 「どこに行ってたんだ?」 その顔を上から覗き込むと、さほど驚いてもいない相手はすっと体勢を戻す。 「どこでもいーだろ?別に」 視線を逸らして言うその声に、少し違和感を覚える。 昼前に話した時よりも、少し荒れている。よく見れば、髪も多少乱れているか? 闘技場で戦闘訓練でもしていたのかもしれない。「咆哮」を連続で使えば声も枯れるだろう。 そうでなければ……。 相手の首筋に顔を寄せる、ビックリした様に体を震わせる相手が逃げようとするのを、腰に腕を回して防ぎ更に引き寄せる。 よく知ってるコイツの匂いに混じって、汗と、知らない甘い匂い。 誰の匂いだろうか、少なくとも0組の奴等ではないと思うが……。 「誰の所に居た?」 「お前……相変わらず鼻が効くよな」 バツが悪そうな顔、だが、それよりも気になるのは質問の答えだ。 隊長ではないだろう、授業をしている本人が生徒を授業に出さないのは考えられない。カズサという研究員は、薬品の臭いしかしない。軍令部長のような面倒な奴等が、コイツを相手にするとは思えないし。マザーなら連絡があるだろう。 となると、そことは関係の無い奴等だ。 「他の組の奴と一緒に居たのか?」 「臭いだけでそこまで分かるのかよ」 呆れ気味にそう言う相手に、「いいから答えろ」と更に言うと、小さく溜息を吐いた。 「9組のアイツんとこだよ」 アイツだけで通じる訳がないだろう、そもそも一つのクラスに何人所属してると思ってるんだ。だが、関わりが深い相手というのなら限られてくるかもしれない。 記憶を照合して思い当たったのは、お調子者の様に振る舞う笑顔。 「ナギ、か?」 黙って頷くが、それにしてもどうしてアイツの所になんて行ったのか分からない。接点とか、思い浮かばない。 「午後の授業始まる前に、エントランスで会ったんだよ。それで……」 「一緒にサボる事にした?」 「ああ、なんか成り行きで」 「そうか」 成り行きで、随分とお近付きになったんだな。なんて嫌味に似た言葉を飲み込んで、相手の前にあるベンチに腰掛ける。 夕方になれば気温も下がるので、生徒も俺達意外に誰も居ない。そんな寒空の下で、コイツが何をしようとしているのか、なんとはなしに思考を巡らせる。 コイツと初めて“そういう事”をしたのは昨年の今頃だったか。 お互い、これが初めてだったんだと知ったのは後になってからだ。興味がある訳ではないようだけれども、手順がやけに詳しかったから既に経験済みなんだと思った。 男色の気が無いのに何故、コイツがそういう知識を持っていたのかは今になっても聞けていない。 ただ、事が済みシャワールームから出て来た相手の濡れた髪を、もっとよく拭いてやろうと手にかけたら振り払われた。 本人は「そんな子供みたいな事すんじゃねえ」と言ったが、振り払った理由はきっと違う。 触れた肌は、冷たかった。 水で洗い流してしまわないといけないくらいに、俺に触れられるのは気持ちが悪かっただろうか?本当は嫌だったんじゃないかと悩んだものだが、それから先も相手は何も変化はなく。ただ、時折そういう相手をする関係が増えただけ。 嫌でもなければ好きでもない。ただ俺に触れていた感覚を、いつまでも引きずっていたくないんだろう。 そう思い至って、結局そのまま。 「いけ好かないって、言ってなかったか?」 「いや、いけ好かないのはアイツじゃねえよ。アイツは鬱陶しい系だって」 ヒラヒラと手を振ってそう言うと、柵にもられかかる様にして此方を向いた。 風が強い、しかも冷たい。頬が赤いのは長い時間ここに居たいという事だろう。 もしも、俺がここでコイツを抱き締めたとして。結果として、コイツの体は温かくなるだろう。 それを相手は喜んでくれるんだろうか? 「キング?」 無言で立ち上がった俺を見て、不思議そうに首を傾ける相手。 肩に手を置こうとした所で、変な形で止まってしまう。 恐いのだ、逃げてきたから。 ずっと見えない力で、尋ねてはいけないと思った瞬間からずっと。 今更だろう、コイツが知らない相手と一緒に何か、如何わしい事をしてるのなんて。 それを承知で、自分もその一人であればと思っていれば、少しでも残れるのならばと思って見過ごして来たんだ。 逃げて来たんだ、危険だと思ったから。 「どうしたんだよ?」 尋ねる相手の背中から吹いて来た風に乗って、微かに甘い匂いがした。 知らない、男の臭い。 俺の中の迷いが吹っ切れたのはその瞬間。 「オイッ!」 肩に手をかけ引き寄せ、唇に噛みついた。 キスよりも喰らい付いたと言った方が正しい。 その証拠にガチッと歯に当たる感覚があったし、どこかを切ったのか、軽く血の味がした。 逃げようとする相手の後頭部に手を置き、舌を絡める。諦めたのか、しばらくすると抵抗する事を止め、好きにさせてくれる。 受け入れてくれる事は嬉しい、だが、それはどこの誰でも構わないのかもしれないと思うと、苛立ちの方が強くなる。 もっと、俺を受け入れろ。 「はぁ、っぁ……ったく、気ぃ済んだか?」 熱く、少し乱れた呼吸でそう尋ねる相手を無言で見つめる。 睨みつける様に見返す相手は、いつも通りの怒りの表情で見つめる。 本当に怒っているのかもしれない。 まだ足りないと口にはせずに、切った唇の端を舐め上げてやると小さく溜息を吐いた。 「何なんだよ、こんな所でよ。見つかったらどんな言い訳する気だよ?」 「今更、隠すような事か?」 耳元で尋ねてやると、そうかもな、と投げ遣りな言葉が返ってきた。 じゃあもっと、求めようとしたところで、相手の腕にやんわりと引き剥がされた。 「腹、減ったぜぇ。だから飯食って帰る」 じゃあなと手を振って去って行こうとする相手を、引き止めるだけの力はもう無い。 結局、ここで逃げてしまうのか? いつも通り? 「ナイン」 呼びかければ、ちょっとコッチを振り返って見る。 「俺も一緒に行く」 「そうかよ」 じゃあ奢ってくれなんて軽口を叩く相手に、馬鹿な事を言うなと少し笑って返す。 「今夜、俺の部屋に来ないか?」 誘いをかけてみたら、相手は表情を消して俺を見た。 「悪いな、そんな気分じゃねえんだよ」 そうだろうな、甘い匂いがまだ鼻に残っている。 それがある限り、お前は俺の所になんて来ないだろう。 だが本当は分かってる、コイツは見た目程に馬鹿じゃない。 少なくとも、人に関わる事に関しては逃げ道を作って、さっと身を抜いて行くのは上手だ。 結局、俺は自分の意思で逃げているけれど。コイツ程に上手くいってない。 どうすればいい? 構えた銃が弾を打ち出すよりも早く、その体は動くだろう。 狂った照準は元々だ、それ以前に、俺は撃ち抜く勇気も無い。 たった一言、込めるだけでいいのに。 相手を撃ち抜く術を持たないまま、抵抗しない相手から俺は今日も逃げるのだ。 後書き 前回のナギ×ナインの続編です。 ナギは血の臭いを誤魔化す為に、香水とか好んで付けてそうかな?と思ったんです。個人的にはマリン系かシトラス系の爽やかな香りの物を希望。 そして、セフレに甘んじてるけど実はナインが好きっていうキングを見たかったんです。 2011/12/19 BACK |