俺達の運命は、既に決められていると言われている その軌道に従って進んでいくのであれば、未来はきっと変えられない それでも、祈るのだ 明日のために ターコイズの約束運賃に困らない程度に資金もあるから、飛空艇を使用して外に出た。 どこかに行きたいというよりも、ただあの中に居るのが嫌だっただけかもしれない。 俺達は魔導院では目立つ存在だし、好奇の目も向けられれば、非難の目も向けられる。 気にするなとは言っても、時々、それが嫌になる。 そういう取り巻く状況から逃げるのに、外の町は有効だ。外に出てしまえば俺達は全員“魔導院の候補生”と一括りで呼ばれる。町で暮らす人々には組の違いなんていうのは、さして大きな問題ではないのだ。 内部を知らないというだけで、俺達は対等に人に変われるのだから嬉しい。 「なあ、どこまで行くんだよ?」 そう尋ねるナインに、どこに行きたいと尋ねたら「好きな所で良い」と返って来た。まあ、多分コイツは地図に書かれた地名をまともに覚えていないから、結果として俺が決める事になるんだけど。 それならばと決めた行先は、ルブルムからそう遠くはないイスカの町。 領土を奪い返した後、かなりのスピードで復興が進んだ町は最近バザーが開かれているという。 偶にはそういう場所に行くのも、気分転換になるだろう。 まあ、人が多いと揉め事に巻き込まれる可能性もある。ナインと歩くなら気をつけておかなければいけない、難癖をつけられたら最後、コイツの気を治めるのは大変だからだ。 「やっぱ、空飛んで行くのは楽だよな」 遠くなっていく魔導院の建物を眺めて、ナインは笑顔でそう言う。 ただでさえ気温が低いというのに、飛んでいる飛空艇のデッキは風があって余計に体が冷える。なのに、コイツはそんな事は気にしていない。 「蒼龍軍が竜の背中に乗って移動してるじゃねえか、アレ、一回でいいからやってみてえ」 「竜の言葉が分からなければ、乗れないぞ」 「マジかよ面倒くせえ……」 勉強するのは嫌なんだと、文句を言っているが。向こうの兵士は魔法の代わりにそれを操る術を身に着けているのだ、どっちもどっちなんだろう。 「竜なんて使わなくても、お前のハイジャンプは充分な高さになるだろう」 「いや、それ移動してねえだろ!」 確かに飛び上がるだけだが、移動手段に困っている訳ではないんだから、別にいいだろう。 地上から見て姿が見えなくなる程の高さなんだから、よっぽどだ。 それでも足りないんだと、ナインは言う。 「空って青くてデケーだろ、上見てるともっと飛び上がっていけそうが気がするんだけどよ。なんかいつも、思っているよりもずっと低い場所で下って行くんだよ」 届かないんだよな、とナインは言う。 一体、何に届かないというのか。 そんな事を思っている内に、定期便はイスカへと到着した。 イスカの町の活気は、しばらく前とは比べものにならないくらいになっていた。復興するという力強さはこういう事なのか、それにしても、人の笑顔と商売人としての力が凄まじい。 流通経路も整っているらしく、各地方の名産品も届くようになったんだと、ここの町長が前に語っていた。 人が集まるというだけで、ここまで平和を感じられるのも不思議だ。 「なんかオモシレーもん置いてねえかな?」 「さあな、時々、掘り出し物があったりするらしいが……実際はどんなものかよく知らん」 そんな言葉も聞いてないらしく、相手は店先に並んでいる商品に目を輝かせている。 興味深いものは確かに色々と並んでいる、その内の一つで見かけた装飾銃は作りが細かくて良い代物だと思った。聞けば皇国で作られた品物らしい、それは軍でも上層部の特権階級が持つ物なんだと店主は説明するが、どう考えても戦闘のためではなく鑑賞用だ、連射するのにはどう見ても向いてない。 「待たせたなナイン……ナイン?」 話をつけて切り上げれば、待っていたかと思っていた仲間が居ない。 迷うんだから一人で勝手に歩くな、とは言わなかったけれども……そんな事を言わなくても、自分の事くらい分かって居てくれ。 溜息を吐いても仕方ない、歩きまわっていれば見つかるだろう。体もデカイから人混みでも目立つし、更に揉め事でも起こしてくれれば直ぐに分かる。 市の様子を見ながら歩き回っていると、ふと小さな露店商の品が目に付いた。鉱石や銀細工を取り扱っているらしい。 目にとまったのは、その中の真っ青な石。 鉱石の塊も置いてあったけれど、それを削って銀細工にはめ込んだものもあった。その内の一つを手に取って見ていると、商人はニッコリと笑った。 「そいつはお守りなんだよ。厄災や邪気を退け幸運をもたらす石さ」 「そうか」 その手のものはどうも苦手だ、呪いとか占いとか、そう言われたところで。何かに向かうのは自分自身で、神は手助けしてくれない。見えない何かの力、それこそクリスタルの声であれば別だが、そんなものは理解しようがない。 そう口にはしないが顔には出ていたのか、それともそう思う客が多いのか、商人は「別に信じろとは言いませんよ」と言った。 「お守りなんていうのは、大体は気休めですよ。ただ、気休めでも何でも持ってれば心が救われる事もある。特に、人から貰ったものならね」 「人から」 「アンタ魔導院の候補生だろう?なら、今の戦場にも出ているはずだ。こういう魔避けの石は、家族や恋人が戦地に向かう兵士に贈る呪いから始まった物なんだ。自分自身を守りたくて持つ者も居るがね、人に贈った石の方がその力を発揮すると言われてるよ。あれはきっと、自分を想ってくれる相手が居る事が力になるのさ。特にそれは、人の繋がりを保つ石でもあるからね」 そう言われて、手の中の石を再度見つめる。 朱雀の紋でもあるフェニックスが描かれた銀のプレート、赤い鳳が抱く様にはめ込まれた石は、アイツが好きだと言った空の色。 守ってくれるだろうか、叶うならその危機から。 「贈りたい人、居るんじゃないかい?」 「…………商売が上手いな」 商人は良い笑顔で「仕事なんでね」と言う、石の値段を尋ねれば、俺達でも充分に手が届く値段だった。 お守りなんだから、沢山の人の手に渡らないと意味が無いんだよと彼は言う。 ペンダントであれば普段から身に付けられるだろう。呪いの効果は知らないが、彼が身につけてくれる事は嬉しい。 「ところで、俺と同じ色のマントを付けた候補生を見なかったか?」 「ああ、来たよ。確か、額に大きな傷のある男だったけど。アンタの連れかい?」 「そうだ、どっちへ行ったか分かるか?」 商人が教えてくれたのは市場の出口の方だった、礼を言って人混みの中へ再び身を投じる。 ようやく見つけた相手は、壁にもたれかかって周囲を見つめていた。迷ったら、その場に立ち止まって動くなと言ったのを覚えていたらしい。 俺の姿を見つけて、少し驚いた顔を見せると、こちらへと走って来た。 「どこ言ってたんだよコラ」 「それは俺の台詞だ」 不機嫌そうな相手、だが俺が見つかって少しほっとした様だ。それは完全に顔に出ている。 何も問題を起こしていなかったんだから、こちらも構わない。 そろそろ帰ろうかと行って、町の外に出てしばらく。古戦場の壁沿いに歩いていると、ふいに隣りを歩いていた相手は立ち止まった。 「そうだキング、これやるよ」 何かをポケットから取り出して、手の中に渡された。 銀細工の小さな王冠の付いたペンダントだった。細工も見事だが、王冠の中に埋め込まれている石が美しい。 空の様な、青色。 「厄災や邪気を退け、幸運をもたらす石、か?」 「お、おう。なんかコレを買った店のおっさんが同じ事言ってたけど、それどういう意味なんだ?」 「意味、分からずに買ったのか?」 「大事な人に贈るもんだ、って教えてくれたぞ」 あの親父、かなり商売上手だったらしい。コイツに本来の意味は通じていないようだが、それでも買わせる意欲を持たせる訳だから。 「お前、もうすぐ誕生日だろ?」 「来月だ」 「いいじゃねえかよ、先に貰っとけ」 押し付けられる様にして渡されたそれを、早速、首にかける。 贈られた石の重さ、それが心地よく、またくすぐったい。 「ナイン」 「何だよ?」 「やる」 差し出した物を見て、相手は驚いた表情を見せた。 「何で俺に?」 「お前に贈りたいと思ったからだ、同じ石だろ?それ」 「そうなのか?」 色が同じだけで、そんなもん分からねえと言う相手。 だけどこんなに青い石、他にそう無い。 「お守りらしい」 「お守りって、そんなん信じる性質じゃねえだろ」 確かにその通りだ、俺だって自分らしくないと分かってて購入した訳だし。 「気に入らなかったか?」 「いや、ありがとう」 ニッと歯を見せて笑う相手に、思わず頬が緩む。 これが見たかったから、買ったのだ。 「いざとなったら、俺がお前を守る」 チェーンを首から下げた相手にそう言うと、こちらを見て首を傾げる。 そんな相手が逃げない様に引き寄せ、もっと近付く。 「えっ、な……」 何かを言われる前に、そっと唇を塞いでやる。 息を飲む音、近くなった心音。 温かい相手の視線が突き刺さる様に、こちらに伝わって来る。 「来年は、指輪でも買うか?」 真っ赤になった相手に、笑いかける。 「おま……何、ああもう!」 約束だと、勝手に決めて。今日のペンダントの礼を言う。 それだけで何も言い返せない相手に、俺は笑みを隠せない。 ほんの少し目を閉じて現実から離れている僅かな間、瞼の裏に映ったのはある日の記憶。 目を開ければ広がっている、自由が利かない体と、夢みたいに定かじゃない現実。 教室の端、長年共に生きてきた仲間達と身を寄せ合って、待っている。 終りが来るのを。 でも、何で今こんな事を思い出したんだ。そう思って、少し考えてみて気付いた。 空の月七日。 今日の日付、必要なければ思い返す事もない、昨日と今日と明日の順番を間違えてしまわないための番号。そこに特別を見つけるのは、生きている人間の方だ。 今日という日は、死ねば消え去る特別だ。 それでも息を吐く、隣に陣取って行った相手に「悪かった」と呟くと、「何が?」と首を傾ける。 「約束、守れそうにないな」 あの日に来年は、と約束したというのに。 「いいじゃねえかもう、来年と言わずに、いつまでも一緒に居れるだろ?俺達」 「そうだな」 結局、呪いなんていうのは最後の最後では運命なんて覆してはくれない。 それでも、穏やかで居られるのはどうしてだろうか? 「人との繋がりを保つ石」 そこだけは信じてもいいかもしれない。 天井を見上げれば、崩壊した教室からは青い空が見えた。 透き通る青は、やっぱり遠く、届かないものだと思った。 後書き キングさんの誕生日だ、と当日になって気付いて書き始めたK9小説。 ターコイズことトルコ石は、12月の誕生石です。なんか、空の神様の石とか言われてたみたいです。 0組の命日でもあるからな……と要素を欲張ってみた結果、当たり前ですけれどもシリアスエンドになってしまった。 お祝いをする気はあります!でも、弔いをする気もあります!! 2011/12/7
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