この世に色んな意見がある事は認める
だが、大切な家族を守りたい…そう願う長男の気持ちを、理解できないものだろうか?
過剰過ぎる?…信用しろ?
そう言われても……心配なモノは心配なんだ


おにいちゃんは心配性


「…………フリオニール、その格好で行くのか?」
「えっ…駄目か?」
似合わない?とか、おかしい?とか、彼はそう尋ねるものの……そういう問題じゃないんだフリオニール。
むしろとても似合っているし、ハッキリ言う、とても綺麗だ。
だからこそ、不味い。

「お前……それで人混みの中に行くとどうなるか分かっているのか?」
義弟が身に纏っているのは、紺地の男性物の浴衣だ。
夏らしい涼やかさを持っているそれは、確かに似合っているし。黒の俺とはお揃いなんだと、選んだマリアが嬉しそうに言っていたが…しかし、彼の着こなしは予想以上だ。
だが……問題点もある。

「着崩れたらどうする気だ?」
「えっ…シャドウにでも手伝ってもらって、直すけど」
俺のその言葉に首を傾ける義弟、ああ、その仕草をすると露わになった首筋が酷く色っぽく映る……。
そう……彼は浴衣が似合っている、だがそれが一番の問題だ。
浴衣は布一枚分しか、肌を覆う物が無いわけで…着崩れてしまえば、彼の綺麗に伸びる鎖骨だとか、肉付きの良く締まった胸や腰、最悪は彼のスラリと伸びた足までも人目に晒す事になりかねない。
更に言えば、マリアにでも弄られたのだろうか?長い髪を普段は一つに束ねる事しかしないのに、今日に限っては綺麗に纏めて結い上げている…それによって露わになった首筋や項。
無意識なのだろうが……かなり色気を感じる。

そう、彼の場合はそれが一番怖い。
無意識の色気、それは抑制できるものでも、制御できるものでもない。
しかもそれが破壊力満点なのだから、困ったものだ。

しかし、マリアと一緒に選んだらしいこの浴衣、着てしまってから「着るな」とも言えない。
何よりも、彼は気に入っている様だし……俺が倍、気を配っておくしかないのか。
「とりあえず、あんまりハメを外し過ぎない様にな」
「それ、俺じゃなくてシャドウの方に言ってくれよ」
苦笑いしてそう言う彼に、俺も同意して少し笑った。


「兄貴!浴衣の兄貴、スッゲー美人!!」
「こら、シャドウ着崩れるだろ?」
抱きつく双子は、(弟が無理矢理)腕を組んで歩いている。
「……兄さん、そんな怖い顔しないで」
「レオンハルト、怒ってる?」
「別に、怖い顔なんてしていない」
俺の言葉に妹は苦笑いを返し、幼馴染は困惑した表情を見せる。
白と桃色の花模様の浴衣に、綺麗な髪飾りを付けて飾った妹に、さっきから良からぬ目が向けられているのは重々感じている。
まあ、彼女はなんだかんだでしっかりしているし、悪い男に気をつける様に前々から言ってはいる。
少し目を離したところで、ガイも居る事だし……大丈夫だろうとは思う。

問題はもう一人の方だ。

「兄貴、フランクフルト食べる?」
買ってきてあげる、と言って笑顔で駆けて行く弟の姿を見て、彼は微笑んでいるが…他の事には全く気付いていない。
今、お前に向けられている視線に少し気を配れ、フリオニール。


「全く……アンタ、こんな日まで気難しい顔してんのかい?」
「気にかけるのは良い事ですが、程々になさい」
背後からかけられた声に振り返ると、水色の浴衣を着たレイラと、白い浴衣のミンウが立っていた。
「二人共先に着てたのね」
「ああ。可愛いの着てるね、マリア…お兄ちゃんが目光らせてるハズだわ」
「別に……目を光らせてる訳では」
少しきにかけているだけだ、浮かれた奴等も多いから…何かに巻き込まれたら大変だろう。
「相変わらず、過保護ですね」
溜息交じりにそう言うミンウに、俺は「違う」と反論する。
断じて言う、俺は過保護ではない。
ただ単純に、自分の家族が幸せに暮らしておいてほしいだけだ…良くない事、悪い奴等に目をつけられて不幸な目に陥って欲しくない、それだけだ。
「そういうのを、世間一般では過保護と言うんですよ」
苦笑いする彼に俺は諦めの溜息が出てくる。
「ほら、彼だってあんなに楽しそうなんだから…アンタも楽しみなよ」
バシンと背中を思いっきり叩かれて、ヒリヒリと痛みを感じたものの、確かに、祭りの中で仏頂面して歩いているのも可笑しな話か……。
「アンタ、ただでさえ顔怖いんだからさ、笑いなさいよ」
「余計な御世話だ」
俺の返答に笑うレイラ、そこへどこかへと買い出しに行って来たシャドウが戻って来た。
後で俺は後悔する……彼の手の中にあったものを、確認しなかった事を……。


「…………だから、ハメを外すなと…俺は言わなかったか?」
怒りの言葉をぶつけようとも、その相手にどれくらい俺の言葉が届いているものなのか……。
ガイに凭れかかって船をこいでいるフリオニールを見て、深い溜息。
「まあまあ、無礼講って事で許してやんなよ」
そうレイラは言うが、その犯人はまったく反省の色を見せていない。
「だってさ、兄貴がおねだりする姿……スッゲー可愛いんだもん」
興味本位で縁日で売ってた酒を飲ませてみたら、予想以上に反応が面白かったからそのまま与えてみた……らしい。
それで、結局酔い潰れてしまって、今に至る……。

「はぁ……まったく。ガイ、フリオニールを貸してくれ、俺が連れて先に帰る」
「でも、レオンハルト」
「いいの?兄さん?」
「ああ、二人共楽しみにしてたんだろう?もう少し、遊んできたらいい…あんまり遅くならない内に帰って来るんだぞ」
「あっ!……兄貴なら、俺が送って…」
続きを言いかけたシャドウだったが、そこで薄らと目を開けたフリオニールが俺を見た。
「れおんはると……?」
「うん?どうし…た」
ぎゅっと、俺の首へと巻きつく相手の腕。
「れおんはると…好き」
「なっ……」
無邪気な笑顔で告げられる告白、それに驚いたのは俺よりもむしろ……。
「ちょっ!兄貴!!」
彼の、半身の方のようだ。

「ほら、フラれた男は、大人しくしておくこったね」
ポンとレイラに肩を叩かれて項垂れるシャドウに、俺は苦笑い。
フリオニールの腕は、俺に絡みついて離れてくれない。
「眠いか?フリオニール?」
「んー?」
駄目だな…完全に、もう意識が落ちかけている。
「それじゃあ、俺は先に帰るから」
大きくなって重くなった義弟を背負い、彼等に向けてそう言うと、俺は家路へと先に着いた。


浴衣で素足がなどと、もうそんな事を気にしている状態ではない…余りにも無防備すぎる義弟。
シャドウには気をつけた方がいいと、そう思っていたけれど……こんな事までするか。
「アイツも、しょうが無い奴だな」
そんな溜息も、疲れに飲み込まれたものでしかない。

「ぅ……んん…」
もそりと、背中で人が動く気配がして優しく彼の名前を呼ぶ。
「起きたのか?フリオニール?」
「ん…………れおん、はると?」
舌足らずな声でそう言う彼に、俺は「ああ」と返答する。

「ここ、どこ…?」
「今、家に帰ってるんだ…どうする?自分で歩けるか?」
「イヤだ…離れたくない」
そう言うと、ぎゅっと俺の首にしっかりと腕を回す彼。
呟かれる言葉は熱っぽく、思わずドキッとする。
「……分かった、なら大人しくしておくんだぞ」
「…うん」
キュッと縋りつく温もりに安堵を覚えるが、苦笑い。

蘇ってくるのは、彼が俺に呟いた言葉。
平素の彼であれば、決して恥ずかしがって口にはしてくれなさそうな…そんな言葉。
好き……か。
「全く……心臓に悪い」


家に辿り着き、縋る彼をなんとか下して鍵を開ける。
「ただいまぁ」
意識があるのかないのか、フラフラして足取りの覚束ない彼を支えてやりながら、室内へと入る。
「気持ち悪くないか?」
「別に、だいじょうぶ」
そう答えるが、座らせた彼の目はトロンとしていて、既に睡魔に乗っ取られかけている事が分かる。
服は着替えさせるべきだろうし、まぁ、水でも飲んだら少しは落ち着くか……。
そう思って立ち上がった俺の袖を、彼の手が引いた。

「どうした?」
何か欲しいものでもあるのか?と尋ねれば、彼は首を横に振る。
「なぁ…レオンハルト、俺…コレ、似合わなかった?」
そう尋ねる彼に、俺は意表を突かれた。
一体、何を言っているんだ?
「なぁ?似合わなかったのか?」
「どうして、そう思うんだ?」
「だって…………最初に着たら、レオンハルトが駄目だって」
ああ、確かにそういう事は言った。
しかしそれは、彼が似合っているからこそ問題なのだ、決して似合わないわけではない。

「いいや、とっても似合ってる」
彼に向けてそう言うと、不安そうに彼は俺を見つめる。
「本当に?」
「ああ……綺麗だ」
そう言って、ようやく彼はニッコリと俺に笑いかけてくれた。
無邪気な笑顔。
こんなにも、子供らしく警戒心のない嬉しそうな笑顔なんて、久しぶりに見た気がする。

「レオンハルト、格好良いよ」
「そっか、ありがとう」
そう言うと、彼はじっと俺を見つめる。笑顔とは違う、真っ直ぐなどこか熱っぽい瞳で。
「格好良いからさ、ドキドキする……」
すっと絡んだ彼の手が、俺の手を胸元へと導く。
触れた彼の体は、確かに熱く…その胸の鼓動は早い。
酔っているからだ…そう自分に言い聞かす。
そうでなければ、この状況はおかしい。そして……とてもマズイ。

「レオンハルト……好き」
彼がそう言って、俺へと抱きつく。
「フリオニール……止めなさい」
「嫌だ、好きなんだレオンハルトが」
ぎゅうっと抱きつく彼が、俺を見つめる。
「体、熱いんだ……レオンハルト」
なら離れた方がいい、くっ付いていた方がもっと熱いんだから。
そう言おうにも、彼はきっと聞き入れてはくれないだろう。
離してくれない彼の腕が、俺にもっと体を寄せる。

ああ……兄としてこういう色づいたマズイ状況に彼が巻き込まれる事を、ずっと心配していたのに。
自分を律して生きて来たというのに。
いざ、こういう場に巻き込まれて、彼の腕を振り解けない自分の弱さが恨めしい……。

「好きなんだ、レオンハルト」
「フリオニール……」
名を呼ばれ、俺をじっと見つめ返す琥珀の瞳。
ああ、なんて綺麗な色をしているんだ。
「…………俺も、」


「あーあ、兄貴……大丈夫かな?」
大きな溜息と一緒に呟かれる、シャドウの言葉に隣りに居たミンウが反応した。
「心配ですか?」
「そりゃあね……だってさ、兄貴は酔っぱらうと、スキンシップが異様に多くなるんだって」
どうやら、抱きついたりするのは彼固有のクセらしい。
「だけど……誰かに好きだなんて言ったのは、初めて見た」
どうやら、彼が一番落ち込んでいる理由はそれのようだ。
最愛の兄が、自分ではなくて他の誰かに好きだって言った事。
なんとも、思春期の男子らしい。

「悔しいんですか?お兄ちゃんを取られて」
「悔しいっていうよりも心配なんだよ、レオンハルトだって満更な顔してなかったしさ……何か間違いがあったらな、って」
「それは大丈夫でしょう、貴方じゃあるまいし」
「…………ミンウさん、それどういう意味?」
じとっとした目で相手を睨むシャドウに対し、涼しげな表情で「そのままの意味ですよ」とミンウは告げた。
「だけど、それこそ杞憂ですよ相手が他の誰かならばまだしも、レオンハルトですからね」
「それもそうかもしれないけどさ、アイツだって男だし」
「それ以前に、君達の誇れる義兄さんでしょう?」
家族に手を出すなんて考えられません、とサラリと言われてシャドウもしばし考える。
「まあ、それもそうか」


心配性の兄は、こういう時の信頼は、厚い……。


to be continude …


後書き
レオン→←フリオで、フリオ誘い受けでお兄ちゃんタジタジを書きたくなったのです。
何気に双子の弟がフラれましたが、大丈夫です…きっと誰かが幸せにしてくれます。
しかし、ミンウさんとレオンハルトとフリオの浴衣姿は、絶対に破壊力満点だ…と思うのは私だけでしょうか?
大人な色気満載のミンウさんと、男らしい肉体してそうなレオンハルトと、まだ幼さの残りながらも色気が溢れるフリオ…絶対に似合うと思います。
後編は裏行きです、お兄ちゃんが義弟を喰うか、喰わないのか…。
ここまで来たら据え膳だから喰えよ……とか、聞こえた気がします。
2010/8/18


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