貴方へ向けて、呪文を唱えましょう


それが、貴方を苦しめる呪いとなるか…
それとも、貴方を幸せにする魔法となるのか…

それは、私には選べません…貴方しか選べません


花の様な呪いを貴方に


「貴方は“運命の人”を信じますか?」
そう尋ねると、相手は不思議そうに首を傾けた。
「そうですね…俺は、信じてますよ」
少し照れた様なハニカミ笑いを見せ、彼は私の質問にそう答えた。

純粋な子供の笑顔。
清らかな心を持つ彼、フリオニールらしい、綺麗な笑顔だ。


「居るんですよ、運命の人は」
微笑みかけてそう答える。
「そう……なんですか?」
「ええ、居るんです…信じられませんか?」
「いや。っていうか、俺もさっき信じるって言ったじゃないですか」
そう言ってムスっとした表情を見せる彼に、私はクスクスと声を上げて笑う。
「運命はね…あるんです」
そう強く断言する。

その、理由は……。


「もう十年以上前になりますが、私は、その人に出会いました」
「えっ……」
驚いている彼に、私は微笑みかける。

「分かりましたよ、その人と出会った時…ああ、この人は私の運命の人なんだと…」
それは、誰しもが一度は感じる事があるかもしれない。
未来予知。
一目見た瞬間に感じ取る、その先の未来像。
それが運命。
私の運命…。


「その人は、どんな人なんですか?」
「とても綺麗な人でしたよ、その頃はまだ幼かったですが…今はとても、とても美人になりました」


興味深そうに私の話を聞く彼に、私は続ける。
思い出すのは、ある日の出来事。

私がまだ修行中の身であった頃、城下町へと出て行った時の事だった。
王家に預かられていた私は、王女を喜ばせようと必要な品の他に、籠一杯の花を持っていた。
ガヤガヤと騒々しい市場、人の声が周囲に響き渡っている。
多くの人の行き交う中、ふと助けを求める声が聞こえた。

「おとうさん、おかあさん…」
人混みの中…大人達の中に紛れた、小さな子供。
褐色の健康的な肌、太陽に煌めく綺麗な銀髪。
琥珀の瞳に涙を溜めて、大き過ぎる世界を見つめる。


その瞬間、体に走った衝撃。
それまでの世界、その全てが消え去った。
あの人だけしか見えない。
直観的に感じた。
これは運命だ。


「どうしたの?」
その子供に、私は声をかけた。
大きくて綺麗な瞳が私を見つめ返す、涙の溜まった子供の瞳の奥に焼きつけられるよう、優しく微笑みかける。
「迷子になっちゃったの?」
そう尋ねると、相手は何かを答えようとしたものの、溢れて来た涙で言葉が声にならないようだ。
流れる涙は綺麗だが、しかし、相手の恐怖をありありと体現していて、見れいるコチラはとても心が痛む。
「ああ、泣かないでよ…えっと、ほらコレあげるから」
相手に泣き止んで欲しくて、籠の中から一本、花を取り出して差し出す。
薄紅色の花弁、飾り立て過ぎない若い花。
甘い香りの漂うそれを、相手は受け取って私を見つめる。
ぱちり、と音がしそうなくらい、大きな瞳が瞬きする。
「一人じゃないから、きっと…君の探してる人、見つけてあげるから」
そう言うと「本当に?」と私を見上げて、相手は尋ねた。
一人が怖く、誰かに縋りたい思いがそうさせているのだろう。
花を差し出した私の手を取り、ぎゅっとしがみ付く相手。
「うん、ほら行こう」
手を引いて歩き始めると、相手の表情も少しずつ和らいでくる。
可愛らしい顔に、輝かしく優しい表情が戻り始めた。
それに、私の心も満たされる。


「あの、ありがとう」
両親が見つかり、私に礼を言う相手。
輝かんばかりの笑顔、やはりとても綺麗だ。


きっと…また会えるだろう、いつか。
そう分かっていた。

「僕ね、君にまた会える気がするんだ」
別れ際、相手に向けてそう伝える。
不思議そうに首を傾ける相手は、私を見上げている。
その愛らしい額に、そっと優しく唇を落とす。
その動作に身惚れた様に、手にした花の様に頬を赤く染める相手。

「また会おうね」
そう言って、私はその“運命の人”と別れた。


分かっていた、これは運命だと。
だけど、これは早すぎる邂逅だったに違いない、とも思った。
本来ならば、まだまだ顔を合わせる事だってなかっただろう、出会い。
花の咲く前の蕾、それよりもまだずっと若く固い、緑色。

いつかきっと…適当な時がきたら、また巡り合えるだろう。
相手に渡した、薄紅の花の様に…少し控え目だが、それでも人目を引く様な美しい姿に成長した相手と。
その時こそ伝えよう、私の中に芽生えた感情を。
その時になればきっと、この感情も成熟しているだろう。
……そう思った。


だから、私はあの時に呪文をかけたんだ。
言葉には力がある、口に出した言葉は、力になって相手を縛る。
その力を私は知っている。
その使い方も、私は知っている。

想いが強ければ強い程、言葉の力は増して行く。
私が込めた想いは、それはそれは、大きなものだっただろう。

(貴方に、もう一度会いたい…)

独りよがりの、傲慢な言葉に聞こえるかもしれない。
でも…私は信じて疑わなかった。

(これは、きっと運命だ)

だからこれは予防線。
間違って、貴方に会えなくなる様な事がないように。

(いつか、かならず…貴方が私の元へ戻る様に)


私は、呪文をかけた。
それは魔法というよりも、もっと禍々しく、人の欲望に堕ちた力。
きっと、それは呪いに近い。

人の想いなんて、そういうものなのだ。
純粋で綺麗な想いは、裏を返すと愛憎に満ちていて。
手に入れても充ち足りない、そんな感情を何度も何度も、抱いて……。
心の中の天秤に、様々なモノの重さをかけて、釣り合わせる事で平静を保っている。

でも…本当は知っている事だろう。
自分は、綺麗な存在ではないと…私は自覚していますから。
貴方を不必要に縛り付けました、他の人に取られたくないが為に。
私のモノであって欲しいが為に。
独占欲というものは、こういうものなのか…と、初めて理解しました。
それでも。


それが悪かった、等と…私は思っていまないのです。


「本当に、綺麗になりましたね」
「…………?」
相手に微笑みかけてそう言うと、彼は不思議そうに首を傾けた。
それは、あの日見たのと同じ、純粋さを持ち合わせていて…やっぱり、綺麗だと思った。


だというのに。
私は卑怯にも、この綺麗に咲いた花を一人のものにしたいと思っている。
それが運命なのだ、と信じている。
彼が私を愛してくれると……。

独りよがりの感情かもしれない。
だが確かに、私には見えるのです。
彼と幸せに微笑み合える、いつかの未来を。


「貴方を、ずっと想っていました」
だから、私はそれが確実なものであるように、保険をかける。
その未来が、誰かの手によって邪魔されないように。
彼が私から。離れる事の無い様に。

「私は、貴方の事が好きですよフリオニール」
優しく微笑みかける、だって、相手は私にとってこの世で最も美しいと思うものだ。
思わず、笑顔になれるくらいに。
呆然と私を見返す彼に、私は続ける。

「あの日からずっと、待っていました。必ず会えると、信じていました。
私は、貴方の事を運命の人だと…そう思い続けられる核心があったのです、そうでなければ、おかしいでしょう?
十数年もの歳月を経てなお、私は貴方の事を、一目であの日の貴方と結び付けられました…運命の人なのだと、私が覚えていました。
貴方がどう感じたのか、それはもう、私には分かりません…しかし、ようやく動き始めてくれたようですね」
我々の時間が。

そっと、彼の両手を包み込むように握ると、ビックリした様で彼の体が揺れた。
不安げに私を見つめ返す瞳、状況が飲み込めていないようだ。
それも、仕方ないのかもしれない。

でも、私は止めない。


「さぁ、始まったんですよ、フリオニール…私の運命はようやく動き出してくれました。
だから……教えてくれませんか?」
「えっ……あの、何を?」
頬を赤く染めた彼は、困ったようにそう尋ねる。
私はそんな彼の額に優しくキスを贈る。
あの日と同じ様に。
困った様に私を見返す琥珀の瞳に、私は真剣な表情を取って問いかける。
「貴方は、私を受け入れてくれますか?それとも…私を受け入れる事を、拒否しますか?」


運命は選び取れるもの。
人の運命において、そこには用意された選択肢がある。
彼は、一体何を選ぶだろうか?
さんざん、私の運命だ…そう言って来た中で、卑怯な問い掛けかもしれない。
でも、運命である事は確かなのだ。

私が貴方に恋をする事は、私の運命だったのだ。

「私が貴方を愛すると言って、貴方はその愛を受け取ってくれますか?」
どうか…どうか、この問い掛けに震える彼が、小さく首を縦に振りますように。
そんな想いを込めて、囁く。
これは、私から貴方へ贈る…花の様に綺麗な、呪いの言葉。

「貴方の事を愛しています。この世界の何よりも、誰よりも」




後書き
初のミンウ→フリオ!本当は×の予定でしたが、ミンウさんの一途さに焦点を当てた方がいいかと思った次第です。
以前30000HITお礼企画で書いたSSSの23番、『初恋ローズ・ピンク』の別編。
作者としては、相手はミンウさんを想定して書いていました、という事は勿論ですがフリオもこの時の事は覚えてます。

しかし、ミンウさんとフリオの年の差が不明な件について…個人的にはミンウさんの方がフリオより、+10歳前後くらいで収まると思ってるんですが……。
凄く若いわけではない、でもおっさんでもないだろう…28前後くらいが妥当なところではないかと思われます。

あと、ミンウさんは別にロリ(ショタ)コンではありませんよ。
未来予知的な感覚があって、未来の自分の感情が先に自分の中でトレースされてビックリしてるんです…って、説明しないと本当にただの幼児趣味の危ない人ですね。
2010/7/31


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