四季百花伝
春の季節というのは、一年でも最も幸せな季節かもしれない。
厳しい寒さとから一変、暖かで優しい気候。
花が咲き、生物が活動を始める季節。
君は、常にそういう春の暖かさを思わせる様だ……。
「これは、俺の夢なんだ」
赤い花を手に、そう語る彼の表情は酷く穏やかで優しげで…それでいて、寂しそうだ。
常に、春の様な暖かな季節でいられる場所なんてないだろう。
春の前には厳しい冬がある、それを乗り越えて理想の季節の訪れを待つ。
彼の横顔に見た、厳しい冬の名残……。
それを超え、理想の春を手に入れるまでは、まだどれ位かかるだろう?
「君らしい、優しい夢だ」
「貴方にそう言って貰えると、なんだか照れるな」
はにかむ様に笑う彼に、私は願う。
どうか…彼の将来が、常に花の咲く美しい世界である様に……。
1.薔薇 〜 常春 〜
「フリオ、好きッス!!」
そうやって好意を全身で表わしてくれる仲間の少年。
いや、自分とそう年の変わらない彼は、少年ではなくて青年に近いだろうか?
しかし……その行動からは、彼の少しの幼さが垣間見える。
だけど、本当に子供なのは…俺の方なのかもしれない。
「オレは、フリオニールを愛してる」
だから一緒に居て欲しいんだ、と彼は言う。
共に生きて欲しいんだと、彼は言うのだ。
「絶対に…幸せにしてあげるから、だから…一緒に居て」
そんなに簡単に“絶対”なんて言ってもいいんだろうか?
だけど、それは真剣なまでの彼の誓い。
強い意志を持って発せられる、俺への宣戦布告。
2.鬱金香 〜 愛の宣言 〜
「知ってるか?栄えたものは、いずれ衰えるんだぞ」
ふいに相手が口にした言葉に、私は笑いかける。
富も名声も権力も、欲しいままにしてきた。
全てを手に入れてしまった後、その後に残るのは…衰退という一途しかないのだと、そういう言葉。
「心配しなくとも、私の栄光はまだ続く…まだ、この手に出来ていないものがあるからな」
そう…例えばこの世界とか。
己の望んだ、運命とか。
あとは…………そう、お前とかな…。
「それだけは、永久に手に入れられないな」
そう言う私に、お前は挑戦的に笑いかける。
華の命は短いのだと、そう言って。
3.沙羅双樹 〜 盛者必衰 〜
好きな色は、無色透明。
折角綺麗に染まった布が、水流すと共に色が抜けたのを見て妹は悲しんだが、俺はそれを楽しんでいた。
それを見た義兄が、俺に聞いたのだ「好きな色はなんなのか?」
その答えが、上のそれ。
「それって…色じゃないよな?」
呆れる義兄に対し、俺は首を振る。
色がない事だって色の内だ。
だからといって、白とかそういうものじゃない…白ではまだ色がある。
白という、元になる色がある。
俺が言ってるのは、その元になる色さえ無い本物の無色の事。
本物の、“水”の色の事だ。
それは零と同じで、発見されなければ…存在価値の認められない色。
4.露草 〜 無色 〜
「この花、ウォーリアの目と同じ色だな」
野の花を見ていたフリオニールが、私にそう言った。
そう言った彼の隣りに行き、その花を見つめる。
青いその花は、“勿忘草”というらしい。
記憶の無い私には、確かに似合いの花だろう…。
そう自嘲気味に呟く私に、彼は首を振る。
この花は忘却ではなく、記憶を留めたいと願う花だと。
今この瞬間を留めたいと。
「昔の貴方は知らないけれど、貴方は貴方だ…」
優しく笑う彼に、私も微笑みかける。
「ありがとう」
今この時、この瞬間を永遠に覚えていたい……。
5.勿忘草 〜 記憶 〜
人の心に関係なく、雨は降る。
非情にも、無情にも……。
雨の日は寂しいと言った彼に、俺は尋ねる。
何があったのか、その過去の雨に。
嫌いだと呟く…その寂しい日に。
その心の奥に、一体何を隠している?
「……大丈夫だよ、俺は」
そんな俺に、彼はそう返答した。
無理に微笑んで。
それが、俺にこれ以上近付くな…と暗にそう言っている様で。
人の心に無神経にも踏み込んでいける程、無神経になれる訳でもなく。
ただただ…心に引っ掛かる部分が残るだけ。
「あっ、スコール…そろそろ雨、上がりそうだぞ」
外の雨を見て安心した様に言う彼に、俺は短く返事した。
6.紫陽花 〜 雨 〜
アイツと俺は同じ人間…だというのに、裏表。
「夢の中では一緒だな」
「それ以外、どこで会えるっていうんだよ?」
そう口にする俺に、アイツは笑うんだ。
相変わらずだな…なんて、分かり切った事で。
全く同じ顔に、同じ声…。
だというのに、表と裏なのだ。
俺の方が偽物で、アイツが本物。
作られた俺の、本物がコイツ。
「嫌じゃないのか?自分の中に別の人間が居るのは?」
「嫌じゃないよ、お前は誰よりも俺の事を大事にしてくれる」
当たり前だ。
俺が大事にしないと、他に誰がお前を大事できるっていうんだ?
自分を顧みないお前は、危なっかしいんだ。
お前はそんな俺を“優しい”と称すんだ。
そんなに俺を受け入れてくれるから、俺は中々消える事ができないんだ。
嫌ってしまえばいいのに、俺の事なんて…。
俺は、お前が好きだけど。
7.藤袴 〜 表裏同一 〜
古代、斬首にかけられた罪人の首は、その牢獄の門に吊るされたらしい。
そんな風習があった、と聞いて…さして驚きもしなかった。
権力者なり、大罪人なり…死んだ後では、何の畏怖もない。
惨めに果てた亡骸を見て、衆人は安堵した事だろう。
失墜した権力者も、大罪を犯した罪人も、果ててみればただの人。
そんな当たり前の事実に安堵したに、違いない。
「アンタの首も、晒してやろうか?」
目の前に立つ青年は、私の首へ切っ先を向けてそう言う。
私にとっての罪とは何なのか?
彼にとっての正義とは何なのか?
夢は儚い。
簡単に手折ってしまえる程に、か弱く脆い。
それ故に、大事にしようと思うのだろう…人は。
目の前の彼は……。
それに縋って、生きるしかないのだから。
それを奪った、罪は重いだろう。
命を掛けられる程に、重い。
私には分からない価値だ、だが…そう、それを罪状に首を撥ねられる程に、彼にとっては重要だ。
「首を晒すか…私の首を」
もしかしたら、それを待ち望んだ人間が居たかもしれない。
いつか、そんな日がくるかもしれない。
それはただの可能性でしかないのだが、しかし…有り得ない話では、ないだろう。
大衆の意思は簡単に流される。
いつまでも、支持される英雄は居ないのだ。
居るとするならば…それは、もう神の領域へと足を踏み入れた者だけだろう。
私の首だって、処刑されれば獄門に晒される。
だが、そんな事は…興味もない。
英雄とは、大衆に認められた人殺しだ。
そして、英雄が全ての大衆にとって、永遠に“英雄”で有り続ける事なんて、決して無いのだ。
8.楝 〜 獄門 〜
砂浜は白く、どこまでも続いているように見えた。
照る陽の光は輝き、水はその青をキラキラと反射している。
歓んで駆けて行く少年の背中を見て、俺は溜息。
「あんまりハシャギ過ぎるなよ!!」
そうやって注意したって、彼は聞く耳なんて持っていない。
俺の方を振り返ると、そのまま、スピードを上げて走ってくる。
「フリオ!!」
そして、スピードを落とす事なく俺の名前を叫ぶと、そのまま胸へと飛び込んでくる。
俺の方が体格では勝るとはいえ、彼の持っていたスピードはかなりのもので。
そんな相手を受け止めきれるハズもなく…俺は、砂浜へと倒れ込む。
ドサッという衝撃、それでも、柔らかい砂浜は少しでもその衝撃を和らげてくれた。
太陽が降り注ぎ、暖かくなった砂が舞い上がる。
「何するんだよティーダ!」
重いから早く退け、と言うと、彼は仕方なしに俺の上から退く。
そして、倒れ込む俺に手を貸して立ち上がらせると、海を指さして言う。
「せっかくこんなに綺麗な海なんッスから、ただ見てるだけなんて、勿体ないッスよ!」
その目が、降り注ぐ太陽の様に輝きを放っていて。
ああ、コイツは本当に、太陽の化身なんだな…などと思う。
早く行こう、と急かす彼の腕が、砂を払い落す俺の手を取り走り出した。
9.浜梨 〜 砂 〜
ユラユラと揺らめく灯りを眺めていると、黄金色したアイツの瞳を思い出す。
揺らめく炎と、同じ色をした相手は、今は俺の目の前で睡眠をとっている。
深く閉じられた瞼の奥にある、同じ金色の光を思い描き、ふと心が温まる。
コイツの言葉は、心に暖かい。
灯火と同じ色をした相手に、微笑みかけるも、彼はそれには気づかない。
幼い寝顔が、どこか幸福そうに映るのは、彼と同じ色をした優しい光の中だからか?
そんな彼の寝顔を眺めていると、「うん」と身動ぎして、ゆっくりとその瞳が開いた。
「……くらうど?」
寝起きの為か、どこか舌足らずな言葉で俺の名を呼ぶ相手に、どうしたのか尋ねる。
「いや…ただ、夢を見てたみたいで」
「夢?」
「そう、花の中を歩く夢だ…丁度、そうクラウドの髪みたいな、綺麗な金色の花畑……」
それを見て、なんだか幸せだったんだ…等と言う相手の頭を、俺は優しく撫でる。
「良かったな」
「うん…」
そう言って微笑む金色の瞳が、酷く幸せそうで、俺も嬉しくなる。
彼の夢だけれど、まるで、俺が彼を幸せにしてあげれた様な、そんな気がして。
「交代まではまだ早い、まだ寝ててもいい」
「そう…ありがとう」
再び閉じられる金色の瞳に、優しく口付を贈る。
願うなら、彼の幸福。
金色の灯火に守られて、安らかに眠る、彼がいつまでも温もりに包まれる様に。
同じ輝きを持つ灯りが、それを見守ってくれる様に……。
10.菜花 〜 灯 〜
後書き
そろそろ季節モノはネタが被るだろう…という事で、100お題に挑戦してみる事にしました。
自作の100お題…百花という事で、全て花の名前でいきますよ。
花を百種類出すのに、めちゃくちゃ苦労しました…(そこかよ)。
不定期に増えて行くと思われます。
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