桜散らした7のお題春らしい淡い水色に、同じく淡い色で描かれた桜の模様。 刺繍を施された帯には赤い組み紐が、綺麗に結ばれて三枚の花弁を形作っている。 黒い髪に揺れる簪、紅の引かれた唇。 周囲の視線を気にせず、しずしずと歩いていくその姿は、淑やかさがありながらにどこか堂々としている。 「君は、ああいうタイプの女性が好きなのか?」 俺の視線がどこに向かっているのかに気付いたウォーリアが、彼女の方を見てそう尋ねた。 「タイプとかそういうのじゃなくてさ、ただ単に綺麗な人だな…と思っただけだよ」 「そうか?君の方が綺麗だ」 サラリと放つ彼の爆弾にも近い発言に、俺の心臓が大きく跳ねる。 「ウォーリア…そういうの止めてくれないか?恥ずかしいだろ?」 「私は事実を言ったまでだ」 どこかムッとした表情でそう言う彼に、俺は小さく溜息。 この人は、自分が隣に居る時に俺が何か別のモノへ心動かされるのが気に食わないらしい。 それが花や動物に対してならば、彼だって表情は変わらない。 だが、今の様に女性にでも見惚れているものならば、途端に機嫌が悪くなる。 表情には表れないが、態度で直ぐにそれと分かる。 「さっきの人の着物、綺麗だったよな?帯紐も綺麗に花の形に結われててさ」 「そうだったか?」 ちゃんと見ていたハズなのに、そうやって恍けたように言う。 よっぽど気分を害しているのだろうか? それを指摘すれば、「恋人が他の者に目を奪われていて、怒りを感じない事は無い」と平気な顔で言うんだろう。 彼はいつだって真っ直ぐだ、こういう事まで真っ直ぐじゃなくていい、と思う事までも…。 だから、俺は彼の方を見て少し笑いかける。 「なんか、春らしい装いだったからさ…桜の模様の着物は、着れる期間が限られてるんだ」 「そうなのか?」 「桜が咲いてる間だけ着れるらしいよ、まあ俺が着る事は絶対に無いんだけどさ」 そう言って笑う俺を見て、ウォーリアは「着たらいいじゃないか」と、耳を疑うような発言をしてくれた。 「似合うと思うぞ、君なら」 彼が真顔で言葉を発するのには慣れているが、その真意を確かめるのは今でも至難の業だ。 「なっ……そんな恥ずかしい事しないぞ」 そう言い返す俺を見て、ウォーリアは微笑んだ。 「君は髪も長いしな、着物を着て髪を結って化粧でもしたら、さっきの女性よりもずっと綺麗になれると思うが」 いや、何もあの人を引き合いに出さなくてもいいだろう? これ以上下手な発言をして、有言実行されてしまう前に、何か手を打たなければ。 「折角だからさ、人の装いだけじゃなくて…本物の桜を見に行かないか?」 「今から、君と…か?」 「駄目か?」 彼に向けて尋ね返すと、ゆるりと首を横に振り「行こうか」と手を差し出される。 これは、この手を取らなければならない、と暗に俺に脅しをかけているんだろうか? なら、仕方ない…この人の要求に従わなければ。 差し出された手を取って、二人で花を見に行こう。 1、桜結び 「君は、相変わらずそういう物が好きだな」 女の子の様だとからかう訳でも、呆れる訳でもない。 桜を見に行こう、と言って歩き出したのは良いものの…行く先も決めずに歩く訳にも行かず。 通りかかった雑貨店の桜の情報のポスターに目を惹かれて、足を踏み入れてしまったが最後。 目の前に並ぶ桜の模様のガラス細工に、目を奪われている自分……。 「やっぱり、綺麗な物は綺麗だろ?」 「確かにそうだな」 さっきとは違い、今回は素直に彼も頷いてくれた。 和風なテイストの雑貨店には、春らしい綺麗な色合いの小物が数多く並んでいる。 簪やピンが並ぶ一角を眺める俺に、「彼女へのプレゼントですか?」と尋ねる店員。 答えあぐねる俺を差し置き、「そうです」とウォーリアが勝手に答えてしまった。 「どういう物をお探しですか?」 「髪が綺麗なんで、髪を飾る物がいいと思って」 臆する事なく答えるウォーリアが、チラリと俺の顔を伺う。 「どれがいい?」 「えっ?」 会話の先が見えてこない俺に対し、「彼は趣味がいいんだ」なんて店員に紹介してるし…。 俺への配慮なのか、それともからかっているのか。 「どれがいい?フリオニール」 笑顔でそう尋ねるウォーリアに、俺は目の前に並ぶ髪飾りを見つめ……。 「何で、あんな嘘吐いたんだよ?」 「嘘は言っていない」 店を出てからの第一声。 ムクれる俺に対し、ウォーリアはフッと笑いかけてそう答えた。 「フリオニール、ちょっと後ろを向いてごらん」 「ん?」 指定された通り、後ろを向いたら髪を結んでいたゴムを解かれた。 「私の恋人は、髪が綺麗だから…髪を、飾る物が欲しいと……」 優しい手つきで俺の髪を、結い直すウォーリア。 これでいい、と手を離したウォーリアの手には、俺が使っていた髪ゴム。 結い直された自分の髪を触ると、指先に触れるガラス玉。 「男が付けていいものじゃないだろ?」 「いや、似合っている」 その言葉を喜んでいいのか、それとも、悲しんだ方がいいのか…。 「貰っていいのか?」 口から出たのは、思わぬ贈り物への申し訳なさから来る言葉。 「君以外に、そういう物をあげる人は居ない」 そう言うと、俺の手を取って歩き出すウォーリア。 どうやら、まだこの状態で歩かないといけないらしい。 まあ……いいか。 恥ずかしさを覚えつつも、陽の光に揺れる桜模様のガラス玉が、少し嬉しい。 2、桜玉 月に叢雲花に風… 花を散らすのは風もそうだが、雨だってそれに一役買っているのではないだろうか? 雑貨店で確認したポスターによると、近所の公園は中々見頃らしい。 という事で、そちらに向かっていたものの…雲行きが怪しくなって来て、そして。 「予報で雨だ、なんて言ってたっけ?」 「今日は快晴だったな」 見事に外れているのだが、一体どういう事だろう? 降り出した雨に濡れて、公園の中、屋根のある休憩所で雨宿りする俺とウォーリア。 雨に打たれ、時折吹く風によってハラハラと落ちる花を見つめながら、俺は溜息。 「ゴメン、こういう事言い出さなかったら良かったな」 雨を降らせたのは俺ではないが、雨に濡れたのは俺の提案の所為である。 ならば、俺が悪いのではないか…という俺の解答に、ウォーリアは首を振った。 「謝る事はないだろう、君が悪いわけじゃない」 「でも……」 「これで、人も居なくなったしな」 それはそうだ…花見客の多くは、突然降り出した雨で早くも退散してしまった。 少しの雨ならば気にしないのかもしれないが、振っている雨の力は中々強い。 雨に濡れて、桜の花も落ちる。 風に吹かれて、地面に吸い寄せられるように落ちて行く。 その様は降りしきる雨に似ている。 淡い色の花は、雪の方がしっくり来るかもしれない。 「綺麗な物は、いつ見ても綺麗だ」 花が散る様を眺めながら、ウォーリアはそう言う。 「確かに、そうだな」 彼の言葉が、ストンと素直に落ちてくる。 目の前に広がる花は、確かに綺麗だ。 月に叢雲、花に風……。 だが、風に舞うその花は…とても綺麗だ。 3、桜雨 咲き誇る彼等の姿を、もっと近くで見たくて…。 背伸びをしたけれども届かなかったのは、子供の頃の話。 そんな俺を見て、肩車をしてくれたのは父親で、それを見て笑っていたのは母親。 「君の家族は、仲が良いな」 「子供の頃なんて大体そうだろ?構ってもらえるのは小さな頃くらいだ」 成長すれば、それだけ俺達は親元から離れて行ってしまうわけで。 それは家族の離散なのか、個人の自我の成長なのか…捕らえ方は人それぞれだろう。 ただまあ、子供扱いされたくない…という思いが次第に強くなってくるのは、当たり前かな? 自分自身は“大人”になったと、そう信じたいから。 「あっ…雨、上がって来たな」 誰も通さないように、と広がっていた雨が、段々と勢いを弱らせてきている。 暗かった空を見上げれば、少しだけどんよりとした暗い色が薄らいだ様にも見える。 ポツポツと泣き止んでいく空を見あげ、大分乾いた自分の服から、長い間降っていたな…と思った。 癇癪を起して泣きだせるのなんて、子供の特権だ。 空のように、泣きたい時に泣ける大人は…まず、ほとんど居ない。 だからといって、成長を放棄する訳にはいかないんだろうけれど。 羨ましいと、思う気持ちが無い事はない。 「素直になるというのは、そんなに大変な事かな?」 「ウォーリアが思っているよりは、ずっと難しいと…俺は思うけどな」 素直で率直だというのに、それでいて大人だと感じられる人を、俺は彼一人しか知らない。 長い付き合いではあるが、それでも、彼という人は中々理解が難しい。 遠くから見たら、ただ全体がぼやけてしまって。 近くで眺めたら、一部の詳細しか判明しない。 自分以外の人間の全てを、理解できるとは思えないけれど…。 多分、彼はどこから見ても綺麗だ。 この花達と一緒で、どこから眺めても…きっと綺麗に映るだろう。 「それは、褒められているのか?」 首を傾ける彼の純粋な疑問。 「褒めてるんだよ、俺とは違う」 「当たり前だろう?君と私が違う人間じゃなかったら、私は困る」 何が困るのか?そう尋ねる俺に、ウォーリアは真顔で「君と恋愛ができなくなる」と言った。 「自分自身に恋をする者は、泉に溺れて死んでしまう。 私は泳ぐのは好きじゃないからな、溺れるのは頂けない」 赤くなった俺の顔の事なんて、全くお構い無しに、彼はつらつらとそんな事を述べる。 恥ずかしいったら無い。 周囲に誰も居なければ、羞恥なんて感じないのかもしれないが…生憎、俺の目の前には別の人間が居る。 この恥ずかしさの、元凶だけど……。 「恋愛は溺れるものじゃないのか?」 この恥ずかしさを、なんと彼に仕返ししてやりたいと、彼の台詞に言い返してみる。 「君以外で……と、付け加えておこうか」 笑ってそう言う彼に、結局俺はやりこめられてしまうのだ。 子供ではない、大人だ。 そうでなければ、こんな言葉なんて思い浮かばないだろう。 だけど……俺だって成長して来たハズなのだ。 背伸びをしなくても、頭上の桜の枝に手が届く程には…。 この人と、恋愛できる程度には……。 4、桜挿頭 桜というとソメイヨシノというイメージがあるが、あの木は人の手で作りだされた木だ。 だから、古来からあった桜とはまた異なるものなのだ。 桜の木というのは、数多くの種類があるし、その種類だけの色がある。 白もそうだが、薄紅に近い色まで…それは様々だ。 「これ、種類が違うな」 もう帰ろうかと、公園の中を歩いていた俺は、一本の桜を指してそう言った。 「…………悪いが、私には他の物と同じ様に見える」 確かに微妙な違いしかないのだが、この桜の方が若干だが花の色が白い。 「流石、園芸部だな」 「別にさ、園芸部だからって、植物を見分ける能力に特化してるわけじゃないんだけど」 苦笑いしてそう言う。 「君が勉強熱心なのは、よく知ってる」 「そういう事でもないんだけどさ」 ただ気付ける、それだけだ。 桜の種類が見わけられた所で、何の役に立つのか?と言われたら、もうそれでお終いだ。 「フリオニール、少し動かないでくれ」 そう言って、すっと俺の頬へ向けて伸ばされるウォーリアの手。 彼の白い指が摘まんだのは、白い花弁。 水分を含んだ花弁は、くっ付き易いのだろう。 「もう少し、動かないでくれ」 まだどこかに付いているのだろうか?と手を伸ばす俺に対し、ウォーリアはその手を取り払う。 無防備になった俺の頬に、降って来た花弁の様に優しく、ウォーリアの唇が触れた。 近付いていた時と同じように、ゆっくりとした動きで離れる彼の顔。 視線が交わる頃には、俺の頬は完全に赤くなっていた。 多分、白い絵の具と混ぜたら綺麗なピンク色になるんじゃないのか? そんなどうでも良い事を考えられる頭は、どこかに残っていたみたいだが……。 「なっ……ウォーリア!何するんだよ!!」 「いいだろう別に?」 剣幕になって怒る俺に対し、ウォーリアは涼やかな表情でそう答える。 いくら人気が無いとはいえ、誰に見られているか分からないというのに…。 だが、彼にはそんな言葉は意味を成さないだろう。 罪の意識なんて、絶対に感じていない。 「君が可愛いのがいけないんだ」 「そういう台詞は、相手を選んでくれよ」 彼の視線から逃れる為に下を向く俺。 その手を取って、ウォーリアは歩き出す。 桜色の中を…ゆっくりと、歩いて行く。 5、桜色 「ウォーリア…」 「うん?」 「月が出てる」 見上げた空には、大きな白い月が浮かんでいる。 人通りの少ない河原の道、綺麗に整列した桜並木の上。 真っ白な光は、昼の太陽とは違い静かで優しい。 「夜桜も悪くないだろ?」 「確かに、風情がある」 花を咲かせる木の枝越しに、静かに地表を見下ろす月を眺める。 綺麗なものは何時見ても綺麗だ……と、彼はそう言った。 どういう場面で、どんな美しさが表れるのか、人の手で作りだした“芸術”と自然の“美”は訳が違う。 自然の美なんて時の運。 だから、一度見たものは…もう二度とは見れない。 明日、同じ月は登らないし…明日も同じ花は咲かない。 全て…一度きりだ。 「それは、人も同じだろう?」 彼はそう呟いた。 昨日も今日も明後日も、変わらないままで居られる人間なんて居ない。 刻一刻と、時間は過ぎて行く。 過ぎて来た時間の分だけ、俺達は何を…自分達の中に刻みこむ事ができたのか? 「そうだな…私達の関係で、どうだ?」 「確かに…ウォーリアとは深い関係になったな」 「…………まぁ、行き着く所までは来たか」 ウォーリアの言葉に、自分が言った言葉の意味に気付き…自分で恥ずかしくなる。 なんて事を言ったんだ、俺は……。 羞恥に俯く俺を、ウォーリアは楽しげに見つめ「本当の話だろう?」と言う。 確かに本当の話だ…だからこそ、恥ずかしい。 そんな俺達を、頭上の月が見ている…。 ふいに、その月が笑っている様に見えたのは、気の所為だろうか? 花越しに見上げた月は、ただ静かで…決して何も語らないというのに……。 6、桜月 街頭の光と、月光と…遠くに見える町の光。 夜だというのに地上は明るく、宵闇に沈んでも影が生まれる。 俺達の背後にも、灯りに照らされた影が二つ。 桜の下には、長く生き続ける幹の黒い影と、薄命な花の無数の影が落ちている。 「フリオニール」 「何?」 手を繋ぎ、隣を歩く彼を振り返れば、返って来たのは真剣な眼差し。 「んっ……」 気まぐれなのか、戯れなのか…近付いた彼によって、俺の唇が塞がれる。 俺が逃げない様になのか、伸ばされた腕でしっかりと抱き締められる。 ああ…影が一つになった。 余所見をする事も許されないが…きっと、俺達は今一つだろう。 幾千の花の影の上に、一つの影が伸びている。 7、影桜 お題提供元 蝶の籠 後書き 四月の拍手御礼小説、WOL×フリオで現代パロ。 実は、個人的には三月の続編という気分で書いていたんですが…あんまり関係なかったな、という事に気付きました。 一年経ったので、そろそろ季節ものは被ってくるのでは?…と思い、どうしようか考えてます。 BACK |