僕と君の帰り道、七つ





「フリオ先輩!一緒に帰りましょう!!」
終礼の終ったばかりの教室に、響き渡る元気な後輩の声。
輝く瞳を俺に向ける後輩は、既に日常風景の一部と化している。

「フリオ先輩、お呼びだぞ」
「バッツ、その呼び方は止めろ…」
二ッと歯を見せてからかう友人に、俺は溜息交じりにそう答え、急いで荷物を纏める。

「ティーダ、帰るぞ」
鞄を背負って、彼の元へと向かいそう声をかける。
何時までも教室の入り口に立っていられると、通行の邪魔になるだろう。
「はーい」
そんな俺の心境も知らずに、彼は大型犬のように俺の後ろを付いてくる。


近所に住む幼馴染のこの少年は、一つ年上の俺によく懐いてくれていた。
小学校・中学校、そして、俺の後を追うように同じ高校へと進学した。
「先輩と同じ学校行く為に、オレ頑張ったんッスよ!!」
新学期が始まり登校する途中、声をかけて来た後輩は、驚いた俺の顔を見てそう言った。

どうしてそこまでして、俺の側に居たいんだろうか?

「だってオレ、フリオ先輩の事、大好きッスから!!」
そう尋ねれば、彼はそう答えるのだ。

まったく、何がしたいんだろう?この後輩は……。


「最近、寒くなってきたッスね」
「確かに…」
吹いてきた北風が身に染みる。
秋から冬へと装いを変えつつある街並み。
そろそろ冬物の用意を始めないとな…と、そんな事を考えた。

「あっ!先輩、コンビニ寄って行っていいッスか?」
「ん?いいぞ」
そう答えると、彼は嬉しそうに俺の腕を取ると走って行く。

まったく、そんなに急がなくったっていいじゃないか…と思うのだが…。

コンビニのドアを開けた瞬間に、店内を満たす温かい空気を肌に感じる。
寒気が身にしみていた自分には、その温かさはとても嬉しいものだった。


1、コンビニ


「なんか暖かいモノ、欲しいッス」
そう言いながら店内を見て回る後輩。

「先輩は何か買わないんッスか?」
後ろを着いていた俺を振り返って、彼はそう尋ねる。
「ああ、俺は別に」
「そうッスか、じゃあ…すみません、肉まん一つ下さい」
レジのバイトに向かって、彼はそう告げた。


「はい、先輩」
コンビニを出てすぐに、彼は買ったばかりの肉まんを半分に割る。
その方割れを笑顔で俺に差し出す後輩に、俺は首を横に振った。
「いいよ、お前が食べたかったんだろ?」
「こういうのは、人と分けた方がウマいんッスよ!ほら」
ニッコリと微笑み、彼は俺にソレを薦める彼に、結局負けて礼を言って肉まんの半分を受け取る。

「ウマい!」
嬉しそうに肉まんにかぶり付く後輩を見て、俺も肉まんを食べる。
寒い日には、やっぱり美味いな。

「ほら、二人で食べるとウマいっしょ?」
ちょっと自慢げにそう言う彼の、輝く笑顔に、俺は溜息交じりに微笑みかける。

「そうだな」


2、肉まん


「あっ!そうだティーダ、本屋に寄って行きたいんだけど」
「全然いいッスよ、お付き合いするッス!!」
快く了承してくれた後輩を連れて、駅前の本屋へと入る。


参考書の棚を見て回る俺を見つめる後輩に、「好きな所、見てていいよ」とそう言う。
退屈させるのは申し訳ない。
「じゃあ、雑誌でも見てるッス」という、彼の背中を見送って俺は参考書を探す。

「あったあった」
積み上げられていた参考書を手に、店内を歩く。
ふと目に止まったのは、寒い季節になったら書店に沢山並び始める、編み物の本。
懐かしいな、と思って手にとって少し中身を見てみる。
暖かそうなオレンジ色のマフラーの写真を見ている俺の背後に、忍び寄る影。

「先輩、編み物するんッスか?」
「っわ!…ビックリした」
急に背後から現れた後輩に驚く。

「すみません、で?編み物するんッスか?」
再びそう尋ねる彼に、「んー、またやろうかな?」と、そんな返事を返す。
「またって、前にやってたんッスか?」
「家事全般は基本的にできるからさ、マフラーくらいなら作れるけど」
凝ったものはできないけれど、マフラーは初心者でも簡単に作れるものだからな…。
「へぇ…それ、誰かへのプレゼントとかだったんッスか?」
そう尋ねる後輩の表情が少し曇る。

「ん?趣味で編んだだけだからな、自分で使ってるけど」
「そッスか…じゃあ、今度作る時は、オレの為に編んでくれないッスか?」
「えっ…別に構わないけど、俺の手編みなんかでいいのか?」
「先輩のがいいんッス!」
そう力説する後輩に、俺は溜息交じりに約束する。

ティーダには、あのオレンジ色のマフラーが似合いそうだな…。

参考書を片手にレジに向かいながら、オレンジ色の毛糸を探さなければと思った。


3、本屋


駅のホームに立ち、買ったばかりの参考書を開ける。

「受験勉強ッスか?」
「ああ、受験生だからな…俺も」
「先輩くらい頭良かったら、推薦とかもあったんじゃないッスか?」
そりゃ、推薦の話もあったけれど…俺だって、自分の目指してる志望校というものがある。
できるならば、妥協はしたくない。

「だから、ちゃんと勉強するんッスか?偉いッスね」
「あのなぁ…来年はお前も受験生だろ?人の事、言ってられないぞ」
「そうッスね……今年が終わったら、また先輩と別の学校になっちゃうんッスね」
しんみりとした表情でそう言うティーダに、なんだかもの寂しさを感じた。

「別に、今生の別れじゃないだろ?」
「そうッスけど…でも、オレは先輩と離れたくないッス!」
彼が何を言わんとしているのか、何となく俺は察した。


前に、彼に志望校を聞かれた時に、俺は遠方の大学を答えた。

「うっわ、そこスッゴイ頭良いとこッスよね?でも、家から通うの、大変じゃないッスか?」
驚きの後、首を傾げてそう尋ねる彼。
「ああ、だから大学の寮に入ろうと思ってる」
「それって…ここから出て行くって、事ッスか?」
彼は、ショックを受けたような表情でそう尋ねた。

その寂しそうな声に、俺は返答を迷ったのだが……。

「そういう事に、なるな…」
結局、俺は最初から答えの出ていた彼の質問に、正直に答えたのだった。


「先輩と離れるの、やっぱオレは嫌ッス」
俯いたまま、彼はポツリとそう呟く。
「ティーダ、俺だってお前と離れるのは寂しいよ、でも…言っただろ?
目標の為に、妥協はできないって」
「分かってるッス、先輩のそういう真っ直ぐな所、オレ大好きだし…でも。
尊敬と寂しいは、切り離して考えてほしいッス」
「ティーダ……」

丁度その時、ホームへ電車が滑りこんで来て、俺達の会話はそこで途切れた。

彼の酷く寂しそうな顔に、俺は何だか話かけ辛くて…。
その日、電車で隣同士に座りながら、俺達の間に会話は無かった。


4、駅


この後輩が、何も喋らずに静かなままというのは、とても珍しい事だ。
何時もならば、返り道は時間がもったいないかのように、色々と話題を変えて話しかけてくるのに。
今日は、一度言葉が途切れて以降、一言も彼は言葉を発していない…。

とても珍しい、静かな後輩との帰り道。
普段の、底抜けに明るい後輩じゃないからなのか。
それとも、今の押し黙ったままの後輩が、あまりにも暗いからなのか。
いつも通る道が、暗く寂しいものに映る。

だけど……それも、もうすぐ終わり。


近所の公園の前、二つに分かれた道。
俺と彼はここで別れる。

いつもなら、輝く笑顔で手を振って別れてくれる後輩も、今日は静かで。
代わりに、俺が普段の彼のようにできるだけ明るく、彼に笑いかけてやる。

「じゃあ、また明日な」
彼に別れを告げて、返ろうとした俺の腕を、別の腕が掴んだ。
そんな事する人間は、この場には一人しかいるハズがなく……。

「どうしたんだ、ティーダ?」
振り返ってそう尋ねれば、彼は見た事ないくらい真剣な表情で俺を見つめ返す。


「フリオ先輩、オレ……先輩の事、好きッス」
「うん」
「ずっと、ずっと好きだったんッス」
「うん」

知ってるよ、とは言えなかった。
お前が今までに何度となく、告げてきた言葉だから…。
でも、今日の言葉は何だか違う。

「オレ、本当に先輩の事好きなんッス!これからもきっと、ずっと好きッス…
だから、離れ離れになるのが怖いんッス…
一つ分の年の差が、今まで以上に大きな距離になって、離れるのが怖い」
「ティーダ…」
ぎゅっと、強く俺の手を握る後輩。
その手の暖かさを感じながら、思う。


どうして、今まで気づかなかったんだろう?と。

彼はこんなにも分かりやすく、自分の気持ちを伝えてくれていたのに……。


「フリオニール…大好きッス」
薄らと涙の滲んだ瞳で俺を見つめて、彼はそう訴える。

何度目か、もう数え切れないくらいの、俺への告白を。


5、分かれ道


カン…という音を立てて、蹴った空き缶が道路を転がって行く。
冬の足音の聞こえる外は、北風が吹いて酷く寒い。

「フリオニール…大好きッス」

俺に告白した後輩の姿を思い返しながら、小さく溜息。
確かに自分は、人からよく鈍いと言われているけれど、まさかここまでとは思ってもみなかった。

「ティーダ…今まで気づけなくて、ゴメンな」
さっき別れたばかりの後輩の名を呼び、俺は申し訳ない気分で一杯になる。
なんて返答したらいいんだろう?
俺に告白した後、彼は直ぐにそっぽを向いて走って帰ってしまった。
叶わない願いだって、そう思っていたんだろう、だから、知られてしまって居づらくなったのか。
特に、俺が色恋沙汰が苦手だとアイツは知ってる。
これからどうしようと、今頃、一人悩んでるかもしれないな…。

「あんな告白、受けたの…生涯でも初めてだよ」
側に居ない相手にそう言って、俺は再び同じ空き缶を蹴った。

寒い冬の空に、金属の高い音が響く。


6、空き缶


ティーダが俺に告白して2週間、アイツの姿は一向に見かけなくなった。
朝も帰りも、俺とは時間をズラしているらしい。
やっぱり、顔を合わせるのが気まずいんだろうな。

でも、今日という今日は彼に会わなければ。
放課後、二年生の廊下を歩き彼の居る教室へとやって来る。
「ティーダ、居るか?」
クラスの中を見渡せば、見なれた金髪の青年が俺の姿を見て、酷く驚いたように見つめ返していた。
「何…ッスか?」
ドアの所に立つ俺の元まで来ると、元気のない声でそう尋ねる。

「話があるんだ、これから…ちょっといいか?」
「構わないッスよ」
「もう帰るんだろ?一緒に帰ろうか、久しぶりに」
「あの……俺」
「駄目、か?」
「……いや、いいッス。お供させて下さい」
フルフルと首を振って、彼は俺と一緒に学校を出た。


「寒くないか?」
少し強い風が辺りを通っていき、少し身震いする。
「んー平気ッスよ」
俺とは対照的に、本当に平気そうな後輩に少し苦笑い。

「俺は…できれば“寒い”って答えてほしかったんだけど」
「えっ?」
「約束しただろ?コレ」

そう言って、鞄から取り出したマフラーを彼の首に巻いてやる。
うん……やっぱり、オレンジ色にして良かったな、よく似合ってる。
そんな自己満足に少しだけ浸りつつ、彼の表情を伺う。

「オレに、くれるんッスか?」
「俺に編んでくれって頼んだのはお前だろ?寒い内に作ってあげないと、使う暇なくなるし」
「ありがとうございまッス」
マフラーに少し顔を埋めて、彼はモゴモゴとお礼を言った。


さて、本題はここからだ。


「ティーダ…ずっとお前の気持ち気付けなくて、ゴメンな」
「いいんッス、最終的に先輩に伝わったみたいだし」
そう言って力なく笑う後輩に、俺は小さく微笑み返す。

さあ、一番重要な事を伝えないと。

「お前の気持ち嬉しいよ。俺は……その、そんなお前に応えられたらいいと、そう思ってる」
俺の言葉を聞いて、地面に向けられていた後輩の目が上がる。
「先輩?あの……それって」
「お前なら、俺はいいよ……付き合っても、いい」
こういう時にどう返答するのか、自分は初めてなので勝手が分からないのだが…伝えたい気持ちは、ちゃんと相手に伝えられているハズだ。
嬉しそうに俺を見返す相手の視線に、少し気恥ずかしさを覚えるが、言わないといけない事はまだ残ってる。
「距離も歳の差も、関係ないさ。お前が怖がるような事なんて何もない、きっと」
「先輩」
「会いたいならいつだって会えるんだ、心配するような事ないだろ?」
そう言う俺の言葉を聞き、ティーダの顔が晴れた。


「そうッスよね?オレ、絶対に先輩に会いに行くッス」
ああ、やっぱりこの後輩には明るい笑顔が似合うと思いつつ、彼の言動に少し呆れる。
「おいおい、休暇中なんかは帰って来るんだし、別にしょっちゅう会いに来なくてもいいんだぞ」
っていうか、それ以前にまだ受かってもいないし……。
しかし、そんな俺の言葉を彼は綺麗に無視してくれる。
「そうじゃなくって、オレも頑張って先輩と同じ大学通えるように努力するッス!」
「えっ……」
「努力は必ず報われるんッスよ、一度は叶ったんだし、もう一回くらいなんとかなるッス!!」
元気にそう言う相手を見つめ、俺は軽く溜息を吐いた。
本当に、コイツには敵わないな。

「なら、本当に死ぬ気で頑張れよ…そしたら、お前なら本当に合格しそうだ」
「しそうじゃなくて、するんッスよ!絶対に!!」
輝くような笑顔を取り戻した後輩の後ろには、オレンジ色に輝く夕焼け空が広がっていた。


7、夕焼け


お題提供元
蝶の籠




後書き
冬の寒い季節に合わせてみた、拍手御礼小説に+2話追加してみました。
いえ、元のお題が七題だったので、全部載せられなかっただけなんですが……。

ティフリだったのは、寄り道しながら帰るならティーダと一緒がきっと楽しいだろうな、と思ったからです。
あと、フリオニールとの歳の差に壁を感じるティーダをちょっと書きたかったのです。
しかし、今回フリオがなんかちょっとお兄さんっぽい…ティーダの“後輩”というポジションの所為なのか?気持ち、フリオをカッコ良く書こうとした所為なのか?
詳細は不明ですが、後輩ティーダがちょっと可愛いので、また書きたいかもしれません。


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