夏祭り




『今日の夕方六時に、神社の前で待ち合わせしよう』
そんな内容のメールが、恋人から送られてきた。

今日は近所の神社で、夏祭りが開かれている。
昔からこの時期になると開かれているのだが、子供の時以来、足を運ぶのは久しぶりだ。
きっと、恋人に誘われなければ今年の祭りにも、自分は来なかっただろう。

移ろい行く季節を楽しむような、そんな風流な趣味は自分にはあまりないのだ。
今日の約束だって、恋人が行きたがっていたから、彼の喜ぶ顔が見たくて了承しただけの事。


「ゴメン、ウォーリア遅くなって」
そんな声と一緒に、カランコロン、という涼やかな音。
「いや、そんなに待っていない」
そう言って腕に巻いた時計を見る、まだ約束の五分前だった。
それよりも、気になるのは…。

「フリオニール、その格好はどうしたんだ?」
「えっと…バイト先の先輩にさ、夏祭りに行くなら、浴衣くらい着て行けって。
その方が雰囲気出るだろうし…その、彼女も喜ぶんじゃないかって」
最後の方は少し頬を染めて、彼は私にそう言った。
彼が着ているのは、白地に紺色の模様が入った浴衣。
白い涼しそうなその生地は、彼の肌によく映える。
流れるような銀髪も、歩くたびにカランと音を立てる履物も、どこか涼やかで夏らしい。

「よく似合ってる」
頬を緩めてそう言うと、彼は赤くなって「ありがとう」と礼を言った。

「ウォーリアと祭りに行くのなんて、久しぶりだな」
彼はそう言いながら、神社の階段を上がる。
「ああ、そうだな」
昔を懐かしく思いながら、彼の隣を歩く。
そうだ、幼い頃に祭りへ来た時にも、彼はこうやって浴衣姿でやってきた。
そして、こんな風に楽しそうに笑っていた。

「偶には、こういう場所に来るのもいいだろう」
そう、偶には季節の行事を楽しんだっていいだろう。
横で楽しそうに笑う、浴衣姿の恋人を見て、私も微笑んだ。


1.浴衣


人の群れを掻き分けるように、前へ前へと進む。

「なあなあバッツ、次は何やる?」
「そうだなぁ…っあ!金魚すくい発見!!」
「おおっ!!やろうぜ」
「OK!じゃあ、どっちが多くすくえるか競争な!」

わぁわぁと騒ぎながら、店の親父に金魚すくいのセットを渡される。
しかも、何故か三つ。
「スコール、お前もやるだろう?」
ポイとお椀を渡されて、俺に拒否権はない。

いつの間にか、二人の“競争”に自分も巻き込まれてしまっている。

射的から始まり、ヨーヨーつり、スーパーボールすくいと、二人の競争は続いている。
戦利品なら、その両腕にしっかりと抱えているのに、まだこの二人はやろうというのか…。

そして、嫌なら嫌だと断ればいいのに、それに付き合っている自分もつくづく甘いな、と思った。
「絶対、俺の方が多くすくってやるからな!」
「望むところだ!」
そんな事を言いながら、赤と黒の金魚達の群れへと自分のポイを入れる。
水の中を逃げ回る金魚達。
水色の水槽にくっきりと浮かび上がる、金魚達の姿に、ついつい目が奪われる。

そっと、水の中へ音を立てずにポイを沈め、金魚が動く方向へと動かしていく。
一瞬、金魚の動きが止まったかな…というところで、一気に掬い上げてお椀の中へ。
「おお、スコール上手い!」
「思わぬ伏兵の登場だな」
俺の横では、競争だと言って騒いで居た二人組みが、一連の俺の動きを真似て再度自分達の勝負に戻っている。


「あーあ、結局スコールの大勝か…」
「てか、スコール金魚すくい上手すぎだろ…実はこういうの得意だったんだな」
「別に、得意なわけじゃない」
そうは言うが、結局自分は店の金魚を三十匹近くすくい上げ、最終的には周りにギャラリーまでできてしまった。

今、自分の腕の中には、親父からもらった金魚が五匹。
こんなにもいらないから、と店の親父にほとんどの金魚は返しておいた。
「よーし、ジタン、次は何で勝負する?」
「そうだなぁ…」
ああ、この二人はまだこの騒ぎを続けるつもりなのか…。
まあ、偶にはいいか。

呆れ始めている俺の事なんて気にせずに、二人は次の勝負へ向けて走り出す。
俺の手で捕まえられた金魚達は、そんな事なんて気にも留めずに、優雅に泳ぎ続けていた。


2.金魚すくい


「すごい人だね」
「うん、離れないように気をつけてね」
きっと、この人混みの中に紛れてしまうと、自分では彼女を探す事ができない。
こういう時に、成長途中の自分の体が酷く恨めしい。

「あっ、わたあめ…買っていい?」
彼女はそう言うと、出店の方を指で指す。
「うん、ティナはわたあめ好きなの?」
「ええ、お祭りに来たら何時も買うの」
彼女はそう言うと、嬉しそうに笑ってわたあめを注文していた。

僕自身は、あまりわたあめとか、出店の品物を食べたりしない。
そういうのを喜んで食べるのって、なんだか子供っぽいって思われそうで、好きじゃないんだ。
女の子はそういう意識ないのかもしれないけど、僕自身は彼女との年齢差をすごく気にしている。
少しでも、大人っぽく見られたい。
そんな小さな意地が、逆に子供である証だって言われたら、それまでなんだけど。


「見て見て、凄く大きい」
白くてふわふわのわたあめを片手に、彼女はふわりと微笑む。
今日の為に着てきた薄紅色の浴衣も、髪の中で揺れる花の簪も、とても可愛らしい。
楽しんでもらえてるみたいで、僕はとても嬉しくなった。

「ねえオニオン君、一口食べない?」
「えっ…」
彼女が差し出したわたあめを見て、僕は手を伸ばすのを躊躇する。
「あっ…もしかして、オニオン君はわたあめ嫌い?」
「ううん、別に嫌いじゃないけど…いいの?ティナが食べたくて買ったのに」
「いいよ、これ凄く大きいから」
折角の彼女の気持ちを、無駄にするのはよくないな…。
そんな風に思って、僕はお礼を言って彼女の手から食べかけのわたあめを受け取る。

わたあめの端を少し手で千切る、細い砂糖の綿は、本物の繊維のように中々離れてはくれない。
作ったばかりの砂糖菓子は、口の中で甘く溶けていく。
「ありがとう、ティナ」
「いいんだよ、オニオン君こそ、今日は誘ってくれてありがとう」
笑ってそう言うと、彼女は返したばかりのわたあめを再び食べ始める。
そんな風に笑ってくれる彼女の笑顔に、ついつい見惚れてしまう。

返したわたあめに彼女が夢中になってくれていて良かった。
今の自分は、きっと赤くなっているな…という自覚があった。


3.わたあめ


「あっ!りんご飴発見」
そう言うと、俺達を夏祭りに誘った後輩は出店の前へと走っていった。
「ティーダは何時も元気だね」
「そうだな」


「勉強ばっかりしてないで、偶には息抜きしないと!」
その言葉の中には、明らかにただ夏祭りを楽しみたいだけである後輩の意図が読み取れた。
だが、確かに偶には気晴らしが必要だったのも事実だ。
そんな訳で、俺と友人は後輩の誘いに乗って、こうやって夏祭りにやってきた。

子供の頃は、よく近所に住んでたフリオニールやウォーリアも誘ってやって来たものだ…。
今頃、あの二人はどうしてるんだろうか?
まあ、何にせよ邪魔しないのが友人としてできる事なのだが。

「セシル先輩とクラウド先輩も食べます?」
並ぶりんご飴を品定めしながら、ティーダが俺達にそう問いかける。

「どうする?」
「うーん…じゃあ、僕はその小さいの貰おうかな」
「じゃあ、俺も同じやつ」
「了解ッス!」

買ったばかりのりんご飴の袋を、ティーダは喜んで開ける。
俺とセシルが選んだものとは、一回り大きなりんご飴。
さっそく開けたばかりのりんご飴に、ティーだが大きな口でかぶりつく。
「うわ、よくかじれるね」
その様子を見て、セシルが驚いたようにそう言う。
「うん?これくらい普通ッスよ」
ガリガリという音を立てて、ティーダの口の中でりんご飴が咀嚼されていく。
そんなティーダを尻目に、セシルは飴の部分を舐める。
「飴の部分が薄くならないと、りんご飴って食べれないよね」
「そんな事ないって、大体、飴の部分なくなったらりんご飴の意味ないじゃないッスか」
別に、どんな風に食べようと人の勝手だろうに。
そんな細かい事でムキになる後輩に、俺は少し笑う。


その時、人混みの中に見知った姿を見つけた。
ウォーリアと、フリオニール…。
二人共、来てたのか。
「クラウド先輩、どうしたんッスか?」
「いや、何でもない…それより、もうそろそろ花火大会の時間だろ?」
「あっ!本当だ、そろそろ移動しないと」
行きましょう、と彼は俺達の先頭を切って歩いて行く。
久々に買ったりんご飴の袋を外し、かじりつく。

皆それぞれ楽しんでるみたいだな…。
じゃあ、自分はどうなのか?
「まぁ…普段よりは、楽しんでいるか」
「?クラウド、何か言った?」
「いや…早く行こう、ティーダを見失う」
彼等が人混みの中に隠れてしまったのを見て、俺はそう言う。
そして、俺達も人混みの中へと消えていった。


4.りんご飴


「やっぱり、凄い人だったな」
「ああ」
隣を歩く恋人にそう言うと、そんな素っ気無い返事が返ってきた。

「それでさウォーリア、どこに向かってるんだ?」
もうすぐ花火大会が始まるのだが、ウォーリアは会場とは別の方向へと歩いて行く。
「実は、特等席があるんだ」
「そうなのか?」
「覚えていないのか?」
「えっ?」
一体何を?

「昔、花火大会の時に迷い込んだ、神社の裏だ。
祭りの行われている境内とは反対方向だから、人がいない」
そう言いながら辿り着いた神社の裏、お堂の端に腰をかけて花火大会が始まるのを待つ。
「今日は、付き合わせてしまって悪かった…」
ウォーリアは、あまりこんな人混みの中やお祭りのような騒ぎを好きじゃない。
それを知っていたけれども、どうしても一緒に行きたかった。
最近、一緒にどこかへ出かけるような事が減っていたから。
偶には、一緒にどこかへ行きたかったんだ。

「いや、楽しかったよ」
「本当に?」
無理しているんじゃないかと思ったが、彼の笑顔は穏やかなもので、俺は安心した。
ドーンという、大きな音が響く。
「あっ、始まった」
そう言って、目の前の空を見上げれば大きく開く花火。
本当に、特等席だ。

そして、ようやく思い出す幼い頃の記憶。


夏祭りの人混みの中で、俺とウォーリアは友達の中ではぐれて、二人でここへ迷い込んだんだ。
夜の神社の雰囲気が怪しくて、怖くて、俺は不安に思っていたのだが。
「大丈夫、一緒に居るから」
そんな、ウォーリアの言葉に勇気付けられた時、空に大きく花火が上がったのだ。


「思い出した」
「本当に?」
そう問い返す彼に、俺は頷く。
「ああ、ウォーリアはよく覚えてたな…あんな昔の事」
「君の事なら忘れやしないさ」
ああ、またこの人はさらっとこんな事を言う。

恥ずかしいなぁ、と思う反面、少し嬉しい。
「フリオニール」
「うん?何?」
空を見上げていた目を隣へ向けた一瞬。

そっと合わさる、互いの唇。

ドーンという花火の開く音が、やけに大きく聞こえる。
赤や緑、黄色の火花の光が相手の顔に照って見える。
触れ合ったのは、ほんの一瞬。
すぐに離れた唇が、ゆっくりと弧を描く。
自分の顔の熱さから、きっと顔が赤いんだろうな…と思う。


そうだ、あの時、俺達は約束したんだ。
「いつか二人で、また花火を見に来よう」って。
ウォーリアは、ずっと覚えててくれたんだ…。
あの日の約束を、ずっと。


「また来年、一緒に花火を見よう」
ウォーリアは笑ってそう言う。
「いつか、なんて言うと、また君は忘れてしまうだろう?」
彼には珍しく、悪戯っぽく微笑んで。
「大丈夫、もう忘れないよ」
そう、きっと忘れない。
「でも、約束だからな」
隣に居る恋人にそう言う。


来年も一緒に居よう。


5.花火




後書き
夏を満喫したかったが為に書いた、と言っても過言ではない小説その2。
夏祭り、行きたいなぁ…と、思っている間に夏が終わってました。

こんな青春時代を過ごしてみたかった…かもしれない。
いや…自分にはやっぱり無理です。
人の恋愛を傍からそっと眺めて応援するのが、一番ぴったりな役割です。

まあでも、こんな生活も悪くないよね…シリーズ第二弾。
憧れは、現実に叶わないから、憧れなんですよね。


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