誰もが信仰する神は私の神ではない
私が信じる神が誰よりも強く、美しく……
誰よりも弱く、脆く……愛おしい


狂愛的信仰心を君に



私は悪魔払いとして育てられた。
自ら望んでではない、その力を持つ限られた者、選ばれた者、そう呼ばれて…強制的にソレになる様に育てられた。
私はこの境遇を恨んだ、否、正義の為だと言われればそれもそうだと思った、だがそれを素直に受け入れられたのは最初だけだった 。
魔物は見境無く、人に害を成すものとして排除されていく……小さくとも、抵抗せずとも、苦しんで消えていくそんな彼等を見つめているウチに、私は何が正義なのか分からなくなった。
我等が信仰する神が絶対だと言うのなら、何故に我等をこの欲に塗れた世界に取り残したのか。
何故、我等を不完全なままにこの世界に取り残したのか?
何故、守ってはくれない?
我等は真に神には愛されていないのだ……だからこそ、我等は自分の神を選ぶ権利があるハズなのだ。
私はそう思った。
だが、私はそれを許されてはいなかった、己が望む者を信じる事も許されない、選ぶ事もできない。
誰もが盲目的に信仰する神が正義だと、私は信じていなかった。


そんな私の前に、神は現れた。


当時まだ十歳だった私の世界、それを切り裂いたのは一人の青年。
珍しい褐色の肌の銀の髪、白いシャツに黒いマント、黒いズボンと綺麗な革靴と身成りの整った青年だ。
私は彼を酷く美しいと思った、この様な綺麗な者を見たことが無いと……そう。
それに比べて、私を指導する為に連れて来た悪魔払い達の何と下卑ている事か、この日も彼等は自分の力を誇示する為に、簡単に存在を末梢しようと襲いかかって行った、そんな彼等の方が余程、私には悪魔に見える。
対する青年は、悪魔払いを前に不動だった。
溢れだすまでの殺気を放つ彼等を、まるで、待ち望んでいるかの様に……悲しそうに、見つめていた。
動かなかったのは私だけだった、彼をそこに立つ美しい者に心を奪われていたからだ。
彼は、何もどうでも良いようにただ右手を払った。
それだけで、パッと人が一人砕け散った。
私にはその姿しか見えなかった、それは襲い来た仲間にもそうだったらしい、動きを止めて彼等は呆然と立ち尽くす。
そんな人間とは反対に、彼は砕いて落ちていった塊を見ても彼は平然としている。
悪魔払いが呆然としていたのは僅かな時間だった、直ぐに我を取り戻すと彼へと向けて走って行った。
己の力を過信しているからこそ、そんな行動が取れたのだと思う。
彼はそんな彼等に何もしなかった、いや私が認識できなかっただけなのかもしれない、しかし彼はその場から動く事は無かったのだと思う。
私が見つめる中、彼は全ての人間をその腕で殲滅したのだ。
彼を殺そうとした者は例外なく真っ赤になった、醜い肉塊と流れ出た血が周囲を覆う。
彼は周囲を見回して、他には何も無いのかと確認する。
ふと、その目が私を捉えた。
この世には触れてはならない力がある、彼はそれなのだ。私は思った、恐ろしい……なのに美しい。
触れてはならない絶対の存在、私をこんなにも惹きつける彼は、私の神だ。
初めて会えた、私が憧れる、信じられる、力ある存在、私の世界を変えるだろう彼を見て、私は震えた。
私を見つめる彼は、私へと向けて一歩足を踏み出す。
パシャリッと水溜まりを踏む音がした、彼ではなく私の足元で鳴ったそれ、私の足元にまで殺された者達の血が広がって来ていたのだ。
私が後ずさるよりも、彼が踏み込む距離の方が長く、直ぐに私の元へと青年はやって来た。
彼は私へとゆっくり手を伸ばした、指先で頬に触れてゆっくりとなぞる。
彼に触れられた、畏れ多くも私は喜んでいた。
更に彼は私の側へと膝を折って座った、私よりも少し低くなる彼の身長、何をするのかと見守って居た私の前で彼は私を抱き締めた。
確かにこの肌で感じる、彼の人よりも低い温度に私は震える。
「ああ……生きている音がする」
私の胸に耳を押し当ててそう言う、その音を求める様に彼は私を更に強く抱きよせた。
「美しい音だ、生きている」
彼の零れ落ちる言葉、それは弱々しく、まるで自らの仲間を求めているようだ……。
一人なのだろうか?彼も温もりを、求めているのだろうか?
こんな風に人に抱き締められる事なんて、久しくない……私も彼を求める様にそっと片手を背に回し、もう片方の手で彼の頭を撫でる。
そんな私の手の感覚を喜ぶ様に、彼はそっと擦り寄る。
ああ、なんて愛おしいんだ。
しばらくそうしていたのだが、彼は背に回した手を離すと私の方へと再び指を伸ばした。
顔を上げ、金色の潤んだ瞳に見つめられる。
「美しいな……美しい、生気を感じる」
そう言うと、彼は私の首筋を舐め上げてそこにプツリと牙を突き刺した、彼の舌が私の肌を舐め吸い上げられる感覚に、私はどうしようもない恍惚とした気分に陥る。
だが、彼はほんの少しの間だけで離れてしまった。
彼に愛されたい、そう願う私が私の中にある。
立ち上がった彼を見上げれば、悲しげに私を見つめる彼の瞳から涙が一筋零れ落ちた。
「死にたい」
私の頬へと伸ばされる彼の指、触れたそこから熱を感じる。
「人の様に死にたい」
彼はそう言う、だけど私にはそんな彼が生きる事を求めている様に感じられたのだ。
だから、彼は手を伸ばしているのではないか?とそう思った。
「死にたい」と呟く彼は、私の頬へと顔を寄せて柔らかく唇で触れた。
そして私からゆっくりと離れると、夜闇の中へと消えてしまったのだ。
彼の唇が触れた頬に、熱が集まっている。
神の祝福であった、と私は思った。
彼の呟きを思い出して、私は決意する。
私は彼の願いを叶えてあげたい、と。


古びた教会の扉を開けると、朽ちかけた室内に一人佇む彼の姿。
月明かりだけが周囲を照らす中、彼はやって来た私に微笑みかけた。
「ウォーリア」
喜ぶ彼の姿を見て、私も微笑む。

私の神は、誰もが信仰する神ではない。
私の神は私を唯一愛してくれる、私の温もりを求め、死ぬ事を願うが故に生きる愛おしい存在。
それが彼、私の恋人であり私の神。
唯一、信仰する対象。

今夜も私の事を愛してくれる相手を、私はただ一人だけのモノにする為、力を尽くす。
それが醜く、人の道に背く行いであるとしても構わない。
彼は許してくれる、彼は求めてくれる。
それが私の全てであれば良いのだ。
人々の事なんてどうでもいい、私はただ一人だけを神と信仰するのだから。

「フリオニール」
愛おしい神の名前を呼べば、彼は笑顔で私へと近付く。
かつて、私の方が小さかった身長は今は私の方が高い、彼は初めて会った時からまるで変わっていない。
相も変わらずに美しい。
私の腕の中、耳を心臓に付け私の心音を確かめる彼は「美しい音だ」と呟いた。
幸せそうに微笑む彼を、私はその温もりを強く抱き締めた。
彼はそれを喜んで、もっとと私に縋りつく。

愛おしい彼は死を願う。
しかし私を得て、神は変わってしまった……できるならば、永遠にと私に求める。
これを喜ばしいと思わない、訳がない。
だから私は、私の神に誓うのだ。

彼だけに私の永遠を。
この腕の中に、私の神が居る限り……。




後書き
12吸血鬼パロディ企画、提出作品第二弾。
フリオ編を書いていたら、どうしても書きたくなったWOL編です。
正直、此方の方が流血等の表現が酷いのですが…狂愛なWOLさんは書いていて本当に楽しかったです。

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