陽を見た事はない、だけど青空は知っている。
貴方が全て、教えてくれた……俺に生きる事を。


背徳的な久遠を誓う



町外れの古びた教会。森の中に半ばうずもれる様にして作られたそこは、既に無人になって久しい事を物語るかのように、アチコチがボロボロになって割れた窓ガラスや、崩れた壁の破片が散らばっている。
その地下に、密かに安置されている棺桶の中身、それが知られてしまうと周辺の町に衝撃が走る事だろう。

……なんて、本人がそんな事を言ってはいけないか。


棺桶の蓋を開けて起き上がる、相変わらず固い寝床であるが、これが俺を外界から守ってくれているのだ。
欠伸と一緒に大きく伸びをして立ち上がり、表へと向けて歩き出す。
割れた窓から差し込む月明かりを眺め、ほぅっと溜息。
冷たく冷えた夜の空気を感じ、俺は自分が生きているのだと感じる。

僅かに感じる空腹に、溜息。

今日も、彼はここに来てくれるだろうか?そんな事を考えていると、遠くから足音が聞こえて来た。
その足音の主が、此方へ近付いてくるので俺は扉の方を見る。
ギィッと軋んだ音を立てて開く扉、その向こうに白を基調にした衣服に身を包んだ青年が立っていた。
「すまない、遅くなってしまっただろうか?」
「いや、ついさっき起きた所だから」
俺がそう答えると、青年は微笑んで俺の方へと近付いて来た。

青年の名前はウォーリア・オブ・ライトという。
彼は中々に腕の立つ悪魔払いで、若くして教会の中でも一目置かれる存在となった、その道のエリートである。
だが彼には周囲に秘密にしている事がある、それが、俺の存在。


祭壇の前に居る俺の前へと、彼はやって来た。
「ほら、おいでフリオニール」
衣服の前合わせを外し、俺の前に白い首筋を晒すウォーリア。
誘いの言葉と、彼から漂う芳しい生命力の香りにフラフラと俺は近付いていく。
彼の露わになった首筋へと舌を這わせると、ビクンと僅かに跳ねる体と、皮膚の舌で脈動する血液を確かに感じて、思わず喉が鳴った。
「頂きます」
そう小さく呟いて、プツッと彼の首へと俺は自分の牙を刺した。
「ん……」
口の中に広がる甘美な血の味に、俺の背中へとゾクゾクとした感覚が走る。
ぎゅっと彼の体にしがみ付く俺の背へ、彼の腕が回された。


悪魔払いが、自らの敵を飼い殺している……なんて、冗談にもならない。
だが、これが現実である。

吸血鬼として生まれた俺を、彼は人に隠れて生かし続けている。
俺は、彼に生かされている事を良しとしている。

どうしてか?
全ては、彼が俺に惚れてしまったからだ。


吸血鬼は人の血液を糧として、久遠の時を生きる。
生きる為に何かを食し、それによって生を得る…その構造自体は人間と同じ様に思えるものの、俺達は彼等の神に許された存在ではない。
この世界で生きるには、永遠に彼等の敵とならなければいけない。
そこまでして、生きる理由はないと思っていた。
元より、俺は何故こんな不便な存在として生まれて来たのだろうか?両親を恨んだ事は一度や二度ではない。
久遠の時を生きる俺達が、彼等は食物連鎖の頂きに立つ者だと思えば良い、そう教えてくれたものだ。
だが俺は思った、久遠の時なんていらないから、陽の下を歩ける様になりたいと。

そう願う俺よりも先に、両親は死んだ。
正確には殺されてしまった、教会の悪魔払いの手によって。
その時、俺も殺されると思った……抵抗する事はない、大人しく消え去ってしまおうと、そう思っていたのに……。

それでも、どうしてか俺は生き残ってしまった。

古代から引き継がれた血、俺はこれでも俺達の種族の始祖の血を受け継ぐ者らしい。
始祖の血、それは俺に不必要な程の力を与えてくれた。
結果、俺は生き残ってしまった。
あれから何十年経ったのか知らない。
俺はいつも、生き残ってしまうのだ。
どうしてこんな事が起こるのか、自分でも分からない……何も覚えていないのだ。
ただ、目が覚めた時には血の海に佇む俺の姿があるだけ。
他の誰も、何も教えてはくれない、それ以前に見た者が生き残っていた事がないから俺は何が起こったのか、知る術がない。
そんな自分が恐ろしい、だから早く、どうにかして欲しかった。
どうにもならないと分かっても…少しだけ希望を夢見て、俺は自分が消える日を待っていた。
そんなある日、俺の目の前に表れたのが彼だった。


「君に会いたかったのだ」
開口一番、彼は俺に向けてそう言ったのだ。
俺は首を傾けるしかない、全く見覚えの無い少年だったからだ。
そう、少年だ……当時のウォーリアはまだ18歳だった。

「俺は貴方の事なんて知らない。教会の悪魔払いなら応援を頼んだ方がいい、残念だけど俺は、どうやら子供の力じゃどうにもならない程の力を持ってる」
「知ってるさ、見たことがある」
それを聞いて、俺は驚いた。
俺も知らない俺の姿を、この少年は知っていると言う、一体どうしてなのか?
「私はそれで助けられた、地獄の様な日々から救われたのは全て君のお陰だ」
俺は全く身に覚えのない場所で、偶然にもこの少年を救っていたらしい。
その救われた少年が、皮肉にも俺を殺しに来たのだ……。
だけど、俺にとってはこんな恩返しはない、そう思っていたので微笑んだ。
「もしできるなら、俺の事を殺してくれ」
彼はそんな俺に僅かに微笑みかけ、そっと近付くと。俺の胸へと、懐から取り出した別の十字架を押し当てた。
「ふぁっ!ぁあ!!」
今までに感じた事の無い苦痛、熱を持った金属によって体が溶けるのではないか、とそう思う。
俺は自分の体から、俺を支配していた何かが抜け落ちて行く様な気がした。
と、そうこうしている内に、俺の肉を裂いて胸の金属が俺の肉体の中へと埋もれる。
「はっ…………ぁ、あ」
内側で一際大きな熱を放ちきるとそれは沈静化し、俺は力なくグッタリと地面に倒れ込む。
死んで無い、生きている……あんなに苦しんだのは、いつぶりだろう?もしかしたら、初めてかもしれない。
でも生きてる、俺は生きてる……死ぬかもしれないと思ったのに、どうして?
本当に、心から期待したのに……。
そんな俺を愛おしそうに抱き抱えて、彼はニッコリと微笑んだ。
その瞳の澄んだ青は、俺が憧れる昼の空の色だった。
「もう君は、私のものだ」


彼が俺に施したもの、それは一つの呪いだった。

俺の体内に埋め込んだ十字架は、呪術で彼の心臓と繋がっている。
彼の心臓が止まった時、俺も同時に死ぬ事ができる。
反対に、彼の心臓には俺の生命力が流れ込んでいる。
人であるので永遠の時を生きる程、長い寿命は与えられないものの、その肉体の老衰を食い止める事くらいはどうやら可能らしい。
大人へと成長した彼は、その姿のまま、もう何年もほとんど姿が変わっていない。
お互いがお互いを繋いでいる、生命の鎖、見えない糸。
俺は限られた時間を生きる者となって、初めて、自分が生きていると実感できた。
彼の手で生かされている、死ぬまでの時間は長くて何十年、早ければ今日や明日にも死ねるだろう。
そんな時間は、俺にとってはほんの一瞬。

彼は俺を好きだと言った、できるのならば、側に居たいとそう望んだ。
俺は彼に教えてもらって初めて、そういう感情が自分にもあると知った。
だから、彼にこうして飼われる事に、抵抗しない。
むしろこれが、酷く幸せだと思う。
願うならば、どこか誰も知らない場所で、二人きりで暮らしていければ良いのに……そうまで、思う。
明日を生きる自分を、こんなにも強く願う事なんて、きっと無いと思っていたのに。


ぺロッと彼の肌を舐め上げて、俺は彼の首筋についた傷痕を消し去る。
俺の頭を撫でる手の、その温もりに目を細め俺は彼の懐へと顔を埋める。
寄り掛かる俺を、抱き締める手が嬉しい。
俺よりも短い命を生きる青年に、俺は自分の全てを預ける。
幸せだと思う、ただ許される事はないだろう。

ぎゅっと縋りつけば、「どうした?」と彼は俺に尋ねた。
「次は、いつ来るんだ?」
「明日も、ちゃんと来る」
顔を上げて彼にそう尋ねると、彼はニッコリと微笑んでそう言った。
悪魔払いは、夜に仕事をする。
彼等の敵は夜の世界に生きるからだ。
俺も、其方の住人だ。
本来であれば、許されれる関係ではない。
それが分かっていて、彼は俺を飼っている。
愛していると、そう言ってくれる。
だけど、限られた時間しか彼とは会えないのだ。
静かな夜には、闇が潜む。
彼が突然死ぬとすれば、おそらく夜だ。

ああ、死にたいと思っていたのに……。
彼の側に居るのなら、俺はこの温もりを手にできるなら、永遠の時が欲しいとも思える。
最も望むのは、俺が人である事だけれど。
彼と共に、陽の下で暮らす事ができればどれ程幸せだろうか?

「ウォーリア……」
「どうした?」
前に言われた、思っている事を正直に言う様にと……。
彼の為に生きる俺は、彼に我儘を言う事を許されている。
何て幸せな事なんだろう、俺は本来、彼に許されるハズが無いのに。

「寂しいんだ」
そう口にすると、彼は俺の目尻にキスをくれた。
「側に居て欲しい?」
「うん」
「心配しなくても、明日もちゃんと来るから」
生きていれば……だけれど。

表情の晴れない俺に、彼は困った様に笑う。
「心配してくれるのか?」
「俺は、貴方と一緒には生きる事ができないから」
昼の時間を知らない俺は、彼にとってどんな存在だろうか?
青い空を知らない俺は、彼の瞳に空を見る。
青く澄んだ空とは、こんな色なんだろうか?
彼の存在は俺の中の昼。
永遠に知る事はないと、そう思っていた陽の時刻。


刻々と過ぎて行く僅かな時間、その中で願う事は一つだけ。
「永遠の夜は貴方と一緒が良い」
冷たい棺桶の中ではなく、彼の腕の中で永久に眠れるならば……俺はもう、何も思い残す事はない。
そう願う俺に、彼は笑いかける。
穏やかなそれは、俺の知らない陽の光の様に温かく、俺の知る月の様に静かで美しい笑顔。
「永久の誓いを捧げよう、君を決して離さないと。私は元よりそのつもりだ」
「誰に、それを誓うんだ?」
「勿論、君だけに」


生きるのに、必要なのは貴方だけ。
貴方が永遠を誓うのならば、俺の生は永遠なのだ。
だから俺も貴方に誓う、許されぬとしてもそれで良い。
永遠を誓う、貴方の為に。




後書き
12の吸血鬼パロディ企画に提出した作品です。
EXモードの能力的に、フリオが吸血鬼という設定も美味しいですよね。とても楽しんで書かせて頂きました。
というか、精神的に弱っているフリオと、ヤンデレな感じのWOLという組み合わせをしたかっただけなんですが。


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