交友、信頼
暖かい心

……恋の予感


釣浮草


初めて会ったのは戦場だった。

前方のイミテーションに気を取られ、背後の敵に気付くのは一拍遅れた。
そんな私を守るように、彼は剣を振り上げた。
流れる様な銀色の髪、対照的な褐色の肌。
衣服の青とは反対に、深紅の剣を持つ彼は敵の攻撃を受け流した後、私に向けて「大丈夫か?」と尋ねた。
その問い掛けに、私は何と答えたのか…悠長な事を言っていられる場面では無かったので、短く「ああ」とか、「大丈夫だ」とか、そんな風に答えたんだろう。
すると彼は、私の背中合わせの私の方を一瞥し「良かった」と呟いた。
一瞬、交差した視線は琥珀色の輝きを帯び、意思の強い真っ直ぐな力強さを感じられた。


彼にならば、私の背中を預けられる。


それが、この世界に召喚され、初めて出会った仲間に対して抱いた私の感想だ。
初めて会った相手を、そんなに簡単に信頼してもいいものか…この時下した自分の判断を、自分の中で疑問視する声が上がらなかったわけではない。
だが、彼ならば大丈夫だ、という根拠は無いが強い自信があった。
彼からは奴等のような禍々しさはなく、むしろ清らかな光を感じる。
信用できる相手に、違いない。

イミテーションを滅ぼした後、剣を鞘に収めてようやく正面から向かい合えた彼は、「怪我、してないか?」と私に尋ねた。
「大丈夫だ、そういう君は?」
「俺も大丈夫」
剣を収めた彼は、頷いてそう返答した。

「君は…どうして私の事を助けようと思ったんだ?」
質問の順番がおかしいのかもしれないが、さっきは当たり前として流してしまった疑問が、つい口からついて出た。
すると、彼はキョトンとした後に、不思議そうな顔で私を見つめ返し「当たり前の事をしただけなんだけど」と、ただそう言った。
「私が君の敵かもしれない、とは考えなかったのか?」
「ああ、この世界に来てから何度か俺も俺を攻撃してくる相手に出会ったけど、貴方はその敵と戦っていたし、それに貴方は敵とは明らかに違った。
「貴方からは奴等のような禍々しさは感じられなかった、そうだな…むしろ清らかな光のようなものを感じたんだ」
それはさっき、私がこの青年に抱いた感想と同じだ。
「それに…」
「それに?」
そこで言葉を切った青年が、少し微笑んで私を見返す。
「貴方は、きっと信用できる人なんだろうって……そう思ったんだ」
さっきの私と同じ事を言って、彼は少し照れたような表情を見せる。
その表情に戦闘時の気迫はなく、彼の人の良さが伺い見える柔らかい表情。
それから、青年は私の元へと近付き「フリオニールです」と名乗った。
そこで初めて、私は自分が名乗るべき名前を持っていなかった事に気付いた。


一人で居る分には、自分が誰か等と考える必要な無い。
いや、そもそも私が自分自身について考えた事といえば、戦闘時において自分が怪我を負ったとか、そういう事ばかりだったように思う。
ああ…自分はなんて、感情の無い人間なんだろうか?
自分の過去を振りかえるような事を、この世界に呼ばれてから一度としてした事があるだろうか?
そもそも、過去を全て失ってしまっているからこそ、そんな事は考えなかったのかもしれない…。

「すまない……私には、名乗れるような名前が無い」
しばらくの沈黙の後、そう答えた私に彼は心配そうな表情をする。
「どう…いう事なんだ?」
「そうだな、何も思い出せないんだ…私自身の事は、何も」
「そうなのか……大変だな」
彼にそう言われて初めて、そうか…自分は随分と異常な状態だったのか、という自覚が持てた。
だが、だからといってどうしようもない事である事も事実。

「だから、そうだな……私の事は、ウォーリア・オブ・ライト、とでも呼んでくれ」
光という言葉と、自分を表す身分から導き出されたその己の名称を反復してみて、ふと笑ってしまった。
これが、果たして人の名前と成りうるものなのか…と?
「分かった。よろしくな、ウォーリア」
だが、私の心配とは裏腹に、彼はしっかりとした口調でそう言うと、私の前に右手を差し出した。
その手を、ゆっくりと伸ばした自分の手で握り返すと、彼は穏やかに微笑んだ。
この時、私は記憶がある中では初めて、人の温もりというものを感じた。
それは表現のしようがない位に、優しく、とても落ち着く温もりだった。


フリオニールは感情豊かだ。
戦闘の事ばかりを考えるような、刃のような己の生き方とは明らかに違う、彼の感情的な言葉や表情が私にはとても、とても新鮮に映った。
記憶が無く、人と接する事も初めてな私にも彼は酷く優しかった。
無理をしているのか、とも思ったのだが…どうやらそういう訳ではないらしい。

「人に優しくするのは、当たり前だろう?それに貴方は大事な仲間だし」
夜になり、薪を囲んでいた私が彼に向けて胸の内の疑問をぶつけてみると、彼はそう言った。
彼の発した“仲間”という言葉が、私の中へ酷く重く響いた。
「仲間、確かにその通りだな」
彼は確かに仲間だった、私の知らない事を何でも教えてくれる。

彼と出会ってから数日で、それまで戦闘の事しか考えてこなかった私は、それこそ色々な事を考えるようになった。
特に自分の感情や心の変化については、酷く考えさせられた。
それは一重に、彼が感情豊かな青年だったお陰だと思う。
喜怒哀楽…人が必要としている感情のほとんどが抜け落ちていた私は、彼と出会ってから急速にそれらを吸収していった。

取り戻したというよりも、吸収したと言った方がしっくりくる。
それまでの私は、それを一切必要としていなかったのだ。
それを、彼は私に与えてくれたのだ。

「別に、俺は大した事なんてしてないよ」
照れたように頬を染めて、彼は私の意見を否定した。
彼は謙遜して、よく私の意見を否定する。
それが人の当たり前の反応なんだと彼は言うが、私から見て彼の否定は…どこか過剰に映る時もある。
まあ、そういう謙虚な所も彼の良い所だと思う。

「君は、私に心を与えてくれている、人としての心を」
じっと彼の瞳を見つめてそう言うと、顔を真っ赤にした彼は小さく溜息を吐いた。
そして私の側へと寄って来ると、そっとその右手を私の胸の中央へと押し当てた。


その瞬間、ドクリと自分の心臓が大きく跳ねた。


こんな事は初めてだったので、慌てたのだが…それは私の心の中だけで、表情にまでは表れなかった。
だから、彼は気付かなかったようだ。

「ウォーリアの心は、最初からずっとここにあるんだよ」
彼の右手が触れる場所には、絶え間なく私を動かし続ける心臓がある。

心とは、目に見えないものだ。
感情を司るソレの存在する場所は、明確には分からない。
だが…どういう訳だろう?彼の触れた場所にソレが存在していると、私はその瞬間そう思った。

そうでなければ、説明できない。

胸の内に広がった何か…暖かく、締めつけるような感情。
それは、彼が私の心に触れているから、そう感じられたんだろう。
暖かい彼の手が私の心に触れたからこそ、私の心は“暖かい”と感じたのだ。
その時、私が感じたのは…彼の温もりだ。


左手を右手に重ね、彼は小さく息をする。
「探さなくても、心はいつだってここにあるんだ、いつだってずっと…。
貴方の纏う光と同じように、貴方の心とも共にある」
私を見つめる琥珀色の瞳は澱みなく透き通り、その声が紡ぐ言葉は、酷く私を落ち着かせる。
彼の言葉は、私よりも心を知るからこそ重みがあり、説得力を持って私の中へと落ちてくる。
……いや、もしかしたらこの腕を伝って、直接私の胸の中へ入って来るのかもしれない。
心の中へと、直接入り込んでくるのかもしれない。

それは決して嫌ではない、むしろ側に居て欲しい。
もっと、私に教えて欲しい。
君の知る心を……。

ただ…。


「それに気付かせてくれたのは、やはり君だ」
そう言って私の胸に宛てられた彼の手を、ゆっくりと外し、その手を握る。
「ウォーリア?」
慌てたように私の仮の名を呼ぶ彼の手を左手で握り締めたまま、さっきまでの彼と同じ様に右手で彼の胸に触れると、トクトクと規則正しく鼓動を刻む彼の心臓の拍動を感じられた。
これが、彼の心の音なのか……。
酷く、優しくて暖かい…彼の心の。

「済まない、どういう訳か君に触れたい……君を抱きしめても良いだろうか?」
そう尋ねると、彼は顔を真っ赤に染めると小さく頷いた。

了承を得たので、手を解き背中へと腕を回すと、私よりも少し小さな体を抱き寄せる。
触れ合った体、私の胸の中に閉じ込めた彼の温もり。
鼓動を刻む、彼の体と触れあった時に気付いた。


私は、彼の事が好きだ、と…。


「……ウォーリア、もう恥ずかしいから止めてくれ」
その言葉通り、私の向かいに座っていた彼は、顔を真っ赤にさせて俯いていた。

思い出話にしては日が浅いのかもしれない、だが、私の持つ記憶は彼と出会う少し以前からしかない。
思い出というのならば、それは彼と出会ってからのものだ。
就寝前に、“仲間”からたいせつな“恋人”となった彼に向けて語っていたのは、私の大事な思い出だった。

「君が聞いたんじゃないか。何故、私が君を好きになったのか?…と」
「そうだけど…」
私と視線を合わせもせずに、彼はそう言うと顔を思いっきり枕に沈みこんだ。
髪を結ったままの、彼の頭にゆっくりと手を伸ばし撫でる。
「とても不思議だった、出会ったばかりの君も私と同じ事を思ったなんて」
「ぅう……」
唸り声を上げる彼に、私は少し笑いかける。

「顔を上げてくれ、君が恥ずかしがり屋なのは今更だ」
「今更って…なんだよ!」 抗議の声を上げる彼が枕から顔を上げる。
赤くなって私を睨み返す彼に、私は微笑みかける。
「本当の話だろう?」
「もう、からかわないでくれ!!」
涙交じりでそう言う彼。

「すまない」
少し虐め過ぎたかと反省して彼に謝罪するものの、笑顔のままの謝罪に、彼はどこかムッとしている。
申し訳ないと謝ると、彼は少し溜息をついて力なく笑いかけた。

「貴方には、敵わないよ」
「そうか?」
「うん」
そう言う彼の隣りへと移動する。
座る彼の手に自分の手を重ね合わせると、優しい力で握り返してくれる彼の温もり。
それが愛しく、とても嬉しい。


背中を任せ、隣を許してくれる存在。
「君が好きだ」
「俺も、貴方が好きです」


それは……信頼された愛。


青花子龍さんへ
相互記念御礼!!
ありがとうございます!!




後書き
青花子龍さんへ捧げます、相互お礼小説です。

WOLフリで指定はしません、との事でしたが…ココだけの話、途中で黒光の戦士を召喚してしまったり、フリオが物凄くヤンデレたりしました…。
流石に人に献上する品で、そういうリクでもないのに暗い話いかがなものか…という事で、大がかりな方向修正を施し、ラブラブにさせました。
満足のいくモノであったのならば、嬉しいです。
2010/3/7


BACK