恋人達に、幸あれ!!
St. Valentine's Day【常連客編】
仕事帰り、通い慣れた暗い路地へと入っていく。
黒い金属のドアノブを握って、金属製の少し重いドアを押し開ける。
カランという涼しい鐘の音と一緒に店内へと足を踏み入れ、いつもの定位置へと向かう。
「いらっしゃいませ」
二コリと微笑んで俺にそう言うのは、この店に務めるのバーテンの青年。
スローな音楽が流れる店内で、まだ年若い青年は俺に注文を尋ねる。
「ジンフィズ?」
「ああ」
頼むものが毎回同じの為か、彼の問い掛けに俺は頷く。
以前よりも慣れた手つきでカクテルを作る青年の動作を眺めていると、ふとその視線に気づいたのか、彼はすっと俺の方を見ると顔を赤らめた。
照れる青年に対し、俺は微笑みかけてから視線を彼から外す。
相変わらず、照れ屋の恋人を可愛いと思う。
「……どうぞ」
完成したカクテルを受け取り口を付ける俺に、彼はドキマギしたように俺の反応を待つ。
「…美味いな、前よりもずっと」
「本当に?」
「ああ」
俺が頷くと、彼は安堵の溜息を吐く。
そんなまだまだ見習いの彼と、俺が出会ったのもまたこの店だ。
「コイツ、今日からここで働く事になったんだ」
店のマスターが俺に新人を紹介した。
「ウチの常連だ」と今度は俺がマスターに紹介され、慣れないバーテン服に身を包んだまだまだ初々しい若い青年は、俺に深々と礼をした。
「フリオニールです」
そう名乗った青年を見て、俺も軽く会釈する。
「まだまだ新人のヒヨッ子だからよ、時々、腕試ししてやってくれよ」
「……分かった」
「あの、よろしくお願いします」
再び深々と礼をする青年に、俺は思わず笑みが零れる。
そんな俺を見て、マスターも笑い「可愛い奴だろ?」と俺に問いかける。
「確かに」
生真面目そうな青年は、この店内では少し浮いている。
だが、その慣れていない所が…どこか可愛らしく見えるのだ。
「可愛い……って、何ですか!?」
不服そうにそう言う青年に、マスターはバシッと背中を叩き「まだまだ青いって事だ」と、それはもう端的に彼に告げた。
客の少ない時間だから良かったものの、雰囲気を壊しかねない言葉遣いに俺はまた笑う。
俺が言えた義理ではないのかもしれないが、本当にまだ子供なんだろう。
酒を飲む俺の、斜め前で修行中なのか食器の片付けを続ける青年の姿を眺める。
黙々と仕事をこなすスマートな立ち姿に視線を奪われていると、ふと俺の視線に気づいたのか彼と目が合った。
「……あの?」
「クラウド、だ…名乗ってなかっただろう?」
控えめに尋ねる彼に、そう告げると「クラウドさん」と俺の名前を小さく呟く。
「どうしてこの店に?」
唐突に彼にそう尋ねると、彼は困ったように俺に笑いかけ「どうしてでしょうね?」とそう言った。
「……?」
「ジェクトさん…マスターに拾われたんですよ、町で彷徨ってる所を…それで、流れでね」
故郷から出て来て、仕事の無かった所を、どうやらここのマスターが拾ってくれたらしい。
「嫌じゃないのか?」
「別に、優しくしてくれてますよ」
そうやって知らない人を簡単に信用できてしまう辺り、この青年は人が良いようだ。
まあ、ここのマスターは確かに良い人間のようだから、問題はないと思うが……ただ心配だとすれば。
「アイツは、手が早いからな……自分の貞操には気をつけろ」
「…はい?……って、何!!」
顔を盛大に赤らめて俺を見返す青年は、驚きの余りか、洗いかけていたグラスを取り落とす。
ガシャン、というグラスの割れる音に気付いたマスターが「気を付けろ」と注意するのに、彼は慌てて「すみません!!」と大きな声で謝ると、俺の方へと再び向き直る。
「あ……な、何言ってるんですか!!」
真っ赤になって俺にそう言う青年の、予想外の初心な反応を楽しみつつ、俺は無表情で「本当の事だぞ」と言う。
人が良いのは本当の事だが、両手じゃ足りないくらいに女を泣かせて来たのもあの男だ。
それを指摘してやると、彼はフルフルと首を横に振る。
首筋まで赤く染まったまま、涙混じりに俺を見返すその瞳が困惑気味に俺を映している。
「そういう事じゃなくて……そういうのって、普通は女性に言うんじゃ…」
「アンタは美人だから気をつけた方がいい」
ストレートに言う俺に、彼は顔を赤らめたまま首を振る。
「何、言ってるんですか……俺が、その…美人とか……」
「本当の事だぞ」
「うっ……そういうの、真顔で言わないで下さいよ」
「だから言ってるだろう、本当の事だと」
少し微笑んでそう言う俺に、彼は更に顔を赤く染めた。
イジリがいのある可愛い反応に、ついつい虐めたくなってしまうタイプだな。
「おいおい、何だよ…早速口説かれてんのか?」
そう言って近付くマスターに、胸の前で大きく手を振る青年に俺は更に笑みを返す。
「ああ。どうせなら美人を見て酒を飲みたい」
「フン、まったく…言ってくれるな。気を付けろよ、フリオニール」
「は……はぁ」
「アンタの方こそ、上司の権限で手を出すな」
そう言う俺に、マスターがニヤリと笑いかける。
「まったく……大変な奴に目付けられたな、紹介したのを後悔してるよ」
「後の祭りだ」
「本当にな」
俺達に挟まれて困ったようにしているフリオニール。
そんな彼の視線を俺へと戻す為に、今夜知ったばかりの彼の名前を呼ぶと、弾かれたように俺の方へと向き直るフリオニールの、新人らしい緊張した面持ち。
始めての慣れない感じというのは、僅かな間しか楽しめないものだ……だから、存分にこの目に収めておきたい。
「俺は、ジンフィズを必ず頼む」
「えっ……はい」
「次来るまでに、練習しておいてくれ」
「はい……あの、分かりました」
ぎこちなく頷く彼に、俺は満足して笑った。
次に来た時に出された酒に、俺は苦笑いしたものの…後でマスターから必死で練習していた、と聞いた時は嬉しくなった。
「大分慣れたか?」
「お陰さまでな」
落ち着いてそう返答する彼には、入ったばかりの頃の初々しさは大分薄れ、その所為でどこか大人びたなと感じさせる。
敬語は止めろと、そう以前に言った為に俺の前で砕けた物言いになったからなのか……。
それとも、オフに外で会えるようになんとか口説き落とし、何も知らない純粋な青年に、大人としての付き合い方を教えたからなのか…。
もし……そうだとするなら、これ以上満足な事はないな。
目の前の恋人に微笑みかけると、彼は俺と俺のグラスの中身を見て「実は……」と何かを切り出す。
「練習してたカクテルがあるんだけど、飲んでみてくれないかな?…俺のおごりにするから」
「分かった」
そう頷けば彼は嬉しそうに俺に礼を言って、カクテル作りに取り掛かる。
ブランデーベースのカクテルを、おずおずと俺の前に差し出すフリオニール、その顔に緊張の色がある事を見て取って…それでも、彼が練習して来たんだろう事は予想できた。
一番最初のオーダー以降、彼は俺が無理に頼まない限り、自分の自信が持てるまで決して俺の前で他の酒を出さなくなった。
自分から言い出したと言う事は、余程自信があるのか…それとも、余程俺に飲んでほしかったのか、そのどちらかなのだろう。
グラスに口をつけて一口飲むと、途端に口の中に広がるチョコレートの甘い風味。
普段はあまり飲まない、生クリームの入った甘さの利いたカクテルに彼の方を見返せば、ふっと微笑んで俺を見るフリオニールの姿。
「アレキサンダー…丁度いいだろ?今日には」
そう言って、恥ずかしそうに少し頬を染めてそう言う彼に、ふと今日は何日だったかと思い返す。
「バレンタインデー、か」
日付を思いだしてそう呟くと、彼は赤い頬のまま俺を見返す。
「忘れてたのか?」
「興味ないから、な」
「……何か、クラウドらしいな」
ムスッとしてそう言う彼に、俺は苦笑いする。
もしかしたら、休日出勤だった為に、来るのが遅かった事を少し怒っているのかもしれない。
「美味いな」
彼の作ったカクテルの感想を言うと、彼は顔を輝かせ「本当に?」と尋ね返す。
「ああ、本当だ」
カクテルに関しては、彼は俺の評価を信用してくれているらしく、正直にそう言えば嬉しそうに顔を綻ばせる。
そうやって変わる表情を眺めるのも、中々楽しい。
「今日は、定時で上がるのか?」
「ああ、その予定だけど…」
それを聞いて安心する、まあ早く上がってくれるならもっといいんだが。
「俺は明日休みだ、明日はここは定休日だろ?」
「うん」
頷く彼に微笑みかける。
「なら、今日は俺の所に来ないか?」
「……え?」
驚いたように俺を見返す彼を、更に誘う。
「泊まっていけばいい、俺の家に。二人共、明日は休みなんだ。困らないだろう?」
「そうだけど……閉店まで、まだ時間あるぞ…」
時計を確認にしてそう言う彼に、俺は「閉店まで待つ」と、そう告げる。
バーテンを恋人に持つなら、店が終わるまで待つのなんて苦痛ではない。
美人を眺めながらの酒は、格段に美味いんだ。
「駄目か?」
首を傾け真顔でそう尋ねれば、彼はしばらく逡巡した後、小さな声で「行くよ」と告げる。
OKの返事を貰い、心中でガッツポーズを決める俺は、グラスの中の酒を呷る。
甘く香る酒に、純情な恋人があのマスターにからかわれつつも、必死で練習している姿が目に浮かび、微笑ましく思えた。
「どうしたんだ?」
そんな俺の表情を見て、不審に思ったのかフリオニールがそう尋ねる。
「どれくらい練習したんだ?コレ」
グラスを差してそう尋ねると、彼は思い返すようにするものの、毎度の事ながら教えてはくれなかった。
「……そういうのは、閉店の後に作るからそんなに時間はないんだけど……やっぱり、何か不味かった?」
そう自信なく尋ね返す彼に、俺は首を横に振る。
「いや、美味しい…俺の為に練習してくれたんだろう?」
俺だけの為に。
「ありがとう、フリオニール」
礼を言うと、そんな俺の表情を穴が空く程見つめた後で恥ずかしくなったのか「お礼を言ってもらう程の出来じゃ、まだないから!」と、照れ隠しにそう言う。
「なら、ご馳走様…かな」
グラスをカウンターテーブルに置いて、俺はそう呟く。
閉店まで、あと一時間弱……といった所か。
彼を待つには、もうしばらく飲むしかないだろう。
「フリオニール」
「何?」
「キス・ミ—・クイック」
たった一言だけそう言われ、ふと一体何なのかしばらく考えたあと、ようやくそれがカクテルの名前だと思い出したようで、彼は困ったように眉を潜める。
「作った事ないな…マスター」
店主を呼び、俺の注文を聞くと彼はニヤリと笑う。
「教えてやるから、お前が作れ」
「え……今、ですか?」
「それが、お望みだろ?」
俺にそう問いかける店主に、俺は頷く。
作り方を教わりつつ、彼の手で作られるカクテルができるのをゆっくりと待つ。
「どうぞ」
自信なく差しだされるグラス。
その手の主を見つめ、ちょっと手招きする。
不思議そうな顔をして、そっと俺の方へと顔を近づける彼にグイッと俺は体を乗り出して、近くにあった唇にキスする。
「!!」
一瞬触れただけで離れたというのに、それでも彼の顔は瞬時に夕日のように赤く染まった。
「な……何、考えてるんだよ!?クラウド!!」
どこだか分かっているのか?という彼の問い掛けに、俺は出されたばかりのカクテルを一口飲み、「言っただろう」と言う。
「何を?」
「Kiss me quick……これを、そのまま訳せば」
“早く、私にキスして下さい”
「!!」
意味を理解できたらしく、彼は言葉もなくただ呆然と立ち尽くす。
「早く、お前と帰りたいんだ」
そしたら、好きなだけ触れられるというのにな…。
「……だからって…こんな所で、こんな事しなくても」
誰かが見ていたらどうなるんだ?と、彼は言うが…それならそれで別に構わないだろう。
言い訳なんか、いくらでもある。
「俺が酔っていたんだと、そう言えばいい」
真顔でそう言う俺に、怒ったように見返すフリオニールは「本当に酔ってるだろう?」とそう問いかける。
「いや……まだまだ序の口だな」
お前と帰るまでに、まだ時間もある…こんな所で、酔ってしまうわけにはいかない。
バーテンの恋人に酔わせてもらうまでに、酒に酔ってしまっては、意味がない…。
バレンタイン特集、第四段、クラウド×フリオバージョン。
本当はスコフリかジェクフリを書こうと思っていたのに、課題の途中で気付いたらクラフリを書いていました…謎です。
そして、この小説書くためにわざわざよく知りもしないカクテルを調べまくった人間です、課題をしろと言う話なのです。
今回はフリオ成人設定ですよ、クラウドと大人同士の付き合いをさせてもらってますな感じを出したかったのです。
ジェクトはバーのマスターっていうのも、なんか格好つけた感じですが…彼以外に適役がいませんでした。
フリオがバーテン見習いをしている店なんて、絶対に流行ると思うのですが……そう思うのは私だけですか…そうですか。
2010/2/11