恋人達に、幸あれ!!

St. Valentine's Day【幼馴染編】

ドタドタという騒がしい足音が一瞬止まり、バンッという物凄い勢いで玄関のドアが開けられる。
「フリオ先輩!!」
走って来た彼は、その勢いを抑える事なく俺へと飛び付き抱きしめる。

「うっわ!!」
「先輩!待ってたッスよ!!」

好かれているのは分かる、分かるが…全身を使った愛情表現はしなくていい。


「ティーダ…苦しいから、離れろ……」
そう言う俺に対し、彼は仕方なしに腕を緩める。
「先輩、こんにちはッス!!」
「ティーダ……とりあえず、挨拶の順番が違うな…」
「そうッスか?」
どう考えてもそうだろう、どうして挨拶の前に一旦“飛び付く”という動作が入るんだ?
溜息を吐いてそう言ったって、彼はそんな事は気にしない。
絶対に反省しないし、毎度毎度、同じ注意を繰り返すだけなのだ……。
ならば、いっその事諦めて受け入れてしまえばいいのだろうが…コチラとしては、そういう道をできるのならば取りたくはない。

何故って…コイツの行動は、人目を引くからだ。


俺とこの幼馴染は、一応は恋人という事になっている。 告白に気付いて、彼の想いを受け入れる道を選んだのは本当に最近の事なのだが…それからというもの、コイツの懐き方は以前の倍。
見かけたら、スグにベッタリとくっ付いてくるくらいの、そんな熱の入れよう。
まあ、好意を持たれるのは嬉しい事なのだが……何分、人目が気になって仕方ない。

周囲からすれば、ただの仲の良い友人のようにしか映っていなくとも…少し、度が過ぎる行動を取っている時などは気になって仕方ない。
羞恥に赤くなっているのが、俺だけというのもここでは問題なのだ。
もし、彼が行動をもっと自重してくれるのならば、俺だって少しくらい考えたっていいんだ。

だけど、コイツは全力だ。

それはもう、自分の想いに全力だ。
周囲の空気なんて、読んでくれない。
それを“人懐っこい”と言うのかもしれないが……俺の個人的意見で申し分けないが、どうしたって、それでは収まらない。


だが、それでも俺がこの幼馴染に対して好感を抱いているのも、本当の事なのだ。


「来てくれて、本当に感謝してるッス!先輩が教えてくれると、分かりやすいんッスよ」
何度も嬉しそうに俺の来訪を感謝する彼に、俺は苦笑い。
期末の前にテスト勉強に付き合って欲しい、とお願いされて、俺はまたか…と思いつつもそれを了承して、休日に彼の家に行く約束をした。
俺のOKを取り付けた時のティーダの喜びようは、尋常なものではなかったのだが…ここでは、それに触れる必要は無いだろう。
よく知ったティーダの部屋に通され、くつろいでおいてくれと言われて、俺は適当に腰かけて彼が戻ってくるのを待つ。
バタバタという騒がしい足音ではなく、今度はほとんど音もなく歩いて戻って来たティーダ。
まあ、盆を持った状態で走ったら危ないな。

「それで、何を教えてほしいんだ?」
「やっぱり数学ッス、苦手なんッスよね…」
ノートと問題集を取り出して、俺に差し示して来るティーダに、俺はその問題を読み解き方の解説を始める。

「どうだ?分かったか?」
「分かった、ッス…」
うん、本当に分かったんなら俺の目を見て同じ事を言おうな。
「はぁ……分かるまで付き合ってあげるから、分からない所はちゃんと言ってくれ」
「はーい」
そう言いつつも、彼の顔が小難しい表情から笑顔へと変わったのを見て溜息。

「何、笑ってるんだよ?」
「へへへ、フリオがオレに付き合ってくれるなんて…幸せッス」
ニッコリと笑ってそう言うティーダに、俺は呆れて溜息。
まったく、何が嬉しいんだか。
俺は問題集の回答を指示し、再び解説を始める。
できるだけ優しく解説しようとする俺に、ティーダもしっかり聞いてくれている。
こんなので、横で居眠りでも始めようならば、蹴り飛ばしてやろうかと思っていたのだが、どうやらその心配はなさそうだ。


「はぁー……疲れた!!」
二時間後、後ろへと倒れ込むティーダ。
一時間でも集中できたんなら、まぁいい方なのかな……?
そんなに疲れたのか?
「疲れた時は、糖分を取るといいんだぞ」
「糖分ッスか……?」
ゴロンと俺の方を向き直り、彼はそう尋ね返す。

「ああ」
笑顔でそう頷き返すと、俺の鞄の中からある物を取り出す。
「ほら、ティーダ」
少し照れ臭く思いつつも、その赤い包みを差し出す。
「…フリオ、コレって?」
キョトンとしたように俺を見返すティーダに、俺は視線を逸らす。
今日の日付、分かってるんだろ?

「欲しくないなら、いいぞ……」
「欲しいッス!!」
ガバッと勢いよく起き上がり、俺の目の前に手を差し出すティーダに、俺は苦笑いしつつもそれを差し出す。
包みを受け取ったティーダは、まじまじと俺の方を見つめ「チョコ、ッスか?」と、分かり切った事を尋ねる。
無言で俺が頷くと、彼の顔が輝くような笑顔に変わる。


その笑顔を見たかった、とは言え…どうしようもなく、恥ずかしい。


「サンキューッス!!マジで嬉しい!!」
強い力で俺に抱きついてくるティーダに、恥ずかしくも…嬉しいなと思う。
コイツは自分の感情に正直だから、こんな風に本当に全身を使って喜びを表現できる。
俺とは違う純粋さ。
ティーダの、こういうところが好きだ。
可愛くて、弟みたいでさ……ただ。

「フリオって、本当に可愛いッスよね」
俺に頬ずりしていたティーダが、そう呟く。
「俺が可愛いって、どうかしてるぞ」
苦笑いする俺に対し、ティーダは真面目な表情になって俺を見返す。
その、酷く大人びた表情に俺の心臓が大きく跳ねる。
「本当ッスよフリオ、フリオは昔から凄く可愛かった……今だって、可愛いよ。でも……」
「でも?」
「それ以上に、美人になったッス」
「なっ!」


ティーダそれは……それは反則だ。
そんな真面目な表情で、そういう事言うのは。
俺の心臓が、これ以上は持たない。


「美人とか、可愛いとか、いい加減にしろ!」
彼との間に腕を突っぱねて、俺は少し怒ったような口調で言う。
逸らした顔が熱い…なんて事を、相手に悟られたくはない。
だというのに、コイツは俺に触れていないと落ち着かない、とでも言いたげに、俺の頬へと手を伸ばす。

「本当なんだって、言ってるだろ?」
逸らした視線を戻され、真剣な表情でそう言われる。
真っ直ぐ過ぎるこの少年の目から、視線が逸らせなくなる。


「本当に、綺麗になっていくんだ…どんどん、綺麗に…だから不安なんだ、ずっとオレは…不安で。
オレの側に居てくれるのは、いつまでなんだろうって…オレの手が届く距離に居てくれるのは、いつまでなんだろうって……そればっかりが怖かったんだ、ずっと」
「……ティーダ?」

彼の切ない声で語られる言葉に感じる、既視感。
分かった……この声、以前にコイツが俺に対して心の内の想いを打ち明けた、あの時と同じ声なんだ。

「蝶は綺麗になったら飛んでいっちゃうでしょ?だから、フリオニールも成長して綺麗になったら…いつか、俺の前から消えちゃうのかなって、そう思ってたから」


だから、手を伸ばした。
羽化して飛んで行ってしまう前に…。


ふわり、と重なる唇。
柔らかな感触と、俺とは違う暖かさ。
一瞬だけで直ぐに離れてしまったソレに、瞬き二回。
「フリオの唇…ゴチソーサマ!!」
キョトンとする俺に、満面の笑顔でそう言うティーダ。
次の瞬間、沸騰するんじゃないかと思う位の熱が俺の顔に集中する。

「ティ、ティ、ティーダ!!!!お、おおおおお前、何してるんだよ!!」
ビックリして彼から離れ、後ろへと後退する俺を見てティーダはクスクスと笑う。
「フリオは相変わらず初心ッスね!そういうトコが可愛いんじゃないッスか!」
「そんな事言ったってな!!いきなり、その…人にキスとかして、どういうつもり……」
「どういうって、オレ達“恋人”同士っしょ?それなら、キスとかしても全然おかしくないし」
確かに、彼の言い分は筋が通っている。
だが……それでも、そのコチラにだって心の準備なり、何なりそういうものがあるというのに、急に……。

「あっ…フリオ、もしかしてファーストキスだった?」
嬉しそうな顔でそう尋ねる幼馴染に、俺は無言でそっぽを向くものの…これでは“そうだ”と肯定しているのと同じ事。

「初めてだったんだ…へへへ、フリオの初めて奪っちゃったッス!」
「何がへへへだ!!俺の気持ちを考えてみろ!!」
今なら、羞恥で死ねるかもしれない。
そう思えるくらいに、本当に恥ずかしい。
そんな俺に対し、ティーダはそれでも平気な顔をして「こういうところは、フリオよりもオレの方が大人ッスね!」なんて、呑気な事を言ってくるので、思わずその胸へ向かって一発殴る。
「イッテーッスよフリオ!照れ隠しにしては力強すぎるッス!!」
抗議の声を上げるティーダに、俺は「自業自得だろ!!」と言い返す。

「もう、照れ屋ッスね……だけどさ、フリオ…俺だって健康な青少年ッスよ。
好きな人とそういう事したいな…なんて事も考えるんッス」
そう言うティーダの体が再び俺へと近付き、前よりもギュッと距離を詰められる。
真剣な眼差し、子供染みていない表情。
大人の男らしい、キリッとした顔と纏った雰囲気に…俺はたじろぐ。

これ以上は駄目だ、と頭のどこかが非常警報を鳴らしている。


「ティ、ティーダ!!あの、これ以上は今は、まだ……」
「分かってるよ、分かってる…本当に本気で、フリオニールの事を今ここで襲ったりなんかしないって」
ニッとしたいつもの笑みに戻ってそう言うティーダ。
その笑顔を見て安心する傍ら、俺の心臓の鼓動は、早くなったまま戻らない。

あんな顔を、隠していたのか?
大人になった……というならば、自分よりもこの少年の方がよっぽどそういう風に見える。


俺は、まだまだ子供のままだ。
恋人に触れる、勇気がない。


「今日はもう勘弁してあげるッスよ、フリオからバレンタインにチョコ貰えたし、キスまでしちゃったし……今までで一番幸せなバレンタインデーッス!!」
そう満足そうに言うティーダに、俺は微笑みかける。
いつもよりも、表情にぎこちなさを感じながら、必死で笑顔を作る。
「なら……いいけど」


早く、大人になりたい…とそう思った。
俺の方が、年上のハズなのに……だけど。

この捕獲者から…逃がされたくないのだ。

あとがき

バレンタイン祭、ティーダ×フリオ編。
以前の拍手御礼小説の幼馴染設定のティフリです、後輩ではなく幼馴染なのがミソです。
幼馴染なので、人前と二人っきりの時でフリオの呼称を変えてます、そして、付き合いだしてから変えたという裏設定があったりします。

歳の差と大人っぽさは、また別の問題だよね…って話なんです。
自分の方がお兄さんだし、大人だと思っていた所に、ふとティーダが見せた大人な雰囲気にドキマギしてしまうフリオを書きたかったのです。
慣れない事は、するべきではないですね……難しかった、楽しかったんですが……。
お陰で、ティーダにあげたチョコについて触れる機会がなかったので、ここで発表しておおきます。
包みの中身はブラウニーなんです、当たり前ですけどフリオの手作りですよ!!
2010/2/6

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