ある日、俺はとても幸せな夢を見た。

夢で逢えたら…

長閑かな湖のほとりを、ゆっくりと歩いていく。
普段身につけている鎧も武器もなく、とても身軽な服装の自分。
ここは平和だから、武器は必要ないんだ…と、誰に尋ねるまでもなく、自分の頭がそう理解する。

下に生える草は綺麗な若葉、木々を揺らす風にも不穏な色は見受けられない。
そして、俺が声をあげたのは、よく陽の当たる開けた草原の向こう側。
赤いのばらが咲き誇る、美しい一帯。
「のばら、が…」


そうだ、ここは自分が夢見た世界。
のばらの咲く、平和な世界。
そっと花に近寄り、優しくソレに触れれば俺の方へと、可愛いらしい顔を向ける花に、思わず笑みが零れる。

ああ、こんな世界であればいい…。
ほんの少しの事で、優しく幸せだと感じられるような、そんな世界であれば……。


「フリオニール」
ふいに、俺の名前を呼ぶ優しい声が聞こえた、そのよく知った声の主は、俺を見つめて微笑みかける。
「こんな所で、君に会えるなんて…夢のようだな」
今は正しく夢の中なので、彼の台詞に俺は思わず笑ってしまう。
「そうだな、本当に夢みたいだよ、ウォーリア」
そう返答すると、光の戦士はゆっくりと俺の側へと歩み寄って来た。
彼も普段身に付けている鎧も、角のある兜もなく、腰には剣も下げていない。
野営地以外で見かけた事のない、彼の軽装姿に、やっぱりここは平和なんだと自覚する。


「いい所だ、平和で穏やかな気分になれる」
俺の隣へやって来て、同じ様に花を見つめていたウォーリアがそう口にする。
「本当だな」
いつかこんな風に幸せな暮らしができればいい、そう思う俺の横で彼はゆっくりと近づく。
君が好きなんだ、そう話してくれる彼に俺は微笑む。
「俺も貴方が好きです」
普段の自分からは思いもよらない、素直な言葉が口から零れる。

だってこれは俺の夢。
彼に言えない事だって、俺が抱く淡い想いだって…全て全て許される世界。
覚めたら消えてなくなる、水面に映る月影。
人の夢は、儚いと言うがそれでもいい。


例え夢でも幸せだ。
貴方が、こうして居てくれるなんて。


優しく微笑みかける彼の瞳には、照れたように微笑む俺の顔が映っている。
それが分かる位に、じっと見つめ合うのは気恥ずかしい。
だが、押し負けて俯こうとした俺に対し…それを許さないとばかりに、彼の指が捕らえた。
「もっとよく見せてくれ、君の顔を」
そう言われてしまうと、俺はそこから抜け出せなくなる。
ああ…ズルイなぁ、と思いつつも俺はゆっくりと彼の方を見る。
視線が合った、その瞬間に穏やかに微笑んでいた彼が視界一杯に広がる。
触れ合いそうだ…と思う程近くにあった彼がゆっくりと俺に触れる。
重なった唇は何の感触も無いハズなのに、どこか優しく、触れ合った側から幸せを吸い込む。

「ずっと……君とこうしたかったんだ」
少し離れてそう呟く彼の指が、俺の頬を撫でる。
照れる俺に対し、彼はぎゅっと俺の背中を強く抱き締める。
「君とこうしていられれば、それでいい…」
ここならば、それも叶うだろう?
そう言う彼の言葉に、俺は納得する。

彼も、これが俺の作りだした夢である事をよく知ってるんだ。
だから、俺が望むようにしてくれる。
俺の望むように、好きなように。
夢の中だというのに、夢の住人がこれが夢だなんて思っている…そんな矛盾を感じたりはしない。

まともな思考回路なんて、瞼の裏には存在しないんだ。
瞳を閉じてしまえば、そこは世界からは完全に孤立した場所になる。
そこで感じる矛盾に対し、現実の自分が悩まされるものではない。
ただ……今は、幸せを噛みしめておけばいい。

彼の背中へとゆっくり腕を回せば、嬉しそうに彼が頬を寄せる。
「君と、こうしていたい…できるなら、ずっと」
そう話す彼の安らかな表情に、俺は感じるハズのない温もりをひしひしと感じ取った。


「フリオ、今日はごきげんッスね」
「そうか?」
自分の機嫌の良さを指摘され、疑問形で返すものの…その理由については、自分でも大体の見当が付いている。
「何か、幸せな夢でも見たのかな?」
「えっ!?」
セシルからかけられた言葉に、とても驚く。
「いや、昨晩の君は凄く幸せそうな寝顔だったからさ…良い夢だったんだろうな、と思ったんだ」
「まあ、そうなんだけどさ…何で知ってるんだよ、そんな事」
「うん?夜中に目が覚めただけだよ、少しだけね」
まあ、それ以外に理由はないだろう…だけど、そんなに顔に現れるくらいに俺は緩んでいたんだろうか?
夢なんて、無意識下のものだからな…仕方ないか。

「それって、どんな夢だったんッスか?」
何にでも興味を示す仲間は、俺の夢の内容についての質問攻めを開始するようだった。
こんな恥ずかしい事は無い、第一……内容が内容だけに、あまりにも答えにくい。

「どんな夢って…大した事ないけど」
だが、そんなお茶を濁したような返答でこの好奇心の塊が納得してくれる訳もなく……。 「それにしては随分フリオはごきげんだし、よっぽどいい夢だったんだろ?女の子とデートする夢とか?」
「なっ!!いや、あの…別にそんなんじゃ」
「ハハハ!フリオ真っ赤ッスよ、さては図星だろ?」
そう言われて否定できない自分を恥ずかしく思いながら、面白がる仲間の視線から目を逸らす。
「デートって、そんなんじゃなくて…ただ、平和になった世界で大切な人と一緒に居るような、そんな夢だったんだよ」
自分の見た夢の内容を掻い摘んで話すと、ティーダはニヤニヤ笑いながらそれを聞いている。
人の話くらい真面目に聞いたらどうなんだ、としかると彼は笑ったまま「ゴメン」と謝った。
反省の色が全く見えない謝罪の言葉に、俺は溜息を吐く。

「それで、その大切な人って誰ッスか?」
彼の質問に、俺の心臓が大きく跳ね上がる。
「そんな事いいだろ、別に!!」
答えられる訳がない。
俺の大切に思う人…それは、俺達の仲間の中に居る、あの光の戦士だ。
こんな事がバレるのは、マズイ…本当にマズイ。
だが、それこそがこの話題の核心だ…とでも言うように、彼は俺に迫って来る。
「えー聞きたいッスよ、ね?セシル?」
「フフ…まあ、興味あるかな」
「なっ!セシルまで何言ってるんだよ!!」
こんな所で人数までも負けてしまたら、俺はどうしたらいいんだ。

そんな、助けを求める俺を救ってくれたのは、ある人の声。

「三人共、出立の準備は整ったのか?」
背後から近寄って来る、鎧が放つ独特の金属が擦れ合う足音。
「あっ、ウォーリア」
ティーダの発した名前に、ドクリと心臓が再び跳ねた。
「用意が済んだのなら早くここを出よう。ああ…フリオニール、少し話があるんだが……いいだろうか?」
「えっ…あ、ああ。分かった」
彼の方を見て頷くと、彼は表情を変えず頷き「ティーダ、あまり彼をからかってやるな」と、さっきまで俺を困らせていた仲間を注意する。
「はーい、了解ッス」
俺の時とは違って、素直に頷くティーダに、やっぱり、俺とこの人じゃ威厳が違うんだな…と思った。

「ウォーリア、話って何なんだ?」
準備の終ってないティーダが、急いで荷物を纏めに行くのを見送ってから彼にそう尋ねると、これから先の進路や予定について話出す。
話しをする時は、相手の目を見て話すようにとよく言われて育ったのだが…この人の前でばかりは意味が変わって来てしまう。

整った顔、空の様に透き通った瞳…光を放つ白い肌。
こうやってマジマジと見れば見る程に、彼はどこか人ではないように思えてくる。

整い過ぎているのだ。

芸術家が彫った、大理石の神像のようなのだ。
完璧なまでに整った顔立ちと、揺るがない精神、戦士としての立ち居振る舞い。
そのどれもが完璧。
だから……憧れる。


「…と、思うのだが、君はどう思う?」
「俺も、それでいいと思うよ」
彼の提案に強く頷くと、彼も安堵したかのように頷いた。
「君がそう言ってくれるなら、大丈夫そうだな」
「俺なんかの意見でいいのか?もっと参考になりそうな人は、居ると思うけど」
自分を頼ってくれるのは嬉しいものの、なんていうか…力不足のような気がしてならない。
だからついつい、そうやってマイナスにして聞いてしまうものの、彼はゆっくりと首を横振る。
「君は頼りになるからな、発言に迷いがない」
「そんな事無いんだけど…」
恥ずかしいやら照れてしまうやら、つい彼から視線を逸らす俺に、ウォーリアが軽く溜息を吐く。
「そうでもないさ、君はもう少し自分を信じた方がいい……ところで、フリオニール」
「ん?何だ?」
「君には、恋慕う人が居るのか?」
ウォーリアの口から出た一言に、俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。

「あ、あの……」
「済まない、君を困らせるつもりは決して無いんだが…ティーダとの会話が聞こえてきて、な」
そりゃあ、アレだけ大きな声で話していたら聞こえもするだろう、それに彼は去り際に俺の事を困らせるな、なんてティーダに注意してるんだ、聞かれていた事は最初から分かっていたけどさ…。
この人の口から改めて言われると、あまりにもその言葉は…重い。
夢の中の様に、軽い気持ちで「貴方が好きだ」なんて、素直に口にできない。
困ったように黙り込む俺に対し、ウォーリアの大きな手がゆっくりと頭を撫でて行く。

「その人が、どういう人なのかは知らないが…君にとっては特別な人なんだろう?」
彼の問い掛けに、俺は小さく「はい」と答える。


そうだ、特別だ。

超然とした雰囲気、人ではないのではないかと思ってしまうくらいに整った顔立ち。
決して曲げない信念、それでありながら芯が強く、紳士的な人柄。
俺の憧れる…完璧過ぎる戦士。

目の前の青い鎧の戦士は、俺にとっては近付き難い位に神聖な人だ。
故に夢の中での行動は、あまりにも信じられなくて…だから夢だと思ったんだ。
この人が、俺に向けてそんな好意を示してくれるなんて……世界が逆転したって、あり得ない。


「大事にしてあげなさい…その人の事を」
「……はい」
ゆっくりと頷く俺に、彼は少し笑いかける。

彼の、優しさからかけられた言葉に……胸が焼けそうだ。
どんなに望んだって、どんなに想ったって、彼にはこの胸中は語ってはいけない。
俺の勝手な想いで…この人を困らせたくはない。
そんな事、してはいけないんだ…。


『面倒な奴だな…お前』
俺の中で、もう一人の俺がそう声を上げる。

『そんな奴の事、好きになんてならなかったら良かったんだ』
それができれば…どんなに良かっただろう。
『無かった事にして、忘れてしまえよ…そんな事。勘違いなんだって思って、忘れろよ』
そう思えるなら…どんなに楽になれるだろう。


「そろそろ出立の時間だな、引きとめて済まなかった」
「いや、いいんだ…じゃ、俺も準備してくる」
そう言って彼に向けて笑いかける。
上手く笑えているかどうか、自分では自信は無かったけれど…でも、彼の表情は変わらなかったから…きっと、普段通りの自分なんだろう。


表面を取り繕えば、普段通りに暮らせるんだ。
下手に波を立てずにいればいい、そうすれば…全ては円滑に進んでくれる、ハズだ。
俺の内側に、溢れているモノには…触れて欲しくなんてないんだ。
きっと嫌がられるだろうから。

だけど、許してほしい。
夢で貴方に逢いたい、と…そう願うのは許して欲しい。


「ああ、俺って…狡いな……」


to be continude …

あとがき

以前にウチと相互リンクして下さってるなかた翔さんが、ゴースト対戦でなかたさんのフリオに三回負けたらWOLフリを…という発言をされていたんですが……。
私、きっかり三回負けました…ので、WOLフリ話を頑張って考えてたんですね、遅くなりすぎています。
今の状態でのシリーズ物は危ない、と思いつつ…一話で終わる話じゃないので続きます。
どうせなら、もっと明るい話でやれば良かったのに雰囲気暗いですし、これから更に暗くなっていきます。
最終的にはハッピーエンドになればと思っています…まあ、予定は未定ですが作者の傾向的にこれは外さないと思われます。
2010/3/12

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