恋人達に、幸あれ!!

St. Valentine's Day【生徒会長編】

『明日、少し残ってもらってもいいか?』
予期せずに送られてきたメールに、俺は直ぐに了承の返事を送る。
どうせ、行き帰りを共にしているんだから、いつだってチャンスはあるんだろうけれど…でも、そのチャンスが増える事に悪い事はない。
ゆっくりと深呼吸、大きく吸って…。
完成したばかりの、チョコレートを見て溜息……。

“逆チョコ”なる文化が生まれてくれたお陰で、両親には笑われつつも「お前らしい」と言われて、一先ず心配。
女の子にあげる…と思われているであろう菓子を、俺は複雑な思いのままラッピングにかかる。
流石に話せないよな……俺の恋人が、親もよく知ってるあのウォーリアだ、なんてさ……。
同性の幼馴染の姿を思い浮かべて、頬が熱くなるのを感じ…俺はフルフルと首を振って幻想を取っ払う。

料理は好きだが、お菓子作りに関しては素人もいい所。
簡単に作れるもので、なおかつ悪く見えないもの…なんてこれくらいしか思い浮かばなくて、作ったのは生チョコ。
初心者向けの柔らかなチョコレート菓子は、俺が心配していたよりは上手くできているようで安心した。
箱の中で綺麗に揃えられたチョコレートを丁寧に包み、明日これを渡す相手の事を考える。

我ながら女々しいな…と思うが、作った以上は仕方ない……。
もし…彼が喜んでくれるのなら、それでいい。

「やっぱり…俺って女々しいな」
溜息と一緒に呟いた言葉は、予想以上に虚しく響いた。


「お、おはようウォーリア!」
変に上ずった声の挨拶に、自分の緊張が完全に表に出ているのを感じ、情けなくなる。
「ああ、おはよう」
俺とは対照的に、全く動じもせずに挨拶を返すと、隣りへとやって来るウォーリア。
「今日は寒いな」
「確かに、気温が低い」
そんな当たり障りのない会話を交わしつつも、俺の心臓は早鐘を打ち続けている。
鞄の中に収められた、たった小さな包み一つが、こんなにも自分を追い込んでくれるなんて。

「そうだ、昨日のメールは見たな?今日は悪いが、生徒会の報告書の作成に付き合って欲しいんだ」
「うん、俺にできるなら付き合うし」
そう返答する俺に対し、彼は二コリと笑顔を返す。
「すまないな、君が居てくれるとはかどるんだ」
彼のその言葉に、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。

どうして、そんなに綺麗な顔でそんな事を言えるんだ?

結局、切れない緊張の糸によって、一回目のチャンスを俺は流してしまった。


この学校の生徒であれば、生徒会長である彼の存在を知らない者は居ない。
稀に見る秀才、整った顔立ち、正義感に溢れた性格……そんな彼に、憧れない者はいない。
…俗物的に言えば、かなりモテる。

「ふわー…先輩、コレ何ッスか?」
「おそらく…チョコレート、だな」
昼休みの教室の一角、うず高く積まれるように存在しているソレを見て、ティーダは驚きを隠せないようだ。
直接渡してくる人間には「そういう物は受け取れない」と去年全て突き返したのが、既に全校で知れ渡っているからなのか…彼の靴箱・机・ロッカー等に押し込められていた色鮮やかな包みを見て……色んな意味で溜息しか出ない。

「スッゲー!!こんなに絶対、先輩が校内で一番ッスね!」
このお気楽な後輩は、羨望の溜息。
「正直、持って帰るのが大変なんだが……」
ウォーリアは、ありがた迷惑からくる疲れの溜息。
「そうなんだ……」
俺は、これからしようと思っていた自分の行動に対する、絶望の溜息。
「だからといって、無碍に扱えないからな」
そんな俺達の会話を聞く幼馴染の、呆れの溜息。

人前で渡すつもりなんて、全くなかったのだが……こんな物を見てしまうと、ただでさえ渡しにくい物が余計に渡しにくくなってしまう。

「どうしたんッスかフリオ先輩、浮かない顔して」
「えっ……いや、別に」
人から指摘されるくらいに、顔に表れていただろうか?
「ははぁーん…さては、自分が一つもチョコ貰えない事に関して嫉妬してるッスね!」
「えっ!!いや、俺は別にそんなつもりは!!」
つい声を荒げて言い返してしまうが、赤くなって言い返してもズバリ図星を引き当てられたようにしか映らない。
そんな俺を見つめるウォーリアの視線が、瞬時に冷めたモノに変わった気がするのは…俺の気の所為だろうか?
「おーい、フリオニール呼ばれてるぞ」
「えっ!何だ?」
正直、この瞬間のクラスメイトの声が天の助けのように聞こえたのは、言うまでもない。

彼に呼ばれて俺が入り口へと向かうと、教室の入り口付近に溜まった数人の女の子。
ネクタイの色から、同じ学年である事は分かるが…クラスの多いこの学校で、会ったような覚えはない。
「ねえ…今、時間ある?」
「あっ……まあ、大丈夫だけど」
「なら、中庭のさ花壇あるでしょ?あそこの真ん中の花壇まで、今すぐ行って」
彼女達の中に広がる、どこか浮ついた空気に……俺は、背筋に嫌な予感が走った。

「今すぐって……今すぐに?」
「そう!今すぐ!!」
そんなに急かされて、一体何があるというのか…と思いつつも、このまま教室へ戻るわけにもいかず、彼女達の言葉に従って中庭へと下りる。


中庭の花壇は園芸部の活動場所の一つなのでよく知った場所だ、暖かい季節ならば、ここへ下りてきて昼食を取る生徒も多いのだが……北風の吹く冬場に、わざわざ外で食べようなんて思う物好きはおらず、今この場所は閑散としている。
そんな中庭の端に、小柄な女の子の姿を見つけた。
「あの」
その子に声をかけると、ビックリしたように肩を揺らすと俺の方を見て、目を見開いた。
ああ……やっぱりそうか。
「ごめんなさい、わざわざ呼び出して」
「いや、いいんだ…君は、図書委員の人だよね?」
「えっ……覚えてた、の?」
驚いたようにそう尋ねる彼女に、俺は頷く。

別に名前まで覚えているわけではない、ただ…顔を合わせる回数が多いから、何となく見覚えがあっただけだ。
「まあ、利用者だからね…それで、俺に何の用?」
そう尋ねつつも、用件なんて聞かなくとも分かっている。
「ずっと、貴方の事が好きだったんです…受け取って、下さい」
俯く彼女が、両手に握った綺麗なラッピングに包まれた包みを、俺へと差しだす。
それを見て、小さく溜息。
「ゴメンね、俺さ…その、好きな人…居るんだ」
途切れ途切れに、伝える彼女への返答に、ビクリッと小さな体が大きく揺れた。
「本当に、ゴメン」
深く頭を下げる俺に、彼女は逆に驚いたようで「止めて!謝らなくていいから」と、俺に顔を上げてくれるように懇願する。
「その人、良い人なんだ?」
「うん、俺の幼馴染でさ……ずっと、昔から好きなんだ」
「そっか……ありがとう、聞いてくれて」
そう言う彼女が、立ち去ろうとしてふと立ち止まる。

「コレ……受け取って、くれない…よね?」
未練を残したように見つめる彼女の手にある、綺麗な包み。
それを持つ手が震えているのを見て、俺は、ふと自分自身を思う。
想像以上に、誰かに想いを伝えるのには勇気は要るものだ。
勇気を持って、行動した彼女の未練。
そうだよな…できれば、相手に食べて欲しいって…誰だってそう思うよな……。
「俺が、貰っていいの、かな?」
「受け取ってくれるの!?」
「人の想いを、無碍にはできないから、ね…」
そう言って笑う自分の顔が、果たして上手く笑顔を作れているのかどうか、全く自信はない。
だけど、彼女が最後に笑って「貴方らしい」なんて言ってくれたから……まあ、良かったのかな…?


そんな風に、女の子から勇気を貰ったものなのだが……その代わり、教室に帰ってからの恋人の視線が、完全に零下だった事に俺の勇気も、直ぐに削がれた。
何とかして…機嫌を取り戻さないとな……。


そして迎えた放課後、結局の所…昼休み以降に時間がなく…むしろ、ウォーリアに話しかける勇気もなく、この時間まで過ごしてしまったわけだ……。
掃除当番を終えて、生徒会室へと向かうと…不機嫌そうなウォーリアが入ってきた俺を一瞥して、「すまないな」と全然そうは思っていないような声で言った。

「ウォーリア……怒ってる?」
「そう見えるなら、そうだろうな」
否定しないって事は怒ってるんだろう?

「昼間の事、気にしてるなら本当に誤解なんだ…ティーダの言ってた事なんて、本当に気にしないで」
「告白、されたのだろう?」
俺の弁明に対し、そんな事は意に介して居ないとでも言うように彼はそう尋ねる。
「……ああ」
「何て返事をしたんだ?」
「丁寧に断ったよ、当たり前だろ?」
俺は貴方の恋人なんだ、だから……。
だが、そう言ってもウォーリアの表情はまだ晴れない。
「断ったのに、受け取ったんだな」
教室に戻った時に、俺が持っていた小さな包みについて彼は咎めているらしい…。
「人の想いを無碍には扱えないよ……どんなに必死で、勇気を出して言いだしたのかって、思うと…余計に、さ」
そう言う俺を「君は、人に優しすぎる」と、彼は咎めた。
優しすぎて悪い事なんてあるだろうか?できるならば人を傷つけたくない、その為には誰かが柔らかくなる必要があるのだ。
俺には、その役割が性に合ってる…それだけの事。

「その優しさが、君が人に好かれる理由なんだ……フリオニール、私はやっぱり心配だ」
「何が?」
そう尋ねる俺を見返す真剣な眼差しに射竦められ、俺は動きが取れなくなる。

「他の者に好かれる君が、そうやって人の想いを断れない君が……いつか、離れてしまわないか…と」
真面目な表情で俺を見返す彼の目から怒りが消え、ふとどこか寂しげな色を映す。
普段の強さはそこにはなく、どうしようもなく不安に沈んだその目。
「ウォーリア、そんなに…俺って信用ならないかな?」
「別に君を信用していないわけじゃない。ただ…君が誰とでも分け隔てなく優しく接してしまうから…。本当に私が特別なのか……時々、疑わしく思えてくるだけだ」
「ウォーリア」

そんなに怖がらなくても、俺が貴方程、大事に思っている人なんて居ないのに……。


彼の隣りへ腰を下し、そっとその髪を撫でる。
癖のある柔らかい髪の下、俺を見つめる目が柔らかくなったのを見て、安堵の息を漏らす。
「心配しなくとも、俺は…貴方が好きだ」
「分かっている…だが、私は心配性なんだ」
「我儘の、間違いなんじゃないか?」
そう言う俺に対し、ウォーリアは苦笑いを返した。


今が、多分…今日一番のチャンスだ。


「ウォーリア……俺、渡したい物があるんだけど」
自分の鞄を開けて、底の方に入れていた包みを取り出す。
「コレは?」
「今日、バレンタインデーだろ?……ウォーリアは、迷惑かもしれないけど…俺から、ウォーリアへ」
真っ直ぐに俺を見つめる彼の視線に居たたまれず、俺は目線を床へ向ける。
そっと俺の手から包みを受け取ると、引っ込めようとした俺の腕をウォーリアの手が掴んだ。

「ありがとう、フリオニール…君からのチョコレートが、ほしかったんだ」
嬉しそうに微笑んでそう言うウォーリアの幸せそうな表情に、俺は酷く満たされた気分になる。
「……美味しいかどうか、自信は無いぞ…初めて作ったんだし……」
「君が作ってくれたのか?私の為に?」
そう尋ねるウォーリアに、小さく頷き返すと彼は更に笑みを深めた。
「君の手料理はいつも美味しい、だから…期待しても大丈夫だろう」
「…ありがとう、でも、あんまり期待するなよ」
照れ隠しにそう言う俺の頬に、ウォーリアの手が伸ばされる。
頬を包む相手の温もりに、少し目を細めれば嬉しそうに俺を見返すウォーリアの、透き通った青い瞳が近付く。

柔らかく触れる唇の感触。
俺の背中へと伸びてくる相手の腕の前に、俺はウォーリアの胸を押し返す。
「どうした?」
行為に水を差された事に対して非難の目を向けるウォーリア、だが俺にだって言い分はある。
「いくら人の目がなくったって、学校でこういう事するのは…ちょっと……」
語尾に行く程小さくなっていく俺の言葉に、ウォーリアは小さく溜息。
「なら……早く終わらせて帰るか」
しぶしぶといったように俺から離れると、机の上に置いておいた、俺があげた菓子の包みを自分の鞄へと仕舞う。
「今日はこの後、時間は大丈夫か?」
「まあ、空いてるけど」
「なら、私の家へおいで…そこなら、人の目も気にならないだろう?」
有無を言わさぬウォーリアの言葉に、俺は溜息交じりに頷き返す。


真面目で正義感の強い憧れの生徒会長は…本当は我儘だし、酷く嫉妬深いのだ。
まあ、愛されてるっていう事だろうか?

そう思うと……なんか、照れくさいな。

あとがき

バレンタイン祭、WOL×フリオバージョン。
学校パロのバレンタインデー、とてつもないベタな事をさせましたね……仕方ないじゃないですか、その程度の知識しかないですとも。

本編では触れてませんが、実はクラウドもかなりの量のチョコを貰っています、羨望の眼差しで見ていたティーダも同様。
この三人に対して、フリオは地味で大人しい子に好かれそうなイメージが強いです、図書委員とか完全にそっちのタイプです。

ただ、ウォーリアはあまり甘い物が好きなイメージないので……バレンタインデーの後は、チョコレートの処分に困っているんだろうな。
2010/2/3

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