人間の中は、理性と欲望の両方を持っている
その二つに挟まれて、身動きが取れなくなった時……

俺、どうしたらいい?

Lust or Rational

「なぁシャドウ、自分がどうしてもしなければいけない事があって、凄く集中したい時に、誰かに横からちょっかいかけられるのはどう思う?」
リビングでテレビを見ていた俺の隣りへとやって来て、しばらく談笑していると、急に何の前触れもなく兄貴はそう尋ねた。
別段そんなに興味もないテレビのバラエティー番組を、聞き流しつつ、兄貴の問いに合った答えを探す。
「……そりゃ、まぁ…凄く苛立つけど」
俺の返答を聞き、兄貴は満足そうに「だよな?」と言った。

「俺、入試まであと二週間なんだ」
「…………うん、それは知ってるけど」
カレンダーに赤いペンでしっかりと目立つように、そう書いてあるし。

「だから、これから本気で勉強したいんだ」
いや、本気でって…兄貴、普段から勉強してるのにまだ本気とかあるの!?
えっ?学年一位の秀才はまだ努力するの?凄い頭いいのに?
そんなに気にしなくったって、兄貴なら第一志望で合格できるって!!

「……で?」
嫌な予感がする、とてつもなく嫌な予感が……。
そしてその予感通り、俺の癒しの天使はそれはもうそれだけで体力が全回服できそうなくらいの、輝く笑顔で俺を見返して…。


「だから、入試終わるまで…俺に手出すの禁止な」


「……えっ、ええっ!!」
俺に死刑宣告した。


「あー…イライラする……」
「どうしたんだよシャドウ?最近、めちゃくちゃ殺気立ってるぞ」
お気楽そうにそう言うバッツに、俺は大きな溜息をくれてやる。

禁欲生活も、そろそろ一週間。
始めこそ、ちょっと我慢すれば二週間くらいなんとかなるだろう…なんて思っていたけれど、俺の読みはすこぶる甘かった。

五日目を過ぎたくらいから、本気でイライラする。
右手のお世話になるのは、直ぐに飽きた。
記憶の中の兄貴はいつもエロいんだけど、だからこそ現実に抱けない事が酷くもどかしい。
なまじ同じ屋根の下で暮らしているだけに、そのイライラは募るばかりだ。

前に欲求不満で押し倒した時は、それこそ俺の理性の脆さを知った瞬間だったのだが…アレでもなんとか謝り倒して許しをもらえた。
だが、今回は兄貴の入試というものが掛かっているわけで、兄貴の口からきっぱりと「禁止令」が引かれている以上、それを破った時に何が待ち受けているのか…それはもう恐ろしくて想像したくもない。


「成程、受験で禁欲生活ね…まあシャドウは性欲の塊だからな」
「ウルセェ…余計なお世話だ」
そんな台詞を、以前にバイトの同僚からも聞いた気がする、何だよ…皆揃いも揃って、俺そんなに性欲強く見えるのか?
俺はいたって普通だ!普通!!普通の健康な男子高校生だ!!

「まぁまぁ、そんなの健康な男子高校生の証じゃんか…そんな可哀想な友人に、バッツさんから救いの手だ!」
そう言うと、自分の鞄から何かの包みを取り出して俺へと渡す。
袋の中身を確認すると…ソレは、一般的に“AV”と言われるDVDだった。

「お前……コレどうしたんんだよ?」
「友達に貸してたんだよ、俺の秘蔵コレクション。貸してやるから、有効活用しろよ」
ニッコリと人懐っこいと称されるような笑顔を俺へ向けてそう言うバッツ、ただ、状況が状況なだけに、その笑顔も酷くイヤらしいものに見えてくる。

「あのさ……俺の家、兄貴が居るから…こういうの持ち込めないんだけど」
「マジで!それって本気で刑罰だな…あっ、でも委員長も今は受験勉強中なんだろ?部屋に籠ってやってるなら、コッソリ見れるんじゃないのか?
それにほら、いくら真面目だって言ったってさ、委員長だって健康な男子高校生である事には代わりないんだし、彼女の前で見るわけじゃないんだからさ…後ろ暗い事なんかないって!いっそ、息抜きがてら兄弟で見たら?」
委員長にはAVは刺激が強すぎるか?なんて笑って言う、このお気楽な友人には大変申し上げにくいのだが……。


その真面目な委員長が、俺の恋人なんだっつうの!!


「まぁ、礼はいいからさ!」
そう言って、押し付けられるようにして友人からAVを貸されてしまったわけなのだが……。


「はぁーあ、どうすっかなぁ……」
深夜0時を回って、リビングには俺一人。
部屋で勉強を続ける兄貴は、来週の入試本番へ向けて何時間も籠りっきりだ。
「あんまり、根を詰め過ぎるなよ」と言って、夜食を差し入れしてあげると、嬉しそうに微笑んで「ありがとう」なんて言ってくれるので、その場で押し倒しそうになった。
もうマジでどうしよう、その笑顔だけで俺の中で欲望が暴れ出しますよ。
にしても、ヤッてないのは兄貴も同じのハズ…兄貴は平気なのか?
溜まったらどうしてるんだろう?……って、自分で抜く以外に方法は無いわけなんだけど…。
俺とヤッてる時の事を思いだしながら、一人で頬を染めて自分のモノを慰めてる兄貴の姿……なんて想像して、一人で勝手に撃沈。


どうするよ?勃ち上がった俺の息子……。


何度目か分からない溜息を吐いて、決意を固めて借りたAVをDVDプレーヤーの中に放り込む。
勿論、音を出さないようにヘッドホン装備。
そうして、いざ再生してみるも……バッツには悪いが、今一つ面白くない。
まあ確かに女優は美人だし、かなり胸も大きくてナイスバディーだし、エロい事してアンアン鳴かされてるわけなんだけど……。
俺の求めてるモノとは違う。

興奮しないんだよね、女だと。
…いや、別に男の体に興奮するような変態になったつもりはない。
俺が興奮するの、兄貴の体なんだよね…やっぱり。

「ってか、やっぱりAVはどっか作りものっぽいよな」
特に女の表情なんて、それっぽく見せているだけに見える、演技染みているというか、何ていうか……。
話の内容も強引だしさ、リアリティ無いよな……まあ、そんな事言ったら最後なんだけど。
柔らかそうな女の体も、画面越しではその感触も伝わってこないし…大体、俺は別段、巨乳好きなわけじゃないし。
ものには程度ってものがあるんだよ、程度ってものがさ。
おかしいな、ちょっと前までならAVでもそこそこ興奮したハズなんだけど。

「これも、兄貴の力かな」
この女優より、ヤラれてる最中の兄貴の方が何倍もエロいね…っていうか、凄いリアル。
まあ、現実にヤッてるんだから、リアルなのは当たり前なんだけど。

男の太いモノに突かれてヨガッてる女の姿を見つつ、これが兄貴だって思ったら興奮するかな?…いや、他の男にヤラれてる兄貴とか絶対許せないな…なんて、そんな事を考えつつボーと映像を流す。
何だろう俺、体は健康な男子なハズなんだけどな……。
俺が求めてるのは性的興奮じゃない、兄貴と感じる性行為にこそ意味があるんだよな…っていうか、兄貴にしか魅力感じないとか…ある意味じゃ俺、かなり純情だよな?

「まあ、動悸が不純だけどさ」
そう小さく呟き、自分の言葉を鼻で笑い飛ばす。


「まだ起きてたのか?」
興奮するよりも内容に対して笑いが込み上げて来た俺の背筋に、冷たいモノが流れる。

ヘッドホン越しに聞こえた、自分と同じ声…。


「あっ…兄貴!!!!」
慌ててテレビの電源を消して振り返る…が、そんな事で隠せたとは思えない。
ヘッドホンを外し、取りあえず、居住まいを正す。

「…………」
「あの……」
真顔で見返さないでください、背後にどす黒いオーラを纏いながら。
兄貴からの制裁を待つ俺に対し、兄貴は小さく溜息。


「…そんなに、耐えられないか?」
「……はい」
思ったよりも優しい声の兄貴に、俺は心の底から安堵する。
俺の前までやって来ると、兄貴はすっと俺の目の前に座った。
「ゴメンな、お前に辛い思いさせて…」
そう言って、俺の頭をグシャグシャと撫でる。

怒られると思っていただけに、なんていうか…この反応は予想外だ。
少し困ったように俺を見返す目も、申し訳なさそうなその表情も、なんていうか…凄く色気があるんですが。
ああ…どうしよ、可愛い…押し倒したい。


「こんなもの、一体どうしたんだよ?」
DVDのケースを眺め、そう尋ねる兄貴に正直に「バッツに貸された」と伝える。
「へぇ……そう」
平常心を保ってそう答えているみたいだけど…兄貴、声震えてるし、顔赤いよ。
相変わらず、こういうものは苦手みたいだね。

「…やっぱり、女の子の方が…いい?」
俺と視線を合わせず、そう尋ねる兄貴を見て、俺は予想外の事に焦る。
ん……何?兄貴。もしかして不安に思ってる?

「全然!俺は兄貴が一番だよ!!」
強い声で否定するも、兄貴の表情は晴れない。
「でもさ、やっぱり…」
「いやいやいやいや!!俺が興奮するの兄貴だけだし!!」
大きな声でそう断言すると、俺の方を呆然と見返す兄貴の顔が次の瞬間真っ赤に染まった。

「おっ……お前、何言ってるんだよ!!」
照れ隠しなのか、それとも羞恥なのか、兄貴の平手打ちが俺の頬にクリーンヒット。
何この状況…兄貴の方こそ、俺に何言わせるんだよ!!

「兄貴にしか興奮しないから……俺、マジで今限界なんです」
俺の声の悲痛さを感じ取ったのか、兄貴はそこで一旦動きを止め、再び大人しく俺の前に座る。
まだ赤い頬のまま「そ……そうか」と呟く、その顔を眺めつつ、自分の中でこれは兄貴からのOKサインなのではないか?という疑問の声が上がる。

そりゃ、俺がシテないんだから兄貴もシテないわけだし、溜まってないとおかしいですよね?
こういう性生活において、兄貴がどこまで耐久があるのか知らないが(とりあえず、俺より淡白なのは間違いない)そろそろ、厳しくなってくる頃じゃないか?
それを解消してあげられるのは、俺だけ…だよね?

いやいやいやいや、駄目だろう!!

「あの……何ていうか…ゴメン」
ペコリと、申し訳なさそうにひとまず謝る兄貴に、俺は小さく溜息。
「大丈夫だよ兄貴、コレも…兄貴の為だし」
膝の上に置かれた兄貴の手を取り、そっとそこに口づける。
我慢だ我慢、俺だってやればできるって!

「兄貴も、勉強中なんでしょ?…俺の事なんか気にしないでさ、受験頑張らなきゃ駄目だぞ」
そう言って、今度は兄貴の唇にキス。
本当は奥まで味わいたいけれど…でも駄目だ、駄目…ここでやっちゃったら、俺間違いなく兄貴の事を押し倒す。
そんな事しようものなら、兄貴に愛想尽かされる。


「頑張ってよ、兄貴」
俺も頑張ってるから、貴方の為に。
だから…俺の理性が保たれている内に、早くこの場から立ち去って下さい。

「うん、ありがとうな」
そう言って頬を少し染めて微笑む兄貴の表情に、俺自身はノックアウトされた。
「じゃあ、お休み」
「……うん」
部屋から出て行く兄貴の後ろ姿を眺めつつ、自分の中で沸き起こる押し倒したい衝動を、俺の中の理性を総動員させて押さえつけた。


「はぁー……俺、もう死ぬかも…」
そう呟いて、絨たんの上に盛大に寝転がる。
何だよ、たかだか笑顔に反応するって…今までずっと同じ屋根の下、兄貴の笑顔独り占めしてきたというのに…。
俺、まだまだ兄貴の事愛していられるよ、コレ。


「バッツ、コレありがとうな」
一応、礼を言って借りていた奴の言うところの“秘蔵コレクション”を返却する。
「へへへ、結局見たのか…で?」
「うん……いいんじゃないか」
「…何だよ、その反応」
思っていたような反応が帰って来なかったのが、どうやらこの友人には不満だったらしい。

「いや…俺はやっぱり、リアルにする方が性に合ってるな…と」
正直に自分の感想を伝えたところ、友人はそれを聞き大きく溜息を吐いた。
「はぁ…まったく、彼女持ちは発言違うよな、ってかお前相手じゃ彼女も持たないだろ?」
「ああ、大丈夫大丈夫、多少は手加減してるし」
性欲の塊とか言われてるけど、俺だって人を気遣う気持ちくらい持ち合わせている。
そうしないと、嫌われるだろ?
しつこい男は振られるんだぞ。

「それ、手加減しなかったらどうなってるんだよ……まったく、世の中間違ってるって…何でこんな性欲の塊に彼女が居て、俺には居ないんだよ」
黙れ、フラグクラッシャーのクセに彼女欲しがるお前が間違ってるんだよ。
「彼女、受験いつまでだっけ?」
「今日が最終日、って事で…今日は俺、早く帰るから」
「何?…デート?」
そう尋ねる彼に俺はニヤリと笑いかけ、「まぁね」と答えると、友人は盛大な溜息と一緒に「このリア充め!!」と俺の背中をぶつ。
それにしても、お前もうちょっと手加減しろよ…結構痛かったぞ。
「はーあ、お前なんか性欲強くて彼女に嫌われろ!」
「そんな嫌われ方だけはしないから安心しろ」
「ぐわぁああムカつく!!」
身悶える友人を愉快に思いつつ、今夜の事を思う。
さてと、どうしてくれようか……。
「お前、凄いイヤらしい顔してるぞ」
そう指摘する友人に、俺は勝ち誇った笑顔を作り、「そりゃ、性欲の塊ですから」と答えた。


「ただいま」
「あっ、お帰り兄貴」
受験で帰りが遅くなった兄貴を迎えに玄関まで向かうと、俺に笑顔で「ただいま」と言ってくれる兄貴。
その笑顔の可愛さに、思わず腕が伸びる。
「お疲れ!!帰って来るの待ってたんだぞ」
兄貴に抱き付くと、疲れているというのに兄貴は笑顔を崩さない。
「俺、兄貴の為にご飯作って待ってたんだぜ、あーもういつ帰って来るかと思ってた」
苦しがっている兄貴を抱きしめる腕を少し緩め、そう言うと兄貴は心底驚いたような表情を見せた。
「夕飯って……お前が?珍しい」
「疲れてる兄貴の代わりにね、まあ兄貴程上手くはないハズだけど…俺なりの労わり、かな?」
「そうか…嬉しいよ、ありがとう」
心から笑ってくれる兄貴に、俺のテンションはMAXだ。

ああもう…可愛いよ、兄貴。
この場で押し倒したい、という衝動を笑顔で隠しつつなんとか抑え込む。
「何か、お前が優しいと怪しいな」
「えっ……何が?」
それはもう、ギクリという盛大な音が俺の背後で聞こえた気がした。

うん…いや、確かにありますよ…心の中にやましい気持ちが。

「そんな事言わないでよ兄貴、俺だって優しい時は優しいんだって!!」
「ふーん、あっじゃあ俺着替えてくるから」
そう言って部屋へ入る兄貴を見て、俺は小さく安堵の溜息を吐く。
この二週間で、何度めの溜息なんだろう?

「まっ……いいよ、今晩はお腹一杯になるまで、兄貴のこと頂きますから」
ニッと笑って兄貴の部屋のドアへ向かって、俺は小さくそう呟いた。

あとがき

アナザー×ノーマルフリオ、現代パロの双子で“お預けくらった弟”というリクエスト頂きました。
一話にまとめる予定だったのに…結局まとまりきらなかったのです。
この後、後編では受験終わったばかりのお兄ちゃんが、美味しく頂かれます。

高校生っぽい雰囲気を出そうと色々と奮闘してみました…AVとか、見た事ないんですけど、ああいうのは性欲を満たす為のものというイメージが強いので、興奮しなければ面白くないのでは…という、そんな勝手な想像です。

しかし、アナフリがどんどんエロガキになっていっている事に対し、誰からも抗議が来なければ、このまま更に悪化していくと思われるのですが…問題ないのでしょうか?
2010/1/27

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