傲慢で、我儘で、独占欲の強い男…
そんな男に愛されるのも……悪くない?
Nocturnus〜傍迷惑な嫁自慢〜
「最近、庭の手入れをしているらしいな」
ソファに座って本を読む俺の隣りに座り、俺の長い髪を気に入っているらしいマティウスは、俺の髪を梳きならがそう尋ねる。
「まぁ、する事もないし…部屋に籠ってばかりだと体に悪いからさ…何か、問題でもあるのか?」
人間の土地とは違うらしい、この城の中には見た事もない植物があったりして、手を加えるのが時々怖いんだが……。
そんな俺に、マティウスはフッと微笑みかけると「お前が何をしているか興味があるだけだ」と言った。
「マティウスは、花好きなのか?」
「嫌いではないな」
俺の質問にそう返答する、男の素直じゃない物言いに俺は小さく溜息。
相変わらず、この男は正直に何かを好きだとは言わない。
……例外があるにはあるが、思い返すと恥ずかしいので言わないでおこう。
そろそろ、この男の性格にも慣れて来たかもしれない。
慣れって…怖いな。
「へぇ……なんなら、見に行くか?」
俺の提案に、マティウスの手が止まった。
どうしたのかと訝しく思った俺に、相手は嬉しそうに笑いかける。
「お前が私を誘うなど…珍しい事もあるものだな」
酷く嬉しそうに彼はそう言う。
俺からこの男に対して、何かしようと誘いをかける事は…確かにあまりないかもしれない。
っていうか、マティウスの我儘に基本付き合わされている俺からすると、自分の意見なんて聞き入れてくれるような気がしないのだ。
「あっ……嫌か?」
「嫌なわけがないだろう?お前からの誘いだ」
髪を撫でていた手が、俺の頬へと伸びてくる。
「別に行きたくないなら構わないぞ」
ベシッとその手を払い退けてそう言うと、彼はその手を摩りつつ、それでも嬉しそうな笑顔で俺を見返す。
「嫌な訳がないだろう、さぁ行くぞ」
「行くぞ……って、え?」
立ちあがって愛用のマントを付けると、彼はクローゼットから取り出したコートを俺へ向けて放り投げる。
行くぞ、というのはこれから行く、という事だったらしい。
一度言いだしたら曲げない男、マティウス。
ここは、素直に従うより他ないようだ。
教会に住んでいた時には、到底手が届かなかった高そうなコートに袖を通し、城主である男と連れ立って庭へと下りて行った。
月明かりと手にしたカンテラの黄色い灯りが、暗闇に沈んだ庭へと下りる。
太陽の下では明るく輝く花々も、月光の下では静かでまた別の美しさを放つ。
自分で手入れした庭を案内しつつ、俺とは比べものにならないくらいの長い年月を生き、また比べものにならないくらい恵まれた環境で生きて来たこの男に、この庭が一体どんな風に映るのか、少し緊張する。
「ほぅ……見事なものだな」
しばらく見回して、マティウスは関心したようにそう言った。
その言葉を聞いて、安堵の溜息が洩れる。
「そうか、ありがとう」
この男は言う事は厳しいが、その代わりに、自分の本心は隠さない。
捩じ曲がってはいるが、正直ではある……。
まあ、嘘を吐いていたとしても、俺はこの男の本心を見抜けるような、そんな自信はないけど…。
庭の中央に置かれたテーブルの上にカンテラを置き、石造りの冷たいベンチに座ると、その隣にくっつくようにマティウスも腰かけた。
「紅茶でも用意させようか?」
寒いだろう?と尋ねる彼の腕が俺の腰へと伸びてくる。
確かに少し肌寒いかもしれない、だが俺は元々寒さに強いから、別に平気だ。
「そうか、私がいればいいと?」
「誰もそんな事は言ってない」
そうは言うが、回された彼の腕からはどうやら抜け出せないようだ。
仕方なくその状態で居る事を了承していると、彼は俺の首筋へと顔を埋めた。
「一人でここまでするのは、時間がかかったんじゃないか?」
耳元でそう尋ねられ、入り込む吐息に肩が震えるも、その反応が気に入ったのか彼は更に俺へと近づく。
「まあな、でも広い庭だからやりがいはあるぞ…それに、一人じゃないし」
俺の言葉に、彼の動きが止まったのを感じ、少し彼から離れてみると、マティウスの表情が固まっていた。
「一人じゃない?」
「うん、ジャクトさんとか、他にもこの城に住んでる奴等が手伝ってくれるからさ」
魔物であるハズの彼等だが、思っている以上に彼等は俺によくしてくれる。
暗闇の住人は人間へ害を成すものだ、という教会側からの教えは、ここで大きく崩されている。
彼等の全てが、悪であるわけではないらしい。
「……何故、私は誘わない?」
不機嫌そうな声で、マティウスは俺に尋ねる。
「何でって、お前は植物の手入れに興味なんかなそうだからさ、それに夜しか動けないんだろ?暗い中じゃ、やり難いし…」
そう言い訳する俺に、マティウスの表情は、不機嫌などこか苛立ったようなものへと変わっていく。
「奴等には気をつけろと、そう言っているだろう?」
「気を付けろって、そんな事言われても…彼等はそんなに、悪い奴じゃないし…お前が何を心配してるか知らないけど、っ!」
彼の言葉に反論しようとした俺の唇を、マティウスが塞ぐ。
重なった先から、侵入してくる熱く這い回る舌の感覚に…俺は背が震えた。
「ん…ん、ふぅ……」
クチャリ、と自分の内側で響く水音に俺の体温が上がる。
自分と向かい合わせ、力の抜けそうになる俺の体を支えると、コートの前を開きその下のシャツのボタンへと手をかける。
「んっ!ちょっ、何して…!!」
彼のキスから逃れて、抗議しようとすると、鋭い眼光を湛えた瞳に睨まれた。
「お前は私のモノだ、その自覚をいい加減に持て」
くつろげられたシャツから覗く肌が、外気に触れて寒い。
そう感じる俺の胸元へマティウスの顔が近付き、そこに舌を這わされる。
熱い舌の感覚と、肌を濡らす感覚。
熱いような、冷たいような…相反する二つの感覚を同時に味わい、体が小刻みに震える。
「っぁ…嫌だ、マティウス……寒い、から」
なんとか相手を押し返そうと試みるも、頭に絡めた手は相手を押し返す事もできず、ただ手触りのいい綺麗な髪をくしゃりと乱すだけ。
「ならば、私の手で温めてやろう」
それならば問題ないだろう?と、真顔で尋ね返すマティウス。
「何、言ってるんだよ…こんな、所で!」
「ここは私の城だ、城主がどこで何をしようとも、誰も咎めはせん」
あっけからんとそんな事を言うこの城主の手は、俺のシャツの下の肌へと伸びる。
胸の上を彷徨っていく彼の手の、悩ましい動きに息が乱れる。
「俺は咎めるぞ!!ん、外で…なんて、何考えてるんだ!!…っぅん!!」
再び口を塞がれて、抗議の声は唾液と一緒に飲み込まされる。
「最終的に満足できれば、それで構わんだろう?」
「何を、馬鹿な事言って…あっ!」
首筋に口づけられたかと思ったら、その場所を甘噛みされる。
皮膚に当たる牙の感覚に、肌が泡立つ。
「っぁ…あ、マティウス……」
そんなつもりはないのに、その先を懇願するような甘ったるい声で彼の名を呼んでしまい、自分の顔に血が昇って来るのを感じた。
フッと彼が嬉しそうに笑ったのを感じ、一体何かと思ったが、その瞬間に彼の牙が俺の皮膚を裂いた。
「んっ!!」
ゆっくりと、俺の皮膚を裂いて肉へと埋められていく牙の感覚に、体に走る電流。
鋭い痛みと、身を焼くような熱さに包まれるも、それを超えた快楽に俺の体が…悦んでいる。
「はっ!ぁ、ああ……」
突き立てられた牙から、滲み出してくる血が男の喉を通って落ちて行く。
舌で舐め上げられ、唇で吸い上げられ…自分が男の体内へ溶けて行くような、そんな感覚。
“食われる”というのは、案外悪い気分ではないのかもしれない…なんて、思ってしまった自分に嫌気が差す。
「あっ、マティウス…マティウス……」
ぎゅっと彼の背に回した手に力を込めると、彼もまた俺を抱く腕をきつく締める。
俺を強く拘束する、その腕が酷く心地いいだなんて…。
「オウオウ、こんな所でお熱いこったなぁ」
ふいに、どこかからそんな声が聞こえ、ハッとして周囲を見回せば、暗い庭の中、月明かりに照らされて一人の男の影が見えた。
「あっ……ジェク、ト…さん?」
そう尋ねると、月明かりに照らされた彼は嬉しそうに「オウ、こんばんはだな」なんてこの場には相応しくない挨拶をしてくれる。
「いやはや、イイ顔してんな…そんなにその男が気持ちイイか?」
「あっ…あの、ジェクトさ」
マティウスに食されている時の、快楽の惚けた姿を見られた…それだけでも、恥ずかしいのに……。
「フン、私に食われる事に最高の快楽を覚えた体だからな、当たり前だろう」
相手へ向かってそう言うマティウスの手が、グッと俺の顎を掴み、自分の方へ向けさせる。
「余所見などするな、私だけを見ろ」
「マティウス……?」
「お前は私の、未来の花嫁だ」
耳元でそう囁くと、自分の胸の中へ俺の体を強く抱き締める。
「まったく……あんまり虐めてやるなよ、嫌われちまうぞ」
呆れたようなジェクトさんの声に、マティウスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「嫌われる?冗談を言うな、こんなにも私を求めてしがみつくコイツが、私を嫌うわけがないだろう?」
ギュウッと俺を抱きしめる腕の力を強め、相手へとそう返答するマティウス。
別に俺は彼に甘えたくてしがみ付いているのではない、ただ…体に走る快楽に耐える為のよすがが欲しいだけだ。
しかし、言い訳してみても結局は、自分は彼を求めている…そんな事実を認めるより他ない。
食事の途中で突き立てられた牙を離された事で、傷口から血が零れ落ちてくる。
中途半端な状態で放り出された今の自分の中には、羞恥から逃げ出したいという思いと、この体を支配している快楽の続きを望む二つの感情がせめぎ合っている。
生温かい液体が垂れてゆく感覚に身を震わせれば、彼がそれに気付き、俺の首筋を伝い落ちる血を舐め上げた。
「ふぁあん…」
「へぇ、随分とイイ声で鳴くんじゃねぇか」
やっぱり最高の美人だな…なんて、嬉しくもないお世辞を言ってくれるジェクトさんに、俺の顔に血が昇る。
「そうだろう?私のモノだ」
羞恥で震える俺の頭を落ち着けるように撫でて、そう言うマティウス。
その声は、どこか自慢気で……でも、此方は全然嬉しくない。
「分かってるっての、そんなに見せつけてくれんなよ」
そう言いつつも、彼の声からはどこか面白がるような色が伺える。
どうして、こんな羞恥を感じなければいけないんだ?
俺、何か悪い事したっけ?
もう泣きそうなんだけど。
「自慢のもの、というのは人に見せつけたくなるものだ」
「へいへい、嫁自慢はまた聞いてやるからよ…いい加減に止めてやんな、本当に嫌われるぞ」
それだけ言うと、「若いってのは羨ましいね…」なんて言って遠ざかっていく彼の足音が聞こえた。
「フン、私はそこまで若くはないがな」
「ん、っふぁ……」
ぺロリと俺の首筋を舐め上げながら、彼はジェクトの台詞にそう呟く。
羞恥なのか、それとも怒りなのか分からないが、とにかく震える俺の体。
首筋の傷が消えようやくそこから顔を離されると、まずその顔に右ストレート、一発。
「っ!!何をするか!!」
殴られた頬を摩りつつ、彼はそう文句を言う。
「お前がな!!一体何のつもりなんだよ!こんな所で!!」
怒りに任せてそう叫ぶと、彼は意味が分からないとでも言うように、訝しげに俺を見返す。
「恥ずかしがる必要はないだろう、お前は私のモノだ、それを主張する為ならば……」
「そんな事見せつけなくていい!!恥ずかしいだろ!!」
大体、俺はお前のものではない。
嫁ってなんだよ、嫁って!男は嫁げないし!!大体、人間と吸血鬼が結婚できるか!!
「外で食事するのがそんなに悪いか?人間はするんだろう?」
「お前の食事は、俺達の食事と意味が違う!!」
あんな性的な雰囲気を伴った行為を、まだ“食事”と称していいのか、俺は最近疑問に思うぞ。
「食事は食事だろう?」
「そうじゃなくて……」
もう、どう言ったらいいんだ?
この男、頭いいんじゃないのか?それとも、人間の感じるような羞恥なんかはこの男には理解ができないのか?
「安心しろ、お前はいつでも魅力的だ」
「そういう問題じゃない!」
ああ、コイツには人間の言葉が通じないんじゃないか?と、時々思う。
「はぁ……もう、いいよ…」
くつろげられたシャツの合わせ目を直し、そう言うと彼は小さく溜息を吐く。
「全く…いつまでも慣れんな」
呆れたように言うが、微笑んで言う彼はどうもどこか嬉しそうだ。
「何が?」
疲れ気味に一応尋ねてみると、ニヤリと彼は笑みを深める。
ああ、嫌な予感。
俺の心労が更に募る予感。
「私との慣れ合いが」
「勝手に言ってろ……」
もういい加減にしてくれ。
「寒くないか?」
コートの前を直すのを手伝いつつ、彼はそう尋ねる。
「心外だけど、充分な位に温まったよ」
全部、お前の所為だ。
傲慢で、我儘で、独占欲の強い男…。
それでも、誰かに愛されるのは…あながち、悪い気はしないものだ……。
「もっと温めてやろうか?」
「勘弁してくれ」
羞恥という言葉のかけらでも、理解してくれるのならば……。
皇帝×フリオで吸血鬼パロ番外編、銀薙様からのリクエストでした。
食事風景を誰かに見られて、フリオが照れる…という流れでとの事でしたので、誰にするか迷った結果ジェクト様になりました……クラウドやスコールはこういう時、表には出てこないでしょうからね……。
しかし、皇帝がフリオにベタ惚れ…甘い皇帝×フリオに賛同の声を頂けるのは、本当に書いてる方としては嬉しい限りです。
そろそろ、本編の方も続きを書かなければなぁ…とか思ってます、でも、もうしばし時間がかかりそうな予感。
2010/1/24