朝の七時半。
身支度をしっかり整えて、皺の無いスーツに身を包んだ私は今日も決めた時間に家を出る。
お決まりのコースを通って駅へと向かう、その道すがら…ふと心の中がざわつく。
今日も…会えるだろうか?
もしかしたら会えないかもしれない…なんて思うと、気分が少し落ち込む。
だから、その姿が見えた時にはふと安堵の溜息が洩れる。
「おはよう、フリオニール」
背後から声をかけると、呼びかけられた青年は、腕の中一杯に花を抱えて振り返る。
「おはよう、ウォーリアさん」
ニッコリと笑う君の微笑みを見れた事で、今日も一日頑張れるな…と思った。
月に叢雲、花には虫
言い渡された突然の転勤に、一社員である私が逆らえるハズがなく…新しい勤務地へと引っ越して来た。
地図を片手に道を歩いても、目的地である新居のマンションまでそう簡単に辿りつくものでもない。
「あの…どうかされたんですか?」
途方に暮れて立ち止まっていた私の背中へ向けて、かけられた声。
振り返ると、そこには見知らぬ青年。
小麦色の健康的な肌に、銀髪の長い髪がよく映えている、少しつり目がちな意思の強そうな澄んだ琥珀色の瞳が、私を真っ直ぐに見返している。
「実は…道に迷ってしまって」
「そうですか、どこへ行くんですか?」
そう尋ねる青年に、地図を指さし「ここなのだが」と言うと、彼は私の手元をそっと覗きこむ。
「ここなら俺、途中まで行くんで案内しましょうか?」
「すみません、ありがとう」
そうお礼を言うと、青年はふわりと微笑んで「いいえ、構いませんよ」と少し照れたように言う。
その笑顔が、あまりにも屈託なく、とても美しく…思わず見惚れた。
「引っ越して来たばかりで、何も分からないんだ」
隣を歩く青年へ向けて唐突にそう話しかけると、彼は私を見返す。
「そうだったんですか…俺、この近所で花屋をしてるんです…あっ!そうそう、俺はフリオニールっていいます」
「ウォーリア・オブ・ライトだ…できるなら、敬語は止めて欲しいんだが」
「えっ…うん、分かった」
私の言葉に少々戸惑いの表情を見せるも、それも一瞬の事で、直ぐに笑顔に戻ると私を見返して微笑む彼の笑顔に、胸の奥が熱くなる。
不思議な気分だ。
「花屋を営んでいるというのは…君の家族と?」
「俺と弟の二人でやってるんだ、父親が事故で亡くなって母が育ててくれたんだけど、母も数年前に病気で…」
「そうか…すまない」
嫌な事を聞いてしまった、と謝る私に彼は両手を振って「いいんだ」とそう答える。
「本当の事だし、それに…まあ、商売もそこそこ上手くいってるから心配されるような事もないし、弟も一緒だから寂しくないし」
「弟か…兄弟、仲が良いのか?」
「まあ一応はね」
照れたように微笑む彼を見て、弟の事が好きなんだろうと予想する。
たった一人残された家族なのだから、仕方ないのかもしれない。
「ここが俺の家なんだ」
そう言って彼が差したのは、小奇麗な外装の花屋。
どうやらこの上と奥が、彼の住居スペースになっているようだ。
「マンションは、この先のT字路を曲がった直ぐそこだから」
そう丁寧に教えてくれる彼の背後から、バタバタと飛び出してくる足音。
「おかえり兄貴!」
「うわっ!ちょっ、止めろよシャドウ!!」
彼の背後から勢いを付けて抱きついてきた人物を見て、驚く。
顔も容姿も声も、まったく彼と同じ、瓜二つの青年。
「…ん?兄貴、誰この人」
目の前の光景に驚いている私を見て、フリオニールと瓜二つの青年がそう尋ねる。
「この先のマンションに引っ越して来たウォーリアさん、道に迷ってたから案内してあげたんだよ…あっ、ウォーリアさん、コイツがさっき話していた弟の…」
「シャドウ」
背後から抱きついていた腕を解き、そう名乗ると兄であるフリオニールの隣りへとやって来る。
「双子……だったのか」
瓜二つの二人を交互に見返し、そう言うと「驚いた?よく珍しがられるんだけど」と、慣れたようにフリオニールがそう言う。
「確かに珍しい」
そう言う私を微笑んで見返す兄のフリオニールの笑顔に、視線が奪われる。
「分からない事があれば、いつでも聞いて下さいね」
別れ際にそう言って、ニッコリと最後に大きく笑う彼の笑顔が、いつまでも瞼の裏に焼きついていた。
「一目惚れなんて馬鹿げてると、そう思っていたんだが……」
どうやら、その考えは改めなければいけないようだ。
彼の店は駅へと向かう道の途中にある。
電車で勤め先へ通う私は、毎朝そこを通る事になる。
間もなく気付いたのは、彼は朝の早くから店の準備を始めている事。
色取り取りの花を手に、店の中や店先に花を並べる彼の姿を見ると、朝の慌ただしくささくれ立った心が一瞬で落ち着く。
「おはよう、フリオニール」
「おはよう、ウォーリアさん」
青いエプロンを着けて店先を掃除していた彼に挨拶をすれば、笑顔で振り返って挨拶を返してくれる。
その笑顔が、何よりも好きだ。
「今日も早いな」
「仕事だからね…一人だから、準備するのも時間がかかるんだ」
「弟君はどうしたんだ?」
「アイツ、低血圧だとかで…朝は凄く弱いんだ、まだしばらくは起きてこないよ」
駄目な奴だろ?なんて尋ねる彼の顔は、しかし困った表情ではなく、どこかからかうような笑顔で。
…そうやって甘やかしているのが悪いのではないか?と思うのだが、自分の方割れである弟を好いている彼に対して、そんな事は口にはできないし…仮に言ったところで、改善される事もないだろう。
「じゃあ、今日も頑張って」
「うん、ウォーリアさんもお仕事頑張って」
こうやって君が笑顔で毎朝送り出してくれる事が、私の力になっている…と言ったら、彼はどんな顔をするだろうか?
行き帰りに会う彼の笑顔は、私の心を癒してくれる。
「お帰りなさいウォーリアさん」
私から声をかける事もあれば、彼から声をかけてくれる事もある。
知り合いが近くに居ないと話しをしたので、気にかけてくれているのかもしれない。
「ただいま」
「ウォーリアさん、いつも早いよね?…飲みに行ったりとかしないの?」
「人が多い場所は苦手なんだ」
「…そっか、でもなんかウォーリアさんは静かな所の方が似合いそうだ」
確かに人の多い場所は苦手だし、静かに過ごすのも好きなのだが…本当は、君の店がまだやってる時間に帰らないと、君に会えないからだ。
「兄貴!電話だよ」
「ん、俺に?」
店から呼ぶ弟の声に、彼は店の中へと戻って行く。
代わりに、店の中から出て来た同じ顔の青年。
見わけ易いようになのか、フリオニールとは違い赤いエプロンを着けた弟は私の元へとやって来る。
「兄貴と、仲良いよね」
ぶっきら棒にそう言う彼は、フリオニールと同じ顔で、どこか敵意を感じる目で私を見つめ返す。
「ああ、良くしてもらってる」
「知ってるよ…毎朝挨拶して、少し話してから行くんだよね?」
うん?彼は、朝は遅くまで寝てると言っていなかったか?
「兄貴から聞いたんだよ、凄い礼儀正しくて律儀な人だってさ…見た通りカッコいいって。最近、よく話題に上るんだよね…いいお得意様になってるみたいだし」
「……そうか」
少しでも彼の心に残ってくれている、それが分かって内心とても喜んでいる私を見て、彼はふぅ、っと溜息を吐く。
「…妬けちゃうんだよね」
「えっ…」
ボソリと低いトーンで呟かれた彼の言葉を聞き返すと、彼は「何でもないよ」とそう言う。
「まあ、兄貴は人に好かれ易いからね…人を惹き付けるタイプなのかな?良い意味でも、悪い意味でも」
店先に置いてあった花を一本取り上げて、彼は続ける。
「コイツ等と一緒でさ、何もしなくても勝手に虫を引き寄せてくるわけ…昔からね」
「そうか」
「で、アンタはどっちなわけ?」
じっと、彼が真剣な目で見つめる。
私の心の中を見透かすように、じっと真っ直ぐに…。
「アンタは、兄貴をどう思ってるの?」
彼の問い掛けに、心臓の打つ鼓動が速くなる。
「私は……親身になって私の話を聞いてくれる、とても良い友人だと思っているが……」
「誤魔化すなよ、確かに俺も兄貴も同じ顔してるけど…俺は、兄貴程鈍くないんだ」
苛立ちの含まれた声で、私にそう言う彼の目がキッと私を睨む。
「人の兄貴に、色目使うの止めてくれないかな?」
私を睨みつける彼が、ハッキリとそう告げる。
よく気付いたものだと思うが…彼程フリオニールの側に居る人間も居ない、そしてさっきの言動から考えて、フリオニールに言い寄る人間に対して、敏感になっているんだろう。
ふと、そこで思う。
これは兄を心配する弟としての発言なのか、それとも…もっと別に、何か理由があるのか。
「私は別に…」
彼をどうこうするつもりはない、ただ…彼に対して、淡い想いを抱いているだけだ。
まるで弁明するようにそう言う私に対し、彼は酷く冷めた目で私を見る。
絶対に、私の言葉を信じていないんだろう……。
「シャドウ、注文の電話くらいお前が受けろよ!」
その時、店の奥からそんな声と一緒にフリオニールが出て来た、電話はどうやら終ったらしい。
「えー…だってさ、前に俺が電話対応してミスした事あったじゃん、兄貴に任せた方がいいかな、って」
私と向かい合う時とはコロリと態度を変え、兄の方へ向き直ると笑顔で近づく彼。
「まったく…あっ、ウォーリアさんごめんなさい、話しの途中で抜けて」
「いや、構わないさ…そろそろ、帰るつもりでいたんだ」
彼の隣りに立つ弟へ、一瞬目を向けてそう言う。
「そうか…じゃあ、また明日」
「ああ」
笑顔で手を振る彼の横、ムッとした表情で私を見送る彼の弟の視線が、とても気にかかった。
翌朝、いつも通り、朝の七時半にしっかりと身支度を終えて家を出る。
駅へと向かう道の途中、いつも笑顔で挨拶をしてくれる彼の姿はなかった。
その代わりに店の開店準備をしていたのは、低血圧だと兄から言われていた弟の方。
「あっ、おはよーサン」
驚く私の姿を見て、彼は何か良い事でもあったのか、普段よりも少し機嫌が良く私に挨拶する。
「おはよう…珍しいな、君のお兄さんはどうしたんだ?」
「んー、兄貴ならまだ奥で休んでるよ……もしかしたら、今日は出てこないかもね」
「体調が悪いのか?」
昨日見かけた時は、どうもそんな風には見えなかったんだが……。
そんな私の問い掛けに、彼はニヤリと笑みを深める。
「フフ…体調悪いっていうかね、まあそうなんだろうけど」
「どうしたんだ?」
そう問いかけるも、なんだか…嫌な予感がする。
「いやいや、兄貴も体強い方だけどさ…流石に、朝までは厳しかったかな、って」
「なっ!」
彼の言葉の裏にある意味に気付き、驚く。
そんな私を見て、彼は愉快そうに目を細めた。
「一応言っておくけど、別に無理矢理ヤッたわけじゃないからね…兄貴は俺の可愛いお嫁サンなんだからさ」
「……一体、いつから?」
喉の奥から絞り出した私の言葉に、多少の動揺が含まれているのを感じ取ったのか、彼は更に嬉しそうに私を見返す。
「うーん、もう何年も前からだよ…アンタと出会うずっと前から。
兄貴はずっと、俺のモノなんだ」
自慢げにそう言う彼に、私の心は穏やかではいられない。
昨日、彼の態度が気になった理由はこれか…と、ようやく納得する。
「アンタになんか、絶対にあげない!」
挑戦的な目で私を見つめ、そう宣言する彼。
ああ…きっと彼も、フリオニールに惹きよせられた虫なのだろう。
自分だけの花を守るのに、必死になっている。
「悪いが、その言葉には従えない」
「なっ…何で!!」
「私も、彼が好きだからだ」
キッパリとそう告げる私に、彼は少したじろぐ。
「人の恋人、横取りする気?」
「略奪愛を、私は否定しないな」
私の言葉を受けて、彼は盛大に溜息を吐く。
「……あのね、人の幸せ、邪魔してこないでほしいんだけど」
「自信がないのか?彼が、君を愛しているという」
「なっ!!そんな訳ないだろ!!」
怒りの色を表し、彼は私に向かってそう叫ぶ。
いや、もしかしたら、自分自身へ向けてなのかもしれない。
「絶対に、兄貴はあげないからな!」
「分かってる、だが…君に負けるつもりはない」
「最初から負けてるだろ!」
確かに、その通りかもしれない。
だが、私が彼に出会った時間と、彼がフリオニールに出会った時間にはあまりにも差がありすぎる。
勝負は、これからだ。
「じゃあ、遅刻するから失礼するぞ」
「フン……言っておくけど、絶対に兄貴はアンタの事好きにならないよ!」
「それを決めるのは君じゃない、君のお兄さんだ」
そう言うと、彼はムッとした表情で私を睨み返した。
「私は負けない」
そう言い残して彼の前から立ち去る。
さて……これから、大変になりそうだな……。
笑い袋さんからのリクエスト、アナザー×ノーマルフリオ←WOLです。
現代パロで、引っ越して来たWOLと花屋のフリオが浮かんできたのです、そういえば現代パロで成人設定は初めてでした。
全面戦争と言いつつ、なんかまだ雰囲気的に中途半端に終わったような感じがして仕方ないという…。
続きは、考えてるんですけれど…なんか、とてもドロドロとしてきそうなので、ちょっとアップは考えます。
何か、今回やけに書きにくいな…と思ったら、最後までノマフリがWOLの事“さん”付けで呼んでいたんでしたね。
ずっと呼び捨てだっただけに、新鮮な気分でした。
笑い袋さん、こんなもんでいかがでしょう?
2009/1/17