男は父親を憎み、母親を愛する……
Oedips complex
今日も俺は朝一番に起きて、郵便受けに入れられた新聞を取って居間のテーブルの上に置くと、顔を洗って身支度を済ませて朝食の用意をする。
しっかりと体に染みついた生活リズムは、何も苦ではない。
それからしばらくして、奥で物音がしたと思ったらバタンというドアの開く音と廊下を歩く足音と共に、台所を覗きこむ男の影。
「おはよう、ジェクト」
「お早うさん…アンタ、相変わらず朝早いな」
ふぁっと欠伸を一つすると、俺の横へとやってくる。
「今日の味噌汁の具は?」
「豆腐とワカメだけど…ひゃん!」
「そうかそうか……相変わらずいい尻してるな」
伸ばした手で俺の尻を鷲掴み、その触り心地を確かめる男。
「料理中に触るなって言ってるだろ!!」
邪魔だから早く出て行ってくれ!と真っ赤になって怒り、セクハラから逃げるように慌てて相手をそこから追い出すと「いいじゃねぇか減るもんじゃねえしよ!」と、むしろ自分の行動を開き直る。
「教師が生徒に手を出すな!!」
この男、ジェクトは俺の親族ではなく、俺の通う高校の体育教師で、そして俺のクラス担任教師でもあるのだ。
「いいだろうが別に…まあ、タダだし」
「タダでも駄目なもんは駄目なんだ!!」
朝からジェクトの冗談に付き合わされて、それに対して怒っていると、二階からバタバタという騒がしい足音が聞こえてくる。
「親父、朝からフリオに何してるッスか!!」
猛スピードで走って来た金髪の少年が、ジェクトめがけてとび蹴りを繰り出す。
少年の攻撃をモロに受けたジェクトは、そのまま室内を転がる。
「黙れセクハラ親父!!フリオ、大丈夫ッスか?」
心配そうに俺の顔を見る後輩の少年、ティーダに、俺は「大丈夫だけど…」と返答する。
「イッテ—なぁ!!何しやがるこの馬鹿息子!!」
そう叫ぶと、ティーダに向かって拳を叩きこんでくるジェクト…朝っぱらから親子喧嘩をし始める二人を眺めて溜息。
「二人共、いい加減にしないと朝飯抜きだぞ!!」
そんな俺の一言でピッタリとこの場が落ち着くのも、いつもの事なのだ……。
この二人と一緒に住み始めたのは、俺の両親が亡くなってから。
親戚の家をたらい回しにされてた俺を、両親の友人だったジェクトが引き取ってくれた。
どこか一つの家の中で、落ち着いて静かに暮らした方がいいからと…俺の親戚を説き伏せて、俺をわざわざ家に置いてくれた上に学費まで援助してもらって…。
「そんな事は気にするな!」とジェクトは言うけれど、気にしないわけになんていかない、俺にできる事ならば何でもしたいと思って…俺はこうやって、この家の家事全般を引き受けている。
小さい頃から母親の手伝いをずっとしていたし、親戚の家に移ってからはずっと家事を手伝っていたから、こういう事は全然苦ではない、むしろ当たり前の事だと思ってる。
そんな俺に、本当の父親のように接してくれるジェクトには、やっぱり感謝してる。
「今日からジェクトは部活の合宿に行くんだろ?ほら、早く着替えて朝飯食べないと遅刻するぞ」
教員であるという事は勿論、部活の顧問も務めているわけで…体育教師となれば、勿論、彼が顧問を受け持っているのは体育系の部活。
毎年恒例で、今年も彼は合宿に同行して三日間この家を空ける。
いつもより早くに起きて来たのは、集合時間に間に合うようにではなかったのか?
「ッチ、仕方ねぇ…オイ馬鹿息子!帰ってきたら決着つけるからな!!」
「望むところッス!!」
仲がいいんだか悪いんだか分らない親子のやり取りに苦笑しつつ、テーブルの上に朝食を並べていく。
そんな俺に礼を言うと、ジェクトは急いで朝食を食べ始める。
「ほら、ティーダも早く顔洗って来いよ」
「はーい」
俺の言葉を受けて、洗面所へと消えるティーダ。
「すっかり、母親役が板に付いてるな」
そんな俺を茶化すようにそう言うジェクトを見ると、ニヤッと意地悪な笑顔を向けられた。
「母親って…別に俺そんなんじゃ」
「いいじゃねぇか、もういっその事、このまま俺サマの嫁に来るか?」
「もう!冗談言ってないで早く食べろよ」
「はいはい」
そう言って笑うジェクトに呆れつつ、おかわりと差し出されたお茶碗を受け取る。
こんな事してるから母親なんて言われるのかな、なんて思いつつも、受け取ったお茶碗にご飯を盛って渡す。
その様子を影から眺めている視線の存在に、俺は全く気付かなかった。
二人だけの普段よりも静かな夕食の時間を過ごし、居間でテレビを眺める俺を見つめるティーダの視線に気づき、「どうした?」と尋ねる。
「あっ…いや、別に」
そう言いつつも、視線を彷徨わせる。
「何だよ、気になるだろ?」
「ん……あの、さ…フリオは好きな人居るんッスか?」
「えっ……好きな人って」
「当たり前ッスけど、恋愛で」
真剣な表情でそう尋ねるティーダに、俺は苦笑い。
「そういうのは苦手だって、知ってるだろ?」
「でもさ、得意だとか苦手だとかに、好きとか嫌いとかいう感情は左右されないッスよね?」
それは、確かにその通りだ。
「それで、居るんッスか?」
俺の逃げ道を塞いでくるティーダに、仕方なく正直に答える。
「いや……別にそういう人は、居ないけど」
もっと追及してくるかな?と思ったけれど、俺の予想とは反対に「そうッスか」と彼はその質問をそこで止めた。
「じゃあ、もし…今フリオが誰かと結婚する事になったら、どうする?」
「結婚?何で?」
まだ俺は学生で、そんな将来の事を考えるような年代ではないと、そう思っているのだが……。
「“もし”って言ったじゃないッスか!フリオがもし、結婚するとして…一生、この人となら暮らしていけるって思うのは、誰なんッスか?」
少し機嫌の悪くなったティーダの声に、何か悩み事でもあるのか?と疑問に思いつつ、この質問に何て答えたらいいのかと、そう考える。
「そうだな…ジェクトのお嫁さんにでもなれれば、このままお前と一緒に居られるのにな、なんて…」
その後の言葉が続かなかった。
瞬時に変わった彼の纏う空気が、なんだか重くて、苦しいから…。
「…どうしたんだ、ティーダ?」
どうしてそんなに、打ちひしがれたような顔してるんだ?
「どうして、親父なんッスか?」
俺の問い掛けにようやく答えたティーダの低い声に、俺は一瞬たじろぐ。
彼の強い目から放たれる強い視線が、俺を射抜いている。
「どうしてって…別にそんなに意味はないよ、ただほら…俺、よく母親みたいだとか言われるし、このまま一緒に暮らせるならいいかなって、そう…」
ただ、ほんの少し冗談を混ぜて、笑ってくれればとそう思ったのに……。
「なら!それってオレでもいいんじゃないッスか?…オレの、お嫁さんにはなってくれないんッスか?」
「ティーダ、何言ってるんだよ?」
「フリオが親父に対して、凄く感謝してるのも恩を感じてるのも分かるよ、でも…フリオと親父を見てると、なんだか本当に本物の夫婦みたいで、このまま本当にオレの母さんになるんじゃないかって思うんだ、それが……凄く嫌だ!!」
「ティーダ!ちょっといいから落ち着け」
感情が高ぶっている相手を宥めるようにそう声をかけるも、ティーダはそんな俺の声なんて聞いていない。
強い力で俺の腕を押さえつけ、それに対して何かを言おうとした瞬間に、俺の言葉は奪われた。
「んぅ…ん!」
押しつけられた相手の唇の感触を確かに感じ取った時、ようやく、キスされてるんだなと思い、ようやく俺は彼の腕の中から脱出しようともがき始める。
必死の俺の抵抗が功を奏し、ようやく彼の腕から抜け出せた時には大分呼吸が乱れていた。
「な、に…するんだよティーダ!!」
流石に、こんな事をして冗談だなんて笑って言い訳したりはできないだろう。
怒りの含まれた俺の言葉に、ティーダは相変わらず真剣な表情で俺を見返す。
「オレ、ずっとフリオの事好きだった…出会った時からずっと、フリオの事が好きだったんだ…そりゃ、小さい頃の気持ちは大好きなお兄ちゃんみたいなものだったけど、でも…オレも成長して、フリオと一緒に暮らすようになって…それで気付いた、オレがフリオの事好きなのは友達とか、家族とか、そういうのじゃないんだって…。
オレ、本気でフリオの事が好きだ!!…誰にも、絶対に渡したくない!!」
危機迫るような必死な訴えに、俺は言葉を無くす。
一緒に住んでいたというのに、今まで全然そんな気付かなかった。
「ティーダ…俺」
何と答えたらいいのか分からず、言葉を探す俺の体に再び相手の手が伸びる。
次の瞬間、俺の視界は反転した。
背中には俺の体重を受け止めてギシッとスプリングが軋む、居間のソファ。
目の前には真剣な顔のティーダと、さっきまで頭上にあったハズの天井。
自分の置かれている状況が理解できず、数回瞬きする。
「ねえフリオ、好きな人が居ないならさ、オレの事好きになってよ」
「えっ……何、言ってるんだよティーダ…」
「オレの事好きになってよフリオ、いいでしょ?他の誰かじゃなくて、オレの事ちゃんと見てよ…一人の人として、男として…」
俺を見下ろすティーダの手が俺の衣服へと伸びた時、俺の頭の頭の中で警報が鳴った。
「ちょっ!待ってティーダ、何するつもり…」
そんな事、聞かないと分からないくらい俺だって鈍くはない。
だけど……できるなら、この答えが間違っていて欲しい……。
「分かってるクセに」
そんな俺を見て、そう返答すると彼は続けて手を動かしていく。
急いで相手の動きを止めようとするも、彼はそんな俺の行動を先に見越していたのか、俺の腕を捕らえるとそのまま頭に巻いていたバンダナを抜き取って、上で縛る。
相手に上に乗られて、身動きの取れない俺の服の前をゆっくりと肌蹴けさせると、肌へと直に手を触れるティーダ。
胸の上を撫でて行く相手の手の動きに、背筋が震える。
「なっ!嫌だ、止めろって…ティーダ、こんな悪い冗談…」
「冗談なんかで男押し倒したりしないッスよ…オレ、本気ッス」
どうか、夢であってくれと願い、目の前の理解できない恐怖に震える俺を見つめて、ティーダは微笑む。
「大丈夫ッスよ…フリオに嫌な思いはさせないから、ちゃんと気持ちヨクしてあげるし」
「そういう問題じゃな、んん!!」
反論しようとした俺の唇は再び塞がれ、ティーダの熱い舌が中へと入り込んでくると、どんどんと俺の咥内を荒らしていく。
経験のない俺には、キスの仕方なんて分からず、食いつくされそうな相手の勢いに飲まれていくばかりだ。
はぁっと熱い息を吐いて、ようやく離れた時には、俺の体の奥で恐怖や羞恥と一緒に熱い何かが蠢いていて。
思考の上手く働かない頭のまま、涙の浮かぶ目で相手を見返せば…震える俺を今まさに喰わんとしている張本人は、信じられない優しく、俺に微笑みかける。
「オレのものになってよ…フリオニール」
そう言うと、ティーダは俺の目尻に浮かんだ涙を、優しく舐め取った。
「あっ!うぁああ!!」
押し宛てられた熱が、体を貫く感覚に震える。
本来受け入れる為にあるわけではないソコは、異物の侵入を頑なに拒む。
「フリオ、フリオ落ち着いて」
こうやって俺を苦しめている本人であるというのに、慰めるように俺の額を撫でる手の感覚はやけに優しく、どうしていいか分からない俺は、ただただティーダの事を見つめ返すだけだ。
「ティーダ…も、ヤダ…止めて、抜いてくれよ…」
涙交じりの情けない声で優しく手を触れる相手に訴えかけても、俺を酷く嬉しそうに見下ろす彼は、しかし俺を苦しめているソレを、取り去ってくれるような事はしてくれない。
「ほら、もっと力抜いてフリオ…ちゃんと解したから、きっと全部入るよ」
「無理だ!そんなの無理……っあ!」
指で散々内側を弄られ、内臓がせり上がって来そうな気分になったというのに…こんな猛った男のモノなんて、受け入れられるわけがない。
「大丈夫だって、フリオなら」
一体、何を根拠にそう言っているのだろう?
恐怖で強張る俺の体から、少しでも力を抜き取ろうとしてなのか、ティーダの手がすっかり萎えてしまった俺自身へと伸ばされる。
「あっ!触るな、ティーダ!!」
「ん?痛いの嫌でしょ?俺も、フリオに気持ちヨクなってほしいし」
そう言って俺自身を手で扱われ、その快楽の波に体が跳ねる。
その一瞬力が抜けた瞬間を狙って、ティーダが俺の奥へと侵入してくる。
「うっ!あっ、ふぁあ、んぁあ!!」
一気に最奥まで突き上げられた衝撃に、体が悲鳴を上げる。
俺の腕を縛っていたハズのバンダナは、気付いた時にはもう取り去られていて、「腕はコッチに」とティーダに先導されるまま、彼の背中へ回される。
「ほら、感じるッスか?フリオニールの体のナカに、オレが居るんッスよ?」
ドクドクと自分の体内で脈打つ相手の熱を感じ、ドクリと心臓が高鳴る。
今までに、これ程自分の近くに他の人間を感じた事なんてない。
ボロボロと零れ落ちる俺の涙を拭い去り、すっと唇に触れるだけのキス。
「フリオニール…綺麗ッスよ」
そんな俺を見下ろしているティーダの顔は、見た事のない男の顔で。
その大人びた表情に、一瞬…彼の父親の面影が重なった。
「……っぁ…ジェク、ト…」
ほんの小さな声で無意識の内に呟いた俺の言葉に、ティーダは酷く傷付いた表情を見せた。
「……何で、親父なんッスか?」
オレの名前じゃなくて…と、俺に問い返すティーダの、怖々としたその声に俺はどう答えるべきか迷う。
「ゴメン、ティーダ…なんか今、お前とジェクトが凄く似てて」
「そんな事言わないでくれ!!親父に似てるなんて、そんな事聞きたくない!!
アイツの事なんか見ないでくれ、オレを…オレだけを見て、オレだけの事を考えてくれよ!!」
強い声でそう叫ぶと、ぎゅっと俺の体を強く抱きしめる。
幼子のように擦り寄って来るティーダに困惑しつつ、その体を少し抱き返してやると、擽ったそうに彼は身を捩る。
「フリオニール…好き……大好き」
耳元でそう言う彼の声は、震えていて今にも泣きそうだ。
「オレはフリオニールの事が好きなんッス、他の誰よりもきっと…オレが一番、フリオニールの事が好きなんだって、オレ自信あるよ…。
だけど…フリオニールはオレの事、多分、弟のようにしか思ってなかったんでしょ?でも、親父の事は一人の大人の男として扱ってて…それが、凄くオレは嫌だ、オレの事もちゃんと見て欲しかった…オレの事、もっと気にかけて欲しかった」
そう言うと、俺の体を抱きしめていた彼の腕の力が緩む。
再び、俺と視線を合わせた彼の瞳の奥にある熱が、見返す俺を捕らえた。
「フリオニール…絶対に、オレの事好きにさせてあげる」
「えっ……ぅあ、あっ!」
そう宣言すると同時に始まった律動の激しさに付いていけず、縋りつくものを求めて、彼の背中を抱きしめる腕に力が更に込められる。
「嫌だ!ティーダ、こん、な…こんな激し、の…っあ!」
嫌だと、無理だと繰り返しても俺の体の奥を貫く彼の熱と、俺の内側で高まっていく熱に、段々と思考は解かされてゆく。
感じていた痛みが消え去り、その代わりに沸き起こって来る強い快楽に、自分の体が完全にイカれてしまったような気がして、口から洩れる甘い喘ぎ声に寒気がする。
こうやって、ティーダに抱かれ快楽を受け止めている体が、もう自分のものだなんて信じられなくて…。
今、俺が助けを求められる相手は、自分を責め立てる目の前の青年しか居なくて…。
そんな矛盾なんかどうでもよくて、ただ…俺は彼に縋りつく。
「ティ…ダ……ティーダぁ…ぁ、ぅあっ!……お、願…助けて」
泣いて懇願する俺の頭を撫でて、ティーダは俺の耳元に唇を寄せる。
「大丈夫ッスよ…フリオニール」
大丈夫だと、ティーダにそう言われると不思議と安心感が持てて、彼の名前を何度も呼ぶ。
「っ!…フリオニール、もう…ナカでイクよ」
そう言ってから暫くしない内に、一番奥を突いたティーダのモノが弾ける。
「あっ!ぅああああ!!」
体の奥に流れ込む彼の熱に震え、俺の欲望も一緒に吐き出された。
「はっ……ぁ、はぁ…」
襲い来る脱力感から、力なくソファに身を任せる俺の額へティーダが優しくキスを落とす。
「フリオニール、大好き」
そう言って、ギュッと俺を抱きしめる彼の表情は、今まで見せていた大人の男のものと一変し。
まるで…母親に甘える子供のような、幼い表情に見えた。
以前お邪魔したチャットでの宿題品、10親子×フリオです。
10親子というより、ジェクト←(?)フリオ←ティーダみたいな、そんな感じになってしまいました……。
構想の段階では別に大した事なかったんですが、いざ書き始めてみるとなんともまあ、難産な代物でした。
ティーダは親父に物凄く対抗意識燃やしてる子なので、好きなフリオと夫婦のようなジェクトの事を見てると、凄く嫉妬するだろうな…と思ったんです。
2010/1/7